外
A,C, 27/02/27
目が覚めて、私は心臓が飛び出すかと思いました。
「リッ――」
「んん……」
眠る直前では、見つめ合う状態で、手を繋いでいるだけでした。そのまま眠ったはずです。
でも、今は――。
「あ、りすさん」
「ひゃ、ひゃい」
名前を呼ばれたのですが、続きがありません。どうやら、寝言だったようです。しかし、何故リッカさまは……私に抱きついている、のでしょう。
(嬉しいですが、いきなりで吃驚しすぎてしまいますっ)
私の胸に顔を埋め、私の腰にぎゅっと抱きついています。足は絡められ、全身リッカさまの香りと柔らかさで包まれているのです。
リッカさまの寝相は、良かったはずです。
(もしかして、こっちがリッカさまの普通なのでしょうかっ)
ガッチリと抱かれています。力はそんなに入っていないので、身動きは取れるのですが、抜け出せそうにありません。
(抜け出そうなんて、思えないんですけど、ね!)
凄く幸せそうな表情で、リッカさまはにへらと頬を綻ばせています。寝言で私の名前を呼んでいたので、私を感じてくれているようです。
(こんな幸せな朝、あって良いのでしょうか)
目を閉じ、自分の想いを確かめます。しっかりと、決意、誓い、約束があります。ちゃんと見えています。リッカさまの温もりで溶けていません。
しっかりと出来ているので……もう少し、リッカさまの温もりを感じても、良いですよ、ね。
目を瞑っているのに、笑顔と分かる寝顔を眺めてから……一時間程でしょうか。私の胸に、すりすりと頬擦りしたり、柔らかさを堪能するようにくいくいと頭を動かしたりしています。そんなリッカさまの動きが可愛くて……偶にちょっと、ぴくりと肩が跳ねそうになる感覚に頬を染めたりしていると、リッカさまの手が離れていきました。
そして数秒後、ぱっちりと目を開けたリッカさまと、目が合いました。
「おはようございます。リッカさま」
「ぉ……お、はよっ」
抱き合えていた距離にまで、私達は近づいていました。リッカさまの睫毛を数えられそうな距離ですから、リッカさまはパッチリと開いた目を更に広げて、一気に頬を紅潮させました。
「良く、眠れましたか?」
「う、ん。すごく、ぐっすりだったみたい」
寝起きながら、リッカさまの意識ははっきりしています。視界が霞んでいる様子もありません。快眠からの爽やかな目覚めが出来たようで、安心します。
『寝顔、見れなかったなぁ』
リッカさまは私の寝顔が見たかった、ようです。リッカさまが目覚めたのは五時。かなり早い部類に入ります。普段からこの時間に起きているようで、早起きに自信があったのでしょう。
いつかリッカさまに寝顔を見られるかもしれません。リッカさまの寝顔は天使の微笑みでしたが、私は大丈夫でしょうか。途端に不安が膨れ上がってきました。
寝顔の心配よりも、着替えですね。
今日出発なのですが、やらなければいけない事が少しあります。午前中はいつも通りの生活を心がけましょう。
着替え中、リッカさまが私をじっと見ていました。余分な脂肪は、ついていないはずです。リッカさまの速度についていけるかは分かりませんが、それなりに走れるつもりなので、ご安心くださ――。
『綺麗、だなぁ。朝陽が透けて見えるみたい。アサガオがぱっと咲くみたいに、つあるなの香りがふわって……って、ヘンタイみたい、私……』
リ、リッカさまは、急いで私から視線を切り、急いで着替えを再開させました。
(今すぐにでも、抱きつきたい。香りというのなら、リッカさまの桜の香りも……)
先ほどまでリッカさまに抱かれていた私です。今腕の中にリッカさまが居ないという事で、物寂しさを感じています。ですが、用事もないのにいきなり抱きつくというのは……その、まだ……勇気が。
旅の中で、もっと親密になれば……或いは、出来るかもしれません。
「朝食に向かう前に、荷物の最終確認をしますね」
「うん。私も見ておくよ」
「はい。一つずつ確認していきましょう」
お母様がバッグに入れずに一纏めにしてくれていました。最終確認と収納を同時に行えるようにという配慮です。
「まずは私達の服です。三着ずつありますので、毎日交換出来ると思います」
「魔王の位置次第だと、野宿ばっかりになる場合も、あるもんね」
巫女の服と寝間着です。寝間着に関しては、王都内ではこちらを着て眠る事が出来るはずです。その後の進路次第で、巫女の服と寝間着を追加するという形になります。王都から出た後は、巫女の服を着続ける事になると思いますが……。
「こちらが食品ですね」
「乾物が主、かな?」
「はい。もしもの為に集落が備蓄している物です。そこから少し分けて頂けました」
「結構ある、ね」
「五日分みたいです。三日の行程のはずですが、少し多めに入れてくれているようです」
『干し肉と、少量の香辛料、調味料、チーズや乾パン、かな。スープは無理、かも……』
生野菜を入れる事は出来ませんが、野菜を粉末にして作った調味料があります。これと干し肉を使えば、スープを作れるかもしれません。塩辛くならないように気をつけないといけないでしょうが、リッカさまの為に構想を練っておきましょう。
