過ち③
お父様にはもう何も言わせません。リッカさまを困らせるような事は、二度としないで下さい。
そのリッカさまは、皆の前で再び涙を流し、私と抱き合った事に羞恥を感じていました。リッカさまは弱味を見せるのが嫌いなようです。
その行為は、”恐怖心”に繋がっているから、ですね。
「では、皆さん」
魔力が馴染んだから、名前が聞こえるはずです。そのはず、です。
「―――我らが神、アルツィア様。
御名、御身の威光をもって我らを救いたまえ。
我らの罪を、赦したまえ。
我らに贖罪の機会を、与えたまえ。
我ら、祈りを捧げる者。
天にまします、我らが母アルツィア様よ。
ねがわくは、御名を崇めさせたまえ。
御身によって世界の安寧を。
我……御身の供物なり。拝」
リッカさまは祈りをしっかりと捧げながら、首を傾げていました。可愛らしい困惑に、私の頬は綻んでしまいます。多分、ノイズがなくなったのでしょう。
祈りの時に笑ってしまったのは、初めてかもしれません。
「はふ」
昨夜厨房に下がった時に仕込んでいたスープを、リッカさまが幸せそうに飲んでいます。リッカさまとの時間を割いて作った甲斐がありました。リッカさまの幸福に繋がるのなら、それはもうリッカさまの為の時間です。手間暇が掛かる料理ではありますが、今後も時間を惜しむ事はないでしょう。
(やっぱり、見てるなぁ)
リッカさまの表情を楽しんでいた私の元に、アルツィアさまがやって来ました。
どう接すれば良いのか、私の中で黒く渦巻く感情がアルツィアさまを遠ざけていました。しかし、決意と約束を交わした後です。この感情に折り合いをつけられるのは今しかありません。
「申し訳ござ――」
『アルレスィア』
私の謝罪を、いつも私に見せている慈愛の笑みで制したアルツィアさまは、首を横に振りました。
少し困ったように顰められた眉はまるで、「謝るのは私」と言っているようでした。
『説明はいつするんだい?』
「?」
リッカさまが、アルツィアさまの声に反応を示しています。
魔力に馴染み、無理矢理とはいえ魔法を発現させました。”巫女”であるリッカさまも声が聞こえているはずです。
「食後、少し落ち着いてから高台で……」
『分かった。それまでその辺りをフラついてるよ』
(リツカ。やっぱり私を見ているなぁ。同じとはいえ、ここまで完璧に同じなんだね。思えば、赤子の時は感じ取れていたんだったか)
アルツィアさまが踵を返しました。でも、何かを思いついたのか、再び私を見ました。その笑みは、あれですね。悪巧みをしている時の顔です。
『リツカの裸はどうだった?』
「ゴフッ」
「な、なにをっ! コホン。リッカさま、大丈夫ですか? お水です」
リッカさまが咽てしまっています。少し香辛料を多目にしたからでしょうか。それとも――リッカさまが頬を染めて、私をチラ、チラと上目遣いで見ていました。少し肩を抱いて行ったその所作は、反則級に愛らしいものでした。
「どう、なさいました?」
「い、いえ。その、アリスさんは私の裸、全部みちゃったんですよ、ね?」
「!? あ、あのえっと……はぃ、ごめんなさい」
リッカさまが言っているのは、眠っている間の話です。やはり意識がない時に見られるのは、流石に嫌だったでしょうか。私はリッカさまになら――って何を言おうとしているのでしょうか、私は……。
「いえ、怒っているわけではないんです。その……変なところはなかったかな、と」
「は、はいっ綺麗な体で――っ。はぅっ」
アルツィアさまは女性の理想を体現した方ですが、リッカさまはそこに到達しつつあります。美しい曲線は角がなく滑らか。陶器の様な肌は透明感があり……気にしているらしい胸のふくらみも、リッカさまの細身ならば……こ、これ以上はダメです。
『ハハハっ。まったく、見てて飽きないよ』
(アルツィアさまの計画通りに事が運んでしまいましたね……。ぇ……?)
