過ち⑦
『いくらきみが特別な魔法を持っていて、マリスタザリアが生まれたてであっても、あれほど圧倒できるものは少ない。王都側になら、いくらかいるけどね』
(ホルスターンのマリスタザリアを単独で倒しきる。そんな事が出来るのは、王都のライゼルトと、共和国のレティシア、流れのウィンツェッツか。連合と皇国にも数名居るが、無傷となるとこの三人だけだ)
王都には、ライゼルトさんという方が居ましたね。ですが魔法抜きとなると……誰も居ないでしょう。リッカさまならば、それが可能です。良く切れる武器さえあれば、魔法なしであのマリスタザリアを討伐出来たくらいです。それだけの、技がありました。
「後でちゃんと皆さんの感謝を受け取ってくださいね?」
「……はぃ」
リッカさまにとっては当然であったとしても、貴女さまの行動は英雄的でした。そこで感謝すら受け取ってくれなかったなら……更なる神格化に……っ。
私は貴女さまを天使のように思います。ですがそれは、私だけで良いと思っております。私だけの天使さま。どうか……自身の行いを当然と思わず、背負い込み過ぎない様……。
「あのマリスタザリア? ……牛はどこから来たんですか?」
リッカさまは私の笑顔に照れてしまったようで、矢継ぎ早に質問を再開させました。
「可愛い」
『それが問題なんだよ、リツカ』
声に出してしまいました。アルツィアさまが被せるように話を続けてくれたから、助かりましたね。
『あのマリスタザリアは集落の農場からきていた』
『それって、つまり……』
リッカさまはずっと、頭の隅で考察を続けていたのです。マリスタザリアの発生場所一つで、凡その状況を理解したのでしょう。顔が青ざめてしまっています。
そうです。今この”神林”は……”巫女”と”森”が万全にも関わらず、悪意に侵されつつあります。その事にリッカさまは気付き……私とアルツィアさまの心配をしているのです。
ですが、ご安心ください。私達は無事です。問題は、”神林”の結界……。もはやマリスタザリアを遠ざける力すらないようです。
『ヤツが現れたときに、気づいた。悪意はヤツが貯めていた。私に気づかれないように。少しずつ、少しずつ』
アルツィアさまは、リッカさまではなく私にも視線を向けました。つまり『ヤツが現れたとき』という言葉は……私にも向けられています。
昨夜のマリスタザリアは、ヤツの仕業で間違いないという事ですね……。
『ヤツが―――魔王が現れてからだ。この世界が、荒れたのは』
魔王とは、マナと悪意の集合体です。マナに……言葉を使わずに魔法を通し、人と成った……元マリスタザリアです。
『魔王は、悪意がそのまま形をとって表れたんだ。その悪意の純度は私が想定してない。なにより、魔王め。力を隠して、悪意をどんどん取り込んでいた……』
『神さま……』
リッカさまは、アルツィアさまの力の無い笑みに悔恨を見て取ったようです。アルツィアさまは平等ゆえに後悔も謝罪もしないと言いましたが、”人”への愛があります。だから――本当は申し訳なく思っているのです。リッカさまは鋭敏に、アルツィアさまの変化に気付きました。
マリスタザリアや魔王すら、アルツィアさまは平等に愛しています。偶々生まれた二者ですが、愛しているのです。ですが……駄々をこねる二者に、お仕置きをしないといけません。
(アルツィアさまは私達”巫女”にしか干渉出来ませんから、私達に頼むしかないのです。後悔は、それです)
貴女さまの”恐怖心”を知っていながらも頼むしかない……その、痛恨の極みなのです。私と、アルツィアさまは……。
「つまり、私の……”お役目”はっ」
(わ、たし……?)
『リツカの、でないよ』
そうです、リッカさま。私達の、ですよ……?
『リツカとアルレスィアの、だ』
「な、何を……。そんなことっ」
『アリスさんを戦わせるなんて、出来るはずがありませんっ!! 失いたくないって、言ったのを聞いてなかったんですか……!? 私は……わたし、は……攻撃になんて、当たりません。だけど、アリスさんは――っ!!』
共に守りあう約束を、したではありませんか、リッカさま……。当たる当たらないでは、ないのです。共に、戦いましょう……!
