歯車②
「それでハ。どういった感じで対応しましょウ」
「アリスさんが防御、シーアさんが足を止め、私が斬る。が理想だけど」
「異論はありません。相手を迅速に沈黙させるなら、詠唱がいる私たちよりもリッカさまのほうが圧倒的です」
達人であるシーアさんならば、どんなに長い詠唱であっても一呼吸の間に行使出来ます。ですが、その一呼吸でリッカさまは相手を討伐出来るのです。
「斬れない場合はどうしましょウ」
「斬れる斬れないは、当てるまで分からないから。相手の動きが止まらなかった場合、私が引きつけて、シーアさんとアリスさんの連携で倒して欲しい」
現状……リッカさまの言う通りにするしか、方法がありませんね。
大まかな手順としては――まずリッカさまが斬りかかります。弱い敵ならこの時点で終わりです。強敵ならばリッカさまの攻撃を避けるなり受けるなりしますが、私がリッカさま一人に任せるはずもなく、”剥離”を行使します。これが当たれば、リッカさまの二撃目で終わりです。
問題はここから。私の”光”を含んだ魔法が避けられた場合です。それは、先日のクマと同等の力を持つ者となります。リッカさまが注意を引き、シーアさんが拘束、私の”拒絶”を当ててから斬る。これが基本で、最適解です。ですが、最悪の状況でもあります。
まず拘束するには、相手を止める必要がありますから……リッカさまが、無茶をしなければいけません。場合によっては……”投げ”も。
「投げってどこまで出来るんですカ?」
「相手が私に攻撃してきて、掴む場所があれば、いける。でも、掠り傷くらいは受ける可能性があるね。私の手の届く範囲でしか避けることができないから」
マリスタザリアはただでさえ、掠るだけでも致命傷になりえるのです。そんな相手が、体術や魔法を使ってしまうと……掠り傷では済みません。投げるつもりがなかったリッカさまが、木刀を投げた数瞬の間に追い詰められ、頬に怪我を負ってしまう程の攻防となるのですから。
(あれは私のミスでもありますが……)
回避に専念しているリッカさまが、マリスタザリアのような単純思考しかしない相手に、追い詰められたという事実があるのです。技術を手に入れたマリスタザリア。その存在がどれ程危険か、思い知らされました。
「それでは投げるのは難しいですネ」
「私が許しません」
「私だってリツカお姉さんが傷つくのは見たくないのデ。ご安心ヲ」
(やはり体術という名の通り、魔法のように遠距離で使える訳ではないのですね。マリスタザリア相手に、剣が届く範囲で戦うってだけでも難しいのに、手が届く範囲なんて自殺行為です。ですから、巫女さんが怒るのも無理からぬ事です)
リッカさまは、必要と判断すればやってしまうでしょう。どんなに止めても……。
『傷つかない範囲で、投げてでも止めようと思ってたけど……』
「リッカさま」
「だ、大丈夫」
リッカさまが強行しようとする前に、私が止めます。決めた後、始動してしまえば……もう私には止められません。リッカさまの覚悟が私を止めるからではなく、投げるには高い集中力を要するからです。私が声をかけて、集中力を途切れさせると……リッカさまが危険に曝されます。
『攻撃の流れに添うことで、掠らずに避けきるのは可能だけど。マリスタザリア相手だと、全力発動必須。投げる時は相手の攻撃に逆らって避けないといけないから、どうしても余裕がなくなる……』
人が相手なら何も気にしなくて良い事ですが、対マリスタザリアとなると最善に最善を重ねた対処が必要となります。刹那の間に、何十という死線を潜り抜けなければいけません。リッカさまならばそれが出来ますが……死ななければ安いという、だけなのです。
「あとは現場で敵を見るまで分かりませんネ。凝り固まってもいけませんシ」
「うん、分かった。とりあえずまずは門に向かおう。今からなら組合の人たちが出発するの見ておけるかも」
状況は常にたゆたっています。想像は妄想へと繋がり、妄想は疑念を生みます。疑念の先に行く事は、リッカさまの”秘密”が許しません。それは、行動選択の幅を狭めるのです。私達の手順は決めますが、話し合いはここまでです。
リッカさまの言うとおり、隊商の方達を見ておきましょう。冒険者の実力や隊列、人と馬の数、意識のすり合わせ。やれる事はやっておくべきです。
「分かりました。アンネさんどうでしょう」
「はい、まだ出発前です。間に合います」
『アンネさんは、遠見とか出来るのかな』
