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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
1.胸の高鳴り
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負い目



「ん……」

「気がつきましたかっリッカさまっ!」


 良かった。目覚めてくれました。リッカさまの魔法は謎が多いですし、魔力が突然流れる感覚という物を、私達は知らないのです。目を見る限り、体に不調はなさそう、ですね。


「ここ、は……? つぁるなの……良い香りが……」

「私の、部屋です。リッカ、さま」


 そのツァルナの香りは、私の物です。ツァルナの香水は使っていませんから……。起きてすぐ、何処か分からないという困惑の中で、私の香りで落ち着きを取り戻してくれた事を嬉しく思います。


「――! ……ぁ」

「まだ起きてはいけません。リッカさま……」


 戦闘後すぐに倒れてしまった事を思い出したのでしょう。リッカさまが起き上がろうとしました。でも……痛みが走ったのか、上手く起きる事が出来なかったようです。


 痛めた場所はありません。身体的な異常ではないのかもしれません。例えば、そう……詠唱なしでの魔法が影響した異常とか、です。


『……』


 アルツィアさまは何も言いません。後程リッカさまに説明する際、注釈としてお願いしますよ。


「リッカさま、どうしてあのような無茶を……」


 説明しなければいけない事や、言わなければいけない事は、沢山あります。でも最初に尋ねたかったのです。どうして……あのマリスタザリアに、立ち向かっていってしまったのか……。


「わかりません……。ただ、アリスさんがあの化け物にやられるかもって思ったら、体が勝手に」

「ぁ…………あり、がとう……ござぃ、ます」


 泣くつもりはなかったのに、積もりに積もってしまった想いが……溢れてしまったようです。少しだけ冷たい涙が、零れてしまいました。

 出会ってすぐの私の為に、命を掛けてくれたリッカさま……その強い想いが嬉しい。でもそれと同時に、説明を先延ばしにした不義を、再び後悔してしまいます。


 リッカさまは今、思考を巡らせているようです。マリスタザリアや、自身の変化……私の使った、いくつかの魔法を……。

 ですが今は、リッカさまの体調が芳しくありません。眠いのか瞼は閉じていっていますし、痛みを感じた事も気になります。

 だから……。


「ごめんなさい、リッカさま……。ですが今は、ゆっくりお休みください。明日、必ず、お伝えいたします」


 明日、リッカさまの平穏が終わってしまう……。でも私は、”巫女”として前に進む決意をしました。

 貴女さまとならば、共に旅を征けると思ったから、です。


「ただ、これだけは……。リッカさま、どうか……」


 決意していても、リッカさまの平穏を終わらせるのは、躊躇ってしまう……。そんな逃げてしまっている自分を叱咤するように私は、一つだけ先に、告げます。


「どうか……私たちの英雄になってください……」


 私は、残酷です。戦う力と決意があろうとも、リッカさまを巻き込む事を善しとは思っていません。ですが……この世界の為に、アルツィアさまの守る世界の為に、”巫女”として、リッカさまを巻き込んでしまう。


「アリスさん」

「……はい、リッカさま」


 謝罪をする権利すらない程に、私達は自己中心的です。世界の為とはいえ……っ。


「私、アリスさんと一緒なら、なんでも出来る気がするんです……」

『私、アリスさんの事……凄く大事。だから……アリスさんが望むなら、何だってしたい……アリスさんが私を求めてくれてる……だったら、私は――』

「―――」


 私と、一緒なら……その言葉に篭められた想いが、流れ込んできたのです。押さえ込んでいたはずの”能力”が、暴発したかのように制御出来ません……っ。


 嬉しい言葉を貰えたのに、私は能力が制御出来ずに素直に喜べません。その言葉は、リッカさまが秘めているものです。まだ、私が知るわけにはいかない言葉なのです!! まだ、喜ぶ訳には……っ!!


「アリスさん、私……なります」

『英雄に――――』


 っ……私の、”拒絶”の副産物である”能力”が……リッカさまの心の声を暴いてしまいます。

 だから、使いたくなかった。リッカさまの()()()()()()なんて、不義理にも程があるからです。


(何故こんな時に、制御出来なく……っ押さえ、込めません……!)


