表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
2.手遅れ
28/952

過ち⑪



『日記を湖に沈めて欲しいんだ』


 とりあえず必要な物があるからと自室に戻ると、藪から棒にお願いされました


「結界維持に、必要なのですよね。全てですか?」

『昨日の分は良いよ。ただそれより以前の物を全て沈めて欲しい』

「私の物も必要だったんですね」

『”神林”には私が居るから大丈夫とは思うが、一応ね。きみの分の日記で補強しておきたい』


 高台でリッカさまが、”神の森”の結界を心配していた際、日記について触れていました。


(確か、私達の人生を書き込んだ日記には、私達の魂が宿っている、という話でしたね。生き写しみたいな物だからこそ、私達が居ない間の結界維持を担ってくれる、と)


 リッカさまと出逢い、自らに課した誓約を刻み込む為に書いた昨夜の日記。それを手放さなくて良いのなら、沈める事に問題はありません。ありませんが――。


「余り良い思い出がない物ではありますが……」


 沈める事に抵抗はないのです。ただ、良い思い出のない過去であっても、今の私があるのは過去があってこそですから、大切にはしたいのです。


『ちゃんと返すよ。安心して』

「分かりました。用意します」


 返してもらえるのなら、構いません。


『それじゃ、頼むよ。私は少し離れる』

「はい」


 アルツィアさまがフッと消えました。魔王関係を調べるのだと思います。昨夜、漸く動いたのです。痕跡を調べるのなら早いほうが良いでしょう。


(それにしても)


 五歳の時から書き始めた日記ですが、十冊を越えています。結界維持で全部沈めるという話でしたが……。


(リッカさまは、何冊持ち歩いていたのでしょう)


 リッカさまにとっての日記とは、どんな物なのでしょう。昨夜の事を、どんな風に書いたのでしょう。再び……読み返したくなるような日記になれるように、やるべき事をやるべき時にしましょう。


「……よし」


 リッカさまの所に向かいます。どうやらオルテさんとの用事は終わり、広場に戻るところのようですから。




 貞淑な所作で広場まではやって来れました。これが集落での私であり、これからの旅でリッカさまを支える姿です。ですがリッカさまを目視すると、そんな仮初の姿は簡単に剥がれました。


 リッカさまを見ると、自然と顔は綻び足取りが軽くなります。心が弾み、無味乾燥な風景は、王宮の舞踏会みたいに華やぐのです。


「リッカさま!」


 じっと、真剣な表情で修練場を見ていたリッカさまは、私の方に顔を向けると優しい笑みを浮かべました。花が咲くような、という形容詞がありますが、まさにです。


 ですが私は少し、足取りが重くなってしまったのです。思い詰めている。何か約束をしたのだと、すぐに分かりました。

 思えばオルテさんは、リッカさまを最も神格化している方です。私の黒い感情とは別に……二人きりにさせては、いけなかったのでは、ないでしょうか。


『絶対に守ります、オルテさん。アリスさんのこの笑顔を曇らせないまま、()()()この集落へ』


 ――――無傷で……?


 オルテさんと、そんな約束をしてしまったのです、か? 旅は過酷、敵は強大、これは必定です。私が無傷で帰る事なんて、出来るはずが……しかし、リッカさまの瞳は昨夜のように煌々と輝いています。この瞳から感じられる意志は、アルツィアさまの言葉よりも強い真実を秘めていると感じました。


 必ずやり遂げる、何があろうとも。その想いが込められたこの瞳は……絶対に変える事は出来ないと、思えたのです。


(私がリッカさまだけを守りたいと誓ったのと同様に……リッカさまもまた、私、を……)


 リッカさまの誓いを、私も守りましょう。つまり――私は傷を負わないように戦闘を行う必要が生まれました。

 

(私は守りの専門家であり、その為の魔法を持って生まれた者です。やり遂げましょう。貴女さまと私自身を、守りきります)


