過ち②
リッカさまの決意は固い物でしたが、柔軟性もありました。硬いだけの鉄が思いの外割れやすいように、人の心もそうなのかもしれません。リッカさまにより解された心を抱き締め、私は改めてリッカさまを見詰めました。
「ご、ごめんなさい。アリスさん……」
『アリスさんのお母さま……何を程ほどにって、言ってたんだろう』
リッカさまならば、お母様の勘違いに気付いたはずですが、まだ本調子ではないのかも、しれません。
頬を赤く染め、リッカさまはもじもじとしています。リッカさまは私の心を鷲掴みにする術を知っているのでしょうか。リッカさまの行動は私の心を掴んで離しません。もう少し抱き締めていれば良かったです……。
「いえ、お母様が勝手に勘違いしたことですから。それよりもリッカさま、こちらをどうぞ。リッカさまに合わせて繕ったローブです」
お母様の所為で、変な想像をしてしまいます。リッカさまはシーツで隠していますが、その……同性の前だからなのか、甘いのです。隠しきれて、いません。
「ありがとう、ございます。アリスさん……」
『まさか、寝ずに……?』
「その辺りも含めて、説明いたしますね」
「はい、よろしくお願い、します」
私が寝ずに造ったと思っているようで、申し訳なさそうにしています。
ですが、全部説明するという約束を違える事はありません。リッカさまとした約束全て、叶えてみせます。
『このローブ、私の戦い方に合った調整が……』
やはり、気付いて、しまいますよね……。
「……」
『でも、これが良い。アリスさんが私の事を考えて、精一杯作ってくれた、ものだもん』
「っ……」
胸が、きゅんっと、締め付けられました。
思い遣りともいえない、自分勝手な改造を、褒めてもらえました。声に出さないのは、戦いの予感による恐怖心もあるのでしょう。でも、純粋な……私への、感謝が見えます。
感謝をしてもらえるなんて、思わなかった……。
「とっても馴染みます。アリスさん、ありがとうございます」
『そんな、哀しい表情をしないで……? 笑顔で、居て欲しい』
リッカさまは微笑むと、私の頬を撫でました。親が子にするような慰めではなく、まるで、想い人にするような、優しさで……。頬を撫でた後、私の手を握りました。
私はまた、絶望の表情を浮かべていたのでしょう。何度決意しようとも、リッカさまを戦わせる事に賛同出来ない自分の方が強いのです。
そんな私の感情を、リッカさまは心を読むように感じ取ってくれます。そして……私が一番して欲しい事を、してくれるのです。
(世界から、音が消えたみたいな……)
戦闘中に起きた走馬灯とは、違います。リッカさまだけに集中したい私に起きる、私だけの世界……。この世界が、私は――。
「ぁ――」
ずっと手を握るのは悪いからと……リッカさまが、手を離してしまいました。もっと握っていて良かったのですが、時間がないのも事実です。お母様が食事所で待っているでしょうし……。
「こほん」
咳払いで気持ちを切り替え、リッカさまが着たローブを確認します。サイズは合っていますし、スリットから覗く足も、健康的で動きやすそうという印象が強いです。私には少し刺激が強いですし、気をつけるべき要素ではあるのですが、問題はないと思います。
手首や足も動きやすそうですし、リッカさまが剣士だからと腰につけたベルトループも役に立つでしょう。もし必要な要素が増えましたら、後程教えてもらいます。
とにかく、朝食を食べに向かいましょう。ですから私、スリットから出たおみ足から早く、視線を外すのです。
集落の広場には、アルツィアさまが座っていました。昨日の事もあって、少しだけ、居心地が悪いです。
まだ、納得出来た訳ではないのです。心の整理が出来るまで、このもやもやが解ける気がしません。
ですから、会釈だけに留めました。全てを説明する以上、アルツィアさまが居る事を知らせる機会だったのでしょうが、食事を優先させます。しっかり体力をつけて貰って、魔法から説明しようと思っています。その後、お役目やアルツィアさまについて話す、これでいきましょう。
(きみなら、そうなるって思っていた。だからきみが納得するまで待とう――ん? リツカも、会釈を? まさか……)
食事所に入るなり、お父様の視線がリッカさまに刺さりました。周りは昨夜のリッカさまがいかに凄かったのか、という話をしていますが……リッカさまは、特に気にした様子はありません。ただ……お父様の視線にはずっと、困惑しっぱなしです。
私は集中して、お父様を睨み返します。すると、能力によりお父様の心が読めました。
どうやら、能力の条件が、リッカさまに移動しているようです。
条件とは、その者の傍で安らぎを覚えていなければいけない、という物です。アルツィアさまの傍だけだったのが、今はリッカさまの傍になっています。それは当然です。私にとってリッカさまとは、天から舞い降りた天使の如きお方なのですから。
それと、変更点がもう一つ……。リッカさまの心は無条件で流れ込んできますが、その他の方を視るときは、かなり集中しなければいけないという事です。
(人には過ぎた能力だったので、気にはなりませんが……集中力を高める訓練は、しておいた方が良いですね)
『何で、アリスさんのお父さまから、睨まれてるんだろう……まだ昨日の、アリスさん呼びの事が続いてるのかな……』
(救世主とは理解している。娘が心を許している事も、娘を守る為に命を懸けた事も。だが、手が早すぎるのではないか?)