「リッカさま。私は、もう覚悟が出来ています」
「っ……」
「私は、あなたさまとなら、リッカさまとなら行けます」
貴女さまの覚悟と決意は分かっております。貴女さまは言いました。自分の役目と。私と共に旅はするけれど、戦うのは自分の役目。そう、思っていたのですね……。
約束は違えていませんでした。ただ、役割が違いました。支える、意味が……。私は戦闘でも支えたいのです、リッカさま。
リッカさまが私の決意を感じ取り……目を閉じました。諦念にも見えましたが、再び開いた瞳は――真っ赤な……信念の色を見せていました。
「やりますー―なります……。私が、私たちで、魔王を倒します」
この時、リッカさまの日常が終わってしまいました。長い……長い、戦いの旅が始まります。
『……アリスさんが前面に出ないように――』
私も覚悟するのに時間が掛かってしまいました。遂にこの時が来てしまったのです。だから…………リッカさまの心が今何を思っているのか……中途半端に、視えてしまったのです……。
「リッ――」
「……」
改めてリッカさまの意思確認をしようと思いましたが、リッカさまは魔王について考えていたようでした。
敵の正体を認識する作業は大切です。魔王という曖昧な存在だけに、リッカさまの作業を止める事は出来ません。確認するまでもなく、リッカさまは”私達”と言ってくれました。今はそれで、良いはずです。
ですが私は、胸に刺さった棘に、言い知れない不安を感じているのです。
(貴女さまは、あのマリスタザリアにすら勇敢に立ち向かいました……。私がしないはずと、思っていた相手に。ならば今回も……?)
考えすぎとは思いますが……注意は、しておくべき、ですね。
『魔王は存在するだけで世界を壊す……それを魔王が知っているかは解らないけど、悪意の調整を神さまが出来ない以上、確実にその時が来る。それまでに、私達は倒さないといけない』
完璧です、リッカさま。その認識で間違いありません。魔王は姿を見せず、アルツィアさまの目まで騙し遂せていました。そんな相手ですが、リッカさまの思考は単純明快であり、即断即決です。姿が見えずとも、やるべき事はしっかりと認識出来ています。
やはり……リッカさまの戦士としての資質には目を見張ります。その精神に翳りを見せる”恐怖心”すらも、第六感という能力を生み出しているのです。だから……だから、アルツィアさまは、リッカさまを呼び寄せたのです。
リッカさまの力は、私の相棒として完璧、だから……。リッカさまがもし平凡な少女であったのなら、こちらに呼ばれなかったのでしょう。そして、出逢えなかった……。
リッカさま、私は……出逢えて嬉しいと……貴女さまがこちらに来てくれて、嬉しいと、思ってしまっています……。
ごめんなさい……。貴女さまの平穏を崩しておきながら私は……っ!
『その解釈でいいよ。リツカ。出来のいい子は本当にかわいいね。撫でてあげ』
思考がアルツィアさまへの懐疑に向かい、リッカさまへの想いを昂ぶらせていたからでしょう。リッカさまを撫でようとするアルツィアさまの前に私は、躍り出てしまったのです。
『初めて会話できた我が子なんだから少しくらい撫で』
「いいえ、だめです」
アルツィアさまへの懐疑とは関係なく、私は……リッカさまが他者に撫でられる姿を見たくありません。私だってまだ……まともに撫でた事ないのです……!
リッカさまは私の背中に庇われている状況に安堵を覚えているのか、再び思考に没頭していました。今にも私の背に抱きつけそうな距離で、リッカさまは唇に指をあてじっとしているのです。思考する時の、癖みたいですね。
熱すら感じられる距離に居るリッカさまに、視線をチラチラと向けます。潤いがあって、ひび割れ一つしていない……口紅なんてつけてないのにほんのり赤く、ぷにぷ――。
『アルレスィア』
「はっ……」
『いっそのこと』
「な、何をいっそのこと、しろというのです?」
『いや、分かってないのなら良いよ』
アルツィアさまがにやにやと、私を見ていました。確かに私の思考はかなり危ない物でしたが……そんな微笑ましい視線で見ないでください。一体何をしろと言おうとしたのですか……?
