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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
42.氷解
427/952

『ゾォリ』元老院②

A,C, 27/04/06



 朝起きて、身嗜みを軽く整えてから、早朝鍛錬の為に船から降ります。昨日の大怪我を考えると、本気の鍛錬はどうかと思いましたけれど……リッカさまの体調は、好調のようです。昨日のように肘を庇っていないか、後遺症が無いか診るためにも、見守るのが一番なのでしょう。


(少なくとも、目覚めは良かったので……出血の後遺症は、ありません)


 柔軟体操をしているリッカさまを眺めながら、レイメイさんを待っていますが――中々降りて来ません。いつも待たせてしまっている側なので、責めたりとかは無いです。ゆっくり、リッカさまを眺めて待ちます。


「本気のリツカお姉さんですカ」

「本気の殺気を纏うだけという話でしたけど、リッカさまが殺気を纏う以上は手抜きなんてしませんね」

「今日のこれがあるかラ、昨晩は手加減しておきましタ。痛めつけて欲しいでス」


 クふふふふと、いつもよりも少しだけ意地悪さが増した笑みを、シーアさんが浮かべています。


 昨晩、何もなければ戻ってくると思って、レイメイさんに活動中断の連絡をしなかったのですが――連絡をずっと待っていたらしく、夜遅くまで町の外を警備してくれていたようです。一応レイメイさんの食事は作っていましたけど、私はてっきり……町にお食事処でもあって、そこでお酒でも飲んでいるものと思っていました。


 私がうとうとしていた時に帰って来たそうで、そこでシーアさんと言い争いになったそうなのですけど……今朝リッカさまから聞いただけなので、どんな内容だったかまでは分かりません。とりあえず、喧嘩にはならなかったようです。


「治療が必要な傷を負わせたりしませんよ?」

「恐れ戦くサボリさんが見れればいいでス」


 元老院の事で苛立っていたシーアさんに、必要以上に愚痴を零していたとリッカさまは言っていました。だから今日、レイメイさんがぼこぼこにされる姿を見たいのでしょう。


「俺が最後か」


 柔軟を終え、鞘に収まったままの刀を握って精神統一をしていたリッカさまは――レイメイさんが甲板に出て来るのと同時に、闘気を纏いました。チリチリと、空気が音を立てて爆ぜているような……そんな、激しい闘気です。


「そこで止まってください」

「あ?」


 舷梯から降りようしたレイメイさんを、リッカさまは止めました。此度は、本当の戦いを想定した修行となります。つまり、開始の合図などありません。覚悟を持って、戦場に入ってください。


「そこから一歩でも踏み出せば、開始だそうです」

「……」


 舷梯の上で軽く体を動かしたレイメイさんが、一歩を踏み出しました。


「――ッ!?」


 一歩舷梯から出ただけで、レイメイさんは違いを感じた事でしょう。重力が掛かったかのように、レイメイさんの体は動き辛くなったはずです。ですがそれは、違います。闘気に重さなんてありません。体が重くなったのではなく――体が竦み、動けなくなったのです。


(これが……ッ!?)


 私達には殺気が向けられていません。だからレイメイさんの反応から推察するしかありませんが、すでにレイメイさんは攻撃されているのでしょう。本物の殺気は、刃よりも鋭く心を切り裂くのです。


「上等。それくらいじゃねぇと――」

「一回目です」


 昨日までは辛うじて反応出来ていました。それ以前も目で追うくらいは出来ていたはずです。ですが――今日は完全に、見失いました。リッカさまの刀がレイメイさんのお腹に当てられています。もしも鞘が無ければ、両断されていたでしょう。


「……ッ」

「”抱擁強化”の本気です」

「上限が違うんでしたっケ」

「リッカさまが想い描く最高点まで、時間が経てば経つほど昂ります」

「対マリスタザリアでしか見れませんからネ」


 私でも、赤い線のようになったリッカさましか見えないくらいのキレでした。これがどういう意味なのか……今のレイメイさんならば分かるでしょう。小細工など一切ありません。ただ真っすぐ、視線誘導も陽動も掛けずに近づいただけなのです。


「……ッ…………!」


 歯軋りし、”疾風”を詠唱したレイメイさんでしたが――。


「――はァ!?」

「二回目です」


 腕を掴まれ、”疾風”に入る事が出来ずに膝を付きました。首には鞘が当てられています。今度は首を、落とされたようです。二度目の宣告を終え、今度はリッカさまが”疾風”で消えました。出現場所は、背後です。


(何度も、やられるかよ……ッ!)


