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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
2.手遅れ
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過ち⑨



(新婚みたいねぇ。私も思い出すわぁ)


 エルタナスィアが巫女二人を見ながら笑みを浮かべている。

 完全にこの世界の事情を知ったリツカと、決意を新にしたアルレスィア。敬語を止め、一気に距離が近づいた二人の雰囲気はもはや、夫婦から見ても()()見えたようだ。

 近づけない程、二人だけの世界に浸っている。


「リツカさん、敬語止めたのね」

「……そうか」

「アルツィアさまからこちらの事を聞いたんでしょうね。アリスがさっき、明日にもって言ってたわ」

「……そうか」

「ちゃんとしてくださいね?」


 返事とばかりに、ゲルハルトはアルレスィアの作った卵焼きを頬張った。

 もはや警戒心や不信感はない。しかしそれは、諦めによるものだ。その燻りは小さい切欠で再び燃え上がる事だろう。


(リツカさん、昨日よりも雰囲気が柔らかいわね。魔法の有無は関係ないでしょうけど……どこか、思い詰めて……?)


 エルタナスィアは今朝と今のリツカを見て漸く――自分の中に違和感が在る事に、気付いた。しかしアルレスィアが普段通りなのを見て、首を傾げるだけに留まってしまったようだ。


「む……」


 卵焼きを食べていたゲルハルトの箸が止まった。ゲルハルトには少し甘すぎたのだろう。リツカに合わせて作っているから、エルタナスィアの味付けよりも甘味と素材の味が強く出ているのだ。


(ロクハナリツカ殿か……)


 アルレスィアの料理自体まだ二回しか食べた事はないが、その甘さが親離れを告げているように感じ、ゲルハルトはため息を吐くのだった。




 食事を終え、一息ついています。本当は集落から出て、リッカさまと”神林”に入るのも良いのですが、皆さんがこちらを窺っているので待っている状況です。


「あれ、エカルト?」


 エルケちゃんがきょろきょろと辺りを見ていました。エカルトくんを探しているようですが、エカルトくんならこちらに走ってきていますよ。


「ねーねー、リツカさま」

「んー? どうしたのかな?」


 リッカさまがエカルトくんの頭を撫でています。やっぱり、羨ましいです。


「アルレスィアさまにけいごやめちゃったのー?」


 仲良くなったから。これだけなのですが、集落の方達はそう思っていないようです。

 今回ばかりは、お父様だけを叱る事は出来ません。皆が皆、複雑な表情でリッカさまを見ていますから。


 旅の予感と明確になった脅威への恐怖、期待感と藁にも縋る保身。それらをリッカさまは感じ取り、椅子に座っているのに一歩下がったように見えました。


 全員に視線と圧を飛ばすのは無理です。リッカさまにも感じ取られてしまいます。であれば――私はお母様に視線を向けました。


「エカルト。ダメよ。リツカさんを困らせては」

「はーい……」


 エルケちゃんに視線を向けて子供達を宥めてもらいます。これから少し重い空気が流れます。子供達はそれを見て不安になるでしょう。ですから、心配ないと伝えてもらいましょう。


 リッカさまが改めて、父と母に挨拶をしています。昨夜は、お父様の所為で有耶無耶になったんでしたね。思わず視線が鋭くなってしまいます。

 昨夜のような無礼はありませんが、お父様の諦念に混ざった、しつこい忌避感は視えています。


「お父様、いい加減になさってください。そんなことをするために来た訳ではないでしょう……?」

「む、う」


 別に、婚約者を紹介した訳ではないというのに、変な勘繰りは止めて欲しいものです。リッカさまとは、そういった物では、ないのです。


「皆、立つのだ」


 最低限、本当に最低限の挨拶を行ったお父様は、食事所の方達に号令を出しました。立ち上がった人達は綺麗に並び、リッカさまの前に立ったのです。その圧は、リッカさまから表情を奪いました。


 困惑の奥底で感じている、崇敬と畏敬の予感。それはリッカさまの”恐怖心”を呼び起こしています。


「リツカ殿、我らを救っていただいたこと。まことにあがりがとうございました」


 お父様がリッカさまに詫びている間、私は……必死に祈りました。お父様の言葉は全て、私の不手際です。


 魔法の事。この世界が別の世界で、マリスタザリアという恐怖が存在している事、私達に戦う力があるという事。魔法すらないリッカさまを戦わせてしまった事。私()はそれらを知っておきながら傍観してしまったと、謝っているのです。


