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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
3.旅
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外④



 散乱した積荷の整理を手伝おうかと思いましたが、どうやら”修復”持ちが居たようです。壊れた荷馬車が、歪ながらも元に戻りました。特級であっても、折れきった材木を完全に直す事は出来ませんが、応急処置は出来たようです。


 その後”運搬”により荷物が荷馬車の上へと載せられました。行商の最中に荷馬車の不備が起こる事はままあります。こういった対応にも慣れているのでしょう。


『わわっ。すごい……魔法みたい――って、魔法か。便利だなぁ。御伽噺みたい』

(んんっ)


 私としては、リッカさまの可愛らしい反応の方が、御伽噺の中のお姫様みたいで精良です。緩みそうになる頬を必死で押さえ込み、”巫女”としての格を落とす事はありませんでした。この場でリッカさまと談笑したいところですが、まだ”巫女”としての仕事は残っています。


「いかがでしょう、よければ近場までお連れしますが」


 ありがたい申し出ですが、方向が違います。


「私たちは、王都に向かってますので」

「そうでしたか……では、何かお礼を」

「いえ、”巫女”として当然のことです。どうか、お気になさらず」


 この場合お礼を受け取らないのは、逆に失礼と思います。ですが”巫女”に関して言えば、王都から支援金が届いているのを知っています。その支援金は皆さんの血税から出ているのです。であれば、”巫女”としての活動にお礼は必要ないのです。


「……わかりました。本当に、ありがとうございました。では」

「いえ、あなた方の旅に、どうか神のご加護があらんことを」


 申し訳なさそうに、行商の方達は旅路を急いでいきました。商談が控えているのでしょう。時間に遅れる事は、信頼を失うことになります。


 このご時勢、行商は珍しい職種です。厳しい旅路を越えなければいけないので、多少大目に見るでしょう。ですが、商売は信頼でなりたちます。より良い商談をしたいのなら、時間厳守です。それが出来る行商だけが、激しい競争で勝ち残れるのでしょう。


(あー、もっと見たかったなー)

(巫女様が美人ってのは知ってたが、噂以上じゃねぇか……直視できなかった。勿体ねぇ……)

(娘への土産話が出来たなー。無事を伝えるついでに話してみよう)


 ちらりとリッカさまを見ると、花をじっと見ていました。やはり、男性の劣情には疎いようです。実害が無い限りは無視が基本で、自分がどう思われているか、という点に関しては、「自分は怪しい人」という認識でしかありません。


(確かにリッカさまを怪しんではいましたが……それ以上に、リッカさまの可憐さに目がいっていたのです、けど)


 リッカさまは怪しくないと知ってもらうという予定に変更はありません。ありませんが……今はとりあえず、リッカさまとの二人きりを、堪能しましょう。


 行商とは別方向という理由を述べましたが、それ以上に……二人きりでもう少し、居たかったのです。


「申し訳ございません、リッカさま。全て勝手に決めてしまって」

「んーん、アリスさんのお陰で助かったよ。私まだこの国の勝手がわからないし」


 花の観賞を続けていましたが、私が話しかけると躊躇い無く視線を切ってくれました。私は何故かその事で、優越感を持ってしまいます。次々と発覚する、自身の暗い部分に少し落ち込みそうになりますが――。


「それに……アリスさんともう少し二人で、この世界歩いていたいんだ」

「――っ。はい、リッカ、さま。私も歩きたいです」

 

 リッカさまの笑顔に照らされて、そんな自分を許容出来る、のでした。




「そういえばさっき集落で神さまが言ってたんだけど、魔王の魔法、”悪意”と”闇”が確定で、それ以外にもあるかもって」

「三つ以上の、得意ですか……」

「悪意の集合体だから、かな?」

「多分、そうだと思います。全ての魔法を特級で使えると思っておくべき、かもしれません」


 私達が想像出来る、最強の存在と思っておくべきでしょう。


「リッカさま、先程……何か驚いているようでしたけど」

「ん……えっと、マリスタザリアが喋ったように、感じて」

「今まで、そんな個体が居るというのは、聞いていません。ですが集落に出たマリスタザリアのように、特殊な個体なのかもしれません」


 話せる個体が居るかも、というのは……頭の隅に置いておくべきです。


「聞き間違いかも、だけど」

「いえ、研ぎ澄まされたリッカさまの集中力が感じた違和感です。しっかりと考慮していくべきです」

「うん。ありがとう、アリスさん」


 少し照れた様子のリッカさまは、もじもじと足を擦り合わせ後ろ手を組んでいます。少し下を向いているから上目遣いになっていて、歩き出すのが勿体無いと思ってしまいます。


(ですが)