 ”疾風”で消えた以上背後と、レイメイさんが振り向きました。良い反応だったと思います。迫りくる鞘に反応したレイメイさんでしたが、しかしそれは――刀の鞘ではありません。


「剣……?」

「三度目です」


 背中に当てられた鞘に反応を示す事すら出来ずに、レイメイさんは地面に転がった剣に視線を落としました。レイメイさんはまだ、その場から一歩も前に進めていません。


(剣だけ、置いてったって訳か……!)


 今度は小細工を使いました。振り向かせ、実物の剣を振り下ろすように放り投げ、本物のリッカさまは振り向いたレイメイさんの背後を取ったのです。殺気を纏って放り投げた実物の剣は攻撃力など皆無なのに、無視出来ない陽動となりました。恐らくあれが陽動と頭で分かっていても、反応せざるを得なかったでしょう。()()()使()()とは、そういう事なのです。


「ゼェッ……ハァ、クッ……」


 たった三回。リッカさまに死亡宣告を受けただけで、レイメイさんは何時も以上に疲れています。リッカさまから本気の殺気を受け、実際にここを斬ったと見せつけられた事で、レイメイさんの精神は実際の死を経験しているのです。


「普通の修行に戻しますか」

「冗談言え。やっと、マシになったんだろが」

「そうですか」


 これに耐えられるだけ、レイメイさんの精神は急成長出来ているのでしょう。並みの戦士なら、初撃で命を手放していました。


「……?」


 無感情に、すたすたと歩いて近づくリッカさまに――レイメイさんは動けずにいます。近づいていくリッカさまは、今度は一転して……殺気を纏っていないのです。いつの間にか抜刀して、抜き身となった刀を見てもレイメイさんは動きません。気配を動から静へ。その移行があまりにも自然すぎて、混乱しているのでしょう。


「――」

「――――な、に?」


 ゆっくり振り上げられていく刀を目で追い――。


「動かなくなりましたネ」


 リッカさまが振り上げた所で、時が止まったように動きがなくなりました。それも仕方のない事でしょう。何故ならレイメイさんは、リッカさまが刀を振り上げた後を――殺気によって、想像させられてしまったのですから。


「レイメイさんは今、本当に死んだんです」

「ン?」

「本物の殺気を纏って行った陽動です。レイメイさんは、自身が斬られた姿を幻視しているのです」


 刀を振り上げて、リッカさまは動かなくなりましたが――止まる一瞬、殺気と共に斬る初動を見せました。それでレイメイさんは、斬られたと勘違いしたのです。


「そんな事出来るんでス?」

「本物の殺気が扱えれば可能です」

「カッ……ハッ……!? ハァッ……ハァッ……!」


 息をする事すら忘れていたのでしょう。レイメイさんが息を吹き返し、膝を付いてしまいました。地面にはぽたぽたと、汗が滴り落ちています。


「ライゼさんがこれをしなかったから、レイメイさんは一種の疎外感を感じたんでしたっけ」

「……そうだ。アイツは俺に、本気で向き合わなかった……と、思った」

「今だとどうですか」

「……こんな事、まだガキだった俺には出来ねぇな」

「他人ならしたと思いますよ」

「……」


 親だから。大切な我が子だから、ライゼさんはレイメイさんに、本気で斬りかかれなかったのです。レイメイさんにはそれが、他人行儀に思えてしまったのでしょう。親子とは、最も近い関係なのに……どうしようもなく、遠く感じてしまう時があります。


 疑いようがないくらい、レイメイさんとライゼさんは本当の親子だったのです。他人ならばそもそも、そのようなすれ違いはおきません。


「続けますか」

「さっさとするぞ」


 修行を再開させたリッカさまとレイメイさんでしたが――果たして、レイメイさんは「修行した」と実感出来るのでしょうか。結局レイメイさんは、あの場から一歩も動けなかったものですから。



 体を解しながら、リッカさまが”抱擁強化”を解きました。今日の修行は終わりみたいです。


「ボッロボロでしたネ」

「……」

「いつもよりは汚れてませんけド」

「……」

「言い返せない程消耗してるみたいですネ」

 

 いつもはじゃれ合うくらいの体力を残しているのですが、ぴくりとも動きません。


「リツカお姉さんも今日は疲れたみたいですネ」

「慣れてきたとはいえ、まだ三十分以上はきついかも」


 二〇分も掛かっていませんが、リッカさまは大粒の汗を流しています。体に影響は……出ていません。良い運動と、言えると思います。”抱擁強化”はやはり、リッカさまへの負担が大きいですね……。


