外②
食後、私はお父様とオルテさんを招集しました。集落の防衛と、昨夜考えていた牧畜の管理について、そして――ある事の確認です。
その間リッカさまは、広場のいつもの場所に座って待ってくれています。
アルツィアさまは、今回はリッカさまの方に行ってくれたようです。一先ず安心ですね。
「オルテさん。リッカさまと何かの約束を、しませんでしたか?」
「それは……」
「内容までは聞きません。したかどうかだけ、教えていただけませんか?」
「ハッ……。しました」
「ありがとうございます」
やはり、してしまったようです。私を無傷で……。
「その、アルレスィア様」
「はい」
「いえ……」
「叱っている訳ではないのです。ただ……」
これを言う事は出来ません。リッカさまに「重荷をこれ以上背負わせるな」、なんて……。私が一番リッカさまに期待しているのです。そんな私が言って良い台詞ではありません……っ。
「リッカさまも、私と同じです」
「それは、重々承知しております」
多分、全ては伝わっていません。ですが、心の隅に楔を打ち込む事は出来ました。
オルテさん。そしてお父様。覚えておいて下さい。リッカさまと私は同じです。
どんなに”巫女”としての資質が極まっていようとも、能力や魔法が優れていようとも私は、選択を間違い、自ら孤独になり、その事で傷つく愚かな少女でした。
リッカさまも、です。戦士として絶大な素質を持ち、行動選択の速度が常人離れしていて、行動に移せる覚悟を持った英雄の器であっても……リッカさまは、少女なのです。
どうかそれだけは、覚えておいて下さい。
リッカさまとの約束を重ねる際に、一瞬躊躇出来るように……。
「まず、”神林”の防衛についてを話しましょう」
「うむ。いつも通りで良いのか?」
「基本的には同じで構いません。結界維持は出来ているそうですから、”神林”正面を哨戒しながら、高台からマリスタザリアの動向を観察して下さい。マリスタザリアがこちらを向いたら、迅速な討伐をお願いします」
「分かりました」
この”神林”の結界は、森に入ろうとする意思すらも跳ね返します。ですから、”巫女”以外入る事は出来ません。リッカさまの世界では、先代ならば入れるそうですが、それは”六花”だからです。こちらの先代にそのような事は出来ません。ですから、正面の様子だけである程度判断は出来ます。
「ホルスターンは現状維持です。六頭を大切に扱って下さい」
「では、コゥクルァを多くするのだな?」
「はい」
「オルテ。エリスに伝えてくれ」
「承知しました」
オルテさんが一枚の紙を取り出し、魔法を発動させました。
「伝言する」
”伝言”と呼ばれる、遠くにいる相手に言葉を届ける魔法です。この魔法の発明は古く、大虐殺時代には既にあったそうです。もしかしたら、最古の魔法の一つかもしれません。
「エルタナスィア様。オルテです。牧畜についてですが、ホルスターンは現状維持、コゥクルァで代用するとの事です」
《すぐに発注するわね。他に何か必要かしら》
「そろそろエルケちゃんの旅立ちでしょうから、教科書と旅道具も発注しておいて良いかもしれません」
《ええ。分かったわ》
「エルケはまだ五歳だろう」
「あの子はしっかりと将来の事を考えています。今から勉強出来るように、教材は多い方が良いでしょう」
《そうねぇ。それに世界には、十二歳で国を支えている子も居るって聞いてるわ》
「長、私も七歳の頃には王都に居りました。ですから、五歳ならば遅くはないかと」
「そうか……うむ」
年齢は関係ありません。勉強は何歳から始めても良いのですから。
エルケちゃんは良くやってくれています。この集落の大人達も、子供達の世話係にとエルケちゃんを指名するのです。だからこそ私は、広い世界に羽ばたいて欲しいと思っています。
お父様が心配するのも分かりますが、あの子は賢く、強い信念があり、正しく物事を見ようとします。不安があるのなら、王都で先に勉強している方達にお願いするのが一番です。
「そうでした。お父様とお母様、オルテさん、伝言紙を下さい」
「私のはこちらです。アルレスィア様」
「む。今は無い、な」
《私が持って行くわ》
”伝言”は、発動者だけが聞ける個人設定と、会議に対応出来るようにその場全員に聞ける公開設定があります。今回は、後者で話しました。
この魔法だけは、伝言紙と呼ばれる紙を使います。目視出来る範囲に居れば必要ありませんが、もし遠くに居る人に”伝言”しようと思った場合、伝言紙に込められた通話相手の魔力を辿って繋ぐのです。
特級であれば王都から共和国まで繋げるらしいですが、私は中級の二段階程です。精々、ここから王都程度です。
ですから一応、三人の伝言紙を貰っておかないといけません。
もし集落が強襲されたなら、一度戻る必要もあるかもしれませんからね……。
(ん?)
