歯車⑤
「……」
「リ、リッカさま……」
「ク、クふふふっ!」
リッカさまが顔を覆い、羞恥に悶えています。そしてその姿を、シーアさんが見て……笑っているという状況です。ああ……まるで、獲物を捕らえた狩人のような笑みです……。
何故、こうなったかですが……――。
「――そろそろお昼にしましょウ。ついでに買ってきましたかラ」
飲み物を買うついでに、お昼も買って来てくれたようです。お水だったら、頭から被ろうと思っていたのですが……果実を絞った飲み物だったので、出来ませんでした。
「ありがとうございます」
「ありがとう、シーアさん」
シーアさんが食べ物も買ってきてくれたようですが――お肉ばっかりですね。バランスが悪いです。量については……今は触れないでおきましょう。シーアさんの体程ある袋が膨れ上がっていますから。
「朝の残りになりますが、スープを入れてきましょう。ついでにいくつか作ってきます」
『スープ! わぁい!』
全身で喜びを表現してしまいそうになったリッカさまですが、寸での所で我慢出来たようです。本当はもっと喜びたかったようですが、シーアさんの前で隙を見せるのを躊躇したのでしょう。確実に弄りネタになるでしょうから、ね。
「それなら巫女さん達の家で食べた方が良いんじゃないですかネ」
「一応任務中ですから、広場で食べましょう」
お野菜を中心に、摘んで食べられる物を作ります。
冒険者が少ない事で起きる不安を解消する為に、私達が見回りをしています。ですから、出来るだけ街の中に居た方が良いでしょう。
「それもそうですネ。では私は広場で待っていましょウ。不審な人物が居たら連絡しまス」
「お願いします」
「ありがとう、シーアさん」
この場合の不審者とは、浄化対象者です。普通の犯罪者ならば、シーアさんだけで労無く捕まえる事が出来ますから。
「美味しいのをお願いしまス」
「アリスさんが作るのは全部美味しいから大丈夫っ!」
(リツカお姉さんは本当に、巫女さんの手料理が好きなんですねぇ)
どや顔となったリッカさまを、シーアさんがほんわかと見ています。その視線が私に向く前に、宿に戻りましょう。リッカさまの手を引いて、宿へ足早に戻ります。そんな姿も、シーアさんからすればネタとなるのかもしれませんが。
手早く作り、広場に戻りました。お昼前ですから人が少々多いですね。お昼くらいはゆっくり食べたいですが、先にお昼を終わらせておいた方が良いでしょう。
「シーアさん。どうでした?」
「異常なしでス。冒険者が居なくてモ、警邏隊は居ますからネ」
王都の兵士達は優秀です。陛下直属である防衛班や近衛兵は、革命を共にした盟友達だそうで、王都の民からの信頼も厚く、その信頼に答えるだけの働きをしているそうです。その筆頭が、ディルクさんと聞いています。ですけど、王都外に出る方達の護衛や、他の町を巡回しているので、王都内には殆ど居ません。各区画に五人程度で警邏中です。
(やはり、私達はここで食べた方が良いですね。まだまだライゼさんやディルクさんのような信頼を得ている訳ではありませんが、居ないよりはマシ――)
「でハ、リツカお姉さんが大好きな巫女さん料理を食べましょウ」
「だっ!」
ぼんっと聞こえそうなくらい、リッカさまの顔が一気に紅潮しました。あわわ、とシーアさんに何かを言おうとしていますが、言葉を紡げずに縮こまるだけとなってしまったのです。
「クふふふ。冷めてしまいますシ、早く食べましょウ。巫女さ――巫女さん?」
「ぇ? あ、はい。食べましょう」
縮こまるというなら、私もでした。料理が大好きというだけです。ですが、はい。リッカさまが私を……と、勝手に脳内が変換してしまいました。
「これがリツカお姉さんの居た国の料理ですカ」
「う、うん。生春巻き……ソースは、アリスさんの手作りで、向こうとは違うけど」
お互い、意識してしまいます。ですがそこは、流石リッカさまです。しっかりと切り替えていました。私も、切り替えましょう。すぅー……はぁ……。
「初めて作りましたが、美味しく出来たはず、です」
リッカさまがこの皮を見つけた時に教えてくれた料理です。