「これからもどんどん、小さい事であっても共有していきましょう」

「うんっ」


 リッカさまと共に、もう一度静かな、自然だけが歌っている世界を歩き出します。リッカさまと行う全てが、自然と私の足取りは軽くしました。スキップしそうなくらいうきうきとしてしまいますが、リッカさまの微笑ましいといった笑みに気恥ずかしさも感じます。


「アリスさん。この花はなぁに?」

「それは、アルスクゥラの花ですよ。リッカさま。この国のどこでも咲いていて。薫り高いことで有名ですね。その香りは上品な甘さを感じさせる。と評されています。と図鑑に書いてありました」


 リッカさまが花好きと聞いて、図鑑を引っ張り出して良かったです。せめて王都の周囲にある植物は知っておこう覚えていましたが、早速役に立てたようです。


『綺麗な、青』


 青い花はいくつかありますが、このアルスクゥラの青は特別青が深いのです。空と海が混ざったような深い青は、世界の美色家達を虜にしています。どうにかしてこの青を他にも使えないのか、と。その過程で髪を染める染料が生まれたそうです。近年ではそれで染める人が増えているようですね。集落でも、緑に染めている方が居ました。


(海を見た事はなく、見たいと思った事も余りありませんが、リッカさまと見る海は、綺麗なのでしょうね。ただの星が、あんなにも輝いて見えたのですから)


 ですがリッカさまは、その青に魅入られながらも、花は花として楽しむのです。かの世界にあるという、花鳥風月。リッカさまはありのままを楽しみます。


(そんなリッカさまにとって、機械化? という物が進んだ世界はどう映っていたのでしょう)


 もしかしたら、退屈だったのでしょうか。私達の世界から見れば、空を飛ぶ鉄の船や、人では追いつけない速度で走る鉄の箱が気になりますが……。


 リッカさまは、魔法に目を輝かせていました。ですがそれよりも、この世界の自然そのものを楽しんでいるのですね。


「”神林”には、咲いてなかったもんね。一緒に試してみよ?」


 そう言ってリッカさまは膝をつき、花に顔を近づけました。お姫さまの手を取る騎士のように、そっと、傷つけないように――。


「ほんとに、綺麗な香り。こんな素敵な花がいっぱい咲いてるんだ」

(そうですね。ほんとに、綺麗……リッカさま)


 未だ見ぬ世界の美景に、リッカさまは心を躍らせています。旅を楽しむというアルツィアさまの言葉を、純粋に受け取り実行出来ているのです。リッカさまの切り替えの早さが成せる技、ですね。


「果物みたいに甘い花びらをもつ花もあるらしいですよ」

「見つけても、食べることはできなさそう。摘まないといけないってことだし」


 草花を大切にするリッカさまですが、野菜やお店で売っている食品はしっかりと食べます。それも全ては、リッカさまが”生きる”という意味を深く知っているからです。


 生きるという事は、他者を召上る事です。何処までも傲慢だからこそ、リッカさまは余分な殺生を好まない、のです。本来は……。

 ですが人が生きるにはこの世界は、殺生が多すぎます。


(それでも貴女さまならば、真っ直ぐで居られるはずです)


 リッカさまは余りにも純粋だから、何にでも染まると思っていました。ですがそれは誤りだったのです。リッカさまは自然の風のように、何処までも思考を巡らせる事が出来ます。その中で相手を慮り、変化する柔軟性もあります。ですが――リッカさまの中にある芯は、大地の如く固まっているのです。


 貴女さまが心に灯した炎は、その大地を照らし続けています。だから、貴女さまは貴女さまのままで、居られるのだと確信しております。


「リッカさま」

「うん?」

「これからも、楽しみましょう。花を、風を、空を、海を。そしていつか……雪を」

「――うんっ。一緒に、楽しもう。二人でいつか、雪を見ようっ」

『アリスさんがくれた、リッカという名前。私の宝物。雪に、こんなにも特別な想いを持つなんて思わなかったけど――アリスさんがくれた物だから、当然だよねっ』


 幸先が不安になるような、マリスタザリアの出現でした。ですが同時に、楽しめる旅というのも分かりました。自然を楽しむ貴女さまを見る事が出来るのが楽しみ、とは……少し恥ずかしくて言えませんけど。


 

 

 花を楽しんだ後、もう少しだけ歩を進めます。ですが、今日はそこまでですね。夜が近いです。夜になれば、完全に視界が閉ざされます。”火”と”光”で照らす事は出来ますが、無理に進む事はありません。


