歯車④
出発後、王都が見えなくなっても隊商の雰囲気は悪くない。普段の行商ならば、王都が見えなくなった時点で不安が過ぎり始める。
会話は途切れる事無く、不安は見えてこない。話題は自然と”巫女”となっていく。男だけの団体という事で、アルレスィアが聞いたら魔力を一気に発露しそうな会話も聞こえるが――リラックス出来ているのだ。
「あんなに可愛いとは思わなかったっす! ライゼさんズルイっすよ、あの人達と一緒に居るところを結構目撃されてるんすよ!? というより、あの小さい子って誰っすか? あの子も――」
ジーモンは、リラックスしすぎだが。
何にしてもこれならば、暫くはマリスタザリアが生まれる事はないだろう。あくまで、この隊商の”悪意”では、だが。
「おいウィンツェッツ」
「あぁん?」
一番後ろの荷馬車を守る冒険者の一人が、ウィンツェッツに話しかける。眉を下げ、呆れているようにも見えるが、責めている様子はない。
「お前なんで巫女様とあんなに険悪なんだよ」
先ほど睨みあって居たことは全員に見られていた。気になっても仕方ないだろう。
「関係ねぇだろ」
「関係ないってことはないだろ、巫女様は世界の救世主なんだから何かあったらいけねぇだろ」
という建前だが、あの美人達と関わりがあり、何やら訳ありとなれば話題にせずには居られない。
「普段の柔らかい笑顔もいいが、今日初めて見た任務の時だけ見せる凛々しい顔もいいな」
「暇がなくて休憩所行きたくても行けねぇんだよなぁ」
何かしら話題にされると、アルレスィアは分かっていた。だが、アイドルのような扱いを受けるとは、微塵も思っていなかっただろう。所謂現代っ子達は、宗教よりも華が好みだ。
「……はぁ、阿呆ばっかりだ。十六のガキ相手に」
「え? 十六歳なのか?」
ウィンツェッツの呆れに、一人が反応を見せる。阿呆という方に反応したのかと思えば、年齢に対する疑問だった事にウィンツェッツの眉が下がっていく。
「あぁ? あいつらが言ってたんだよ」
昨日のギルドで聞いた話だ。もしこの場にレティシアが居れば、ウィンツェッツはいじられていたことだろう。「乙女の会話を盗み聞きするとは最低ですネ」とかなんとか。
「十八くらいかと思ってた……」
「あ?」
(十六が妥当と思うんだが、どういうこった)
ウィンツェッツは自身が見てるものと、他人が見えてるものが違うということに疑問を持ったようだ。そんな当たり前の事に疑問を持ってしまう程、この意識の違いは大きい。
「なんでそう思ったんだよ」
「大人びてるし、落ち着きがあるからだが。俺の姪が十五だが、同じくらいとは思えないよ」
(あれが落ち着いてる? 俺よりよっぽど感情豊かで忙しないと思うんだが)
二人は確かに大人びているが、ウィンツェッツから見れば年相応にやかましい二人だった。といっても、アンネリスとレティシアと会話している姿を見た限りは、だが。
リツカは、戦っている時は恐ろしい程に冷徹。アルレスィアはキレやすく根に持つそこら辺に居る女、という印象をウィンツェッツは持っている。
(俺が視えるもんとこいつらが見てるもんはちげぇ。じゃあアイツらの見てるもんは……?)
