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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
5.生活
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国②



 観光は後程行うという約束をして、王宮へ真っ直ぐ歩を進めます。真っ直ぐ進んでいても、集落との違いに圧倒されてしまいますね。集落に帰って来ない方が多くなるのも納得です。


「アリスさんの友達って、学校に通ってるんだよね」

「はい。今の時間ですと、学校に居ると思います」

「会えるかどうかは運かな?」

「私達が冒険者になる事を考えると、運が必要かもしれませんね。この街は広いですから」


 自発的に会う為の行動を取らない限りは、会う事はないでしょう。正直、どんな顔で会えば良いのか分からないのです。それは多分、相手側も。


『アリスさん。もしかして会いたく、ないのかな。坂道で話を聞いた時も……”幼いころの友人”って、言ってたもん、ね。余り話題にしない方が良いのかも……』


 気を遣わせてしまって、いますね。言葉の節々に、あの頃の擦れた自分が出ていたようです。


「大通りや市場には頻繁に行くでしょうから、そこで会えるかもしれません」

「うん。その時は私もちゃんと、挨拶しよっかな」

「是非、お願いします。私もしっかりと、リッカさまを紹介したいです」

「うんっ」


 リッカさまの綺麗な髪で隠れていますが、頬が赤く染まっているのが見えます。その表情をもっとしっかりと見たいですが、リッカさまの照れた横顔を眺めるのも、趣があって良いですね。赤い髪で分かり辛くなっていながらも、ちらちらと薄っすらと赤い白い肌が見えるのは、官能的ですらあります。


 貴女さまが隣に居てくれたら、過去を乗り越えられる気がします。そして自分の過ちとも、向き合えるでしょう。どうか私に、勇気を下さいっ。



 

 王宮が見えてきました。噴水の向こう側にある、真っ白な壁で覆われた豪華な建物です。先代の王宮をそのまま使っているので、お金の掛かり方が尋常ではありません。この白石(はくせき)は高級品だったはずですから。


『どこもかしこも真っ白。大理石っぽいけど、別物だよね』


 全ての壁に白石が使われています。多分、その建築費は――兆を越えていますね。当時の王国ならば建てるのは可能でしょうが……。


(維持費だけで、国が傾きそうです)


 何れは切り崩して、別の所で再利用するつもりではあるのでしょう。しかし白石は加工が難しいからこそ、費用が跳ね上がるのです。


(コルメンス陛下の苦労が窺えます)


 この王宮の扱い一つですら、国の命運が掛かっているのですから。


「失礼します。巫女アルレスィア様でございますか」

「はい、アルレスィア・ソレ・クレイドルです。陛下のお誘いを受け、謁見したく参りました。」

「今しばらく、お待ちください」


 王宮前の門番に止められはしましたが、検問を通ったからなのか、”巫女”だからなのか、検査は一切ありませんでした。荷物もそのままに来ているのですが……。


(遥か昔から、王国と”巫女”は切っても切れない縁がありますが、ここまで信用されるのは妙ですね)


 確かに世界は今、暗黒に包まれつつあります。近年急激に増えたマリスタザリアに対抗する為、アルツィアさまの使いである”巫女”が世界を救いに来たと、考えられなくはないです。ですけど、一国の王が接見を求める程、この国が逼迫しているようには見えませんでした。


(新聞に載っていない部分で、問題が起きているのでしょうか)


 例えば――地図から消えた町が多数ある、とか。

 一度も世界を救ったという逸話がない、ただ”森”に居るだけという印象しかない”巫女”に頼らないといけない状況なのですね。

 

(そうであっても、身体検査や所持品検査はすべきですが)


 私達が”光”を使えて、”巫女”であると証明出来たとしても、元々はただの”人”です。警戒すべきと思うのです。ありえない事としても、”使命”を投げ捨てて旅を始めた不届き者かもしれないのですよ?




 結局私の疑問は解決されないまま、何の検査もなく中に入れました。人間不信だった時の癖が、大勢の見知らぬ人達の中に入った事で再燃したのでしょう。ですが私は現状を受け入れきれていないのです。なので今目の前を歩いている衛兵の心のうちを、視ようと集中しました――が。


『外観に比べて、中は殺風景? 元々あった物を取り除いたって感じだけど、先代の無駄遣いを処理したのかな』


 集中力が足りなかったのか、衛兵の心は読めませんでした。仕方ないので、より注意深く観察する事にします。


 本当はもっと城内を見たいはずのリッカさまですが、自身が怪しまれていると感じているのでキョロキョロとしたりはしていません。


(それも全ては……目の前を歩く衛兵が、こちらをチラチラ見ているからですね)