 オルテさんと二人きりにさせたのは、過ちであったと思います。私はリッカさまに、そんな約束をして欲しくありませんでした。


 私が傷つくのを見たくないと思ってくれているのは、本当に……本当に嬉しいです。私を大切な存在だと想ってくれているのですから。ですが、リッカさまにとっての約束とは――口約束でしかない物であっても、血と血で交わす契約の如き絶対不変の物なのです。


 破る度に、リッカさまは”恐怖”し傷ついてしまう。そして何よりも……リッカさまはやり遂げるのです。

 リッカさまは、こう想っています。「私に傷をつける事なく、無傷のまま集落に戻れるように努める」と。そこに――()()が含まれていません。


 リッカさまは分かっているのです。敵がいかに強大なのか。だからこそ……自分の死すらも、想定しているのです。

 だからせめて、私だけは、と……。


(オルテさんを恨むのは間違いです。ですが……)


 その約束だけは、させてはいけなかったのです。させてはいけない約束を交わしてしまった私ではもはや、訂正出来ませんが……。


(魔法は自分には使えないと聞いた時から、リッカさまはその可能性を視野にいれていました)

 

 私が傷ついた場合、誰が治すのか、と。その先に、傷ついた私を想像しながら……。

 

(恨むのであれば、自分ですね……)


 思い至るべきでした。オルテさんがあの時、朝食前の時……守護者であるという自負と自尊心が折れていると、私は気付いていたはずです。


 であれば、私を守り切ったリッカさまにお願いする未来を見る事が出来たはずです。オルテさんから謝罪ではなく感謝を頂いたと聞いて、その話は解決したと思ってしまっていました。


 ですがこれは、杖を置き忘れ、先走って取り返しのつかない約束をしてしまうよりまだ……なんとかなります。私が傷つかなければ良いのです。

 

 他者を恨むよりもまずは行動です。アルツィアさまの約束通り、日記を沈め結界を強化、維持します。


「アリスさん、準備はもういいの?」

「はい、お母様が用意してくださいました」

「アリスさんも私も、旅に出たことないだろうしね。旅って何がいるのか、あまりわからないよ……」

「そうですね。私も初めてで……。不謹慎ですが、少しドキドキしてしまいます」


 ドキドキしています。緊張や不安ではありません。貴女さまとの、二人旅に――歓喜のドキドキなのです。


 この集落でリッカさまが交わしたいくつもの約束と誓いに、苦い顔を作ってしまいそうになります。貴女さまを地獄に突き落とした私ですが、貴女さまの笑顔が本物である事も、知っています。


 貴女さまが私との旅を、楽しみにしてくれている事も、感じます。ですから私は、ちょっと硬いながらも……本当の笑顔を浮かべるのです。


「そうだね。私も、ちょっとだけドキドキしてる。だから……ちょっとくらいは楽しもう? ずっと緊張しっぱなしなんて、最後までもたないからね」

「――はい、少しだけ」


 少しだけ、楽しみましょう。この集落に二人で帰って来て……あの時はこうだったとか、悲しかったとか……楽しかったとか、笑顔で言い合える、ように。




 リッカさまと共に”神林”に入り、日記を湖に運びます。リッカさまがどんな日記を書いているのかは流石に聞けませんでしたが、私と同様、”森”を知った時から書き始めたようです。


 何もかも同じな事に、私の胸は跳ねます。単純な心臓に嘆息してしまいますが、その心臓が愛おしい。自らの命の鼓動ですが、リッカさまによって奏でられていると思えば、別物に感じます。


『何気なく一緒に入っちゃったけど、良かったのかな』


 リッカさまが視線を動かしながら、”神林”の空気に歓喜しています。その一方で、許可を取らずに入ってしまった事を気にしているようでした。

 リッカさま。この”森”は”巫女”しか入れません。ですから、リッカさまも当然入れるのです。


「一緒に行きましょう? リッカさま」

「あぅ……顔に出てたかな?」


 私の能力を、リッカさまは知りません。ですから、表情で私が気付いたと思ったようです。ですがリッカさま。貴女さまの防壁は強固です。私だけ…………と言いたいですが、私とお母様は、リッカさまの表情の変化に気付けています。


