指②
川を越えてから数分経った頃でしょうか。少しばかり風景が代わりました。どこまでも続くかと思えた草原に、森が見えてきたのです。
『あの森。少し、元気がないように見えるなぁ。少し痩せてる? 密集しすぎなのかも』
リッカさまは見つけていたようで、森に思いを馳せていました。”神林”や”神の森”に対して感じていたような心はありませんが、今見えている森を心配しているようです。
確かに、木々が痩せているように見えます。葉に穴が空き、枯れているものまで。時期から考えると、もう少しで活性化するのでしょうけど、それにしても痩せています。
ただし、あの森が特別痩せている訳ではありません。あれが本来の姿なのです。”森”と森は違います。”森”は、アルツィアさまの居城ですから。
もう少し森の観察を続けさせたいのですが、丁度中間辺りですから、キャスヴァルについて教えておきましょう。
「これから向かうキャスヴァルですが、人口は九万人から十一万人とも言われ、キャスヴァル王国の名の通り王政を敷いています。」
キャスヴァル王国国王、コルメンス・カウル・キャスヴァル。ほんの十年前に王となった方です。元々は、南方の小さい町の町長の息子だったそうです。
このキャスヴァルという王国は、革命によって変わったのです。
十年前、好き勝手やっていた前国王から王国を守ったのが、コルメンス陛下です。その所為で一部からは簒奪者などと言われていますが――。
『国の為に、この国に住む人の為に、戦う道を選んだ……。凄い、覚悟。簡単な道のりじゃなかったはずだから』
そうです。コルメンス陛下にあったのは、この国への嘆きです。
私は思うのです。リッカさまとコルメンス陛下は、似ている、と。
「それと、先代国王は……圧制者であり、略奪者でした。その目は、”神林”にも向いていたそうです」
「”神林”にも……?」
『いけない事だけど、ちょっと先代国王の事、嫌いになりそう』
「”神林”を私物化しようとしたのです。絶対不可侵である”森”を手に入れようとした事で、国民の怒りは限界でした」
「その時に、王様が?」
「はい。革命は成り、今のキャスヴァル王国という国が出来たと聞いています」
私がコルメンス陛下を他人事と思えないのは、私は助けられていたからです。革命時は先代巫女が統治していましたが、恐らく先代国王軍を止める事は出来なかったでしょう。そうなれば私も当然”巫女”になる事なく、世界は終わりを迎えていたのですから。
『森好きなのかな。王様。ちょっと親近感湧くかも。話す機会あるのかな』
「……」
リッカさまもコルメンス陛下が他人事ではなくなったようです。ああ、この話はするべきではなかった――――いえ、これから行く王都の事を少しでも多く教えるのが私の務めです。しかし、コルメンス陛下が森好きかどうかは私も知らないのです。ですから、その……会いたいとか、親近感とかは……ですがリッカさまが王都に親近感を持つのは良い事………むむむむむ……。
「キャスヴァル王国には、東西南北に領地が広がっています。西が一番狭く、東南北と、広くなっていきます。”神林”は南に位置しているので、王国の正門は南にあるそうです」
私はぱりっと、話題を変えました。別に、嫉妬した訳ではあり、ません……。会った事もないコルメンス陛下に嫉妬など――そういう理由でしたら、椿さんもですね……。ああ、自分の愚かな思考が憎いです。
「神さまをいつでも迎えられるように、かな?」
「そうだと思います。王都には四つの門がありますから、東西南北何処からでも入れます。でも王宮の玄関は南に向いていますし、ギルド等の重要施設は南に集まっているそうですから、アルツィアさまを意識しているのは確実ではないかと」
本来であれば、王国の恩人である共和国側、北門が正門でも良いのでしょうけど、コルメンス陛下は南を正門にしたままです。
その事から少なくともコルメンス陛下は、”巫女”や”神林”に好意的と思っているのですが、実際に会うまでは分かりませんね。
『そういえば』
「ギルドに所属するって言ってたけど、何をするところなの?」
「はい、商業、農業など。全ての組合の管理所です」
「割と普通?」
「ここまでは、ですね。今のギルドで一番重要な役割を担っているのが、ハンターや、護衛なんかの斡旋です。冒険者組合、というそうです」
私達は王都で、ギルドに所属して過ごすつもりです。金銭面をどうにかしつつ、情報収集と私達の魔法の特訓、”巫女”としての活動をしていくのです。
そのギルドの中で、私達は冒険者と呼ばれる組合に所属します。
「でも、なんで冒険者って名前なんだろう。依頼解決がメインなんだよね?」