ウィンツェッツはライゼルトとリツカが見てるものが何なのか気になったようだ。
なぜあんなにもこちらの考えを読めるのか。動きを読めるのか。自分がこのままではあの二人には勝てないと理解している男は、人を見て、知ることを始めようとしていた。
「そろそろ気を引き締めろ。ここまで来ると巫女様たちが駆けつけるまで時間がかかる。相手の襲撃をいかに防げるか、だ」
五組目のリーダーが緊張感を持たせる。マリスタザリアとの戦闘は初手で決まる事が殆どだ。最初をいかに防げるか、に掛かっている。
「そっちはどうだ、ウィンツェッツ」
先頭から順番に状況を聞いて来たディルクが、最後列までやって来た。五組目のリーダーに聞いた後、殿であるウィンツェッツに状況を尋ねる。ライゼルトやリツカと比べれば、実力不足は否めない。しかしそれでも、アンネリス担当の選任冒険者という意味は大きいのだ。
「あ? ああ、特に異変はねぇな。巫女共の話で盛り上がって、気が抜けてる阿呆共は居るが」
「それはまぁ、仕方ねぇだろ。独身が殆どだしな」
(何を浮かれてんだろうな。あの阿呆共は。俺に気を引き締めろとか赤ぇのが言ってたが、あいつらの方が問題だろ)
ウィンツェッツがため息を吐く。リツカがウィンツェッツにだけ警告したのは、他の冒険者を軽んじ、諦めている訳ではない。今こうやって浮かれている冒険者達だが、時が来れば仕事をしっかりすると、リツカは確信している。今まで出会った冒険者がそうだったし、覚悟が必要な職に就いた先輩達だからだ。
しかし、ウィンツェッツは足りていない。自覚が、覚悟が。ただ己のために強さを求めているように感じる。信用していないのはむしろ、ウィンツェッツに対してと言えるだろう。
「なぁ、ウィンツェッツ」
「あ?」
「お前、何で冒険者になった」
「はぁ?」
ディルクの質問の意図が分からず、ウィンツェッツは眉間に深い皺を作る。
「そんなん…………」
ウィンツェッツは質問には答えず、顔を顰めていく。
(金と、即答すると思ったんだがな。違ぇのか。元々は真面目を絵に描いたような子供だったそうだが――間違いねぇ。根は変わっていない)
ディルクは妻子を持つ父親だ。ライゼルトもウィンツェッツの父で間違いないが、ウィンツェッツを拾ったのは十代だ。父親というよりも兄のように見えた事だろう。
(拗れてんのは、ライゼが勘違いしちまってるからか……? あいつに限って――とは言えないな。ウィンツェッツと別れたのが二十の頃。あいつもまだまだ未熟だったろう)
親子となるのに、月日は関係ない。信頼が無ければ、何十年と経っても親子になれないだろう。義理の親子とは難しいものなのだ。だがディルクが聞いて、見た限り――ライゼルトとウィンツェッツは拗れていても信頼が無い訳ではないようだ。
(きっかけがありゃ、まだ戻れるな。つっても、俺から言っても意固地になるだけか)
「冒険者になる奴の殆どは、金目当てだ。責任感と覚悟は要るが、選任でも無い限りは金目当てで問題ない。お前は何で選任をやってる」
一般冒険者と選任冒険者。確かに基本給やボーナスに差はあるが、その差程度では命の天秤に乗せるには軽すぎる。ならば何故選任を選ぶか、だ。
「正直俺は、お前は金が目当てと思ってた。もしくは、戦いを求めてだ」
「……」
「だが、お前は選任としていくつか任務をこなし、こうやって隊商護衛も真面目にやっている」
命を護る任務を真面目にこなすウィンツェッツを、ディルクはじっと見る。金が目当てでも、戦いを求めるだけの狂戦士でもない。しかし、アルレスィアとリツカが感じた歪さも持ち合わせている。その矛盾の根源が分からないのだ。
「何でだ?」
「俺は――」
ディルクの目には、今のウィンツェッツしか映っていない。少し先の未来も、過去も映さない。だからだろう。ウィンツェッツは驚くほどするりと、言葉を紡いだ。
「俺は、強くならねぇといけねぇんだ」
「強くなって何がしてぇんだ。俺からすりゃ、今でも十分に見えるが」
「誰よりも強くだ。じゃねぇと――護れねぇだろ」
誰を、とは言わなかった。だが、誰かのために強くなろうとしているのは分かった。だが、アルレスィアとリツカはこう言った。「ウィンツェッツは自分のために戦っている」と。
あの二人が何故そう思ったのかだが――ウィンツェッツは確かに他者のために強くなろうとしていたのだろう。しかし、つい先日までそれを忘れていたのだ。いや――忘れていたというより、見失っていた。