 必死で押さえようとしますが、リッカさまの想いがどんどん流れ込んできます。

 リッカさまは目を閉じ、眠りにつこうとしているようです。しかし、それまでの間に想いが流れ込んでしまいます。普段は意識しなければ深層まで読めないのに、今日に限って深く……それこそ、全てを視れてしまったのです。


 そうでもなければ……リッカさまの()()を知る事は出来なかったでしょう。リッカさまの心は完璧でした。その防壁は、私の能力から守りきれたでしょう。

 そんなリッカさまの深層が、視えたのです。


『でも、私は、本当は……アリスさんと、居たいだけで……戦いたくなんて、なくて……っ……私、怖い……戦いたく、ない、よ……。でも、アリスさんが、こんなにも覚悟してるんだから……私抜きでも、行ってしまう。私が守れるなら……行かなきゃ……っ! わたしが、まもる……ぜったいに、だから……こわがって、なんて、でも、でも、でも――』

「あ、ああ……ああっ……!!」


 そして私は――――絶望しました。


『怖い、こわい、こわい、こわい、こわい……っ。しにかけた……あんなばけもののあいて、しないといけないのかな……なんでみんな、にげないの? はやく、にげて、わたしもにげたい』

「っ……ぁ……ぅううう……」


 これ、は……戦いの中での気持ち……? 何で、まだ……私が読めるのは心であって、記憶じゃ――。


『ここ、どこ? かみのもりじゃない。なんできゅうにばしょがかわったの? あのひと――きれい――』

「ま、さ……か……」

『あのふりょう、わたしのがっこうのせいとにからんでる。こわいけど……あのせいとはもっと、こわがってる。わたしが、やるしか……わたしはみこ、なんだから、ひとのために、ならないと……うまれてきた、いみが――』


 あ、ああ……まさか、まさか、まさか……。


「今までの、恐怖、全部……?」

『……』


 後ろに居たはずのアルツィアさまがいつの間にか、私の前に居ました。そして私の背には、扉があったのです。

 私、逃げているのですか? リッカさまの、これから……? 私がリッカさまから、逃げて――。


「っ――!!!」


 そう考えると私の頭は沸騰しました。そしてそのまま、アルツィアさまに掴みかかったのです。ただの八つ当たりと、冷静な部分が言っているのにも関わらず、です。


「記憶じゃなく……恐怖心をそのまま……感情のまま、留めているのですか……」

『そう。リツカは、恐怖を思い出に出来ない』


 思い出に出来れば、克服出来る時がくるかもしれません。ですが、感情のまま、渦巻いていたら、苛まれるだけです。ニ、三日ではありません。リッカさまは……恐怖心を抱いた瞬間からずっと、抱え続けているのです。


「三歳の頃からずっと、恐怖心を感じる度に」

『リツカは恐怖心に蓋をする。そうする事で、リツカはリツカで居られた』


 その蓋の、なんと強固な事でしょう。リッカさまはもう、自身の恐怖心に再度蓋を掛けていました。もう私の”能力”でも、確認出来ません。

 暴発した私の”能力”は、()()()()視線を向けるだけで心を完全に読めるようになっています。


 この能力から逃れられるのは、アルツィアさまだけと思っていました。でもリッカさまの蓋は、私の”能力”を跳ね返しています。こんなにも、強固な精神力を持つリッカさまですが――。


「恐怖心だけは、別」

『そう。リツカは三歳の時、祖父――』

「っ!!」


 私は、アルツィアさまを掴んだ手に力を込めて、止めました。これ以上、リッカさまを暴かないで、ください。

 もう全部知ってしまいましたが……私にこれ以上、逃げ道を与えないでください。


 リッカさまの根源を知ってしまえば、それを理由に逃げてしまうでしょう。私の心は、弱いからです。そんなの、許せません。私だけ逃げるなんて、赦されません。


 私は、私は――――!!


「リッカさまの、恐怖心は……私が、包みます」

『分かった。私からはもう、何も言わないでおこう』


 もう、後悔すら出来ない所に来てしまいました。私の決意とか、”お役目”の事とか関係ありません。

 私は頼んでしまいました。リッカさまに、英雄になって欲しいと。そしてリッカさまは、なると言ってくれました。


 しかしリッカさまの恐怖心は言っていました。本当は嫌だと。でも、私が一人でも行くだろうから、自分も行くと。私が大切な人だから、守りたい、と……!!