本来の生春巻きは海鮮等を巻くそうですが、野菜を巻いただけの簡単な物になってしまいました。なので、ソースに拘りを出しています。少々酸味があるもの、辛味があるもの等、四種程。
シーアさんがどれくらい食べるか、私はまだ把握出来ていません。ですから、少しだけ多目というだけです。
「足りるでしょうか」
「こちらがガッツリ食べられる物ですかラ、大丈夫でしょウ」
と、シーアさんが取り出したのは――重い、スペアリブ――肋骨付近のお肉、バラ肉を濃い目のソースで焼いた物でした。直火で焼いているようです。それが、十本程。
「ホルスターンの、バラ肉でしょうか」
一本一本が大きいです。見た目だけで話題になりそうな……まるで棍棒ですね。
「お二人のもありますかラ」
「え?」
「え」
十本に追加して、二本出てきました。つまり……十本は、シーアさんだけで食べるのでしょう。
「一本でも……」
「多い、ですね」
「ン。リツカお姉さんは腹ペコ娘なんじゃないんでス?」
「そ、それは……その、ね?」
私の料理だけ、と言いたいようです。ですけど、やはり恥ずかしさが先行してしまいます。
「あァ、巫女さんの料理だけなんですネ」
「ぅ」
「安心してくださイ。余ったら私が――」
「い、いえ。私が、食べます」
「エ。巫女さんがそんなに食べる印象が――あァ」
二連続で察したシーアさんが、クふふふふ、と心底楽しそうにニヤニヤとしています。察しなくて良いのですよ。ですが、はい。もしもリッカさまが残された場合は、私が。
「た、多分一本くらいなら大丈夫だから」
『アリスさんに無茶させる訳には。でもスープ沢山飲みたい』
私が何故無茶しようとしたのか、リッカさまには気付かれていないようです。気付かれずに済んで、良かったです。リッカさまとシーアさんが……か、間接……になるのが、嫌なんて……。
「巫女さんはむっつりさんですネ」
「否定は出来ません……」
周囲に聞こえないようにと、小さい声にしてくれて助かりました。早くスープを飲みたいと、容器をチラチラと見ているリッカさまにも聞こえなかったようです。
「と、とにかく。食べましょう」
「はイ――」
「うんっ」
広場の椅子まで、スキップしそうなくらい上機嫌のリッカさまに、シーアさんは苦笑いを浮かべていました。
(私とは別の意味で、腹ペコ娘ですね)
これでも必死に抑えている方なんですよ。任務の時はどうしても、お昼は外食になってしまいます。ですから、お昼も私のスープが飲めるという事は、リッカさまにとって最上の喜びなのです。もしここが部屋だったなら、リッカさまはステップを踏みながら――と、これ以上考えてしまうと、顔がニヤけてしまいます。
座って、食べるとしましょう。お肉も美味しそうですし、暖かい内に食べた方が良いです。
「齧りつけば良いのでしょうか」
こういった食べ物は、経験がありません。串焼きならあるのですが、骨付きのお肉は……ナイフとフォークで食べた記憶しか。
王都のテーブルマナーという事で、お母様に教えて貰ったのは記憶に新しいです。フィンガーボウルの有無とかもありましたが、ここは屋外ですし……。
「こういった物は豪快に行くべきでス。その方がおいしいですヨ」
「かなり柔らかいから、齧りついても大丈夫っぽいよ。アリスさん」
『服を汚さないようにだけ、気をつけよう』
リッカさまはすでに、一口目を食べていました。ほろほろと崩れるから、肉汁やソースが勢いで飛ぶ事もなさそうです。
お母様は淑女としてのマナーを大切に、と言っていましたが、アルツィアさまは経験出来るならした方が良いと言っていました。どちらの意見も正しいと思えます。ですから、私も。
「はむっ――ん?」
お肉の柔らかさとか、少し甘辛いソースの味とか、リッカさまの笑顔とか、色々と楽しい一時を感じる間もなく、私の目には驚きの光景が広がっていました。
「……シーアさん、それは」
「ン。美味しいですネ。ぺろりでス」
「ん? んん!?」
リッカさまも、お肉を頬張ったままシーアさんの手元に注目しています。それも仕方のない事です。何しろ――すでに三本程、骨だけになっていたのですから。