昔と違って、マリスタザリアを倒せるようになった事で、強くなっていくのを自覚した。だが、強くなればなる程ライゼルトがチラついたのだ。過去の出来事と、いつまでも勝てる気がしないという焦りが、ウィンツェッツの根源を覆い隠した。
「それで選任か」
「ああ。化けもんと戦うなら、一番手っ取り早いだろ」
人を信用する事をやめていたウィンツェッツが、何故ここまでディルクを信用出来たのかは分からない。最初に会ったからか。何だかんだと世話を焼いてくれるからか。それとも――今の自分を、純粋に見てくれたからだろうか。
「なぁ、アンタ――隊長はよ、ライゼと――」
「と、任務中だぞ」
「て、てめ――チッ……いつか教えろよ」
(俺に聞くより、ライゼに聞いた方が早ぇんだがな。まぁ、どっちが早ぇかはウィンツェッツ次第か)
そそくさと最前列に戻るディルクに舌打しながらも、ウィンツェッツに苛立ちは見えなかった。
親とか、同じ剣士とか、ウィンツェッツにとっては苛立ちを覚える存在なのだ。だが、嫌っている訳ではない。常に目の前でチラつく存在として――ウザイのだ。
思春期や反抗期というべきだろうか。最も多感な時期に、ライゼルトとすれ違いが起きてしまった。それがまだ、続いている。ウィンツェッツの意固地がなくなるか。ライゼルトが自身の過ちに気付くか。どちらが早いか、だ。
「休憩するかい、クリストフさん」
隊商の防衛班リーダー、ディルクが全体の隊長であるクリストフに提案している。
「はい、わかりました。どういった感じで休憩しましょう」
「まずは隊商全員と冒険者半分だ。三から五組の冒険者は急ぎ休息をとってくれ。その間俺含め一から二組の冒険者で防衛する。大体十五分くらいだな。その後交代。その時の指揮は、選任のウィンツェッツ。お前が執れ」
リーダーには向いてないと思われるウィンツェッツだけど、選任という肩書きには力がある。下手な指揮官よりは命令を聞いてくれるだろう。冒険者チームと銘打っているけど、普段はバラバラに動いている人たちの集まりでしかない。力を持った人間が執るのがいいという判断だ。
「あぁ、防衛専念。隊商の安全を最優先だな。分かってる」
「頼んだぞ。お前等分かってると思うが、飯を食ってる間も警戒は怠るな。しっかり周りを見て確認するんだ」
(周りを見て、か)
ディルクとの会話で、久しぶりに素直になれたからだろうか。ウィンツェッツは思いの外冷静に思考出来ているようだ。
気配察知。剣士であるライゼルトとリツカ、そして”巫女”であるアルレスィアは完全に使えている。レティシアも、魔力限定だが察知出来ていた。そして”巫女”二人は、感知と呼ばれる一つ上ともいえる物がある。
(……まったく感じねぇわけじゃねぇ。だが、自分に向けられたもの以外は俺にはよくわからねぇ。なんでアイツは巫女に向けられたものまで分かりやがる)
誰であっても、視線を強く感じる事はある。女性は、自身に向いた劣情に敏感という話もある程だ。だがこれは熱でしかない。目の前の異性への劣情と興奮は、自身の体温を上げる。興奮状態になれば視野が狭めるだろう。それを鋭敏に感じ取れているだけだ。ウィンツェッツが感じられるのは、その延長でしかない。
アルレスィア達の察知や感知は、まるで――視線や気配を物として捉えているかのように正確だ。見えている世界が違う、と感じるだろう。
この力を手に入れようと思ったら、感覚を研ぎ澄ますしかない。そして理解する事だ。世界の変化を視て、他者を視て、違いを視る必要がある。だが、一から独学では難しいだろう。それには長い年月が掛かる。
(チッ……やっぱり、あのアホに頼るしかねぇってのか)
「ウィンツェッツ。次はお前等だ。代われ」
「ああ、分かった」
(やっぱ、ライゼの事はまだ早ぇか。きっかけを待つしかねぇなこりゃ)
ウィンツェッツは再び苛立ちを覚える。アルレスィアとリツカに関しては自業自得な部分がある所為か、一歩引いているが――ライゼルトに関しては、引けない。
ライゼルトから聞いた二人の過去では、ウィンツェッツが悪者となっていた。だが――真実は違うのだ。とはいえ、ウィンツェッツが何も言っていないのだから、ライゼルトは客観的にしか話せないのだが。
(感謝していた、俺を拾い育ててくれたことを。尊敬していた、人々のために剣をとったことを。だけど、アイツはたった一度、俺を信用してくれなかった。俺の心を、読みきれなかった。未熟だったのは知ってる。だが、それだけが俺は――!)
