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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
1.胸の高鳴り
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貴女さま⑧



 魔力の事を知らないリッカさまの傍で、本気の魔力を練れば、震えるのは当然です。

 元戦士であったお父様ですら、私の魔力に曝されて数歩下がりました。


 まだ魔法の説明をしていないので、リッカさまからすれば得体の知れない圧迫感であったはずです。むしろ震える程度であった事が、リッカさまの精神力の強さを証明しています。


 共に過ごせば過ごす程、リッカさまの戦士としての資質に気付いてしまいます。

 今はそんな事を気にしたくないのですが……。


「申し訳ございません、リッカさま。父と母がご迷惑を……」

「いえ、その、気にしないでくださいアリスさん。確かにその……衝撃的ではありましたけど、アリスさんが愛されてるのがわかって、微笑ましかったですよ」


 確かに、お父様の感情は理解出来るのです。突然やって来たリッカさまを警戒するのは、父としては当然なのでしょう。

 しかし、それを除いても……お父様の視線は鋭すぎました。私の本当を引き出せたリッカさまを、警戒ではなく敵視していたのです。

 私の感情が、お父様の暴走を許せませんでした。


 何より、食事の時間を遅らせてでも挨拶にやって来たリッカさまを、あのような……。

 いけません。これ以上は愚痴となってしまいます。


「リッカさま、そろそろ御食事を食べましょう。すぐにご召し上がっていただきたかったのですけれど……挨拶が先になってしまいましたね」

「いえ、挨拶は大事ですし、これらを作っていただいのですから。ちゃんと礼は尽くさないと。それに今でも充分美味しそうですよ。このスープとか」


 数多くある料理の中で、私の作った料理を手に取ってくれました。人に振舞うのは初めてです……どうでしょう。自分では良く出来ていると思っているのですが……。


「んー! おいしいですよ! アリスさん!」


 一口二口と、リッカさまが上品に食べていきます。幸せそうに口を動かして頬を綻ばせている姿は幼さを感じますが、唇に潤いが増したリッカさまの表情は、独占したい程に蕩けていました。


「こんなおいしい料理作れる人が奥さんだと毎日の食事が楽しくなっちゃうでしょうね」


 ……奥!? い、いえ、これは定型文です。確か向こうの世界では、美味しいミソシルというスープを作れる事が、良い奥さんであるという言葉があるそうです。


 転じて、その美味しいスープを作れた人は良い奥さんになれるという、未婚の女性に対しての、単純な褒め言葉なのです。

 決して、私に奥さんになって欲しいという訳ではないのです。何よりリッカさまはそれが、私の作った物だとは知らな――。


「あらぁ。アリス、よかったわね」

「お、お母様……」

「そのスープ、貴女が作ったものでしょう?」


 ああ、やはりお母様は楽しんでいるようです。多分これが、親子の交流なのだと思います。

 お母様にしてみれば、親子のわだかまりを解く機会をくれたリッカさまにお礼を言いたいといったところでしょうか。


 しかしそのお礼が、私のスープであるとバラすというのは、分かりません。

 リッカさまが固まってしまったではありませんか。しかしそれは、私が反応せずにもじもじとしていたからです。


「はぃ。私が、作りました」


 そう伝えるとリッカさまは、手に持ったスプーンを落としそうになるくらい動揺していました。


「あ……えっと、本当に、美味しくて、あの……奥……はぅ……」


 本当に美味しそうに食べてくれていたのです。私の、スープを。

 リッカさまは普段から食事を楽しむ人なのかもしれません。でも、多分……こんなにも喜んだのは、数える程しかないのではないかと、思うのです。


 私が居ない時のリッカさまは、幼さなど感じられない程、大人な女性でした。落ち着きがあって、余裕があって……。だから、こんなにも無邪気な笑みを見せたのはきっと、私の料理が美味しかったからだと、期待してしまうのです。


(明日の朝食も、私が作りましょう)


 確認の為です。もう、リッカさまの食べる料理は全部、私の物にしたいと思ってしまいますが……せっかくこちらの世界に来たのに、ほかの食べ物を食べないというのは、楽しみが一つ減るような物ですから。



 リッカさまを連れて集落の方達と少し交流していましたが、私が少し厨房に行っている間に、リッカさまは何処かへ行ってしまっていました。


(何処に……)

『外だよ。慣れない場だったから、疲れたんだろうね』

「なる程。やはり……慣れていなかったのですね」

『リツカは盛り上がるタイプじゃないからね』


 無理をさせていたのでしょうか。しかし、私の料理を食べてくれている時は、無理な喜びではなかったと思います。本当に無邪気に、的確に私の料理だけを食べていっていたのです。


