アルレスィアはおちる A,C, 27/02/22
今日も大きな変化はなく、昼食の時間が近づいてきました。
あの日、アルツィアさまが失敗してから……毎日待ち続けているのですけれど……。
『いやぁ、ごめんよ。アルレスィア』
「いえ……向こうでの生活が大切というのも、理解しております……」
ご家族は当然ながら、友人も居るでしょうから……。しかし、”巫女”という特異性を考えると……。
(いえ、向こうの”巫女”さまは確か、こちらとは少し状況が違うんでした、ね)
町一つが活動範囲とお聞きしていますし、少し自由が利くんでしたね。しかしそれを教えてくれた時のアルツィアさまは何故か、苦笑いをしていました。
どうしてかは教えてくれませんでしたけれど、生暖かい視線だったのです。
『そろそろ昼食にすると良い』
「はい」
朝と夕方は全員で食べます。しかしお昼に関しては、皆さんの活動もありますので、自由としました。これは、私が”巫女”になってから変わった事の一つです。
なので私はお昼を少し早目に摂る事にしています。昼食時は厨房が込みますし、気を使わせてしまうので。
何より――。
(何れ来る”巫女”さまの為に、少しでも料理を覚えておきたいです)
国が違うだけで、食は大きく変化します。世界となれば、尚更です。ならば少しでも負担を減らす為に、健康で居られるように、私は様々な料理を作れるようにならなければいけません。
”巫女”さまの口に合うような料理を、その場で作れるくらいに。
(あの子は幸せ者だなぁ)
「どうかなさいましたか?」
『いいや。じゃあ行こうか。今日は私も見てるよ』
「はい。向こうとの差があったら、教えて欲しいです」
『どうしようかな』
相変わらず、悪戯が好きな方ですね……。大方”巫女”さまから、食の違いとかを聞いてアタフタする私を見たいのでしょうけど、そうはなりません。しっかり対応力のある料理人になりますから。
『流石にそこまで意地悪じゃないよ。ただ、この教えるという行為も今日の分に入るからね』
「そうでしたね……」
今日の分。これは私が、アルツィアさまから頂いている物です。それは、”巫女”さまの世界の情報。
”巫女”さま本人の事は何一つ教えてもらえていません。文化や雑学が主です。
一日一回だけ、アルツィアさまから教えてもらえます。もちろん料理の事もそれに含まれてしまいます。それを知ったのは、料理を始めた頃ですから……五年前ですね。
何気なく料理の事を聞いたら一回分と言われてしまったのを覚えています。当然少し、膨れました。他にも知りたい事、沢山あるのです。
教えてもらった物で印象的なのは、怪我をした時の対処でしょうか。私が”治癒”を持っているからでしょうけれど、良く覚えています。
向こうの世界では怪我をした際、初期消毒として唾液を使うそうです。逆に雑菌が入るのではないかと思ってしまいますが、何もしないよりはマシなのかもしれません。
魔法がない世界なのですから、仕方ないのでしょう。
唾液というと、指とかなら口に含むんでしたね。覚えておいて損はないはずです。長い旅に出る事になるのですから、魔法を使えない時もあるかもしれません。
さて、厨房に着きました。まだ私だけですから、簡単な物を作りましょう。
『じゃあ今日は遊び感覚で教えてあげよう』
「厨房で、ですか?」
私は包丁で調理するので、ながらでやるのは危ないのですが。しかし、向こうの事を教えてもらえるのですから、少し時間を割きましょう。
『木の実、これにしよう』
アルツィアさまが指差したのは、チェリエの実ですね。酸味が強いので人を選びますが、栄養価の高さから好まれている果物です。一口大で、二股の軸の先に二つの実をつけるのが特徴です。旅の中でも、食べる機会がありそうですね。
『その柄を、口の中で結んでごらん』
「口の中で、ですか?」
そういった遊びが、向こうでは流行っているのでしょうか。
とりあえず言われた通りに、結んでみます。
『さて、それは遊びじゃなくてね。とある行為の指標になるんだよ』