ウィンツェッツが持っていた箸が、音を立てて折れる。信頼が大きかったからこそ、負に向いた時は一気に落ちていく。たった一度と思うかもしれないが――親子の関係は脆い。本当の親子ですら、たった一度が致命傷になりえる。
「お、おい。どうしたんだ」
「すまねぇ、力んじまった」
「お、おう。まぁ、緊張するのも仕方ねぇよな。流石に王都から離れすぎちまったし」
「そうだなぁ。出発前にもう一度確認しとくか」
昼食を採りながら、冒険者達は防衛の手順を確認していっている。王都を出た瞬間は浮かれていたが、やはりプロだ。しっかりと気持ちを切り替えていっている。
(アイツの矛盾を壊す。俺を取り戻す。そのためにはまず、あの赤いのを超えてやる)
リツカは巻き込まれただけだが、ライゼルトの弟子になった時点でこうなる事は決まっていたのだろう。恐らくウィンツェッツのきっかけになれるのは、リツカだけだろうから。
だからこそアルレスィアは、異常なまでにウィンツェッツを警戒するのだが――その理由は、アルレスィア本人ですら曖昧だ。
「ウィンツェッツ、どうだ」
「あぁ、見える範囲にはいねぇな」
(気配ってやつを探ってみたが、やっぱわかんねぇ)
ディルクも一応周囲を見渡す。が、目に見える事以外に分かるものはない。
「よし、クリストフさん準備はどうだ」
慌しく片付けの指示を出しているクリストフだが、表情は柔らかい。ここまで順調だった。多少緊張が解れるのも無理は無い。冒険者達も手順を確認しながらも、普段よりずっと緊張していないようだ。
アルレスィアが思っているよりずっと、ウィンツェッツは信頼されているらしい。
だが、アルレスィアが見誤るのを責める事は出来ない。アルレスィアにとってリツカが最上なのだ。そんなリツカの敵であるウィンツェッツの悪い面だけ見てしまうのを、誰が責められよう。
「もう少しで完了します」
「了解した。冒険者は各組に分かれ警戒態勢をとれ」
ディルクが号令を出す。出発までに後、五分くらい掛かりそうだ。
「なぁ、隊長」
「どうした」
今度はウィンツェッツから質問があるらしい。これから警戒を強めていくのだが、出発までの五分くらいならと耳を傾ける。
「あんたは、あの小娘に命令されて、嫌じゃねぇのか」
質問の意図が量りきれず、ディルクはウィンツェッツの目を見る。真剣な目だが、ただただ解せないといった表情だった。
普通なら、あんな小娘に命令されて不快じゃねぇのか? と。
「まぁ、ただの小娘ならムカつくがな。あの方たちは実績がある。指示も、防衛班として長くやってた俺と同意見だった。マリスタザリアへの対応の仕方に限れば、最高の指示だった」
ディルクは小さく笑う。マリスタザリアへの対応の仕方に限っては、と言ったが、文句など一つもないのだ。リツカはどこまでも真摯だった。任務への向き合い方も、想いも。少々考えすぎなとこもあったが、それが逆にディルクは気に入った。
凝り固まった考えではなく、柔軟さを残した思考。今この場にリツカが居たとしたら、自分の代わりにリーダーを任せても良いと思えるほどだ。
「何より、俺たちを純粋に心配しているって顔だったからな。俺たちの心配をしてくれる巫女様を邪険になんか扱ったら、俺たちは爪弾きものだろ」
それだけ言って、ディルクは作業に戻っていく。
友人を助けてくれた恩人で、話題に事欠かない”巫女”。世界を救うという救世主で、盟友コルメンスから信頼されている者達。色々と考えたが、ディルクにとって”巫女”二人とは――同僚だ。
(顔、か。俺からは見えなかったが、想像はできるな。北でのあの顔だろう)
四人で行った北の依頼時、ウィンツェッツが「防衛班に任せればいい」と言った時に言い返してきた時の顔だろう。とあたりをつける。
(生意気なガキって言うやつは一人もいねぇな。これがアイツの評価か)
ウィンツェッツは超えるべき壁を理解することを始めた。壁を越えるために。相手を知る。まずは――リツカをただの少女と想わない事から始めるべきだろう。理解はしているのだろうが、心の奥底ではただのガキという思いが燻っているようだから。
「よし、進むぞ。今日中に目的地に着きたい」
「このまま行けば、夕方には着きそうっすね。商売中は自由で良いんすよね」
「交代で町の警備をするに決まってんだろ。まずはジーモンからだ」
「ええ!? そりゃないっすよぉ……」
「まぁまぁ、ディルクさん。これから行く町にも冒険者は居ますから。少しくらいは」
「まぁ、そうなんですがね。こいつに限って言えば……」
気を抜くときはとことん気を抜くジーモンだ。少しばかり仕事を任せている方が安心出来ると、ディルクは首を縦に振らない。
「ジーモンの所為で俺らの休憩も減るってよ!!」
「ちょ、待つっす! そんな事一言も――!」
ジーモンが冒険者達の視線に刺されているが、隊商は再び動き出す。ウィンツェッツはそれを呆れながら見ていたが、酒を酌み交わした仲だからなのか、ジーモンと波長が合うのかは分からないが、不快ではないようだ。
王都に来るまで、人との交流など最低限だったウィンツェッツだが、少しずつ変わって来ている。良い傾向だ。
(このまま無事に進めば良いが――楽観だな)
このままいけば日の入りまでに次の街につくだろう。ウィンツェッツの変化含めて、順調な旅路となっている。
だが――狩人は常に、獲物を見ているものなのだ。