 ほかの方も作っているのですが、それらには手をつけていません。違いは殆どないと思うのですが、リッカさまには違いが見えていたのかもしれません。

 何にしても……少し、誇らしいですね。リッカさまに喜んでもらえる料理が作れていたというのは。


「美味しいわよ。アリス」

「そう、ですか? お母様がそう言うのであれば……更なる自信に、なります」

「ええ。リッカさんも幸せ者ね」

「ですから、そういうのではなく……えっと、その……」

「うん?」


 お母様に料理を褒められるのは嬉しく思います。恐らく私の味付けは、お母様の料理が基本になっているからです。なので、合格をもらえたような気分で、少し心が弾みます。

 ただ、それとこれは別です、ね。


「その、リッカさまの名前……」

「ふむ」


 お母様にはそれだけで伝わってしまったようで、ニヤニヤとした笑みで私を見ていました。


「リツカさん、ね」

「申し訳ございません」

「良いのよ。ふふ。それにしても……貴女とこんな話が出来るようになるなんて」

「私も、嬉しく思います」


 お母様が少し……涙ぐんでいたように見えました。私は少し恥ずかしくなって、視線を逸らしてしまいます。


 そして、リッカさまが傍に居ない事が不安になって、お辞儀をして食事所から出て行きました。

 明日からちゃんと、母と娘として……過ごせそうです。


『ゲルハルトは?』

「謝るまで許しません」

『くくく。仕方ない子だね。全く』


 ええ。仕方の無い父です。


(きみもなんだけどね)

『ん。アルレスィア、杖――』

「少し離れるだけですから」


 杖を厨房に忘れてしまったようです。焦りすぎ、ですね。でも戻る気にはなれません。リッカさまの傍に、早く行きたいから――。




 リッカさまが食事所の前で、空を眺めていました。その横顔の儚さに、声を掛けるのを躊躇ってしまいます。


 もう日は完全に沈み、星空となっていました。

 向こうの世界では、星座というものがあると聞いています。こちらと星の位置が一緒なのかは分かりませんが、向こうの世界の方は情緒溢れる方達なのですね。


(こちらで星を見るのなんて、方角を確かめる時くらいですから)


 リッカさまはこの星空を見て、どう思っているのでしょう。

 星を楽しむ、ですか。


「リッカさま」

「アリスさん?」

「リッカさまが、見えなくなったものですから」

「ごめんなさい。少し、夜風に当たっていました」


 集落の大人達の熱狂は、リッカさまを疲れさせていたようです。世界を救う英雄が、こんなにも素敵な方だったのですから、期待も高まっているのでしょう。

 そんな事忘れて、もう少し楽しむのも良いですよね。


「高台に登ってみますか?」

「良い、んですか?」

「大丈夫ですよ。見張りの方もそろそろ戻ってもらおうと思っていたので、呼びにいくついでということで」

「――お供します」


 今も見張りをしてくれている方は居ます。

 最近王都から戻って来た方達ですが、仕事熱心すぎて心配していたところです。

 そんな方達を口実にするのは憚られますが、高台で星を眺めてみたいと思います。多分リッカさまと一緒じゃないと、したいと思えなかった事です。


 リッカさまがにこりと微笑み、悪戯っぽくお辞儀をしました。まるでお姫様に付き添う騎士にようです。

 オペラの一幕のように、坂道を登っていきます。歌も踊りもありませんが、リッカさまと一緒であれば、物語の主役になった気分となれますね。



 

 坂を登りきり、見張りの方に食事を勧めました。その料理を、私が作ったかどうかを気にしていましたが、そんなに急がずともまだまだあると思いますよ。


 リッカさまが首を傾げて、きょとんとした表情で見張りの方達を見ていました。

 見張りがあるからと固辞していた二人が、私の料理があると分かって急いだ姿は、苦笑するだけの光景ではあったと思いますけどね。


 ゆっくりと星を眺める。そんな事をしたのは初めてです。月光に照らされた星々が、競い合うように煌いています。誰が一番リッカさまを喜ばせられるか、競い合っている様です。私も参加した方が良いでしょうか。


「星とは、こんなにも綺麗だったのですね」

「そうですね。私も、こんなに綺麗な星空は初めて見ました」

「向こうでは、見なかったのですか?」

「んー……見たかったんですけど、私の居た町は明るすぎて、”神の森”でしか見れなかったんですよね」

「町が明るいと、星が見えなくなるのですね」


 機械というものが発展すると、そういった弊害もあるのですね。

 リッカさまがこちらの世界に目を輝かせていたのは、星や風を楽しむにはこちらの方が良いから、でしょうか。

 

(確か、テレビやラジオ? という娯楽があるそうですが)


 リッカさまは、それらが無くても問題ないのでしょうか。

 今の姿から考えるに、リッカさまは余り必要としていないようですが……。


(……何か、引っ掛りますね。何でしょう)


 リッカさまはアルツィアさまから何も聞かされずにこちらに来ました。”神の森”から”神林”へ、神さまという超常の者により転移をして来たのです。当然リッカさまは、その事を理解しているのです。


 しかし、私の居た町は明るすぎて……。この言葉から感じた、微妙な違いが気になります。

 まるで、この集落以外にあるであろう、明るい町では見えないと言っているような……。そんな場所は絶対にないはずなのですが……。


(世界が違う事に気付いてない……? もしくは、()()()()()()()()その事実を拒んで――)


 私の思考と、リッカさまとの静かな星観賞は、止まらざるを得ませんでした。

 何故なら私はこの時、感じてしまったからです。


 集落の方から爆発的に発生した――悪意を。



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