 私には……謝る権利すらありません。全てを隠していたのは、私なのですから――せめてリッカさまがこれ以上背負い込まないよう、祈るしか……っ。


「頭を、上げてください。確かに、死に、かけましたけど……。結果的には皆、無事だったのです。それで、いいんです」

「―-ありがとう、ございます。”リツカ様”」


 オルテさんの時同様、謝罪の含まれた感謝にリッカさまは応えませんでした。

 だからでしょう。”リツカ様”とお父様が告げた事で……崇敬は遥か高みへと、至ってしまったのです。私は……純粋な感謝で、リッカさまを労いたかった、だけなのに――。

 

 


 謝罪と感謝を述べた集落の方達は、仕事に戻って行きました。農場の様子見と柵の補強、周辺の警戒に、集落前に出来てしまっていた窪みの補修。怪我人はオルテさんだけで、そのオルテさんも問題ないから……集落はいつも通りの光景となっております。


『あんな、化け物に襲われたのに……オルテさん含めて皆……子供達も、いつもと変わらない、みたい。凄い。私は、あんなに、壊れ――だったのに』


 リッカさまは、エカルトくんやエルケちゃん、集落の方達が恐怖を乗り越えている。そう思っているようです。


 実際、マリスタザリアに襲撃された割には恐怖心を抱いたままの者は少ないです。リッカさまにとってそれは、凄い事なのでしょう。”恐怖心”に囚われてしまっている、リッカさまにとっては……。


 ですがそれは、勘違いなのです。リッカさま。この世界にとってマリスタザリアとは普通なのです。ですから――()()()()()()()()は、日常として流れます。


 恐怖心も、()()()()()()()()二,三日で消え失せるでしょう。この世界にとって負の感情はマリスタザリアを生みます。ですから、その感情を遠ざける術に長けています。


 私も、そのきらいがあると思うのです。ですから、リッカさま……。私は貴女さまを尊敬するのです。


 あの”恐怖心”を……三歳から今に至るまでの全てをその小さい体に宿しながらも、折れる事無く前を見続け、皆の感謝と謝罪を呑み込めた、貴女さまを。


 尊敬しております。ですが……それだけに、痛ましい。呑み込めはしましたが、それは……激痛となってリッカさまの心を常に、刺しているのですから……。


 私は、貴女さまの”恐怖心”を分けて貰える存在になりたいのです。ですから……気になっている事、全て聞いて下さい、ね?


「知って、たんだ。私がくるの」

「申し訳、ございません。騙すようなことをして」


 食事所にリッカさまと私だけになった頃、少し寂しそうにリッカさまは、ぽつりと話しました。

 

 様々な疑問が再びリッカさまの中に生まれたはずです。


 魔法を使えない事を知っていて戦わせた事や、別の世界から来た事を知っていながらマリスタザリアを話さなかった事、”お役目”の全て。


 全部知っていながら、リッカさまには何も伝えずに夜を迎えてしまったのです。ですから、リッカさまから糾弾を受けるつもりでした。最初から教えてくれていれば、という言葉を待ちました。でもリッカさまは、違ったのです。


「一つだけ、教えてほしいんだ。どこまで、知ってたの?」


 リッカさまは真っ直ぐに私を見て、優しく尋ねました。私は視線を逸らさず、話し始めました。


「……この世界が壊れかけていると、アルツィアさまに。私が”巫女”として、この危機を取り除くように、言われました」


 思い出すのは、九年前……。いつもの様に、先代”巫女”に隠れて、アルツィアさまと湖に出掛けた時の事です。


「私だけでは……無理だと。理由は話してくれませんでしたけれど…………そして、もう一つの世界のこと。その世界にも”巫女”がいることを聞きました。その方と、一緒に育ち、鍛え、そして、倒すようにと……」


