アルレスィアはおちる A,C, 27/02/24
今日は午前から”森の歓迎”がある日なのですが、外れの日みたいです。一度”神林”の外に出て、丘から周辺の様子を確認しましょう。”結界”の調子を見なければいけません。
この”神林”と、”神林”に食い込む形で作られた集落は、”結界”により守られています。
”結界”は人には見えません。”巫女”ならば感じられるでしょうが、今は、感じにくいです。
この”結界”は、悪意から”神林”を守っています。人から向けられる憎悪や殺意等の負の感情、世界に漂っている悪意を”神林”に入れないようにしているのです。
しかし今、その”結界”が弱っています。
何十年も前からじわじわと、”結界”が弱っているのです。だから、問題が多く起きています。集落の中で他者へ悪意を向けられているのが、その証拠となるでしょう。
「あー、酒が飲みたいなー」
「夜飲んでるだろ」
「いや、今飲みたいんだよ」
私が”神林”へ入っている時間だからでしょうか、私が居ない事を前提とした雑談が聞こえてきました。
「先代の頃は贅沢出来たんだけどなー」
…………確かに、一代前の”巫女”ならば、昼から飲酒をしても問題なかったのでしょう。実際あの頃よりも集落は落ち着いています。
しかし今でも、多少の嗜好品は流れて来ています。お昼から贅沢は出来ませんが、普通を維持出来ていると思います。
「お前、それ以上は止めておけよ。今の集落じゃ、お前は少数派なんだぞ」
「分かってるって。でもお前も、飲みたいだろ」
「そりゃ……」
お酒、ですか。昼間から飲みたいものなのでしょうか。少なくとも父やオルテさんは、嗜む程度です。他の方はガブガブと飲んでおりますが……息抜き出来る程度には、自由を許しております。
法で許されている範囲ですが、嗜好品や娯楽も自由です。
(しかし、お昼からの飲酒を推奨出来ません)
あの方は先代派ですし、要らぬいざこざが起きぬように、静かに丘へと登りましょう。
先代派の方と打ち解けられる程、私はまだ……あの頃を許せそうにありませんから――。
『お酒か。こちらではまだ確認されていないが、アルコール依存という物があるらしい』
「依存がおこるのですか?」
確かに、先ほどの方を見ればそうだとは思いますが。
『アルコールは言ってしまえば毒だ。飲みすぎれば確実に人体を蝕む。当然、肉体的な許容量によっては、一滴でも駄目だ。きみなら分かるね? アルレスィア』
アルツィアさまのお陰で、私の医療知識はこの世界において最も進んでいると思います。
こちらよりあちらの世界の方が、格段に医療が進んでいるものですから。
「お酒自体が持つ依存性が問題なのですね」
『そうだね。飲みすぎてはいけないが、お酒に溺れてしまえば自分の意思でやめられない。回りの力でお酒を遠ざける必要すらある。もちろん、依存症だからね。離脱症状がある。麻薬と一緒さ』
この世界にも麻薬になりえる植物はあります。ですがそれを使った薬物は現在確認されていません。
その代わり、葉巻やお酒といったものはあるのです。もしかしたら、この二つの方が依存性は高いのかもしれません。
「こちらが、今日のですか?」
『覚えておいて損はないよ。特にお酒に弱いっていうのはね』
「分かりました。もう一度、アルコールについて調べなおしましょう」
嗜む程度ならば問題ないのでしょう。ですが、飲みすぎはやはり毒なのですね。ある程度の自由が許されている集落ですが、締め付けは必要と再認識いたしました。
「アルレスィア様」
「オルテさん。丘へと昇ります」
「畏まりました。お供します」
丘へと続く道の前に、オルテさんが居ました。どうやらオルテさんも、丘から周辺を見に行くつもりだったようです。
「”結界”の様子は、どうでしょう」
「緩やかに弱くなっています。集落内の負の感情も昂ぶっているようで、近い将来出ます」