『ボランティアの延長なら、便利屋立花さん復活かな』
「ふふ。――開拓時代の名残のようです。その時に冒険していた人たちが、人々のためにと立ち上げた。というのが発祥のようですね」
少し得意顔で、冒険者へのやる気を漲らせるリッカさまは、非常に愛くるしいです。
便利屋リッカさま、というのは、向こうの世界でリッカさまが行っていたぼらんてぃあと呼ばれる活動です。
人助けが主です。横断歩道で困っているお婆さんの荷物を持ったり、道案内、迷子の捜索、保護等です。ですがそんな活動の中で、リッカさまが一番多く行っていたのは――不良と呼ばれる悪人達から、人々を守る救助活動です。
何故、”恐怖心”に苛まれているリッカさまが、そんな……”恐怖心”を煽るような事をしていたのか……。
リッカさまの”恐怖心”と、両親達から頂いた正義の心。この二つは、相容れないものです。ですがリッカさまの正義の心に、困っている人を見捨てるという選択肢がありません。リッカさまは、人を助ける行為に躊躇がないのです。
不良との戦闘に陥っても、リッカさまが手を出す事はありません。攻撃するという行為をリッカさまは嫌うからです。ではどうやって撃退するのか、ですが……リッカさまは不良の攻撃を避け続けるのです。
(リッカさまならば可能ですが、無茶をしすぎです……)
ですがそれは、相手が二人の場合です。リッカさまの行動は決まっています。二人までなら避け続け、三人で逃げる方向に足を向け、四人になれば逃走を選びます。
逃げるという行為にも”恐怖心”が付き纏います。ですが、四人と対峙するよりはずっとマシです。それに、逃走というよりも……惹きつける――囮です。
何故、リッカさまが……そんな自己犠牲ともいえる行動を取ってしまうのか……。リッカさまの”恐怖心”から、見えたものがあります。
リッカさまは”巫女”でありながら、何もしなくて良い現状に疑問を持っていました。『何のために巫女になったのか』という”恐怖”からの脱却が、ボランティアの始まりだったのです。
でもボランティアをやっているうちに、リッカさまは楽しくなっていったのです。感謝されるのも悪くないし、人が笑顔になるのが楽しかったのです。純粋な、人を笑顔にしたいという想いに繋がったのです。
リッカさまの、『何のために巫女になったのか』という思いが、自己犠牲に繋がっています。それが……この世界に来てから、大きくなっています。私の所為です。
(……っ)
犠牲には、しませんよ。純粋なボランティアで終わるように、します!
「ありがとう。何から何まで」
「リッカさまを、支えると決めましたから」
『アリスさんが支えてくれるなら、何だって出来るよ』
リッカさまの、”恐怖心”と正義の心が相容れない二面性ならば、私の心にも二面性があります。
リッカさまを何処までも心配し、戦って欲しくないと思っているのに……リッカさまが戦えるように下地を作り、戦闘力を上げる為の場を用意しているのですから。
私は、そんな矛盾には、負けません。貴女さまと同じとまではいきませんが……私は自分の”負い目”には、負けません、からっ……!
(私も、貴女さまが支えてくれるのなら、何だって出来ますよ)
「冒険者かぁ」
「楽しみですか?」
「んと、楽しみではあるんだけど……その、人助けでお金を貰うっていうのが、ちょっと複雑かなって」
確かに、リッカさまの信条には反するかもしれませんね。
「ご安心ください、リッカさま。ギルドは国営なのです」
『公務員なんだ、ギルドって』
「じゃあ、税金から報酬が出るのかな?」
「はい、マリスタザリア討伐に関しては税金です。それ以外の報酬はギルドが仲立ちとなって両者間で決める事が出来ます。なので、報酬を断る事は逆に失礼になるかもしれませんね」
ボランティアであっても、お金を貰ってはいけないという事はありません。それにギルドは、ボランティアではなく国営の仕事なのです。国民の皆が必要だからと存在を許されているので、報酬は貰うべきです。
「正当な働きに、正当な報酬が支払われるのです。何も問題はありませんよ、リッカさま」
「うんっ、分かった」
『それも、そうだよね。生業な訳だから……それに、私達”巫女”が報酬を断っちゃうと……貰う事自体いけないって風潮になっちゃう、かも? 無償の働きが当然になると、ギルドが成り立たなくなっちゃう。軽率なお断りは、多くのギルド職員たちから仕事を奪うことに繋がる。ちゃんと考えないと』
少し強めの口調になってしまいましたが、リッカさまにはしっかりと伝わったようです。リッカさまの志は気高いものですから、私は誇らしいです。ですがそれが百パーセント正しいとは、言えません。