「ちゃんと噛んでいますか? しっかり噛まないと胃に悪いですよ?」
「お腹壊した事ないですかラ、ご安心ヲ。時間は大切にしないといけませン」
確かに、時間は大切です。昼食をしっかり食べ、いつ起こるか分からない襲撃に備えるのも任務の一環と言えるでしょう。ですが、その。シーアさんは早く食べすぎです。
「それよリ、巫女さんの生春巻き? 食べて良いですカ」
「は、はい。どうぞ。しっかりと味わってくださいね?」
「大丈夫でス。ただシ、私はグルメですかラ、味に煩いですヨ?」
ふふん、と胸を張り、シーアさんは生春巻きを一口食べました。一口自体は、小さいです。上品ですし、がっついているようにも見えません。ですが、いつの間にか一個目の生春巻きがなくなっていました。
『わぁ。魔法みたい』
確かに……魔法で圧縮でもしているのかと思ってしまうほど、ですね。ですがちゃんと味わってくれているようですから……シーアさんの最良は、これなのでしょう。
「美味しいでス。これは、ぴりっと来ましタ。四種あるんでしたっケ」
「はい。こちらが――」
「あ、食べて確認したいでス!」
「ふふ、分かりました」
『私も食べたい。でもお肉減らない』
私も、中々減らないお肉に驚いています。これ一本で、お昼は満足かもしれません。リッカさまは、私の料理を食べたいと、ちょっとだけ食べる速度を上げていました。
(あ――リッカさまの、口の端に)
珍しい事に、リッカさまの唇にソースがついていました。それだけ、急いで食べていたのでしょう。私の、料理が欲しく、て。
アルツィアさまで思い出した事ですが……私がこんなにもリッカさまの唇に注目してしまうのって、アルツィアさまの教育の賜物ですよね。やけに、そういった話題を教えてくれていた記憶があるのですが。確か、少女マンガという――。
「リツカお姉さン。口についてますヨ」
「ん。あ、本当だ。ありがとう、シーアさん」
「いえいエ。慌てなくてモ、巫女さんの料理を独り占めになんてしませんヨ」
「ぅ、うん」
って、ああっ!? リッカさまが、自分で拭ってしまいました……。私が拭くっていう、少女マンガ? という物の再現をしてみたかったのですが……。
(巫女さんが何故か落ち込んで)
「……」
ま、ぁ……リッカさまの可愛らしい姿を見せて頂けましたし……今回は、諦めましょう。
その後、お肉を食べ終えたリッカさまは、自身の胃と相談しながらも私の料理を手に取り、食べました。ぱぁっと花が開いたような笑みとなり、もぐもぐと食しています。一言も発することなく、黙々と食べているように見えますが、リッカさまの表情は春の陽気みたいに朗らかです。
(外の空気は、冬に再び向かっているかのように寒いですが――ここだけは、ぽかぽかと暖かいです)
体の芯から熱がじんわりと広がっていく感覚。これが私は、大好きです。
もう少しゆっくり出来そうですね。紅茶を用意しましょう。
「悪意はいきなり現れるから、注意しないと」
「そんナ、緩みきった顔で言われてモ」
食事の締めにスープを飲んでいたリッカさまですが、真面目な表情を作ろうとして――失敗してしまったようです。
「……はぇ?」
「いエ、分かってないんですカ」
シーアさんが言っている事の意味が分からず、リッカさまは自身の顔をむにむにと触っています。リッカさまの柔らかい頬が形を変え、愛嬌となって私の頬を緩めました。ついでに、口も。
「集落に居た頃は表情を隠してたんですよ」
「ちゃんと隠せてたんですカ?」
「えぇ、私とお母様しか分からないくらいには」
『シーアさんにもバレちゃった。でもなんで、アリスさんは過去形なんだろう』
リッカさまの表情は、私から見ればころころと変わる愛らしいものなのですが、お母様がギリギリ判別出来る程度というくらい、隠すのが上手です。ですが、ある条件が満たされるとその限りではありません。
「リッカさま。この国に来る道中ではもう、緩んでいましたよ」
「えっ?」
「リツカお姉さんのポンコツ録がまた埋まりましたネ」
シーアさんがメモを取り出し、何かを書いています。もしかしなくても……リッカさまの、行動を?