「後は、寝袋ですね。天幕がないので、星を見ながら眠る事になります」
「わぁ、それ良いかも!」
一応布はありますから、これを張ることは可能です。でも、リッカさまと星を見ながら眠るというのは、凄く情緒が溢れていて――。
(あれ……この寝袋、一人分ですね。大人の男性用ですから、大きいですけど……)
はらりと、寝袋から紙が落ちました。お母様の文字、伝言みたいですね。
(アリスへ。寝袋は一つしか確保出来ませんでした。大きいので、リツカさんと二人なら入れると思います)
そういう事でしたら、仕方ないと思います。仕方ないと思いますがそれは、追伸がなかった場合に限ります。
(追伸。節度ある交流をするように)
お母様。本当に寝袋は一つだけだったのですか? 文字から感情を読み取るなんて、私には出来ません。ですが、この文字からは悪戯心が滲み出ているのですが。
『アリスさんと天体観測! この世界の空気綺麗だから、星もきっと高く綺麗に輝いてるっ。新しい星座とか見つけてみようかなぁ』
(リッカさまは星見を楽しみにしていますし……一つの寝袋でも、良い、ですよね。昨晩は一つのベッドで寝たんですから)
でもこれは少し、無理があるのではないでしょうか。
もしもの時は、この寝袋を下に敷いて……布と”拒絶”で何とかしましょう。
「王都で暫く滞在する予定ですから、とりあえずはこれくらいですね」
「アリスさん、これは?」
「身分証ですね。私が生まれた時に、お父様が取得してくれていたようです」
ただ名前が書かれただけの物に見えると思います。ですが、この紙に魔力を通すと、反応を見せます。
魔力色が見える私やリッカさまならば、紙から自分の魔力色が出ているのが確認出来ると思います。
「身分、証!?」
リッカさまが目を見開いて驚いています。
『敵はマリスタザリアだけじゃないから、身分証の提示は必須……私はただでさえ得体が知れないんだから、身分証がないと王都に入れないんじゃ……?』
王都の門には検問があり、身分証の提示と簡易的な所持品検査を行う必要があるそうです。”巫女”だからと横柄な態度を取るつもりはありません。しっかりと検問は受けます。
ですがリッカさまの身分は私が証明しましょう。”ソレ”という名には、そこそこ力があると思いますので。
「あ、あのアリスさん。私身分証もってないよ。入国審査とか大丈夫……?」
「ご安心ください。私のものがあれば大丈夫です。これでも私、この国の”巫女”ですから」
「よかった、びっくり、したよ」
少し得意顔になってしまいました。胸をリッカさまに突き出すように張ったからでしょうか、リッカさまは頬を染めて私の胸を見ています。
眠っている間ではありましたが、リッカさまは私の胸に顔を埋めていました。リッカさまに気に入られたのだと思います。その喜びに私の胸も打ち震えています。
「それではリッカさま。食事所に向かいましょう」
リッカさまの顔がぱぁっと明るくなりました。そして漸く私は、しまったと思ってしまうのです。
「うんっ」
『アリスさんのスープっ』
(ああ……リッカさま。申し訳ございません……)
決してリッカさまの所為ではない事を前提に話します。昨夜と今朝、リッカさまの傍に少しでも居たいと思ってしまった私は、リッカさまに抱きつかれ、これ幸いと……堪能しました。
なので、その……。無いのです。
(リッカさまに言うにしても、食事所の椅子に座ってからにした方が良いでしょう)
昨日の約束通りならば、お母様が作ってくれているはずです。お母様のスープを参考にして私は作っているので、もしかしたらリッカさまの舌を満足させられる、かもしれませんから。
集落の広場に差し掛かった頃、アルツィアさまがいつもの様に座っていました。気だるげに空を見上げている時は、何かを探っている時です。
朝の挨拶を終え、少し談笑した後アルツィアさまは”神林”に向かって歩き出しました。ですが途中で振り返って、ぽんっと手を叩いたのです。
『ああ、そうそうリツカ。これ、浴室にあったよ』
「あっ」
核樹で出来た、木刀。置いてきてしまったんでした。リッカさまをお姫様、抱っこして、その杖を何とか持てたまでは良かったのです。ですが木刀を持つ事が出来なかったのです。
「ありがとうございます、神さま」
『出来るだけ手放さないようにね。いつ何時襲われるか分からないから』
「もちろんですっ」
『これを手放すなんてとんでもないです』
リッカさまが木刀を腰に携えました。早速、リッカさま用に作ったベルトループが役に立ったようです。
こんなにも大切そうに扱っている木刀を置き去りにしてしまったのは、失態ですね。
(リッカさまは本当に、核樹を愛して――)
『これがないと、アリスさんを守れないんですから!』
「……」
『おや。アルレスィア、顔が真』
「さ、リッカさま。向かいましょう!」
「うんっ」
リッカさまの不意打ちは、攻撃力が高い、ですね。一撃で私の心がきゅんっとしました、よ?