私ってこんなに、色情魔……? 乙女思考だったのでしょうか。リッカさまにとっての私とは、冷静で優しく、思慮深い大人な女性です。その印象を崩さないように、深呼吸で気持ちを切り替えます。
切り替えようと思えば切り替えられるのが、私の強みです。
落ち着いた心でリッカさまを再び見ます。今度は唇ではなく、目を見る事が出来ました。その赤い瞳が私は、好き、ですが、しっかりと冷静で居られます。
「リッカさま、思いつめないでくださいね……?」
「ありがとうございます。アリスさん」
私と違ってリッカさまは、これからの旅で必要な事を思考していました。魔法の練習、刀の調達、体作りに敵の調査。どれも計画的な具体案まで考えていたのです。
思い詰めないで欲しいと、思います。刀の調達や敵の調査、魔法の練習は私がしっかりと行います。ですから、何でも頼ってください。
「ところで、リッカさま」
これから共に生活をしていきます。であればリッカさま。是非、して欲しい事があるのです。私達はもっと、もーっと知り合う必要があります。
「そろそろ、敬語は辞めていただいて、構いませんよ?」
「……ぇ?」
「昨日、集落の子たちに話しかけていたように。どうぞ私にもっ」
リッカさまの自然体を、私にも下さい。敬語は丁寧で自然な物でしたが、リッカさまの自然体はやはり、そこにはないように感じました。
「これから寝食をともにし、旅をするのですっ。さぁ私にもっ」
リッカさまの身の回りのお世話は全て私が行います。気兼ねなく居られるよう、是非私にも貴女さまを下さい!
『寝食を共に……お風呂も、また……アリスさんとずっと、一緒……一杯抱き締め――』
「えっと、アリスさん。―――わかり……分かったよ、アリスさん。それじゃあアリスさんも、敬語やめよ?」
「いえ、私はこれが、自然体ですので」
リッカさまも結構乙女な思考だったようで、リッカさまの希望する生活を思い浮かべてしまいました。それは私にとっては本当に天国のような生活です。是非、その生活を送りましょう。
ですが今は、覚悟の時間を下さい。羞恥に染まった赤い頬を隠すために踵を返し、高台を降りる準備を始め歩き出します。ちょっとだけ、リッカさまの想像の更に先を思い浮かべてしまったのです。
素早く動いた私にリッカさまは目をぱちぱちと瞬かせ、慌てて私の後に続きました。
「ちょ、ちょっとアリスさーん!」
リッカさまもお疲れでしょう。明日から出発となってしまいましたから……今日はもう休む為に、作業をささっと終わらせましょうね?
『二人の仲はもう恋人よりもずっと…………なのに発動しないのか。キスの一つでもしないと無理なのかな。それとももっと――』
(まぁ――あの二人ならいつか、きっと)
高台から降りる坂道で、リッカさまに核樹の武器とローブについての説明を追加でしていきます。リッカさまは魔力制御が上手ですから、アルツィアさまが説明を省いてしまったのです。
「杖やリッカさまの木の剣、木刀、でしたね。それらとローブは、私たちの魔力制御の補助になります」
「つまり、このローブも”神林”の!?」
『仄かに核樹っぽい力を感じる……? でも少し弱い、かな。どちらかといえばアリスさんに抱き締められた時に近い……? もっと強く感じたいな……』
リッカさまがローブを抱き締めるように、自身の体を抱き締めました。母が子を抱くような優しさですが、妙な色香があって……更に私を感じたいという想いが流れ込んできて……。
(ですが、核樹に対しての心情はやはり、恋……のようで……その髪はアルツィアさまのでして、私ではなくて……うぅ……)
私に全部向けて欲しいって思ってしまうこの感情は……嫉妬、ですよね。私が嫉妬をするとは……。
嫉妬とは執着の表れです。私の人生において、執着なんてものが起こるとは、思いませんでした。
私はリッカさまに、執着してるんですね。
「いえ、このローブは紋様部分にアルツィアさまの髪を溶かして織り込んでるのです」
「そ、そうなんだ。神さまの。それにしても、こんなに補助受けていいのかなぁ? いくらなんでも、手厚く保護されすぎなような?」
リッカさまを困らせてしまいました。私が顔を顰めてしまったからでしょう。慌てて話題を変えたのは、私に森好きを知られたくないから、ですね。もはや殆ど、隠しきれていないのですが……一生懸命隠そうとするリッカさまが
麗しい……。
「私たちは……本来なら、ニつの得意魔法しかないはずなのです。それが、”巫女”として三つ目が追加されました。三つは、本当に制御きかないんです。昨夜、リッカさまが媒介もなしに魔法を行使したとき、私は本当に……っ」
私はリッカさまの胸に飛び込み、縋ります。どうか……ご自愛を……自分を大切にしてください……っ! 魔力の暴走が起こった貴女さまの体は本当に危なかったのです……っ。
嫉妬とか、執着とか、核樹やアルツィアさまとか……っ!! 私には、どうでも、良い……私、すら……っ。リッカさまです。リッカさまを大切にしてください。お願いです……っ!