「えぇ、結構、最初から出ていました、ね」

「ぇ……ぁ」


 最初から、です。この”森”にやって来て、私と出逢い、驚き――そしてそれが落ち着いてからずっと、”森の歓迎”に表情を輝かせていました。


 今思えばあの時私が、必要以上にリッカさまに触れていたのも……”森”から私に視線を誘導したかった、のでしょうか。


 どうしてか私は、リッカさまの視線を独り占めしたいと、思っている節があるようなのです。


 ”森”に対しての特別な感情に気付かれていたと、頬を染めて羞恥に悶えているリッカさまに、私の悪戯心が刺激されてしまいます。初めて感じる、嫉妬と独占欲。それが私に無いはずの……嗜虐心に火をつけたのです。


「リッカさま、”神林”や”神の森”のことになると人が変わったように無邪気になるんですもの」

「ぁ……きゅぅ」


 ちょっとだけお母様っぽくなってしまいました。自分が覚えている以上に私は、お母様を観察していたのでしょう。所作が微妙に似ている事に、今気付きました。


 結構本気で拗ねてしまいましたが、リッカさまが……。


『で、でも私が一番変わったって思うのは、森に入った時じゃなくて、アリスさんを見てる時……』


 心の奥深くでリッカさまが無自覚な部分で呟いた想いに私は、昂ぶりを抑えられないのでした。


(落ち着いて……リッカさまの信頼と、愛おしき純潔を穢すわけには……っ)

『私、アリスさんの傍に居るだけで、心が高鳴る……。もう、アリスさん無しじゃ――』

「ぁ……っ……」

 

 零れそうになる歓喜の声を、笑顔の奥に隠します。自分の感情が完全に理解出来るまで……我慢の、連続です、ね。



 リッカさまが羞恥から帰ってきたので、私の昂ぶりがリッカさまに伸びきる事はありませんでした。

 その後は暫く、リッカさまの趣味や嗜好について尋ねて湖を目指しました。とりあえずスープの味は、二日とも成功であったようで一安心です。


 戦闘技能についてですが、リッカさまが得意なのは自身の体を武器とする体術と、剣や刀を使った剣術との事です。杖を使った戦闘法という物もあるそうで、杖術と呼ばれるそうです。他にも、槍やナギナタ? 鉄で出来た盾による戦い等です。全てを網羅しているとの事で、いつか暇があれば見せてくれるそうです。


 盾や杖といった、凡そ人を攻撃出来そうにない物も、リッカさまに掛かれば武器になるのですね。

 リッカさまの戦闘法の話をもっとするべきなのですが、それよりも前に、私の”アレ”を伝えておかなければいけません。


「リッカさま、高台でアルツィアさまが言っていた中に、私が使える唯一の攻撃魔法という物があったのを、覚えていますか?」

「うん。確か、多用出来ないんだっけ」

「はい。消費魔力は先程集落に張った”領域”の二倍から三倍です。使用後の魔力回復も遅くなり、使えて……一回ですね」


 一撃必殺ではあります。ですが、使用機会が限られているのは言うまでもありません。作戦に組み込むのは難しいですが、使えば確実に敵を倒せると、約束出来ます。


「一回……それよりも、魔力の消耗がそんなに多いって、事は」

「ご安心下さい。私の命に別状はありません。暫くは歩くのも辛いですが、無茶な魔法という訳ではないのです」


 使用回数よりも、私の体調の方が気になるようですが、魔法で私が傷つく事はありません。


「魔法に名前はありません。”拒絶”や”強化”という名称は、”人”が便宜的につけた物です。ですが、私のこれには名前があります」

「唯一の、魔法?」

『私の”強化”や”抱擁”、アリスさんの”治癒”みたいな特異体質的な魔法って訳じゃなく、本当に、唯一の……』

「はい。現状では私だけが使える、アルツィアさまですら理解出来ない魔法です」


 ”拒絶”を使いこなせるようになり、”光”を手に入れた瞬間、頭に思い浮かんだ詠唱呪文と名前。アルツィアさまに確認しても知らないという、この世界で唯一の、()()を持つ魔法です。