リッカさまに、誰かが近づいています。この気配は、小さい子と大きい子です。エルケちゃんとエカルトくんですね。普段であれば気にしませんが、今日に限っていえば少し……胸がざわめきます。
エルケちゃんは何処か、リッカさまに憧れに近い感情を抱いていました。それは大きくなれば……恋に発展しそうな想いです。
(問題なのは、そんな想いを抱いているエルケちゃんが、リッカさまにお願いをするかも、という所です)
リッカさまに憧れを抱いているのと同様に、私にも敬意を抱いています。もしかしたら、そこに……私の胸のざわめきの正体があるのかもしれません。
「会議は終わりです。守護者への通達と編成、お願いします」
「うむ」
「お任せ下さい」
二人にお辞儀をし、私は広場に向かいました。
広場で三人は談笑していました。リッカさまの膝上が定位置になりつつあるエカルトくんに嫉妬する私の心も、今日ばかりは落ち着いています。気になったのは、エルケちゃんの瞳です。
やはり……何か約束したようです。
(あんな事……アルレスィア様を泣かせたら許さないとか、言いたかった訳じゃないんだけど……リツカ様の前でだと、何でかな。ちょっと、落ち着かない。思わず、変な言い方になっちゃった……)
リッカさまの傍なので、エルケちゃんの心が視えます。どうやらリッカさまに、照れ隠しが出てしまったようです。
した約束は……私を泣かせたら許さない、という物のようです。ですがそれは、言葉足らずでした。エルケちゃんが言いたかったのは、リッカさま自身を大切にして欲しいという物です。
どうやらこの集落で、私を除いて唯一、リッカさまの危うさに気付いたようです。
私を泣かせたら許さない、とはつまり、リッカさまが傷つくと私が泣いてしまう、という意味です。ですから、リッカさま自身を大切にして欲しいという意味が込められています。
(でも、リツカ様になら、伝わってるよね)
本来であれば伝わっているでしょう。ですがリッカさまは――。
『エルケちゃんとエカルトくんの未来も守るよ。平和ってつまり、子供が笑顔で居られる世界だもん。だから、二人共無事で居てね。じゃないとアリスさん、悲しむから。エルケちゃんとの約束を破っちゃう』
二人を純粋に按じています。ですからエルケちゃんの真意は届いてません。ですが、安心して下さい。エルケちゃん。私がリッカさまを守りますから。
「お待たせしました。リッカさま」
物陰から出て、リッカさまに近づきます。多分私が見ていたのは気付いていたでしょうけど、流してくれました。
リッカさまの想い、確かに受け取りました。そして、エルケちゃんの想いも。しっかりと両立してみせましょう。皆にとっての平和な世界です。そこに、リッカさまの笑顔を咲かせてみせます。
二人と一旦分かれ、私達は荷物を取りに自宅に向かおうとしました。でも、お母様が、伝言紙と共に荷物を持ってきてくれたので、そのまま入り口に進路を変えます。
「家に帰る予定だったかしら」
「いえ――」
本当は、適当な理由をつけて静かに出発するつもりでした。ですから、時間をズラす為に家で少し休憩をしようと……。
(このままだと、集落の者全員が)
「リツカさんの世界では、旅に出る子のお見送りとかするのかしら」
「旅自体、余りありません。向こうの世界で私が住んでいた国は、家が無い場所なんて、川と”神の森”くらいなんです。陸地も少ないですし、旅が出来る場所自体が無い感じ、ですね」
盛大な見送りとなれば、リッカさまの士気は上がるでしょう。ですがそれと同時に、重圧も掛かります。今はまだエルケちゃんとエカルトくん、お母様くらいの保護対象が……集落の想いを一身に受けていると自覚させてしまう事に繋がります。
「リッカさまの世界は確か」
「うん。温暖化っていうので、海面が上がったらしいよ」
「おんだんか?」
「こっちだと魔法で燃やしてるみたいですけど、向こうだと鉱石等の燃料をガンガン燃やしてましたから、それが原因で気温が上がっているという話、でした」
『確か、オゾン? 最近だと温暖化でオゾンどうこうっていうのは誤りって考えも増えてきたみたいだけど、実際海面上がってるしなぁ。昔の地図とか見た事ないから、どれだけ変わったか分からないけど』
地理の勉強が始まる前に、リッカさまは早々に”森”を……愛してしまいました。その結果としてリッカさまは、住む町以外への興味が一切無くなったのです。
(食事や景色に目を輝かせる事はあっても、”神の森”から離れる事はなかったようです)
”巫女”となってからは、より顕著になったようです。ただしそれは――諦めによる物です。リッカさまは”神の森”があるから、”恐怖心”を覚える事無く町に居続ける事が出来たのです。
「今からちょっと驚くと思うけど、受けてあげて?」
「? あ――」
集落の方全員、ですね。先代派も居ます。あの表情を見るに、覚悟を決めたようですね。私の言葉を信じ、世界の危機を信じ、旅の成功を祈る事にしたのでしょう。
リッカさまが来る前でしたら、考えられない心境の変化です。表向きは私の指示に従っていても、裏では常に悪態をついていたのに……。
(やはり人は、いかようにも変わります。私とて例外ではありません。その事に気付かなければ、私は今でも潔癖という名の孤立を選び続けていたでしょう)