「昨日の魔王との戦闘っテ、今日以上に本気だったんですよネ」

「うん」

「間に合いまス?」


 マクゼルト戦にレイメイさんが間に合うか、という事だと思いますけれど――難しいのではないでしょうか。今回はあくまでも鍛錬という事で、分かりやすく殺気を飛ばしていましたが……リッカさまは、殺気を隠して攻撃出来ます。気配の静動を操ってこそ、真の攻撃が決まるのです。恐らくマクゼルトも、これに近い事が出来るでしょう。


(大侵攻時……そう、でしたから……っ)

『魔王は無理って断言出来るけど……マクゼルトは、実際に戦った訳じゃないから』

「間に合ってもらわないと、困るかな」

「だそうですヨ。サボリさン」

「分ぁってる」


 リッカさまの殺気を受ける、本気の修行。これがどこまでレイメイさんを成長させるかに掛かっています。ただ、殺気だけでは限界があるのでしょう。途中からレイメイさんの頭は、死なないという事を理解してしまいました。そこから少しずつ集中力が切れていたように思えます。


『出来て三十分かな』


 三〇分間、集中力が続けば達人に近づいたと言えるでしょう。ただ、レイメイさんの場合は一回一回の集中が短いです。断続的な集中では、その隙を突かれてやられてしまいます。集中力を伸ばすという、当初からの目的に変更はありません。レイメイさんはまず、集中力を高めるべきです。


「明日からは反撃して良いです。実戦形式でいきましょう」

「あぁ……」

「レイメイさんは当てる気で来て下さい。私はいつも通り当てません。でももし、レイメイさんが気を抜いたら――分かっていますね」

「……」


 地面に背中を打ち付けられる痛みを思い出しているのでしょう。レイメイさんの顔が強張りました。


「サボリさんの治療どうしまス?」

「私がしましょうか」

「軽い怪我なら私がしますヨ」

「軽い怪我しか負わないと思いますよ?」

「まァ、巫女さんの魔力は温存しておきたいですシ」


 シーアさんの”治癒”も、中級の中ではかなり効果が高い方です。しかし、治療も私の役目なのですが……温存と言われると……お言葉に甘えた方が、良いのでしょうか。


「何で俺だけが怪我する前提なんだ」

「先程の戦いを見ていて、リッカさまが怪我をする未来なんて考えられません」

「冗談なラ、リツカお姉さんに冷や汗の一つでもかかせてから言って下さイ」

「……」

「リッカさま。上がりましょう」

「うん」


 朝はゆっくりしたいのですが、今日は急いだ方が良いかもしれません。きっとあの人達は、朝だろうと深夜だろうと来るでしょうから。


 甲板に上がり、リッカさまがシャワーを浴びている間に朝食を作ろうと思ったのですが――シーアさんとレイメイさんが”疾風”で居なくなりました。周囲に変な気配はありませんし、いつものでしょう。


「何ていうか」

「仲が良いですね」


 体力が余っている様子はありませんでしたから、回復したという事になります。疲労からの復帰が早いのは良い事ですが、その体力を追いかけっこに使うのはどうかと思うのです。シーアさんを捕まえる事が出来たら、少しはリッカさまに追い縋る事が出来ると思いますけど。


「朝早くに失礼」


 ほのぼのとしていたリッカさまと私でしたが、気配を感じ取り……船の下から聞こえた声に、顔を顰めました。


()()()()()お疲れ様です」


 漸く朝陽が見えてきて、爽やかな朝の時間をリッカさまと過ごそうと思っていたのですけれど――本当に失礼な時間帯です。


「レティシア様はどちらですかな」

「居ませんよ。お昼頃に出直してください」

「そうですか。ではこちらで待たせていただきます」


 昼頃と言ったのですから、昼以外で応対する事はありません。待つのは構いませんが、無視させて貰いますよ。


「ご自由に」


 そこで待つという事なので、舷梯は降ろさずとも良いでしょう。お客様ではなく、シーアさんの邪魔をする方達ですから。気を遣う必要はありません。


(”伝言”――シーアさんですね)


 船室に入り、一応”遮音”してから応対しましょう。


《来てしまったんでス?》

「はい。今船の下で待っています」


 追いかけっこの途中で、船に誰か来ているのが見えたようです。

 

《追い返せ――なかったんですネ》

「リッカさまが昼出直すように伝えたのですけど、待つと返されまして」

《相変わらず面倒な人達でス。今帰っても大丈夫でス?》

「遮音してます。裏からお戻りください」

《はイ》


 朝食を作り、甲板上で食べますが――今日は”遮音”したままにしましょう。さて、ゆっくり丁寧に、いつもと変わらないくらい時間をかけて作ります。リッカさまへの想いを込める時間は、多く取りたいですから。




