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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
5.生活
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フラス②



 ”光”の修行を一旦やめ、歩き出します。今から向かうのは王都の南側な訳ですが、断崖絶壁となっていて、坂道を下りる事になります。光景的には、集落の高台に続く道でしょうか。高さも広さもこちらの方がずっと大規模ですが。


「崖の下に王都があるんだ」

「そう聞いています。後一時間か二時間といったところでしょうか」


 南門から見ればただの絶壁ですが、遠くから見ると別です。山を縦に割ったような壁となっています。なので、なだらかな斜面となって、東と西に広がっているのです。西と東に数キロ進むと、壁ではなくただの坂道が見えてくるはずです。


「王都の周りって、壁に囲まれてるんだっけ。そんなに広い壁、見た事ないや」

「確か、リッカさまの世界には万里の長城という物があると聞いています。それで一つの街を囲っているようなものと思っていただければ、想像しやすいかもしれません」

「んー、すっごい果てしなくて……でも、想像は出来たかも」

『それだけ広いなら問題ないかもだけど、息苦しくない、のかな』


 リッカさまの考えも尤もですね。お母様が王都に居た時は壁が無かったそうです。その時は、南の壁の威圧感とか、北や西に広がる荒野と草原、東に少し進めば見える海を楽しんだそうです。


「壁の完成は二年前と聞いています」

「やっぱり、アレの所為?」

「はい。何故か増え続けるマリスタザリアの対策として、壁が出来ました。それまでは、牧場を離すだけで対応出来るくらいの物だったそうですが、発生頻度と増殖速度が桁違いになった結果のようです」

「一昨日も、二体目の出現が早かったもんね。悪意と嫌な予感を感じてすぐ避けたのに、ギリギリだった」

「そういった出来事が、近年では日常となっています。本来は月に一体でも出れば多い方でしたが……」

(あの時は、行商の方を持っての回避でしたから、リッカさまでなければまず、やられていました)


 私がアルツィアさまからマリスタザリアの事を聞くまで、この世界の人々は独自のマリスタザリア対策を行ってきました。


 マリスタザリアは動物から変質した者なので、牧場を隔離したのが最初です。それは一定の効果を発揮しました。逃げる為の時間稼ぎが容易となり、出てくる位置が分かっていれば監視もしやすいからです。


 それと、マリスタザリアの激情が殺意と嗜虐が主という点から、負の感情が関係していると考えた人が居ました。何より人が居るところでしか発生しないという情報から、もしかしたら人の感情が関係しているのでは? という結論に至ったそうです。


 それを裏付けたのは私ですが、人々は経験と本能から、マリスタザリアという存在がどういう者か思い至っていたのです。


(その結果が、感情の希薄化であり、感情の発散へと繋がっています)


 魂に刻まれたマリスタザリアへの恐怖が、マリスタザリアから遠ざかろうとする本能へと繋がり、恐怖等の負の感情からの離脱を可能にさせました。ある意味、進化なのでしょう。


(ですが、私は今こそ世界に問い掛けたいのです。逃げるだけで良いのか、と)


 リッカさまを知ったからというのもあります。ですが、リッカさまの精神構造は特別です。他者が真似出来るものではありません。


 ですが、リッカさまはそれを抜きにしても、自身の感情と向き合っています。逃げないのです。受け入れているからこそ、静謐な心を保てているのです。


 この世界の人も、逃避ではなく、受容によってマリスタザリアを遠ざけて欲しいと、思うのです。

 逃げるだけでは限界が来ると、私は知っていますから。


「見えてきましたよ、リッカさま」

『世界の果てみたいに、ぶっつりと景色が切れてる。あの下に、王都が』


 草花はなくなり、斜めに根を張った木があったりと、まさに世界の果てのようです。ここもばっさりと切れていますが、北部にもそういった場所があると、共和国の本に書かれていました。


 北部とここがばっさりと切れている事から、この断面は隆起ではなく、陥没ではないのか、という説が、近年発表されたそうです。隆起にしろ陥没にしろ、まだまだ研究段階なのです。


「わー……」

『すご、い。この世界に来てからこれしか思ってないけど、凄い凄い! 本当に壁で囲まれてる! 端っこ見えないくらい大きいし、建物がすごい綺麗に並んでる! 真ん中辺りにあるの、噴水かな? あんなに広い道、初めて見る! 噴水近くの……王宮? 王城? 凄く綺麗な白い壁……あれだけ浮いてる? ここからでも見えるくらい、人が一杯で、声も聞こえる! 生活の匂いっていうのかな、料理の匂いとか食材の――後、薄っすらと牧場の匂いも! 街を上から見るなんて初めて!』


 リッカさまの感動が、私に流れてきます。私も、凄く吃驚しています。


「予想より、ずっと大きい」

「実物は、こんなにも広く感じるものなのですね……」


 資料で見てはいました。街の内観や、この場所から撮られた全貌等、見てはいたのです。でも、実際に見るのはやはり違います。


「アルツィアさまが言っていたのは、これでしょうか」

「かな? 実際に見て、経験して、だね。これは実際に見ないと分からない迫力かもっ」


 リッカさまが後ろ手を組み、私に微笑みかけています。これから、あの王都で――私はリッカさまと生活をします。それが何時までかは決まっていませんが、今からわくわくしているのです。