「それは、リッカさまのことを書いてるのですか?」
少し、興味があります。
「えェ。あと巫女さんのもいくつカ」
『アリスさんのも? 少し、興味が』
「見せませんヨ?」
「いじわる」
「です」
「お二人も日記は見られたくないでしょウ」
そう、ですね。私の日記も、誰かに見られる訳には……。リッカさまの方は、向こうの言葉でしょうから読む分には問題はないでしょう。しかし、日記帳自体に……。
「なんで、シーアさんが私たちが日記書いてることを」
「……さテ、それにしても巫女さんは料理が上手ですネ」
私がアンネさんに話した事、ですね。きっと昨夜聞いたのでしょう。
『誤魔化されちゃった。ただ、アリスさんの料理を褒められた事が何よりも嬉しいし、日記の事は別に気にしてないんだけどね。特段隠してるわけでもないから。中身は絶対見せられないけど』
「おいしいでしょう! この世界に来てアリスさんのスープ飲んで驚いたもん。こんなにおいしいの食べたの初めてだったから」
褒めてくれるのは初めてではありません。しかし、自慢するように人に話しているのを聞いたのは、初めてです。誇らしそうに、嬉しそうに、人生の転換点のように話すリッカさまは、頬に手を当てうっとりとしています。
「でも、もう人前で食べれないや……。んく」
「そう言いつつ手は止まってませんヨ。リツカお姉さン」
『か、体が勝手に』
一応リッカさまは、隠そうとはしていたのです。ですが、リッカさまは――私やシーアさん達のように、親しい人にバレてしまうと……隠すのを止めてしまうのです。
「まだありますからね?」
「ほんと? やった!」
「リツカお姉さんが私より年下に見えまス」
「ふふ」
本当は隠し通したかったのですが、バレてしまった以上私も気にしないようにします。私の料理で喜ぶリッカさまを見るのが、私にとっての幸せですから――。
「……」
「リッカさま。気を確かに……」
という訳で、リッカさまは顔を上げられずに居ます。お昼前で、人通りが多い事を私達は失念していました。リッカさまは自身の、幼い姿を見られたと羞恥に染まってしまっているのです。
「はァ……まさカ、また周りが見えてなかったとハ。腹ペコ巫女馬鹿森娘リツカお姉さン」
私が気をつけるべきでした。ですが……楽しい昼食だったので、つい……。
『私、この王国に来て初めて外でアリスさんの料理を食べるんだもん……。そして腹ペコキャラはライゼさんが一人で言っていたことで、噂になってなかったみたい。でも、もう皆知ってしまった。ここ広場だった。スープに夢中で気づかなかった』
後悔や羞恥、ライゼさんへのちょっとした怒りやスープの余韻で喜んだり、リッカさまの思考がぐるぐると高速で回っています。
「リッカさまがシーアさんを信頼した証です。昨日まではライゼさんが居る時だけでした」
「まァ、それは嬉しいですけド。それっテ、リツカお姉さんがよりポンコツニ……」
「そのくらいが丁度いいんですっ!」
ライゼさんだけでなく、シーアさんも警戒心を分け合えるようになったのです。私としてはそれが嬉しく思います。ですから、ポンコツ呼びは止めていただけると嬉し――。
「アリスさん限定なのっ。アリスさんの料理限定なのっ!」
まだ思考がぐるぐると巡っている状態でリッカさまは、シーアさんに弁解を始めてしまいました。腹ペコキャラやポンコツといった物は、払拭しておきたかったのでしょう。
「り、リッカさまっ嬉しいですけど、落ち着いてっ!」
ですが、尚早すぎました。もう少し落ち着いてからでも良かったのです。シーアさんだけでなく、周囲の方にも聞こえるように言ったのは、これ以上自身の噂が流れてしまわないようにという想いからでした。ですが、今でなくて良かったのです。
「リツカお姉さン、それではより微笑ましくなるだけデ、払拭はできませんヨ」
「あぁ……ぁ」
休憩所で見せたように、リッカさまは完全に膝を抱え、耳を閉ざしてしまいました。
一応今日の姿で、悪い噂が流れる事はありません。可愛らしいリッカさまの一面が流布されるのは、私にとっては望ましい物ではありませんが……悪い噂が流れるよりは、ずっと……。
と、とにかく、現在リッカさまは、警戒の三割程をシーアさんに任せ、私に集中してくれています。これは凄く、喜ばしい事です。こんなにも人が居るところで、リッカさまが私だけに集中出来たのは、王都に入った瞬間くらいですから。
「……いい、休息になりましたね」
「巫女さン。それは無理すぎでス」
はい……。反省します。外での食事をするにしても、もっと回りに注意すべきだったと……せめて広場ではなく、喫茶店の一角をお借り出来ないか訪ねるべきだったと……。
「わぁー、リツカさんとアルレスィアさんあんな風にもなるんだ。お母さんにも言わなきゃ」
ふと、リッカさまを視界に入れたまま少し視線を上げると、長い前髪に隠れた緑色の瞳をキラキラとさせた女の子を見つけました。
「リツカさんがあんなに喜ぶアルレスィアさんの料理かぁ。確か休憩所で食べられるんだっけ、お母さんといつか行こうかな」
(もしかしなくても、あの子は……リタさ――)
あの方になら知られても……ですけど、次会った時……色々聞かれそうです、ね。