また、変な勘違いでリッカさまを睨んでいます。その隣で頬に手をあて微笑んでいるお母様から何を言われたのか、心を読むまでもありません。勘違いを誘発させたのは私ですが、今日の私は手加減が出来そうにありません。
リッカさまは高潔なのです。自らの行いで集落の全てを救ったにも関わらず、その事を……一切考えていません。普通の人なら、助けたのに何でそんなに睨まれるのか、と考えても良いところなのに……。
リッカさまはそれを、当然と思っているのです。私を助けたかったから、助けた。それだけなのです。そこに、感謝や謝罪は必要なく、生きていてくれたという事実だけで……リッカさまは、善しとするのです。
そんなリッカさまに対し、お父様のなんと……低俗な事か。父としての気持ちは理解出来ますが、リッカさまに対する態度は一切、褒められたものではありません。
「お父――」
「リツカ様!! 申し訳ございませんッ!!」
じっと、人垣の奥で俯いていたオルテさんが躍り出て、頭を深々と下げました。
お父様への激情を瞬時に仕舞い込み、リッカさまとオルテさんに視線を向けます。
オルテさんが何を思い詰めているのか、リッカさまも私も分かりました。『守護者』を全う出来なかったからです。
でも、やはりリッカさまは……オルテさんの謝罪を受け入れませんでした。オルテさんは確かに、”巫女”の守護者としては失格だったのでしょう。ですが、”私”の守護者としては完璧な仕事をしたからです。
「頭を上げて下さい、オルテさん。私はただ、アリスさんや皆さんが……死ぬのなんて、見たくなかっただけです……っ」
『ごめんなさい……私は、アリスさんさえ無事ならって……思って――これだけは、アリスさんにだけは……』
「リッカさ―――」
「はい、後悔も反省も思うところもあるでしょうけど。そこまでになさい?」
お母様によって、リッカさまの後悔は霧散しました。
(リッカさま……その後悔は、必要ありません。だからそれを、溜め込まないで下さい……)
私に吐露して欲しいと思っていますが……リッカさまは、私にだけは知られたくない気持ちと、思っています。だから、何も……言えません……。
お父様がオルテさんを窘めていたようですが、話は終わったようです。オルテさんの後悔は分かりますが、オルテさんが守護者になった時に私は言っています。”盾”を造れる私を守ろうとしなくて良い、と。
私を守るのではなく、世界に生きる人々を守って欲しいと。ですから、私に謝る必要はありません。
集落の方が、オルテさんを変わらず信頼している。それで良いのです。
リッカさまを席へと案内し祈りを捧げようとしたのですが、オルテさんに引き止められてしまいました。
先程のやり取りといい、初日の視線といい……何故私はこんなにも、オルテさんに対し、チリつくような対抗意識を持ってしまっているのでしょうか。
まるで、人形を取り上げられそうになっている子供の様な駄々ですが……こんな事では、”巫女”としては未熟。リッカさまを支える者として、相応しくありません。
気持ちを切り替えるために、軽い瞑想を行います。いくらアルツィアさまと、ちょっと不穏な雰囲気になってしまったとはいえ、祈りは静謐でなければいけないのです。
オルテさんと話を終えたリッカさまが、少し苦笑いで戻ってきました。
「リッカさま、オルテさんはなんと?」
思わず、問いかけてしまいます。
「感謝の言葉を、いただきました」
そう、でしたか。謝罪よりも、リッカさまにとっては嬉しいものであったはずです。
しかし……『私だけ』と思っていたリッカさまにとっては、毒なのでしょう……。それが、苦笑いという表情になっています。
「私も、アリスさんにお礼を言わないといけません。私が窪みに足をとられたとき、アリスさんが間に入ってくれなかったら……死んで……いました。ありがとう、ございます」
「リッカさま……それ、は」
『言わないと……言わないと……っ』
リッカさまは、一歩を踏み出そうとしていました。
「でも、でもっ……もしかしたらあの時、アリスさんが死んでいたかもしれないっ!」
「っ……」
「私っアリスさんを失いたくないです! あまり……無茶をしないでください……」
心が読めて、知っていても……リッカさまの声で言われると、違います。リッカさまの強い想いは、声となって食事所に響きました。今まで馬鹿騒ぎをしていた人達も、静まり返っています。
当然、でしょう。涙を流した、本気の懇願でしたから。
私の事を、こんなにも強く…………嬉しい。
(ですから――)
「リッカさま。それは、私も同じです。私もリッカさまを失うところでした。私も……リッカさまを失いたく、ないです」
ちゃんと、言います。私も……包み隠さない本音を。
私達は同じ想いです。貴女さまは私を、私は貴女さまを、大切に思っているのです。それも……己よりも、ずっと大事な方とまで。
「リッカさまは、昨夜言ってくださいました。”アリスさんとなら、なんでもできる”と……」
リッカさまの涙を拭い、頬を撫でます。零れていた涙はもう、止まっていました。
「私も、そう思っております。リッカさまとなら、出来ると。ですから……”一人”では無茶をしないでください……」
ちゃんと、伝えます。抱き締めて、耳元で囁きます。
”一人”でした約束ではなく、”二人”の約束です。
だから、聞き耳を立てた周囲の方には絶対聞こえない声で、囁きます。
「私は貴女さまを大切に思っております」
「――はぃ」
私はもう、リッカさましか見えません。貴女さまが居てくれるだけで、こんなにも世界が眩く見えます。ですから、どうか――ご自愛、ください。




