過ち⑩
「集落の人たちはどういう風に思ってるんだろ?」
リッカさまが気にしているのは、集落の方達がどう思っているか、みたいですね。
リッカさまの気になっている問題は、私にとっても問題でした。もはや修正出来ない程の崇敬を、リッカさまは集めています。お母様ですら、その輝きに目を曇らせているのです。他の方達では絶対に、気付けません。
「私と同じ”巫女”であり、世界の……救世主。といったところでしょうか」
リッカさまに嘘は吐けません。皆の感情はただの感謝ではなく、期待しているという激励でもあったと、告げました。
それに……リッカさまはもう、知っていますから……自身に向けられた、大きすぎる崇敬に……。
「世界を救うために来て頂いた”巫女”を、昨夜……失いかけたのです。どうか、私たち一同の身勝手さを、お赦しください……」
お父様含め、他の方達の中に……薄っすらと、リッカさまを試すような想いがあった事を、告白します。昨夜のマリスタザリアは、救世主の力を試すには絶好の相手だった事でしょうから……。
お父様達の謝罪は身勝手でした。救世主を守るべき場面で守らず試し、戦わせたと詫びる矛盾。謝って済む問題ではありませんが……お父様達にとっても、待ち侘びた救世主なのです……。
(オルテさんが負けた時点で心が折れていたのは知っていますが、リッカさまの行動を見てしまった後では……)
「さっきも言ったけど、私は気にしてないんだ……。皆、いい人たちなんだもん。無事でよかったって気持ちでいっぱいだよ?」
リッカさまは本当に、そう思っているのです。戦いから最も遠い位置にいるのに……。
リッカさまの根源に、昨夜触れました。”恐怖心”に苛まれていようとも、何故そこまで献身的になれるのか……。リッカさまの心には、父、母、祖母の想いが宿っているのです。
父は自衛官と呼ばれる、国を守る職に就いているそうです。その職は、マリスタザリアの前に躍り出た時のリッカさまそのものでしょう。他者を守る為に自ら戦いの場へと踏み込んだ姿は、父への敬意が顕れたのです。
祖母は守る職にはついていませんが、町内会の会長というものに就いているようです。多分、集落長や村長の類と思われます。自らの時間を割き、その町をより良い物にするのです。見回りや防災訓練、交通整備など、人の為に無償で働いています。リッカさまの優しさそのものです。人の為に動くのは当然、なのです。
そして、母。主婦という事ですが、リッカさまの中で最も強く根付いていました。リッカさまのお母様は、人の心を深く理解し、人の為に何が出来るのかを、迅速に、簡潔に選択出来る方のようです。リッカさまの行動選択の早さと正確さは、お母様譲りのようです。
それらがバランス良く混じり、リッカさまの心は完璧ともいえる清純さとなっています。ただ一点……”恐怖心”が陰を作り出して、いますが……。
「アリスさんの、皆の英雄になるって、約束したもん。これくらいで揺らいだりなんてしないよ。私は、ちゃんとやるよ。最期まで―-」
「――。はい、リッカさま。私も、なります」
最期になんて、しません。そんな、自己犠牲……させません。私は貴女さまだけの、英雄になってみせます。貴女さまを守る事が世界の平和に繋がるのです。
(それが本当は、私の大切な人を守る為の……建前でしかないというのは、自覚はしています)
ですが、私は何処までも身勝手に――貴女さまを守りましょう。
”巫女”といえども、世間一般的な考えでは……”森”から出られない籠の中の鳥でしかないのです。この集落程、畏敬や崇敬はされていないはず、です。だからリッカさまだけの為に存在しても、良いはずです。
旅の準備をする為に、私は一旦家に戻ります。その間リッカさまは、集落の広場に居るそうです。何でも、やらないといけない事があるとの事ですが――私の能力が、剣の調達と”精錬”の修得の為にオルテさんと会う予定と、視破ってしまいました。
(オルテさんの所……本当はついていきたいのですが、旅の準備もしないといけない、ので……)
昨日今日と、リッカさまとオルテさんの間には、敬意や連帯感? のような物が生まれたと感じます。
リッカさまの、無償の激闘と寛大な心は、オルテさんの頭を自然と下げました。オルテさんの戦意や責任感は、リッカさまの敬意を集めたのです。それは信頼に結びつくものであり、リッカさまが守護長のオルテさんと仲良くなるのは喜ばしいのですが……。
(黒い、感情が……)
「はぁ……」
『可愛らしい嫉妬だね。アルレスィア』
「アルツィアさま……。リッカさまの方を見ていて欲しいのですが」
『あれだけの戦闘を行えたリツカを襲おうなんて人、この集落にはもう居ないよ』
それはそうですが……リッカさまは”人”を攻撃出来ないんですよ……? それに、可愛らしい程度の嫉妬で収まっているでしょうか、これ……。束縛に繋がりそうな感情なのですが……?