”伝言”と”転写”の応用、”投影”ですね。鏡に隊商の様子が映っていました。いつでも王都の門と王宮を見られるようにでしょう。随分と鮮明でした。特級でしょうか。
「でハ、行きましょウ」
と、急いだ方が良いですね。事前の交流は、任務において必要な行動です。特に遊撃となると、信頼関係を築くのに早すぎるという事はありませんから。
門では、隊商の方達が出発の準備を着々と進めていました。その動きに淀みがない事から、何度も隊を組んでいるベテランを選抜したのでしょう。それか、練習に練習を重ねたかです。
「巫女様とレティシアさん。どうなさいました」
「おはようございまス、クリストフさン。遊撃隊として挨拶と隊の編成の確認にきましタ」
シーアさんは、隊商のリーダーと知り合いのようです。だとしたら、話は早いかもしれません。顔合わせも信頼関係も、最小限の会話で行えると思います。ならば私は――”浄化”の準備をしておきましょう。
「この方はクリストフさン。私がこの国に来たその日に受けた依頼の護衛対象だった方でス」
シーアさんが二、三話しています。クリストフさん含め、商人組合の方は十数名程。その他二十名程居ますが、冒険者と防衛班のようです。何人か見覚えがあります。
「こちらは紹介するまでもないと思いますガ、巫女様と赤の巫女様でス。今日は遊撃として動きますのデ、もしもの時は駆けつける事になりまス。という事デ、少々隊の確認をして良いですカ」
「巫女様とレティシアさんが遊撃とは心強い。私は隊長のクリストフ。商人組合の者です。どうぞ、ご確認ください」
これから少し、皆さんの”悪意”と体調を確認させていただきます。ですがまずは、どのような配備がされているのかですね。
「ありがとうございます。リッカさま」
「うん。クリストフさん、始めましてリツカです。隊の方たちは戦闘に遭遇したことがありますか」
リッカさまに一声かけて、馬と周辺の”悪意”、そして遠目から診察をさせていただきます。浄化をするかは、時間があればですね。目に見えて危ない人が居ればその場でやりますが、馬の診察が最優先です。
私が調査する間、リッカさまはクリストフさんに確認を取っています。恐らくクリストフさんは、何度も隊商を率いて行商に出ているベテランです。ですから確認程度で良いと思いますが――マリスタザリアへの対応という一点において、私達以上は居ないという自負があります。
「リッカさま。馬が十五頭です。この場の悪意と負の感情を診ましたけれど、現状危険はありません」
あくまで現状は、ですが。軽くみた感じ、危険はなさそうです。
「ありがとう、アリスさん。クリストフさん、やっぱり安全が最優先です。その際の動きは馬から離れ、一塊になり防衛優先でお願いします。攻撃に特化した方が一人いるので、その方が攻撃に回ってくれるはずです」
「分かりました、巫女様の指示を徹底させます」
どうやら、クリストフさんは少しだけ認識が甘かったようですね。ですがリッカさまのお願いを聞いてくれるそうです。護衛依頼を完遂したシーアさんからの信頼を、私達が得ているという前情報のお陰でしょう。選任冒険者として、信用して貰えたようです。
「私もリツカお姉さんに賛成でス。もしもの時確実に馬が連鎖的にマリスタザリア化しますかラ。重要なのは皆さんが安心するこト、下手に迎撃に回って防衛線が瓦解しては下も子もありませン」
あまり直接的な指摘をすると、この場で”悪意”が発生する可能性がありますが――多少の緊張感は、必要ですね。
「悪意に憑依され、完全にマリスタザリア化するまでの時間は非常に短いです。迅速な行動をお願いします」
あくまで忠告であると、リッカさまが締め括りました。”悪意”を受けて変質が完了するまで、瞬き一つです。常人では反応出来ません。ただ――これは運でしかありませんが、嗜虐型のマリスタザリアならば対応出来るはずです。
殺意型は変質後すぐに襲ってきます。ですが、嗜虐型は自身の力の上昇を悦び、吼え、玩具を見つけるとニタリと嗤います。そして、じわりじわりと近づくのです。より一層の恐怖を煽る為に。なので、”盾”を張る時間はあります。
(運ですから、気休めでしかありませんが……)
『後は、護衛のトップと話して起きたいかな』
「クリストフさん、冒険者たちの長は誰ですか。少しお話が」
「はい、お呼びしてまいります」
商人の方達は自衛だけを考えて欲しいですから、忠告と意識改善を主に話しました。ですがこれからは、もっと踏み込んだ話です。相手次第で私達の到着を待つまでの対応が変わりますから。