行動には責任が伴います。ギルドは責任ある立場であり、仕事は重要な物ばかりです。報酬があるからこそやる気に繋がり、より良い仕事が出来るようになるのです。
「私も詳細までは分かっていません。登録時に聞きましょう」
「そうだね。登録する以上、現職の人達に負けないくらい頑張ろうっ」
「はいっ」
やるならば全力で。私も、”巫女”という自負があります。折れかけたその自負ですが……リッカさまを支えるために、という想いでいくらでも治ります! リッカさまを支えたい私は、リッカさまに支えられているのです。少し情けなく感じますが、それが――心地良いです。
水場が見えてきました。今日はここまでですね。
天幕設営を始めますが、リッカさまが全てを請け負ってくれました。私は料理があるから、と。
「時間の余裕がありますから、スープを作りますね」
「ほんと? やったっ」
もう私にはバレていますから、リッカさまがスープ好きを隠す事はありません。それが嬉しい。もっとリッカさまのありのままが欲しいです。
だから、天幕設営を全て任せる事になろうとも――スープを、全力で作りますっ。
下拵えは済んでいます。煮込みに時間をかけつつ、調味を行います。それと、少し濃い味のスープに合う料理を作りましょう。
(材料は、干し肉、チーズ、パン……生野菜は、昨日の分が限度でしたから……粉末を上手く使いましょう)
もっと乾物があれば良かったのですが……干し肉以外の乾物は、北部の方が多いのでしたね。魚や野菜も乾物にしていると聞いた事があります。
(料理に魔法は使いたくありませんでしたが……パンに、野菜の粉末を混ぜ込みましょう)
すでに完成されたパンであっても、魔法ならば練り込めます。ただチーズを塗るだけのパンでは味気ないでしょうから。
朝のうちに、残っていた生野菜は加熱しています。煮込みを開始しましょう。
干し肉を水に入れ、加熱していきます。じっくり、じっくり加熱するのです。干し肉が柔らかくなった辺りで、加熱済みの野菜を入れましょう。煮崩れしないように余分な水分を含ませないように。食感は重要です。旅の中で、単調な食感は飽きに繋がりますから。
(保存庫があれば、”水”と”風”の複合である”氷”で保存が出来ますが……それには船が必要ですからね)
結構なお金を持たせて貰えましたが、船を買うのは無理です。移動はやはり、徒歩となるでしょう。もしくは馬ですが――。
「コホン。そういえば私、この世界のマナーとか大丈夫かな……」
「普段通りのリッカさまで充分と思いますよ」
うきうきと天幕を張っていたリッカさまが、私の笑みに気付いたようで、照れ隠しに話題を変えました。照れ隠しで、少し慌てています。瞬きが多くなり、唇をちょっとだけ食んで……。
(照れているリッカさま、可愛すぎ……っ)
「リッカさまは、しっかりしてます」
「ん……」
震えながら、リッカさまの頭に手が伸びていきます。出来るでしょうか――――いいえ、やりたいからやるのです。出来るかどうか、ではありません。私はリッカさまを、撫でたい。
「はぅ」
リッカさまが、にへらと表情を緩めました。それは、私の手に全身を預けるような、脱力だったのです。
「リッカさま……」
「ん……なぁに?」
「その、撫でられて……」
「ん、えっと……アリスさんになら、良いかなって」
リッカさまは、撫でられる事を好みません。常に……私の為に強く在ろうとするリッカさまは、撫でられるという行為を受け入れないのです。だってそれは……弱さ。そしてそれは、”恐怖”に繋がっています。
お母様とアルツィアさまが、リッカさまを狙っていたのは知っています。なでなでしたくて仕方なかったのです。その気持ち、私は痛いほど分かります。だって、リッカさまはこんなにも可愛い……健気で、一途で、只管に自身の想いと共に全力で駆け抜けられるのです。
そんなリッカさまを、私だけが、撫でる事が出来ます。
「可愛い……」
「んんっ」
『聞き間違い、かな……。アリスさんが私を…………でもそれは、嬉しいな、って』
思わず声に出てしまいました。もう自分を抑え切れません。リッカさまをこのまま、抱き締め――。
「っ」
ことことと、鍋の蓋がぐずり始めました。もう少し、だったのに。
「スープが、もう少しで出来ます、よ」
「う、うんっ。あの岩場、机にいいかもっ」
「は、はいっ」
焦る事はありません。ゆっくりとリッカさまを知り、じっくりと関係を育みます。
私はリッカさまの――全てになりたい。
これは独占でも依存でもありません。献身。私とリッカさまの間には、お互いを支えたいという、純粋な献身しかありません。多分……。