(きみの為なら手を出すだろうけど、その後が問題か。確実に思い詰めるだろう。でも、何れは”人”を殺す事になる。魔王はマナと悪意で作られた――”人”なのだから)
『まぁ、せっかく仲直り出来たんだ。もう暫くきみと居させておくれ』
「そういう事、でしたら……仕方ありませんね」
『きみに求められたら、リツカは多分悦ぶと思うよ』
ぱっと話題が変わるのが、アルツィアさまの癖です。リッカさまが翻弄されていなければ良いのですが……って。
「喜ぶの意味、少し違いませんでしたか?」
『問題なく合ってるよ。リツカは感覚が人の何倍も鋭いからね』
感覚が鋭く、喜ぶではなく悦ぶ……え?
『顔が赤いね。何を考えたのかな?』
ダ、ダメです。リッカさまの体はもう、隅々まで見てしまっています。完全にその姿が思い浮かんで、頬を紅潮させて悶えるリッカさまが――。
「そん……も、もう!」
頬の熱が取れるまで、家に戻れそうにありません。お母様とお父様は帰って来ているようですし、確実に勘違いされてしまいます。
『勘違いって程勘違いでもないけどね』
「……」
リッカさまの、その、姿を思い浮かべて赤面したので、確かに勘違いではないでしょう。でも、実際に行った訳ではありませんし、そもそも私達はそういう仲では……。
「はぁ……とにかく、リッカさまにそういった事を言うのは無しでお願いしますよ」
『分かってる』
(あの子は初心な上に疎いから大丈夫だけど)
頬の熱が取れるまで、集落の広場に視線を向けます。自宅がある高台からは見えないのですが、リッカさまを感じる事は出来ています。
「感知範囲外のはず、なのですけどね」
『リツカもきみを感じているよ』
「……」
『今回は違う意味』
「分かってますっ! 喜んでいただけで、深い意味は――」
アルツィアさまの術中に嵌ってしまいました。そのニヤけ顔に”アレ”を撃ち込みたくなってしまいます――が、リッカさまの魔力が溢れた事で、それどころではなくなりました。
「リッカさまっ」
『あー、待ったアルレスィア』
「何ですか!」
『大丈夫。ただ考え事の最中に魔力を練ってしまっただけだ』
どうやら確認作業の続きを行っていたようです。何かあったという訳ではないようで、安心はしますが……。
(魔力を練っただけという話ですが――発露……いえ、撃ったような、魔力の出方でしたね)
未知の、武術という戦闘技能……まだまだ知るべき事は山積みのようです。
「おかえりなさい、アリス。リツカさんは?」
「オルテさんの所です」
「あら」
「皆まで言わないで下さい、お母様」
「ふふ。ええ」
大方、二人きりにさせて良かったのか、といった所でしょう。それは私も思っていますが、リッカさまが行き先を私に告げなかった以上、私から提案する事は出来ません。
(隠し事はしたくありませんが、この能力については出来るだけ、隠したいです)
制御出来ない理由もよく分かりませんし……。嫌われてしまうかもと思ったら、怖くて……。
「それに、旅の準備をしなければいけませんから」
「手伝うわ。一先ず王都までで良いのかしら」
「はい。王都についたらまず、宿探しと食材等の買出しをしますので」
この集落の性質上、子供達以外は旅の経験があります。お母様は王都出身者ですし、旅の準備を手伝ってもらえるのはありがたく思います。
集落の性質とは、”巫女”の同世代の男が集落に滞在しないようにする事を指します。