「宿を探して、街を歩いてみましょうっ」

「うんっ」


 大きい街を見たからといって、こんなにも感動するとは思いませんでした。多分、擦れていたときの私だとそうはならなかったでしょう。ですが私はもう、知っています。新しい物を知るのは楽しい物であり、体験するのはもっと楽しいと。そしてそれを、大切な人と共有出来たならそれは、至福の時なのだと。


(貴女さまとの生活、楽しみです)

『アリスさんとあの街で、一緒に生活。楽しみだなぁ』

(一緒に料理をしたり)

『一緒に買い物に行ったり』

(一緒に街を巡り)

『色々な人と交流する』


 きっとそれは――私達の、宝物になるでしょう。そう、確信出来ます。

 微笑み合い、視線で会話します。私達の想いは一致していました。


「さぁ、リッカさま」

「うん、アリスさん」


 自然と私達は、手を繋ぎます。そして王都へ続く坂道を、下りて行くのでした。




 坂を下りきり、検問の列に並びます。行商や旅人、でしょうか。家族で並んでいる方もいます。観光かと思い増したが、大きい荷物が見えますし、引越してきたのでしょう。


(うおっ。何だ?)

(美人の、姉妹? 同じ服着て、仲良いのねぇ。旅人には見えないけど)

(東より少ないかと思って南に来て、逆に時間が掛かってたが――わざわざ南に来て良かったわ)


 旅人は少ないと思っていましたが、検問所には大勢が並んでいました。私達が”光”の魔法を練習している間に、他の旅人は王都に向かっていたようですね。


 能力を使うまでもなく、リッカさまと私に()()()()()視線が刺さっているのが分かります。リッカさまが私を隠すように立ち位置を変えていますが、リッカさまも対象なので、意味は余り……。


「検問かぁ、どんな事するんだろ」

「所持品検査と、身分証の提示、王都への入場目的の確認辺りでしょうか。場合によっては身体検査も――」


 そこまで言って、私は眉間に皺が寄ってしまいました。少し列から顔を出し、検問官を見ます。男性しか居ません。


(もしもの時は、”巫女”の名を出しましょう)


 公私混同をする者が、検問官になんてならないと思いますが、注意しておくべきですね。

 リッカさまは、それが必要となれば身体検査も受け入れてしまいそうです。


 

 私達の順番が巡ってきました。並んでから二十分くらいでしょう。思いの外時間が掛かりませんでしたね。検問とはいえ、簡易的な物だったようです。


「こちらに荷物を置いて、氏名と身分証、目的の提示を願います」

「……」

「何か?」

「い、いえ!」

(何処かで、見たような……? 聞いたような……?)


 二人居る検問官の内、じっと私達を見ていた人に声をかけます。そんなに見るものではありませんよ。

 身体検査はなさそうですね。一先ず安心でしょうか。


(女性の検問官が居たとしても、リッカさまの身体検査を許容出来そうにないですね――)

「あ、リッカさま。剣は良いのですよ」

「そうなの?」

「はい」


 リッカさまが剣を提出しようとしたので、止めておきます。

 刃物が危険物というのは間違いではありませんが、提出物の中に刃物は含まれていません。


『目に見える脅威だし、確認だけなら身に着けたままで良いのかな』


 剣を抜けば話は別ですが、腰に携えているだけなら問題ありません。何より、リッカさま以外の振る剣は、そこまで危険ではないのです。検問官は”盾”や”拘束”に特化していますから、剣を脅威と思っていないのです。


 これはオルテさんから聞いた話ですが、魔法より先に剣を抜くのは、攻撃魔法に乏しいと言っている事に等しいそうです。なので、本当に攻撃魔法がなくとも、先に魔法を使う姿を見せると聞いています。


 しかしその考えは、リッカさまの登場で覆りました。詠唱する暇があるのなら、剣を抜いて肉薄するべきだったのです。


 それを、検問官は知らないようです。なので剣は携えたままで良いでしょう。今この場にマリスタザリアが出た場合、リッカさまが武器を持っているかどうかは大きな問題なのですから。


「荷物はこれだけです。目的は滞在。冒険者登録をする為に参りました。名前は、アルレスィア・ソレ・クレイドルです」

「アル――ま、まさか巫女様ですか!?」

(道理で、引っ掛るはずだ――)


 行商の方達もそうでしたが、私が思っている以上に、私の名前は伝わっているのでしょうか。お母様とお父様経由で、大虐殺の真相や魔法の詳細、マリスタザリアの動向は伝わっているのは、王都の最新の教科書を見れば分かります。ですが、名前や容姿まで伝わるもの、でしょうか。


(気にする事ではありませんね。知って貰えているのなら、それに越した事はありません)