リッカさま、完璧に話の流れを理解しています、よね。
「あの、リッカさま、どうして今……その話を」
「いえ、”お二人”がその話をしていたので……」
「――ぇ」
リッカさまはお優しい方です。たとえ姿が見えずとも、アルツィアさまを一人扱いするでしょう。
しかし、視線がしっかりとアルツィアさまに向きました。何よりリッカさまは宗教に関して含蓄がある様子。もし神さまという存在を認めていたのなら……一柱と、言ったはず……。
(アルツィアさまを、完全に人として認識しているのです、か? 私と同じように――)
『やっぱり、見えるようになってたか。声も聞こえるようだね』
「――っ知っていたんですか!? アルツィアさまっ!」
私は、アルツィアさまを完全に人として認識出来ています。超常としての存在感は感じていますが、歴代”巫女”のように、”神”とは思えないのです。殆ど私と同じ存在として見る事が、出来ています。
リッカさまも、そうなっています。そしてアルツィアさまは、そうなる事を知っていたようです。
「えっと、あなたは”神さま”と同じ名前なんですね。赤い髪は居ないって聞いてましたけど、ピンクは居たんですね」
(やはり……完全に姿が……特徴である撫子色を……)
「ノイズも……なくなったのですね……」
「はい、なぜかはわからないんですけど」
私と同等にアルツィアさまを認識出来る”巫女”です。ノイズがなくなった事含め、これは喜ばしい事なのですが……。今の私にとっては、問題です。
周囲がざわめきだしました。これは、いけません。これ以上リッカさまを神格化させては、期待度がまた……リッカさまを苦しめてしまいます……っ。
そして私が怒っているのは、それを知っていながらアルツィアさまが、ここに現れたからです……っ! いえ、これは私が勝手に怒っているだけです……。アルツィアさまだって、私以外に認識されて嬉しかっただけのように、感じます……。
「どういう事ですか。アルツィアさま」
『どうもこうも、同じ”巫女”だよ、アルレスィア。きみが聞けるなら、リツカも聞ける』
「そうですけど、今まで聞こえていませんでした! それに姿が見えるほどの……っ。リッカさまにどれほどの魔力をっ!?」
一縷の望みに縋り、「アルツィアさまが魔力を込めたから」という体に誘導しようとしました。しかし周囲の人はもう、リッカさまを崇めてしまっていました。
アルツィアさまから魔力を注がれたからといって、アルツィアさまを完全に認識出来るようになれば……過去の”巫女”もそうなれるからです。
リッカさまはこれから、私と同じ扱いになるでしょう。それを私が望んでいたとはいえ、お願いですから……過度な期待と神格化だけは、しないで下さい……。リッカさまにとってはその重圧すら……”恐怖”なのです……。
アルツィアさまが、リッカさまの事も含めて説明するからと……高台へと招待されました。
私が説明したかった。リッカさまを巻き込んだ私には、その責任があります。当然それは、アルツィアさまもなのですが……私が、したかったのです。
「約束、果たせません……。私が説明したかったのですが」
「仕方ありません。有無を言わせない感じでしたし」
説明なんて、誰がしても同じです。なのに私には、悔しさがありました。それを感じ取ってしまったリッカさまは、場を和ませるように、スープを飲み、微笑んだのです。屈託の無い幸福な表情に、私のわだかまりは笑顔へと変わっていきました――。
食事を終え、外に出ようとしたところで、リッカさまがオルテさんに止められました。
何が起こるのかを理解していますが……私は先に、外へ出ました。集落の人がどう思っているのかを、リッカさまに分かって欲しかったのです。その後で私が、気にしないように伝える事は可能です。
得体の知れない崇拝と期待は、気になるものです。現状を知ってもらうには、これが一番……っ。
リッカさまが食事所から出てきました。アルツィアさまが神さまと知ったからでしょうか、リッカさまは少し落ち込んでいました。
「失礼なこと、しちゃった気がするんですよ、ね」
「アルツィアさまは、気にしませんよ。むしろ喜びます」
あの人は、人と触れ合えるのが楽しいのです。私だけでなくリッカさまもそうなら、もっと喜ぶでしょう。崇拝されるよりも、友人関係の方が良いのです。
「悪戯好きな方です。からかわれたら、怒っても良いのです」
「アリスさんも、からかわれたり?」
「良く、されました。さっきだって――」
リッカさまの裸体が、脳裏に過りました。過る……? いいえ、完全に、思い出されて、います。詳細まで。”治癒”の効果を上げるために、医療関係の勉強をしていたからでしょうか。人体という物を良く見る癖がついたのです。そのお陰でリッカさまの体を完全に――。
「その、アリスさんなら……」
「――ぇ?」
「な、何でもないですっ。えっと、これから高台ですよね」
『アリスさんになら、見られても……いっか。お風呂一緒に入ってるし、ベッドだって借りちゃって……すごく、良い匂いだったなぁ。桜よりも梅寄りの……蠟梅みたいな。凄く、好きな香りの一つ……』