「何故……何故!!」


 分かっています。リッカさまが居なければいけない事は、分かっています。私一人では、マリスタザリアを倒せない事は重々分かりました。


「リッカさまは、戦士であり、剣士であり、”巫女”です。でも……」

『ああ。ただの女の子だ』

「ただの、では……ないでしょう……」


 アルツィアさまを責めるのは、間違っています。私が勝手に、リッカさまという存在を神格化してしまいました。起きた出来事に浮かれ続けて、冷静さを欠いていました。


 出会いが鮮烈で、戦いは凄烈で、想いは純潔で……だから、私は……先走ってしまった……っ!! でも、言わずには……居られないのです!!


「リッカさまは、戦える方ではありません!! 戦いからは最も遠い位置にいる!!」

『それでも、リツカ以外に居ないんだ。きみと共に歩めるのは』

「っ……う、ぅううううぅぅっ……っ」


 泣きたいのは、リッカさまです。私が、泣いて良いはずがありません。なのにリッカさまは、涙を流しませんでした。祈りの時に見せたはずの涙を、先ほどの宣言では見せなかったのです。


 祈りの時、何故涙を流したのか……今は分かっています。

 感じ取ったのです。”巫女”となった時、自身の自由が完全に奪われた事を感じ取ったリッカさまは、その恐怖に涙を流したのです。

 それと同じ空気を感じ取り、祈りの時も涙を……。

 

 なのに、リッカさまは先ほど涙を流しませんでした。自由を奪われるのは同じなのに、です。

 それも全ては、私という存在が関係してきます。

 私が居るから、リッカさまは恐怖心を感じながらも、頷いたのです。


「最初から、説明していれば……」

『……変わらなかったよ。リツカはきっと、きみの為に頷いたさ』


 嫌という言葉を聞けたかも、そんな事を考えました。でも、私のお願いに嫌と答えるリッカさまを、想像出来ません。

 それと同時に、こうも思ったのです。もし最初から説明していたら、リッカさまの秘密に気付く事は一生、なかっただろうと――。


『……』

「……」


 掴んでいた手を離し、私は……リッカさまに近づき、へたり込んでしまいました。触れて良いのか、迷ってしまったのです。


『触れて上げると良い。その方が、落ち着くだろう』

「……」


 私は……触れました。分かっています。アルツィアさまが言った、落ち着くというのは……リッカさまが落ち着くという意味です。でも私は……自分の心が落ち着いて行くのを自覚しました。


 もう後戻り出来ません。こんな自分勝手な私ですが……リッカさまが大事と言ってくれた私を全て、リッカさまに捧げましょう。私の人生を全て、リッカさまに捧げます。


「リッカさま……私も、誓います」

 

 リッカさまの頬を撫で、手を取り、目を閉じました。


「本日より私は、貴女さまだけのアリスとなりましょう」


 貴女さまとの”お役目”を終えるその時まで……いいえ、貴女さまの心に平穏が戻るその時まで、私の全てを貴女さまの為に使います。

 

「守らせてください。貴女さまの全てを」


 私も貴女さまの事が、この世の何よりも――大切、ですから――。




 ”神林”から遠い、遠い場所にある城にて、一つの影が蠢いた。


「どうした」

「……やられた」

「巫女とは、それ程までにお強いと?」


 男と思われる影達は三人居るようだ。


「生まれたばっかなら、そんなに強ぇ化け物になっとらんだろ」

「化け物ではありませんよ。()()()()()()()です」

「長ぇ名前だな。面倒臭ぇ」


 椅子に座っている男と、その横で頷いている男、自身よりも大きな岩を片手で持ち上げている男が、それぞれの反応を示している。


「やったのは巫女ではない」

「ほら見ろ。ただの人間にやれるんなら、強ぇはずが」

「王都で出ていた奴よりは強いのを()()()

「……」


 当てが外された、岩を持っていた男は舌打ちをして、岩を握り潰し、()()()。いいや、良く見ると――岩は、砂になっていた。


「誰だ。そいつは」

「赤い髪の女だ」

「女ァ? 男は何しとったんだ」


 再び、三者三様の反応を示す。岩を消した男は首を鳴らし呆れ、頷いていた男は思考を巡らせている。

 そして、椅子に座った男は――。


「もう少し様子を見るとしよう」


 自身から溢れ出ていた、闇よりも濃い黒を更に濃くさせていく。


「漸く届いたのだ。始まりの刻は近い」


 闇は広がり、男達の存在を隠していく。その者達の姿は何処か――人からは外れていた。



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