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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
14.抱擁
124/952

歯車

A,C, 27/03/09



 身動き出来ず、少しの息苦しさで起きました。集落で生活していた頃、寝苦しさに起きた事があります。ですが今日は、凄く心地よい息苦しさというのでしょうか。凄く暖かいです。


「ん……ぇ?」


 リッカさまが、私をきゅっと抱きしめ眠っていました。ここまではいつも通りなのですが、今日のリッカさまは――腰に手を回し、足を絡めています。これだけでも、私の心は昂ぶっているのですが……一番の変化は……いつもは胸に埋められている、リッカさまの顔が――。


(私の、顔の前にっ)

「すぅ……すぅ……」


 もう、私が少し動けば()()()()()()()()です。


「むにゃ……ア、リス……」

「ひゃぅ……?」


 ね、寝言でした。夢を見ている訳ではありませんから、私を感じて、私を呼んでいるのです。目の前に居る私を感じて……敬称なしの、愛称を……。


「リッカ……さま」


 もう言い訳出来ない程に、ヘタレです。でも……こ、これは……。


「……」


 グロスを塗ってないのに、艶があり、ぷっくりして……。口紅をつけていないのに、ほのかに赤い……。


「は、ぁ……」

「っ!?」


 頬も、唇のようにほのかに赤くなったリッカさまが、これまた艶の乗った声を発しました。


 どうやら私が、もっとリッカさまの温もりが欲しいと、抱きしめ返し、足を、動かしてしまったようです。私の足まで、リッカさまの足に絡んで……。


「んっ……ぁ……?」


 薄っすらと目を開けたリッカさまが、私を見つけたのか、目をぱちぱちとさせています。


「お、ぉはよ」

「えぇ。おはようございます!」


 もう少しだったと、私の心が言っていますが、凄い充足感に声が弾んでしまいます。私との距離が余りにも近かったからでしょうか。もじもじとしだしたリッカさまの足や体が私で擦れ、衣擦れが大きな音で聞こえます。


『ど、どうして、今日は抱きしめて? いつもは私をあやすみたいに……で、でも……嬉しい、かも。えへへ』

(嗚呼……頭、蕩けそう……)


 リッカさまの驚きと疑問に、答えないと。


「今日は少し寒かったものですから。リッカさまで暖を」


 リッカさまから抱き締めてくれたのですが、私が抱き締めたかったからこの体勢となっています。今日は肌寒いですし、リッカさまに私の熱を感じて貰う為に抱き締めた……のです。間違いではありません。


「そ、そうなんだ。じゃあ仕方ない、かな?」

『うん。仕方ない、から。もうちょっと……』

「えぇ、ですからもう少し温まりましょう」


 微笑み合い、再び抱き合います。何もかも、今は忘れて……私だけ、感じてください。朝は、リッカさまと私だけの世界ですから。私だけ見て、良いのです。


『……あったかい』

(はい。凄く、あったかい、ですっ)


 

 朝の日課に向かうリッカさまを見送り、私も日課を始めます。予定より少しだけ、遅くなってしまいましたが――今日は寒いですから、ちょうど良い時間だと思います。


(今日は、襲って来ないようですね)


 リッカさまの感情は穏やかです。ただ、お花屋さんの前を通り掛かると喜びが強く出てきました。そういえば、お花屋さんの朝も早いんでしたね。毎朝顔を合わせてはいたはずですが、リッカさまのこの反応。どうやら、ロミルダさんから話しかけて貰えたようです。


 商売人くらいしか動いていない朝の王都を、リッカさまは高速で走っています。多分、商人達の間では有名になっていたでしょう。ですがリッカさまに話しかけたのは――ライゼさんだけです。


 ロミルダさんには、これからもお世話になります。アンネさんから、少々作為的なものを感じましたが、お花屋さんで働かせて貰えるのなら喜ばしい事です。


「さて」


 朝食の仕込みは終わりました。瞑想を開始します。


(広範囲浄化も、後何回か使えば慣れそうです。”光”と”拒絶”、何となく分かってきました)


 やはり、相手を理解しなければ”拒絶”が通り難いです。私の能力が”拒絶”の副産物かもしれないという考えは、そこから来ています。ただ遠ざける事を”拒絶”とは言いません。相手の”何か”が気に入らないから”拒絶”するのです。”何か”がぼんやりしていると、”拒絶”しきれません。