集落内でマリスタザリアが出てしまうと、もう後戻りは出来ません。私だけでも先んじて旅に出る必要があるでしょう。不安しかありませんが、集落内に出るという事は、世界の終わりへ更に一歩近づくという事なのですから。
「負の感情とは、まさか……」
「先代関係もそうです。ですが現状の問題としては、些細な事で争いが起こる可能性です」
贅沢出来ていたのに、という不満を先ほど聞きました。しかしその方の友人も言っておりましたが、不満を持つ方の方が少数派です。ある程度の自由を認めているので、各々折り合いをつけてくれています。
例えそれが、過去私へ行った事に対する後ろめたさ故の我慢であっても、負の感情と言える物は予想よりは少ないです。
ですから、今問題となっているのは……理由のない負の感情です。
目の前を子供が元気に駆けていた。それが目障り。こんな理由で苛立ちを示す方が出ています。
”悪意の浄化”をする必要があるかもしれません。人に取り付いた悪意を、私の”光”の魔法で浄化する事が出来ます。
世界を取り巻く、負の感情の集まりである『悪意』。それにより『マリスタザリア』と呼ばれる者たちが生まれます。
それは動物であったり、人であったりです。
人であれば、凶暴性が増したり、犯罪に対しての理性が働かなくなったり等、本能に忠実になってしまいます。
しかし……動物は、問題です。
「アルレスィア様!」
「どうしました? エルケさん。まずは大きく深呼吸をして落ち着きましょう」
「は、はい……。すぅー……はぁー……」
集落に居る子供達の中で、最年長であるエルケさんが顔を青ざめさせて、私達の元まで走ってやってきました。
エルケさんはまだ五歳程ではありますが、集落のある決まりにより、後二年か四年で王都の学校に通う事になっております。
子供代表という訳ではありませんが、私への報告係を買って出てくれる事が多いです。責任感が強く、優秀な子なので、期待しています。
「こ、ここからすぐの所で……マリスタザリアが出ました!」
”結界”が張られている”神林”集落周辺にマリスタザリアが出る事はありません。しかし、数年に一度は出ている状況でした。それが、今なのでしょう。
驚きよりも、やはりという気持ちの方が大きいです。
「誰か襲われていますか?」
「はい!」
「オルテさん」
「承知しております。十人前後ですぐに出ます」
「私も、”光の矢”にて援護致します。保護を最優先にお願いします」
「はい」
オルテさんが行動を移したのを確認し、私はエルケさんに向き直ります。
「集落の子供達を集会所へ集めて下さい。その後、大人達へ入り口周辺で”盾”を張るように指示をお願いします」
「はい! すぐに取り掛かります!」
「よろしくお願いします」
エルケさんが再び集落へと戻っていきます。私は、丘の上へと走って向かいました。
「アルレスィア様! あちらに――!」
「先ほどエルケさんから報告がありました。お二方もすぐさま集落の方で防衛活動をお願いします」
「ハッ!」
丁度連絡を入れようとしていた様子の見張りさん方に命令を授け、私は人生で初めて――マリスタザリアを目視しました。
遠くて、余り分かりませんが……馬から変質したと思われるマリスタザリアは鬣が伸び、毛先が釣り針のようになっているようです。蹄も鋭さが増していますし、通常の馬にはない角が生えています。
突進するだけで、周囲の草花が刈り取られているように見えます。
あんな物を生身で受けては、直撃せずともバラバラに、なるでしょう。
「悪意はこちらに向いていませんね」
『そうだね。まだ、”結界”が守ってくれている。集落を襲う事はないだろう』
「しかし、あの場に居る方達と、周辺の町には向かいます」
選択肢は一つです。
「射程はギリギリですが――やります」
全身を流れるイメージで魔力を練り、強く”想い”ます。
想いは、眼下の敵への――”拒絶の矢”。風より早く、針より鋭く、我が敵への強襲を――!!