 出来た料理を持って甲板に上がると、二人が戻って来ていました。追いかけっこは終わったようですね。


「おかえり。どっちが勝ったの?」

「私でス」

「ザケンな。お前が止めなけりゃ俺の勝ちだったろうが」


 リッカさまもシャワーを浴びたので、食べるとしましょう。今日の予定も話しておきたいです。


「食べながら決めましょう」

「そうだね」

「このまま無視し続けてはお役目の邪魔になってしまうのデ、私が話している間にお願いしまス」

「それはありがたいけど……」


 付き纏わられると、お役目の邪魔になります。シーアさんが引き付けてくれるのは、効率的だとは思うのですけど……シーアさんがあの人達を知っているように、その逆も然りです。今までは退けられていたかもしれませんが、今回のあの人達は国を乗っ取るくらいの覚悟を持っていると、私は思っています。


「それですと、シーアさんが大変ではないですか?」

「もう結果は決まってるんでス。後は流すだけですヨ」


 旅を続けると、シーアさんは決めていますから……元老院達に何を言われても関係ないとの事です。


(ですが……)

『シーアさんには()()()()()()があるから、それを突かれたら――』


 心配という気持ちは、晴れません。


「安心して行って来てくださイ。私は大丈夫でス」

「…………分かった」


 不安はありますが、シーアさんを信頼して任せる事にします。


「お言葉に甘えます。すぐに浄化を終えて戻ってきますので」

「はイ。私が話しかけたラ、見えない所から町にどうゾ」

「分かりました」

「レイメイさんはシーアさんと一緒にお願いします」

「俺が居て何か変わんのか?」

「実力行使に出られた時に、シーアさんが反撃した時とレイメイさんが反撃した時では印象に差がありますので」

「……俺に悪役をやれって事か?」

「最低なお願いとは思っています。でも、シーアさんの立場が悪くなるのだけは避けたいです」


 シーアさんが手を出した場合、共和国での居場所が無くなるどころかエルさんの責任問題にまで発展するでしょう。レイメイさんが手を出しても、国際問題になるでしょうけど……すぐに影響が出るのは、シーアさんが手を出した場合です。


「まぁ、良い。チビガキと違ってしがらみなんざねぇからな」

「すみません」

「お前等三人と違って身軽な俺だから出来るって事もあんだろ」

「考えすぎといえなくもないですけド。ご厚意感謝しまス」


 楽観出来ない覚悟が、あの人達にはあると感じました。シーアさんはあの人達の体たらくさを知っているので、「出来るはずがない」と思っているのかもしれません。でも、考えすぎなくらいが丁度良いのです。



 船を降りて、町に入ります。昨日見た限り”悪意”はありませんでしたが、今日はどうでしょう。


『最悪の事態は、考えておいた方がいいかな……』

「シーアさんも、何が最も大切なのかを理解しています」


 リッカさまの腕を抱き、頭を寄せます。シーアさんが共和国に戻るという、最悪の事態を考えているのでしょう。私も……考えていない訳ではありません。ですが、リッカさま。シーアさんは分かっています。


「女王として、仮初の世界を生きるか――平和な世界でエルヴィエールとして生きるか、です」


 魔王の脅威を残したままでは、世界は暗雲に包まれたままです。真の平和が訪れない世界を、シーアさんは良しとしないでしょう。世界の『死』は、まだリッカさまと私の秘密ですが……魔王が居続ける事の意味を、シーアさんは理解出来ています。


「エルさんが女王という立場を追われる事は、絶対にないだろうけど――傍で支えられないって、辛い……もん、ね」

「……シーアさんの選んだ道は、過酷です」


 傍で、守る――私は、守り切れていませんが……それが出来るだけ私は、私達は幸せなのでしょう。ですがシーアさんは、遠くから無事を祈る事しか出来ないのです。エルさんに脅威が迫っている今、シーアさんの憂慮は計り知れません。


「だからこそ、私達の役目を果たしましょう。シーアさんの覚悟に報いるには、それが一番です」

「……うんっ」


 シーアさんの選択がどちらであろうとも、私達はシーアさんの期待に応え続けるだけです。共に旅を続け、必ず魔王を倒しましょう。もし、仮に――共に旅が出来ずとも、私達は必ず魔王を倒します。だから、悔いの残らない選択をしてください。



ブクマ評価誤字報告ありがとうございます!

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