「今日はここまでにしましょう」

「うん。準備するねっ」


 川の傍で食事と就寝準備を行います。初めての連続ですが、リッカさまは楽しんでくれています。


 リッカさまの過去を視てしまった時、リッカさまはそれ程好奇心がある方ではありませんでした。ですが今のリッカさまは、新しい事に目を輝かせ、率先して実践する方です。


(椿さん、でしたか)


 リッカさまの友人……。その方との出逢いが、リッカさまを変えたのですね。


(リッカさまの初めてになれないのが、こんなにも悔しいと感じるなんて)


 悔しいと思うなら……向こうでは出来ない事を、リッカさまに楽しんで貰いましょう。そうしたいと、私の魂が言っています。


「水場が近いの、いいね。お風呂は無理でも体を拭くくらいはできそう」

「お風呂、入れますよ」


 早速機会を手に入れました。本当は、こんな見晴らしの良い場所でお風呂はどうかと思っていましたが……リッカさまが入りたいというのであれば、作りましょう。


 ”土”の応用である、”土流”が使えればもっと楽だったのですが、単純に岩を積み上げ、浴槽代わりにします。この程度であれば、私の稚拙な”運搬”で出来ます。実際浴槽代わりは何でも良いのです。重要なのは、この布です。


 布に”拒絶”を施します。拒むのは水と火。水は弾き、火で燃えないように。熱だけは通るように想えば完成です。水の中で炎を燃やす事だって、想う事が出来れば可能なのです。瞬間湯沸かし器、とでも言えば良いのでしょうか。


「すごい……こんなところで露天風呂ができるなんて……」

「露天風呂? ですか?」

「外に作られたお風呂のことだよ」

『こんな綺麗な景色を、お風呂に入りながら楽しめるなんて。嬉しいっ! 向こうの世界だと、温泉が減ってるってニュースでやってたっけ。向こうだとまず楽しめない露天風呂を、こっちで楽しめるなんて! しかも、アリスさんと一緒に!』


 私の醜い対抗意識など、何てちっぽけな物でしょう。リッカさまの、喜びに震える心に触れただけで、簡単に蒸発してしまいました。


 ちっぽけで、簡単に消える意識でしたが……そこにあるのは、優越感です。”私と一緒に”という一点が、重要なのです。


 物事に強い興味を持ち、実践する事に楽しみを覚えています。そんなリッカさまですが、私と行う時は……”私と一緒に”という部分で楽しんでいるのです。


 醜いと思いながらも、私はこの優越感を取り除く事が出来ません。リッカさまの特別という自負が、私にはあります。リッカさまを幸せにしたいという想いも誰にも負けません。


(だからこの優越感は、裏返しなのです……)


 まだまだ私は、リッカさまを知らなさ過ぎます。リッカさまの”恐怖心”にくっついて視えた部分しか、知りません。それ以外の部分は、リッカさまから聞くしかないのです。


 まだまだ知らない部分が多いから、リッカさまの特別という部分で優越感に浸ってしまいます。もっと知りたい……リッカさまを、もっと……。そうすれば、優越感なんて起きないはずです。


『でも、見晴らしが良いって事は何処から見られるか分からない。順番で入るしかないかな』

「アリスさん、先に入って? 私見張りするから」


 ”拒絶の領域”があれば、見張りは必要ありません。リッカさまに向く視線も”拒絶”出来るでしょう。ですが、それには問題があります。せっかくの大空が、私の魔力色で見え辛くなるのです。


 リッカさまは私の白銀が綺麗と言ってくれましたが、せっかくの自然な大空を、ありのままで楽しんで欲しいと思っています。


「いえ、リッカさまがお先に」

「アリスさんが作ってくれたものだから」

「それですと、このお風呂はリッカさまの為に作ったものですから――」


 リッカさまはにこりと微笑むと、周囲の警戒の為に集中しだしました。こうなるともう、梃子でも動きそうにありませんね……。リッカさまは結構、頑固なのですね。これも新しい発見です。


(一緒に入りたかったのですが……仕方ありません)

「はぁ……リッカさまは変なところで頑固です。わかりました、それではお願いしますね?」


 私は、服を脱いでいきます。こんな開けた場所で脱ぐという行為に、少々躊躇はありました。でもリッカさまが監視してくれているのですから、一切の不安はありません。


『き、衣擦れの音が……っ……私、何でこんなにもドキドキするんだろ……。もっと普通に、アリスさんと友達……に…………あれ? 私、なんでこんなに……胸、痛……?』


 本当に静かな場所ですから、リッカさまの敏感な聴覚が私の音を極大に拾っているようです。リッカさまの体温が上がって、息が少し荒くなったように見えます。


(リッカさまの胸に痛みが……? 体調が悪い訳ではなさそうですが、心因性のものでしょうか……問題はなさそうですけど……)