「光よ! 拒絶を纏う矢となり、貫け――!」
手に持っていた”杖”を敵へと向け、強く、強く想います。私の矢は敵の目に映る事無く、射抜くと!
私の杖から撃ち出された”光の矢”は飛翔し、マリスタザリアへと一直線に向かっていきます。
普段ならば射程外ですが、目視出来ています。何とか、届くはず……!
魔法の手応えを感じるのと、オルテさん達が数人でマリスタザリアを攻撃したのは同時でした。
オルテさんが何度も斬りつけ、”火弾”や”風の剣”が次々に襲いかかっています。
そして……マリスタザリアは絶命しました。
他のマリスタザリアが出ていない事を確認し終え、私は集会所の前まで戻りました。
「ありがとうございました。アルレスィア様」
「お陰で、誰も怪我をしておりません!」
「行商の方は、大丈夫でしたか?」
「はい。”盾”を持った護衛をつけていたらしく、怪我人は居りませんでした」
怪我人が居ないのなら、上々です。問題は山積みですし、私の不安は払拭出来ていませんけれど……。
事後処理をオルテさんに任せ、避難していた子供達に安全を知らせます。集落の子達も、今日が初めてのマリスタザリアでした。
怖がったり、泣いたりしている子達が居ます。中には強がっている子や、戦いに出られない事を悔しがる子も。
反応は様々ですが、心に深い傷を負った子は居ません。
世界で一番安全な場所である”神林”集落。ここで一生を過ごせば、マリスタザリアを見ることなく過ごせる。はずなのです。
ですが、今の世界はそれを許してくれません。
怨敵――『魔王』の所為で、世界は今……終わりへと近づいているのですから。
集落の皆が落ち着いた辺りで、”森”に入ります。まだ歓迎は、起きていない様です。
『不安かい?』
「はい。魔王ではなく、”光の矢”について、ですけれど」
手応えはありました。確かに私の”光の矢”は、私の”拒絶”と”光”を受け、効果を発揮したと思います。
”拒絶”によりマリスタザリアに入り込んだ悪意を剥離させ、”光”によりその効果を上げる。そうすると、マリスタザリアは一瞬だけ元の動物に戻ります。
これが、私が特別な理由です。
”巫女”に渡される”光”の魔法と、生まれながらの魔法である”拒絶”。この二つが、対魔王の切り札となるはずです。
『きみの”光”、”拒絶”、”治癒”は、特級の五段だ。しっかり効果を発揮しているよ』
特級とは、人が作り出した魔法の階級制度です。人は生まれながらに、一つか二つ、得意な魔法を持っています。私で言えば、”拒絶”と”治癒”がそれに当たります。”光”は、”巫女”に与えられるので後天的な特級です。
魔法は基本的に全部使えます。生まれながらに持った魔法以外は、上級の五段まで高める事が出来ます。最低が下級の一段ですが、そこまで低いと使わない事の方が多いです。
中級の二段でもない限りは、使おうとしない風潮であると聞いています。
その中で特級とは、生まれながらの得意魔法という意味です。得意魔法以外は、特級には分類されません。
そして更に、私が特別な理由として――”拒絶”は、私しか使えません。本来全ての魔法を扱えますが、”光”と”拒絶”だけは、誰も使えないのです。
だから、これを高めなければいけません。魔王へ対抗するには、この特別な魔法を極める必要があります。
ですが……。
「手応えだけでは、何も……。目視で確認したいです」
『それは、私も思うけどね。あの魔法も本番で使ってみて欲しいし』
「はい……」
この集落に居る限り、マリスタザリアと出会える回数は限られています。私はまだ、一回しか……。経験が、足りません。
こんな状態で、”巫女”さまを導く事が出来るのでしょうか……。
『自信を持つんだ、アルレスィア。きみは随一の使い手だよ』
「……は、い」
人生をかけて、訓練しました。これは確かな自信として、私の中にあります。大丈夫です。必ずや、”巫女”さまを導いてみせます。
ブクマ評価ありがとうございます!