「指標、ですか」
少し苦戦しましたけれど、結べたので出します。
『蝶……』
「思いの外簡単でした」
『凄いなぁ、アルレスィアは。これならあの子も……』
「あの子? えっと、この行為の意味を当てれば良いのですか?」
『そうだね』
舌の動きが重要でした。舌の動きとなると――。
「発音、でしょうか」
魔法にしろ言葉にしろ、発音は私達にとって重要な物です。しかし、向こうに魔法はありません。外国の言葉を話すのが上手、とかでしょうか。
『確かに、その訓練も出来そうだね』
やはりそうなのでしょうか。でしたら、それを訓練に取り入れるのも良いかもしれません。”巫女”さまはまず、魔法に慣れる事から――。
『でも違うんだ』
「そうなのですか? では、一体……」
『それはね――キスだよ』
「……はい?」
聞き間違えでしょうか。
『キス』
「お魚ですか?」
『違うよ、アルレスィア。接吻だよ』
「……」
私は、自分が作り出したチェリエの軸を見ます。綺麗に、蝶結びになった、軸です。
『アルレスィア、上手なんだね』
「~~~~っ」
羞恥で、軸を落としてしまいました。落としたのに全く解ける気配の無い、しっかりと結ばれた軸がもう一度視界に入り、私は料理する事なく――少し早目に”神林”へと入っていきました。
(果実……)
いけません。先程の事を思い出して……。何故あのような事をお教えになったのか、理解に苦しみますっ! 何故、キ……接……っこほん! とにかく、果実といえば……この時期、ツァルナが実をつけています。
このツァルナは、世界中でそこそこ咲いているそうです。しかし、”神林”の物は特別です。
遥か昔、”神林”の核となっている樹をアルツィアさまが植えました。その周りに”巫女”が、ツァルナを植えたのです。これが”神林”の始まりとなります。
その後”巫女”を信奉する方達により様々な木が植えられる事で、現在の”森”となったのです。
だから、核樹とツァルナは”神林”にとっては特別な木となっております。”神林”の力を受けた木は、他よりも強く、大きいと聞いています。
ツァルナには少々思い入れがあるのです。
母曰く、私からはツァルナの香りがするそうです。果実を多く摂取しているとか、香水をつけている訳ではないのですが……やはり、生まれが関係しているのでしょうか。
(あの子も、桜の香りがするからなぁ)
『余り生まれを気にする事はないよ』
「気にしては……いえ、そうですね……」
アルツィアさまに気を使わせてしまいました。少し自嘲が過ぎたようです。
本来アルツィアさまを認識出来るのは”巫女”だけです。認識出来る度合いに差はありますが、大抵は声が途切れ途切れに聞こえる程度と聞いております。
私の様に声を完璧に聞けて、姿まで見えるという方は今まで居ませんでした。
それにも増して私は――”巫女”ではない、生まれた瞬間からアルツィアさまを認識出来たのです。
その事で先代派と私の間に軋轢が生まれたという過去が、あります。
両親の事もそうですが、私は少し……自身の行いが幼かった事を反省しているのです。
アルツィアさまの悲嘆を感じ取った私は、全てをありのまま突きつける事が正義と思ってしまっていたのです。
当然、間違えです。他者との交流において、それはご法度でした。正しいからと突きつける行為は、攻撃と変わらないのです。
反省はしています。でも私は……後悔だけはしていません。アルツィアさまの悲嘆も知っているのです。起きた出来事だって、私は……。
『その事で、誰が悪いとかはないよ。間違いを繰り返しただけだ』
「はい……」
『赦せとは言わない。きみが私の悲嘆を知っているように、私もきみの悲嘆を知っている。そして、あの子の苦悩も』
先代にも悩みがあったのは知っています。
今だからこそ、その悩みがいかに苦しいものだったかを理解出来ます。ですけど……少し、嫌な予感というか、考えにより、赦せないのも本当です……。
何より、先代と聞く度に思い出される、あの人が……っ。