”巫女”が未婚の処女でなければいけない事を考えると、恋愛に発展しかねない同世代の男性を傍に置くというのは憚られる、という――”人”が創った決まりです。
(同世代同士だけが恋愛に発展する訳ではありませんし、しっかりと”巫女”に配慮しているのだと、アルツィアさまに見せ付けているだけなのです)
アルツィアさまは苦笑いしていましたから、私の代では勉強の為という面を強くしています。それでも遠ざけているという事実に変わりはありませんが、集落に篭る必要はないのですから、世界を見るのも悪くはないでしょう。
(集落に帰ってくるのはせいぜい、十人に一人程度ですけどね)
世界を知れば、考え方も変わります。集落という閉ざされた空間で生きていける人は多くありません。私の様に、”森”と湖が好きで、外への興味が殆どない子は、珍しいのです。
(そういえば、リッカさまは気にしていましたね。私と同世代の子が見えない、と)
私世代の子も既に、王都に行っています。もしかしたら、会うかもしれませんね。
(会いたいと思えないのですから、我ながら愚かしいです)
色々と、苦い思い出があるのです。私世代の子は一人も帰って来ないかもって、思えるくらい。
運命の悪戯か、私の同世代の子達は皆、先代派の子供だったので。
「服は、巫女服だけかしら」
「そうですね。王都までは野宿の予定ですから、ローブ以外を着る事はないと思います」
「それじゃ、寝袋も入れておくわね」
「お願いします」
寝る際は”領域”を張るつもりです。そうでなくても、リッカさまを無防備に寝かせる訳にはいかないのです。せめて自衛が出来るように、この服のままが最良でしょう。
リッカさまの、色々なお姿を見たいとは思っています。この服だけでなく、それこそ向こうの世界の服みたいな……あ、あれは露出が高めですが……それでも、色々なリッカさまを……。
「アリス?」
「は、はい」
(これは、本当に覚悟しないといけないかもしれないわねぇ。まだ自覚してないみたいだけど)
今までは少し微笑ましそうに私を見ていたお母様が、苦笑いになっています。諦めと迷い、でしょうか。
『完全に、私からリツカに移ったようだね』
私の、心を読む能力の話です。アルツィアさまが傍に居る時だけの能力は完全に、リッカさまの傍だけの能力になっています。それ自体は問題ではないのですが……あれ程、人には過ぎた能力と言っていたのに、今はその能力が必要と、心の何処かで思っています。
(お母様、何か変な勘違いをしている気がするんですよね……)
(それは勘違いじゃないと思うんだけど、いつか気付くか)
お母様だけでなくアルツィアさままで苦笑いに……はぁ……。
リッカさまで不埒な想像をしてしまった事は認めますが、素敵過ぎるリッカさまに、この飾り気のない戦闘服だけというのは、勿体無く思ってしまうのです。
「残りはしておいて上げるから、リツカさんの所に行ってきなさい? 心配でしょう」
「よろしいのですか?」
必須の物は伝えていますが、完全に任せきりというのは……。
「出発前に話さないといけないこと、もっとあるでしょう?」
「ありがとうございます。お母様」
『話す事もそうだけど、やって欲しい事があるんだ。アルレスィア』
私の”アレ”を話さないといけませんし、リッカさまの事をもっと知りたいと思っております。嬉しい提案なのですぐにでも走って向かいたい所ですが、アルツィアさまの頼み事とは一体何ででしょう。
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