能力の所為で人が醜い物に見えて仕方なかった。ですが私は、”巫女”さまの存在を知り……自分にも欲が在る事を知りました。私も”人”だったのです。幼い私には、その変化についていけるだけの度量がありませんでした。
嫌われていると分かっている相手に、率先して関わらないという態度は変わりはありませんが、集落の仲間という事は……認識すべきです、ね。
(とはいえ、この考えを先代とあの人に……向ける事が出来るでしょうか)
もしかしたらまだ、王都に居るかもしれません。出遭いたくありませんが、教会に寄らないという選択肢はありませんし……。
(とりあえず、リッカさまとの生活が安定するまで、様子見にします)
逃避というのは分かっていますが、もしトラウマという物が実在するのなら……私のトラウマは、あの二人なのです。
「必ず、成し遂げて下さい。微力ながら、我々も戦い続けます」
お父様が代表して挨拶をしています。
柔らかかったリッカさまの表情は一転して、硬く引き締まったものになりました。出征する勇者の如き、覚悟の表情です。
「リツカ様、アルレスィア様を、よろしくお願いします」
「はい。おまかせください」
警告はまだ、意味を成していないようです。オルテさんは何の気なしに、リッカさまに約束の確認をしていました。リッカさまに守られるのは、お姫様のようで嬉しいものでありますが、私は……共に、戦いたいのです。
「あの、守護者の方はご同行されないのでしょうか?」
「襲撃のことも、あります。”神林”を守らねばなりません。アリスも了承済みです」
本当は、王都までは数名の護衛をつけたかったのですが、集落の防衛を薄くする訳にはいかないのです……。
事実を話すのなら、私達二人と集落の守護者全員がマリスタザリアに対応したなら、私達二人の方が先に倒せます。それだけの戦力差がある以上、集落の守護者を減らす訳には、いかない、のです。
「わかりました。アリスさんは、おまかせください。必ず、守ります」
「……ご負担でしょうが、お守りください。私の、私たちの娘を……っ」
「絶対に守ります」
『アリスさんは負担じゃありません。アリスさんが居ないと、私は私を――保てない』
お父様は、そのお願いが負担という事を、分かってくれているようです。ですが、これ以上リッカさまに刻み込まないで下さい、お父様……。
(何故、オルテさんもお父様も……私を、保護存在としか、見ていないのですか?)
準備不足と認識の甘さを露呈させてしまったとはいえ、私は……ちゃんと、”巫女”であったはずです。であればそこは、共に戦ってくれと、言うべきではないのですか?
(それが、親なんだよ。アルレスィア。リツカはそれをしっかりと理解しているから、真っ直ぐに受けている)
集落の皆からの激励を受け、私達は集落の入り口に向かいました。
集落の門に、アルツィアさまが居ました。私は、ここに来るのは初めてです。ここから一歩でも出れば、外なのですね。
アルツィアさまも出られないので、ここで暫しのお別れです。思えば私の人生において、アルツィアさまから離れて過ごすのは……初めてです。少し不安ですが、リッカさまとならっ!
『世界を頼んだよ。二人で、只管に――そして、楽しんでくると良い』
(親の心子知らず、か。リツカは、アルレスィアとゲルハルト達が家族と認識しているけど、アルレスィアはそこに、リツカも入れている。だから、ズレる。同じ子ならば、リツカも含めるべきではないのかと。リツカに強いるのなら、自分にも強いるべきと)
そうです。二人で成し遂げるのです。お父様とオルテさんの気遣いは当然なのでしょうが、私には必要ありません。私は、リッカさまが大切なのです。
(リツカはアルレスィアにとって、アルレスィアはリツカにとって唯一無二の存在だけど……ゲルハルトにとってリツカは、救世主でしかない。初めて手元から離れる我が子への心配だけで、ゲルハルトは手一杯なのだ)
アルツィアさまが私を見て、肩を竦めました。それは、聞き分けの無い子に嘆息しているような、小さい所作でしたが、私にはやけに大きい動きに見えたのです。
(……?)
『気にしなくて良いよ。いつか、分かる。経験しなさい。目の前だけに囚われず、寄り道を楽しみなさい。これは”お役目”。使命だけど、二人にとっては旅なのだから』
スッと、いつものアルツィアさまに戻り、そして――神としての言葉を私達に投げかけました。
楽しむ、ですね。そのつもりです。私はリッカさまとの旅を、楽しみにしているのです。
「行ってきます。アルツィアさま」
「必ず、成し遂げます」
『ああ。いってらっしゃい』
巫女二人が離れて行く。”神林”が一気に、元気をなくしたように感じる。”神の森”もそうだった。
(でも、結界は無事だ。問題ない)
「アルレスィア様、リツカ様……」
エルケがじっと、二人の背を見ている。声をかけたかったけど、私が居たから出来なかったのだ。
『ごめんよ、エルケ』
でも安心すると良い。ちゃんと帰ってくる。ちゃんと……ね。
『きみ達の運命は動き出した。だけど、その運命をどう切り開くか選べるのが、人だ』
きみ達は”巫女”で、”人”ではない。でも、人だ。掴みとってくれ。私もここで、待っている。