 表情が見れないので詳細までは分かりませんが、不審四、劣情六といった所でしょうか。


 この方がどんな心理状況にしろ、リッカさまが嘆息している現実は変わりません。そこまで疑わしいのなら、所持品検査だけでもすれば良かったのです。門では簡易的な検査だけでしたから、王宮前で厳重に調べられても文句はありません。


 むしろそうしてくれた方が、リッカさまが居心地の悪さを感じずにいられたのに――。


 リッカさまは集落に居た時から、怪しまれる覚悟をしていました。身分を証明出来る物が一切ないからです。私はその際、私が居るから大丈夫と言いました。


(それを、果たせていません)


 リッカさまの存在証明は、私しか行えません。この世界の為に――私の為に、剣を取ってくれたリッカさまを蔑ろにしているかのような視線が、私の心に波紋を作ります。


 コルメンス陛下に対しては個人的な感謝があるので、気持ちを切り替え”巫女”として拝謁に望みます。感謝するだけでなく、私はお願いをする立場に居ますから。


 自身の無礼は承知しています。ですが、綺麗事を言っていられる状況ではなくなってしまいました。


 ”神林”の結界はすでに突破されてしまいました。魔王が活発化し、体が重たくなる程の悪意が、世界に満ちているように感じます。


 散々疑っておいて虫のいい話とは思っていますが、こちらの話は信じてもらわなければいけません。証明出来る物は”光”だけですから、信用を求めなければいけないのです。


 ですが、リッカさまの話になれば別です。リッカさまに対する疑いの目がなくならないのであれば……千の言葉を持って説明し、万の行いにより証明してみせましょう。


 世界に問い掛けます。恐怖からの逃避を続けるのかを。そして――噂と妄想の中で生き続けるのかを。


(これはまだ、リッカさまの知らない事ですが……この世界は噂が活発です)


 きっともう、私とリッカさまの事は話題となっています。しかも……拡大解釈と妄想を多分に含んだ、噂です。


 例として上げますが、私の噂にこういった物があります。「”巫女”は白髪の美女で、先代を遥かに超える巫女適性を持って生まれた。何故ならそれは、神の子だから」と、いう物です。


 途中までは、少し誇張しすぎですが正しくはあります。ですが神の子というのは違います。これがまるで、本当の事のように流布されるのです。


 この王宮から出た後、リッカさまのどんな噂が広がっているか……考えただけでも、歯噛みしてしまいます。


(自身の目で見て、考え、確かめる。それを行う事無く噂だけで全てを判断する。それはもはや、暴力と同義です)


 噂の中で生きている方達に、私は行動で証明しましょう。リッカさまの覚悟を。


「国王陛下! お二人をお連れしました!」

「――入ってくれ」

「ハッ!」


 扉の向こうから、青年の声が聞こえます。威厳を感じさせないこの声の主が、コルメンス陛下です。ですが威厳を感じさせないというのは、この国では褒め言葉となっています。


 理由は当然、革命です。先代の一件で、威厳がどれ程薄っぺらい物か痛感してしまったのです。

 ですがそれは、本物を知らないからに他ならないでしょう。真の威厳を持った者を前にすれば、簡単に考えは覆り、コルメンス陛下にもそれを求め始めるでしょうから。


「どうぞ、自分はここまでです」

「案内、ありがとうございました」


 敬礼し、扉を開けてくれた衛兵に頭を下げます。リッカさまへの不信感を持っているという出来事は尾を引いていますが、それを前面に出す事無く仕事に徹してくれたのですから、礼を尽くさなければいけません。


 毅然であっても、意固地であってはいけないのです。

 しかしこの衛兵の態度こそ、リッカさまの現状を如実に表しているといえるでしょう。”光”だけでは、不信感は拭えないと分かりました。

 

 私の行動は、私だけの評価とはなりません。リッカさまとアルツィアさまの評価に直結します。”人”ではなく”巫女”として、最大限の努力を惜しみません。


 リッカさまの行動は正義の物です。”巫女”が正義であり続ければ、リッカさまの行動は”巫女”となりえます。


 まずは”巫女”としての足場を固めます。ただの行楽ではないと、コルメンス陛下に伝えるのが第一歩です。


「よく、来ていただきました。”巫女”様」


 扉を抜けると、執務室でした。やはり、王という立場に慣れていないのでしょう。玉座よりもこちらに居る方が多いという、お母様の情報は確かだったようです。


「初めまして。コルメンス・カウル・キャスヴァル。現国王です。是非、コルメンスとお呼びください」

「お初にお目にかかります、陛下。”巫女”アルレスィア・ソレ・クレイドルです」

「六花……立花、です。リツカの方が名前なので、そちらでお願いします」

「畏まりました。リツカ様」

(エルヴィエール陛下より綺麗な方が居たとは……それも、二人も)