 私も……自身の感情が良く分かっていません。リッカさまを特別と想い、リッカさまから向けられる情欲を嬉しいと感じ……これって、どれに分類されるのでしょう。


 嫉妬と優越感を抱いているのは分かっています。ですが、それが何処から来るのか、分からないのです。


(人とこんなにも深く触れ合った事がないので、良く分かりません、ね……)


 ただ分かっている事は、私はリッカさまともっと、もっともっと深く――触れ合いたいと、思っているのです。


「はふ……」

「っ」

『艶、っぽい……声が……』


 それにしても、露天風呂というのは凄いですね。大衆浴場の事は知っていますが、露天風呂というのは無かったと記憶しています。しかしこれは、広めるべき物です。


(星、綺麗ですね。リッカさまと一緒ならもっと、興ふ……高揚したのでしょうけど)


 残念ながらリッカさまは監視中ゆえに、私に背中を向けています。リッカさまの瞳、見たいですね……。


『今後ろで、アリスさんは――な、何考えてるの私っ』


 どちらかといえば、私を見てはいけないという自制ゆえでしょうか。リッカさまならば、見ていても良いのですけど。私の方を向いていても、感知出来るでしょうから。


 そわそわとしている、リッカさまの背中を私は見ています。こちらを向いて欲しいと、言いたいのですが……私は別の事を考えていました。


(また、見ている事しか出来ませんでした……)


 今回は必要だったというのは、分かっています。ですが……。


「リッカさま……」

「……どうしたの? アリスさん」

『熱っぽい……色っぽい……? 分からないけど、凄く耳を擽る声……っ』


 私の心とは裏腹に、体は安堵と気持ちよさに緩んでいたようです。

 

「無事で、よかったです」

『アリス、さん……?』


 リッカさまが無事で良かった。危なげない戦いだったのは、私が一番理解しています。でも、だからといって、私が心配しない道理がないのです。私が一番知っているのは何も、リッカさまの強さだけでは、ないのですから。


「リッカさまなら、無事に倒しきれるだろうと。思っておりました。でも、心の片隅では……心配、しておりました」


 片隅どころではありませんが……心配していました。敵の前に飛び出した事も、二体目の出現時も……。相手の一撃は容易にリッカさまを砕き、相手の咆哮はリッカさまの”恐怖心”を揺さぶります。だから、心配でした。


「アリスさん……私は、まだまだ未熟だから……色々と教えて? アリスさんが安心して、私の戦いを見れるように、私が強くなれるように」


 見れる、ように……また、その言葉を選ぶのです、ね。


「まだ、始まったばかりで心配ばかりかけちゃうけど――ちゃんと、成長するよ。私」

「私は、こう見えて厳しいですよ?」

「望むところだよ。私が頑張りすぎて、アリスさんのほうがバテちゃうかもね?」


 リッカさまはおどけるように、にかっと笑いました。その笑みは明朗なものでしたが、何故か儚く見えたのです。


(見れるように……)

 

 リッカさまはそう言いましたが、私は見るだけなんてしませんよ。ちゃんと私は言いました。私は厳しいと。貴女さまが儚き存在とならぬように、します。


『み、見ちゃった。私が服着てて、アリスさんが着てないって、凄く……背徳的、な?』


 リッカさま。可愛らしい。すぐにでもこちらに引っ張り込みたいくらいです。服が濡れるので、そんな事は出来ませんが。




 その後リッカさまと交代して、私が監視につきました。


「わぁ! 星、凄い。アリスさん、ありがとう!」

『アリスさんと一緒に、入りたかったなぁ。いつか人が居ないって確信出来るところで、実現出来るかな?』

「リッカさまに喜んでもらえて、嬉しいです。今度は一緒に入りましょうね」

「うんっ!」

(ええ、実現させてみせます。リッカさま)


 露天風呂で楽しむ星空に、リッカさまは無邪気に喜んでいました。でもその姿を、私は見る事が出来ません。リッカさまが言っていた、背徳的という物が良く分かりました。


 気配で、リッカさまがどういった動きをしているのかは分かります。星を捕まえたいのか、手を空に伸ばしているようです。満面の笑みで、頬を紅潮させ、湯気でチラチラと見え隠れするリッカさまが幻視出来ます。


 これは、拙いです。凄く拙いです。もし今見てしまったら、私はもう――自分で自分を制御出来ないでしょう。


 なので私は……監視に意識を向けて、我慢に徹するしかなかったのです。



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