あまり信じていませんが、兄弟子さんが居るので通常のマリスタザリアは問題ありません。ですが、数が多かったり新型のマリスタザリアだと……という話をします。ですから――冒険者以外は少し離れて貰いましょう。
「赤い巫女様か、港じゃ友人が世話になった。命を救ってくれて感謝する。俺は防衛班のディルクだ」
港の――あの、リッカさまに好意を抱いていた人が居た班ですね。どうやら口止めは効いているようで、ディルクさんはリッカさまがどうなったかまでは知らないようです。
「私はリツカです。あの時は私も……その、お見苦しいところ」
「? よく分からないが、用があるんだろう」
「はい、クリストフさんもお聞きください。マリスタザリアについてです」
口止めの件をリッカさまは知りませんから、危うく自分でバラしてしまう所でした。ですが、出発まで時間がない事が幸いしました。
「私の戦った個体についてです。ホルスターンの変化は大きいものです。魔法を使いました」
「魔法を!?」
「冒険者や俺達には伝えられていたな。本当だったのか」
商人達は、荷台の手入れをしたり、馬の調子を見たりしていますね。こちらの話が気になっているようですが、この距離なら聞こえないでしょう。
「発動したのは”火”です。想いはリッカさまへの、強い殺意。それだけです。それだけの想いで複合連鎖の”水の盾”でないと防げない程の魔法を発動しました」
「!?」
「ッ」
「失礼。魔法の詠唱は短いものでした。強い想いで言葉を省略していると考えています」
リッカさまへの殺意、自分で言っておいて、愚かにも怒りと共に魔力が溢れてしまいました。横目で見えたリッカさまの照れた表情が眩しく、シーアさんのジト目に冷や汗が出そうになってしまいます。
クリストフさん、ディルクさん。威圧してしまって……申し訳ございません。こればっかりは制御出来ないものですから。
(アンネさんとライゼの話通りか……。巫女様の”盾”でギリギリって事ぁ、俺でも難しいって事だな。しかし、巫女様は何だってこんな、キレてんだろうな……)
「その考えで間違いないと思いまス。マリスタザリアの性質を考えれバ、悪意や負の感情によって起こすことが出来る魔法ハ、強力かつ詠唱を簡略化できると考えていいでしょウ」
魔法面では、これくらいでしょうか。対策らしい対策を立てられませんが、詠唱は短く、それでいて威力は高いという事は理解してください。
一目見て、ディルクさんは百戦錬磨の大ベテランと感じました。ライゼさんと同等の戦闘経験を有してるでしょう。ですから、相手を軽んじる事はないと思います。きっと、この話さえすれば最大級の防御魔法で対応してくれるはずです。
「もう一体、明確な変化をした個体がいます。熊のマリスタザリアでしたけれど、こちらの攻撃を避け、格闘術のような動きで攻撃をしかけてきました」
(格闘……あれか? ライゼのやってるみてぇな奴か)
(赤の巫女様が出来ると噂になっている、投げるという物だろうか)
格闘、体術の話はリッカさまからお願いします。
「攻撃を避ける個体は今までも居ましたけれど、この型のマリスタザリアの特徴は、自分に対する脅威度を正確に計れている点です」
「どういうことだ、リツカ様」
「ただ避けるのではなく、自分にとって尤も危険な攻撃を優先し避けるのです。あの時、回避行動をとったのは”光”魔法のみ。それ以外は受けるか弾くかです」
クリストフさんは、凄い個体という認識でしかありませんが、ディルクさんは完全に脅威度を修正しています。リッカさまの話に反応した速さが、強い焦燥を証明しています。”盾”を扱う者にとって、魔法を使えるマリスタザリアよりも体術を使えるマリスタザリアの方が脅威ですから。
「全てを避けるのではなく、取捨選択し最短で反撃をしかけてきます。近接戦を仕掛ける場合はご注意を。その個体は非常に硬い毛皮に覆われていました。炎等による体内への直接攻撃が有効です。外傷は与えられないと思ってください」
(チッ……俺に言ってんのか)
兄弟子さんに聞こえるように、少し大きめの声でリッカさまが纏めました。
体術を使えるだけでなく、賢さが上がっています。魔法を使える個体もきっと、長く戦えば知恵を見せてくるでしょう。もしかしたらこれが、一番恐ろしい点かもしれませんね……。
「俺たちは近接戦をしねぇが、わかった気をつけよう。情報感謝する」
「し、しかし。どうして我々だけに」
周知させるなら、この場にいる全ての者に教えるのが良いでしょうけど……。