「此度の旅についての説明に窺うつもりでしたので、ご招待頂けて嬉しく思います」

「ありがとうございます。早速で申し訳ございませんが、こちらへどうぞ」


 金髪碧眼の好青年、教科書に載っていた通りの方です。

 リッカさまを見ての反応は、驚愕が主のようですね。懐疑的な視線も劣情も殆どないのは、ほっとするよりも先に首を傾げさせました。


(やはり、反応に違和感があります)


 リッカさまが疑われていないのは嬉しいのですが、全く無いのは、これまでの経験から色々と勘繰ってしまいます。何より、()()()()()()()()という事に、疑問がないように感じます。


(自分自身面倒な性格と思っていますが、リッカさまを見て驚愕だけなんてありえません。今まさにきょとんとした表情で部屋の観察をしているリッカさまの愛らしさといったら)

『執務室、かな? 王様が居る部屋にしては……質素、だなぁ。玉座とかよりはずっと安心するかも』


 共和国の女王であるエルヴィエール陛下と()()()()と聞いていますが、恋人が居ても目移りする時はすると、お母様は言っていました。実際集落でも、リッカさまを見た男性は全員、真っ先に目を奪われていましたから。


(疑い続けるのは失礼です、ね。リッカさまに劣情が向かないのは、私としては最高の状況です)


 コルメンス陛下に促され、私達は椅子に座ります。長机とソファですが、そのどちらも量産品です。ここも、聞いていた通りですね。王宮や自身の給与等、削れる部分は全て削り、王国の為に使っている、というのは。


(ゲルハルト様とエルタナスィア様から聞いているが、その事は内緒という話だったし、改めて聞くとしよう)


 コルメンス陛下がこちらをじっと見ていました。感慨深いような、漸くといったような視線です。


「最初に、コルメンス陛下」

「はい、何でしょう」

「先代国王と”神林”の一件、ありがとうございました」


 アルツィアさまは当然、先代国王の事も愛しています。やんちゃをしている駄々っ子の一人でした。ですが”神林”に入られる事だけは、許してはならないと言っていました。


「アルツィアさまも、コルメンス陛下に直接感謝を伝えたいと言っていました」

「……ありがとうございます。その言葉を頂けただけで、救われた気がします」


 簒奪者という言葉を、少なからず気にしていたのでしょう。

 コルメンス陛下のお陰で救われた人は大勢います。先代のツケを払っている最中に、魔王という脅威の話まで気にしなければいけないのは申し訳なく思います……ですが、今一度覚悟を決めて頂きたいです。


「結界で守られている”神林”は本来、狙おうと思っても狙えません」

「と、申しますと?」


 本題に入った事を感じ取ったコルメンス陛下の目が、変わりました。その瞳は知っています。私の、大好きな赤い想いです。


「”神林”に入ろうという意思。マリスタザリアの素となる悪意。負の感情。全て、結界により弾かれます」

「……先代が”神林”を私物化しようと思えた時点で、異常事態という事ですね?」

「はい。世界は今、強力な悪意に蝕まれています」


 私は魔王の存在と、その影響によって起こっている出来事を話しました。マリスタザリアが急激に増えたのは、魔王によって、アルツィアさまが対処出来ないくらい悪意が澱んでいるから、という事を。


 ですが、世界の真相は隠しています。あれは、知らない方が良い物です。”巫女”だけが知っておくべき物と思っています。魔王が居るだけで世界が”死ぬ”なんて、負の感情が吹き荒れすぎてしまいます。


「魔王……その者を倒さなければ、現状は打破出来ないのですね?」

「その通りですが、完全にマリスタザリアを消し去る事は出来ません。かの物は人の悪意が形を成した者。人が負の感情を抱く限り、居なくなりません。ですが、昔の出現頻度に戻す事は可能です」


 負の感情を抱かない、なんて事は無理です。感情からどんなに逃げようとも、澱むものです。


「私達が旅をしているのは、魔王を迅速に抹殺する為です。ですが何処に居るかは、アルツィアさまですら分かりませんでした」

「ふむ。アルツィア様ですら見つけられないとなると、我々では……しかし、何もしないという選択はなさそうですね。すぐに兵を招集し、まずは王国内を調べさせましょう」

「ありがとうございます、陛下」

「いえ。ただ、北部は少し難しいですね……あちらは特に、荒れてしまっています」


 先代の煽りを一番受けたのが北部です。共和国のお陰で少しは緩和されたようですが、今でも王都の恩恵を受けきれていないと聞いています。


「個人では無理な捜索です。やっていただけるだけで、助かります」


 人海戦術、というものです。アルツィアさまの、神の知覚で無理ならば、人の目に頼るしかありません。



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