「名は、”アン・ギルィ・トァ・マシュ”。”拒絶”と”光”を具現化し、私の想いが届く範囲の全てを――拒絶する消滅魔法です」

「あん、ぎるぃとぁましゅ……?」


 たどたどしくも、リッカさまはしっかりと発音出来ました。詠唱はしっかりと出来ていましたし、魔法ならば翻訳が効く、のでしょうか。


『全てを消滅……使えば勝ちが決まる、絶対の攻撃』


 リッカさまは喉を鳴らし、魔法の名前を刻み込むように呟いていました。


「詠唱を終え、”アン・ギルィ・トァ・マシュ”を解放すると、アルツィアさまの形となり、敵対している者に”光”を浴びせます」

「神さまに?」

「はい。アルツィアさまが顕現し、私の思い通りに動きます」

『神さま、を……』


 多分初発動の時一番驚いたのは、私です。何故アルツィアさまを象ったのかと、本当に驚いたのです。私の魔法なのですから、私で良かったのではないか、と。


 リッカさまが少しだけ、力の無い笑みを浮かべたように感じました。私にはその笑みの理由が分かりませんでしたが、脳内で思考が巡り回りました。


「”光”が当たると、拒絶される、のかな?」

「そ、そうです。まだ試した事はありませんが、マリスタザリアの悪意と体を消滅させる事が可能、のはずです」


 リッカさまの変化を考えるより先に、話題は次へと行ってしまいました。

 私の”アン・ギルィ・トァ・マシュ”。実戦で使った事はありません。初発動の際私が設定したのは、高台から見えた野盗の武器への――()()()()拒絶です。


「この”アン・ギルィ・トァ・マシュ”は、私の魔法”拒絶”が色濃く出ています。相手が悪意でなくても、消滅させる事が可能です」


 発動した”アン・ギルィ・トァ・マシュ”は、私の三倍程度の大きさ、五メートル程のアルツィアさまとなり、光ったのです。そしてその光を浴びた野盗の武器は、()()()()()()()


「”拒絶”が、色濃く?」

「はい。私の”拒絶”を、色濃く、です」


 リッカさまならば、気付くと思いました。


「私が人を攻撃する魔法を持たないとアルツィアさまは言いましたが――しないだけ、なのです」

「”拒絶”なら、出来る……」

「その通りです。例えば、神経。脳から体へと命令を送る信号を、”拒絶”出来ます」

「体が動かなくなる、んだね」

「日数は私の想い次第ですが、制御を誤れば永遠に」

『人に使うには、効果が大きい。アリスさんなら制御を誤るなんてないだろうけど、攻撃する事自体が問題。アリスさんに、そんな事させない。私がやる。傷つけないで制圧する術もあるし』


 リッカさまに任せるつもりは、ありません。場合によっては真っ先に私が撃ち込みましょう。

 ですが一番良いのは、話し合いでの解決です。対象がマリスタザリア化していない限りは、手を出させません。


「一応自衛は出来るので、ご安心ください」

「うん。でも、なるべく任せてね。さっきの続きになるけど、怪我をさせないで無力化させる武術もあるんだ」


 その術に、一番の自信があるようです。リッカさまの自信ですから、私は信じています。ですが一番はやはり……。


「喧嘩に巻き込まれないのが一番ですから、そちらを気をつけましょう」

「うん、そうだね」

『でも、アリスさんが危険に巻き込まれそうになったら――やる』


 ”能力”以外は、全て伝えます。その上で、リッカさまには分かって欲しいのです。私も、リッカさまの為ならば――使います。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