 何故私が湖に入っても叱らないのか。その理由を話すという事でした。語られたのは、私に課せられた宿命と未来の話です。


「その時に、来るはずでした。でも、アルツィアさまが失敗したと……もう一つの世界に居る”巫女”の成長を待つということで、待つことになりました」


 本当はリッカさまと、九年間共に過ごすはずでした。ですが、向こうでの生活も大事だからと。


「私が知っているのは、これだけです……。もう一つの世界、もう一人の”巫女”、世界の危機……。一日に一度、リッカさまの世界について教えて貰っていましたが、リッカさまに関する事だけは、楽しみにしておくように、と」

「……つまり、私の詳細は知っていなかったんだね」


 リッカさまの趣味嗜好を仄めかす発言はありましたが、”六花立花さま”については何一つ……。

 ですが、私が隠していたのは事実です。本当は会ってすぐ、”巫女”の説明をする時に全てを……。


「……申し訳ございま」

「よかった」

「―-ぇ?」

「よかったよ、私だけ初めてご対面じゃ、なんかズルイもん」


 はにかむように笑みを見せたリッカさまが、頬を掻きながら照れていました。


 ズル……確かに、私だけ知っているという状況は、ズルいです。ですが、リッカさまが感じたであろう不信感は、その言葉で片付けられないと……思います……。


「アリスさんも、初めてだった。だからよかったの。私、アリスさんと出会えてよかったよ」

『私だけが驚いていた訳じゃなかった。アリスさんもしっかり驚てた。それに……知っていた分、辛かったと思う。待ち望んでいたと、涙を流そうとしているのが、証拠』


 私、また……涙を溜めていたのですね。


 知っていた分辛いという考えは、思い浮かびませんでした。貴女さまを待ち望んでいたからこそ、私の今があるのです。ですから、私の全ては貴女さまで出来ているといっても、過言では――。


『アリスさんは私を待ち望んでいた。それを知る事が出来て私は、天にも昇れそう』

「私、アリスさんを守れて、よかった。ここに来れて、良かったんだ」

「――はぃ」

(リッカさま、貴女さまは……太陽です)


 木漏れ日のような優しさに、木々を育てる天日のような暖かさ、未来を照らす玲瓏な寛容さ。貴女さまは私を、照らしてくれる。

 世界を照らす太陽のように、リッカさまの瞳は私の心を見通しているのかもしれません。


 隠したから、リッカさまが危険に曝されました。ですがリッカさまは、私の思い遣りであったと、思ったようです。ただの独善であったのに、リッカさまは、優しさであったと……。


『アリスさんが間違ってたなんて、思えない。私を巻き込みたくないって気持ちと、世界の事で迷ってた。だからこその――覚悟。アリスさんの考えが間違いじゃないって、私が証明する。後悔なんてさせない。アリスさんと出会えた奇跡を、私が守る』


 リッカさまの瞳に、炎が見えた気がしました。

 私が落ち込んでいるのを感じ取ったリッカさまは、私の()()()が間違いではなかったと証明する為に頑張ると……気合を入れるように私を抱き締めました。瞳の熱が伝わったように、リッカさまの魔力が私を包み込んでいます。


 私と出会えた奇跡……アルツィアさまも言っていました。私達の存在は奇跡的だと。ですから、この出会いは本当の奇跡なのです。

 

 その奇跡を守る。それは、私も同じ気持ちです。リッカさまとの出会いが間違いではなかったと、私のリッカさまへの想いが間違いではなかったと、自分自身を否定する事は、しないと……高台で決めたというのに。


(私って……学習能力がないのですね)


 リッカさまが寂しそうに呟いたのは……私だけが先に知っていたかも、と思っていたからでした。自分だけが……目の前の運命の人に驚いたのか、と。その時の気持ちを、自分だけが手に入れたのだと、寂しそうにしていたのです。


 リッカさまに孤独感を与えてしまいました。私もリッカさまと同じく、出逢いに喜んでいたというのに……。


「貴女さまに出逢えて……共に旅が出来る事、嬉しく思っております」

「うん。一緒に、いこう」


 学習能力がなく、何度も躓く私ですが……貴女さまへの想いに澱みはありません。どこまでも届く太陽(あなたさま)ですが、()はやってきます。ならばその()を照らすのが――(わたし)の役目。


 この出逢いが奇跡のまま終わらぬよう……しっかりと、根付かせましょう。貴女さまという”桜”を、この世界に――月光でも花は、咲くそうですから。



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