 ただ、先代は確か――教会の人以外には余り知られていないと、お母様が言っていたような……。

 

(アルツィアさま曰く、宗教が盛り上がるのは――世が乱れている時が多い、そうです)


 本来”森”に篭り、祈りを捧げているだけの”巫女”を、多くの人が知っている。それはつまり、それだけ――世が、乱れているのです。


 世界の趨勢が人の手に渡ってもう、何百、何千年となります。その中で、日常の中にアルツィアさまは居ました。ですがそれは、天上の者を敬うといった物です。


 人々は自分の力で文明を築き、歩み続けていました。なのにこうやって崇められるという事は、必要とされているのです。アルツィアさまの加護が。世界の危機を感じ取った皆は、今まさに、アルツィアさまの再臨を望んでいるのです。


(それを自覚し、私はより強く、”巫女”として振舞わなければいけません)


 まさに私達は、アルツィアさまの加護を届けに来たのですから。


「み、巫女様?」

「あれが、噂の……」

「まさかこんな所で会えるとは――」


 今まで、()()()()()視線を向けていた方達が、私を”巫女”として認識しました。その瞬間、視線の質が変わったのです。


 ですが……。


(リッカさまに対しての視線は、変わらないのですね)


 それだけが、嘆かしく思います。


『アリスさん、やっぱり有名人なんだ。こんなに沢山の人に敬われるだけの事を、アリスさんはしてきたんだもんね。私はそれが、誇らしい。そんなアリスさんを守れる事に喜びを感じる。だからこの剣を手放さなくて良いのは、嬉しい。この剣はオルテさんやアリスさんの両親、集落の皆の想いが篭っているから』


 リッカさまは自身に注がれている視線をまったく気にせず、私に向いている視線だけに注意しているかのように振舞っています。ですが実際は、自分に向いている視線を選別しているだけ、なのです。直接手を出そうとする者だけに、威圧を飛ばしています。それも、殆ど無意識下で。


(その技術を身に着けてしまうくらい、向こうの世界でも同じ目に遭っていたのですね……)


 だから、勘違いされます。


(巫女様の隣の、この子は一体……? 妹君だろうか……。剣を持っているから、護衛……? それにしては随分と間の抜けた……)


 変に警戒されないように、リッカさまはぽやっとした雰囲気で居ます。それは私の傍に居る事での安心感の表れなのですが……他者から見れば、惚けているように、見えるようです。


(不信感は悪意を呼びます。ですから、リッカさまはいち早く雰囲気を柔らかくしたのです。ですが……それは、やりすぎ、です)


 私が感じている本当のリッカさまと、周囲が感じているリッカさまの印象が、違いすぎます。ここまで自身の雰囲気を制御出来るものなのでしょうか。


 不埒な視線には威圧を飛ばし、それ以外には何も感じさせず、私にはいつも通りのリッカさま。私の感覚よりも、リッカさまを見た方が周囲の状況を掴めそうです。


「巫女様、こちらは……」

「同じく”巫女”の六花立花さまです」

「……はい?」

「”巫女”の六花立花さまです」

「ア、アリスさん。それは――」

『この世界の”巫女”はアリスさんだけだから、疑ってる、よ?』


 いくらリッカさまでも、最初から決めていた事です。

 リッカさまは護衛でも、剣士でも、従者でもありません。同じ”巫女”です。


「私と共に、アルツィアさまの命で”お役目”を遂げる為に、旅をしております」

「では、この方も巫女様であなた様と共にお役目にきたと?」

「はい、その通りでございます」

「巫女様はお一人。あなた様だけと記憶しておりますが」

「我らが神、アルツィアさまのお導きです」


 私がからかっていると思っているようです。私はまだ十六ですが、こんな重要な場面で人をからかう趣味はございません。何より、リッカさまの為に動いている私が、嘘を言う事はありえません。


「ふむ……では、巫女様である証拠をお願いできますかな」

「リッカさま、お願いします。巫女であるという唯一の証を」


 使わずに通しては貰えないようです。


「う、うん」


 リッカさまが、手放したくないと思っていた剣を検問官に渡しました。自ら武装を解除する事で、敵意がないと見せているのでしょう。これだけで、怪しい者ではないと分かるはずです。なのに――検問官と私の話を聞いた周囲の人は変わらず、リッカさまに不信感を向けたままです。


 頑なだったと思っています。ですが私は、リッカさまが疑われるのは我慢なりません。


(不審から確信に変わった出来事は、より強い印象となります。ですから、リッカさま)


 この世界で唯一の”光”を。貴女さまが光らせる正義をここに。


光よ(【フラス】・イグナス)……!」

「――――これ、は、確かに光の……」


 炎で照らす事は出来ても、光を作り出す事は出来ません。”幻惑”等の催眠魔法であろうとも、光を偽る事は出来ません。この”光”を出せる事が、”巫女”である事の証であり、アルツィアさまの意思の元ここに居る事の証明です。



ブクマ評価ありがとうございます!

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