「この情報を伝えると、強い不安や恐怖が隊を襲うかもしれません。伝えないわけにもいかないので、お二人にまず伝えました。冒険者の方たちには情報の共有をお願いします。隊のほうへは、なるべく教えないように、冒険者の指示には絶対従うようにと、お伝えください」
馬が十五頭、多目です。もし一体でもマリスタザリアが出れば、恐怖が一気に膨れ上がります。この際、手早く討伐出来れば良いのですが……兄弟子さんはその辺が不安です。
相手が弱くとも、兄弟子さんは遊ぶかもしれません。私達と北に行った時、あの人は言いました。つまらない、と。戦いに何を求めているかは分かりませんが、迅速な討伐をしてくれそうにないという印象を払拭出来ないのです。
そうなると、魔法型や体術型という情報が更なる負の感情を呼び起こすかもしれません。ただの、いつものマリスタザリアなら……慣れている商人達なら恐慌状態にならないはずです。ですが、相手が特別な個体かもしれないという妄想が、疑念を呼び――恐怖へと向かいます。
知る人は最小限で良いのです。冒険者全員と、長であるクリストフさんだけ知っていれば、一先ず対応出来るでしょう。守りが硬ければ、相手が多少特別でも負の感情はそこまで高まらないはずです。
「わ、わかりました」
「わかった。隊商の安全確保を最優先。防御に徹し、巫女様たちを待つでいいか」
「隊の側面からの襲撃に注意してください。真ん中を食い破られると分断される恐れもありますから」
「あぁ、もちろんだ」
ディルクさんは防衛班の長。ですからきっと、”盾”系の魔法を特級で持っています。そんなディルクさんにとって一番拙いのが、護衛対象が広がる事です。範囲が広くなればなる程、”盾”が薄くなりますから。
「俺は好きにやらせてもらうぞ」
「私に命令権はありません。お願いしているだけですので、兄弟子さんが好きにするというなら、どうぞ」
本当に、兄弟子さんだけが不安要素です。リッカさまは一応、兄弟子さんを信用しているようですが……。リッカさまを襲う宣言していましたが、これから任務だからでしょうか。襲ってくる気配はありません。ですが、リッカさまをそれ以上睨むというのなら、私にも考えがあります。
「護衛対象を優先するのだけは、守ってもらいます」
「あぁ、任務は全うしてやるよ。途中で投げ出すのは嫌いだからな」
『ライゼさんの修行から逃げた人が何か言ってる』
兄弟子さんの事、何も知らないんですよね。過去を知った程度で、現在を知らないのです。ですが、リッカさまを襲う宣言をしたこの人を知ろうと思えないのは……許して欲しいです。どんなに人を信じようと頑張っているといっても……リッカさまに明確な敵意を向けたこの人を、視界にも入れたくないのです。
「あレ、野蛮お兄さん来てたんですカ」
シーアさんの挨拶に、兄弟子さんが舌打をしました。私程ではありませんが、シーアさんも兄弟子さんには苛立っているようですね。
「はぁ……チビっ娘も相変わらずムカつきやがる。俺は点検にいくぜ」
私達の方が強いというのは、兄弟子さんでも理解しているはずです。ですけど私達が子供である事に代わりはないようです。兄弟子さんは何処かで、私達を侮っているのです。私とシーアさんを。
「つーか、赤いの。そこの巫女を止めてくれ。もう襲わねーっつたろ」
「アリスさんは、兄弟子さんが私に襲い掛かっても護れる様に構えてくれているだけですので。ご安心を」
「チッ……」
再び舌打ちをして、兄弟子さんは今度こそ離れていきました。実際喧嘩をした翌日、リッカさまの前に姿を現しています。その時間しかリッカさまは一人にならないので、正解ではありました。ですがその時間に出会ったとしても、リッカさまは兄弟子さんの前から姿を消す以外の選択を取りません。
私が居る時、私に危害を加えようとした時のみ応じるのです。何しろリッカさまは、兄弟子さんの身勝手な宣言を受け入れていないので。
「シーアさん、昨日結局帰ってこなかったけど、何かあったの?」
「エ。……あッ、忘れてましタ。ごめんなさイ」
『シーアさんでも忘れる事があるんだ。事件じゃなくて良かった』
エルヴィエール陛下と楽しい会話があったでしょうから、忘れていても仕方ありません。何か事件があった訳ではないのですから、気にしていませんよ。
「シーアさんでも忘れることあるんですね」
「はイ。エルヴィ様に怒られていたのデ」
「「え?」」
おかしいですね。楽しい会話をしていたと思ったのですが、怒られたのですか?