誤魔化されてしまいましたが、心の読める私には筒抜けだったりします。蠟梅とは、向こうの樹木のようです。自覚はないようですが、リッカさまがじわりじわりと私に近づいてきています。
既に手を繋げそうな距離だったのですが、今では腕を組めそうな程の距離に、なっています。私としても、リッカさまの優しい……こちらの世界にはない香りに包まれて、幸せ……。
『アリスさんの香り……つぁるなって、蠟梅なのかな。蠟梅の花言葉は慈愛……アリスさんに、ぴったりの……私に寄り添ってくれて、優しい、香り……』
うっとりとした表情で、私の横顔を見ています。私も、そうしたいのですが……私まですると、歩を止めてしまいますの、で。
(アルツィアさまがやけに植物で例えていましたが……)
どうやらそれは、リッカさまの真似だったようです、ね。私を花に例え、褒めてくれています。
脳の奥がじんじんします。寝不足の時、この痛みが出ていた覚えがありますが、私の体調は好調です。なのにこの、現実離れしたような浮遊感は何なのでしょうか。
我慢出来ずにリッカさまを抱き締めようとして、私はハッとしました。
(杖、家に)
余りの愚かさに、私は一気に冷静になってしまいました。昨日の今日ということで、警備は厳重になっています。私が自力で杖を取りに行く時間をしっかりと稼げます――が、私は決めたはずです。決意したはずです。なのに、私は……っ。
「少し、家に向かいますね。リッカさま」
「は、ひゃいっ」
すすっと、リッカさまが定位置である、手を繋げる距離まで離れてしまいました。近づいたままで良かったのですが……紅潮した頬に手を当て、頭にハテナを浮かべているリッカさまの全体を見れる距離と思えば、悪くはありませんでした。
『は、離れすぎちゃった……もっと近くに……でも、今近づくのも……』
心には大きな層が二つあります。自覚出来る層と、自覚できない層です。自覚出来ない層は普段の私だと、リッカさまの愛らしさに浮かれている今では視れない層です。もっと集中しないと視れません。
でも、視えてしまいます。自覚している層でリッカさまが考えているのは、「家に用事かな。忘れ物、とか?」といったものです。
ここまで深く視れるなんて、初めてです。私にとってリッカさまという存在はどこまでも、特別なようです。
家についたので、私は急いで取りに向かう事にしました。
「すぐに戻りますので、少々お待ち下さい」
「はい。分かりました」
「……」
もしマリスタザリアが出ても、向かわないようにと……言いたいのですが……それを言うよりも早く、杖を取ってきた方が得策です。
自室に向かい、杖を手に取ります。
「もう二度と」
外に出る時……自室以外では絶対に、杖を手放しません。リッカさまを守るのは私です。
「お待たせしました」
「それは」
「これが、必要です。使わなくていいのなら……それが一番でしたが、あのようなことがあった後では」
本当に、そう思います。せめて初日くらいは、リッカさまにこの世界の……綺麗な姿だけを、見せたかったのです。
突然悪意が膨れ上がった理由と、”結界”の状況、昨夜のマリスタザリアが見せた強さ、私もアルツィアさまに、聞かなければいけない事が多いと痛感しました。
私が鎮痛な面持ちだったからでしょうか、リッカさまは緊張感を高めて、私の傍を歩いていました。
「……」
「……」
『アリスさん、思い詰めてる、けど……それが何なのか分からないと、軽い気持ちで慰めるのは逆に失礼……だもんね……』
申し訳ございません、リッカさま……。私の後悔は私だけの物にさせてください。貴女さまに背負わせたくありません。
会話する余裕すら削り、私は集中していきます。
そのまま高台まで登り、見張りの方にこの場を譲って欲しいとお願いしました。これから話すのは世界の真実。”巫女”以外が知るのは避けるべき案件です。
「アルレスィア様、昨日のことがあります。我々が欲にかまけたばっかりに……。ですから、今回はお聞きすることは出来ません」
当然見張りの方達も食い下がります。昨夜の事を後悔しているのは、私だけではありません。
だから――。
「昨日の件は、私に非があります。私がしっかり守りを固めていれば。ですから、今日はご安心ください」
しっかりと、”巫女”の務めを果たします。
アレを使う時と同等の魔力を、私は練り上げました。
「私の領域を守る強き盾よ……!」
単純な、”拒絶の領域”。ですが私の魔力と想いを最大限込めて、作りました。
「昨夜の個体程度なら、問題ないはずです」
「アルレスィア様……分かり、ました」
(何と、荘厳な”領域”……。こんなにも強固な”領域”を作れる者など、世界を探しても……ッ)
ただの”盾”は防ぐだけですが、私の魔法は”拒絶”。攻撃を防ぐのではなく弾きます。単純な強度は”盾”を得意とする者に劣りますが、強敵からの攻撃に限っていえば、私の”拒絶”の方が長く保てるでしょう。
見張りの方は諦め、降りてくれました。この”領域”が集落全てを守っている限り、マリスタザリアは入ってこれないはずですから。
ブクマ評価ありがとうございます!