「――――拝」
祈りを粛々と終え、食事は静かに始まりました。一昨日と昨日のような熱気はなく、旅の前の静けさに包まれています。
そしてリッカさまも、静かに落ち込んでいました。
『昨日私が倒れちゃって、今朝も私に時間を割いたから、スープ作れなかったみたい。うぅ……このスープも美味しいけど、少しぴりり? でも甘味が強い? 胡椒が多目に入ってて、甘さが強調されてるのかな』
倒れなければ、と……リッカさまが後悔してしまっています。リッカさま、それは違うのです。仕込みに行こうと思えば出来たのに、私がそれをしなかったのです……。
少し落ち込みながらもリッカさまは、私の事を考えているようでした。リッカさまが”巫女”となったのは十三歳の時。私と同じ年齢でなりました。ですがリッカさまが考えているのは、私が世界の真実を知ったという話です。
幼き頃より”巫女”となることを運命付けられていました。そして何れ来る旅立ちに向け、鍛錬をしていたのだ、と。リッカさまは私の生い立ちを再認識しています。
リッカさまの考えている通り、私の半生は今日の為にありました。準備不足であったと痛感しましたが、今日の為に生きていたのです。貴女さまと出逢う為に生きていた、と言い換えても良いです。
『こんなに、綺麗で、笑顔がまぶしくて、無邪気な一面もあるのに……それでも、懸命に世界のために命を賭けて戦う人……絶対、守りきる』
リッカさまが私を見詰めています。その瞳に……あの日の夜見せた、赤い魔力を灯していました。私はその瞳が、大好きです。リッカさまにその瞳で見詰められると、頬が緩み、蕩けてしまいます。
なので……チラチラとしか、見れないのです。先ほどからお母様が私達を観察しています。これ以上お母様に付け入る隙を与える訳にはいかないのです。
「ごめんなさいね、リツカさん。アリスのではないけど、私が作ったスープで我慢してね?」
「は、はい。いえ、あの……これも、美味しいですっ」
『ア、アリスさんのスープじゃないって落ち込んでたの、バレテル……』
羞恥に慌てて、リッカさまはスープをごくりと飲み込みました。
「けほっ!?」
「リ、リッカさま。少々胡椒が多目ですから、そんなに急いでは……」
「ご、ごめ、けほっ」
水を差し出し、背中を擦ります。ああ、もう。リッカさま、可愛すぎです。キリッとしている時は凄く格好良いですけど、その姿を見せるのは……私を、守る時だけ、みたいです。
それ以外は何処か、ほんわかとゆったりとしています。隙があるというのでしょうか。
(この集落でも、落ち着けるようになったみたいですね)
リッカさまが落ち着ける場所になったのだと、感じます。だから初日や二日目のような緊張がないのです。
先代派はまだ微妙な距離感を保っていますし、私を容認している方達も、リッカさまへの崇敬が強すぎて硬い雰囲気です。でも、エルケちゃんやエカルトくん、お母様は普段通りで居てくれています。
(オルテさんは崇拝に近い視線になってしまっていますし、お父様はやっぱり迷っていますけど)
全員が全員、仲良くというのは難しいものです。ですがリッカさま。貴女さまが安心出来るくらいには、この集落も居心地が良いはずです。
予定よりずっと早い出発となりましたが、集落は貴女さまの帰りを、待ってくれていますよ。