 そして”光”とは、言葉通りの光ではないようです。いえ、本質は言葉通りなのかもしれません。私が考えるに、”光”とは――”人”に降り注ぐ物、です。


 元々、”巫女”である事の証明として渡された魔法です。ですが、そこにあった想いは単純明快。この”光”と”巫女”で、平和になって欲しい、です。


 魔法に必要な物が”想い”ですが、アルツィアさまが想った事で生まれた”光”は、最も根源に近い魔法でしょう。そしてこれは、自分の為に在る魔法ではないという事。”光”は平和を想い、他者を慮る気持ちがなければ力を発揮しないようです。


(私達が王都でやるべき事、守るべき者が見えてきたから、ですね。魔法の上達を実感出来ています。それと同時に、足りないとも……)


 集落に居た頃、瞑想の効果が一切顕れずに焦りを覚えていました。ですが今では、この瞑想で覚えた魔法がいくつかあります。”浄化の世界”もその一つです。


(未だに、リッカさまを通してでしか世界を見る事の出来ない私ですが)


 リッカさまの傍で、リッカさまと共に見る世界ならば、私は――”人”を見ることが出来ます。


(確認は終わりです。これからは次の話)


 現在リッカさまは、部屋でのみ安心していられます。ですが、何れは部屋も安心出来る場所ではなくなるでしょう。その前に出発となるかもしれませんが……そうなったら、いよいよ終わりです。王都だから安心出来ているのですから。


 外の宿、もしくは野宿となれば……リッカさまが安心出来る場所なんてなくなります。


(私に今必要なのは、リッカさまが安心出来る場所作り)


 お花屋さんは良い場所でしたが、警戒心を解く事は出来ませんでした。ならば――そう……箱です。リッカさまを入れる、リッカさまが絶対に安心と思える、リッカさまだけの箱です。


(強度は”拒絶の盾”を超え、”悪意”を通さず…………ダメです。想えますが、魔法が追いつきません)


 想いは届いているようですが、”神の領域”に掛かりかけているのでしょう。魔法を発動出来る気がしません。


(ただ想うだけでは無理、ですね)


 何か、方法は――。




 全ての日課を終え、ギルドに向かいました。いつも慌しく、右へ左へ人が動いているのですが、今日はそもそも人が居ません。


「人少ないですね」

「そうだね。何かあったのかな」


 何か事件があったのかと、リッカさまが少し緊張しました。ですが、少しの緊張で済んでいる様に、これは事件ではありません。ギルドを空けなければいけない何かがあるようですが。


 事件というよりも、失敗出来ない何かを進めている時のような緊張感がギルド内に充満しているのです。


「おはようございます。アルレスィアとリツカです。アンネさんはいらっしゃいますか」

「はい、おはようございます。早速お呼びしますね」


 私が受付をしている間、リッカさまがギルド内を見渡しています。


『冒険者が殆ど居ない。商業、工業等のギルド職員は、いつもよりずっと少ない。変わりに冒険者ギルドの人がいつもより多い? んー、大規模な護衛任務でもあるのかな。商業、工業の方は良く分からないけど……』


 商業、工業ギルドが少ないとなると、何か国を挙げての式典でもあるのでしょうか。


「お待たせしました。おはようございます。アルレスィア様リツカ様」

「おはようございます」

「アンネさん。今日何かあるんですか?」

「はい。もうじき神誕祭があります」


 リッカさまの質問に、端的に答えてくれましたが――神誕祭とは一体? 言葉通りなら、アルツィアさまの生誕祭でしょうか。そういえば、アルツィアさまの誕生日がもうすぐだったはずです。


「神誕祭では多くの物資を運び入れたり、人の行き来が盛んになりますので。ギルド全体で国外に出ています」


 冒険者が少ない訳です。護衛で全員出ているのでしょう。私達も忙しくなりそうですね。ライゼさんが国内に居る分、私達が外に出るべきでしょう。ライゼさんが居るだけで、王都民は安堵するはずです。

 

「神誕祭ですか、何か聞いたことがあるような。アルツィアさまのお誕生会はしていましたけれど、お祭りは初めてです。こんな時だからこそ、普段通りが一番ですからね」


 アルツィアさまの誕生日以外に、何かを聞いた覚えがあるような。何にしても、こんな時にお祭りを? とは言いません。こんな時だからこそお祭りをするという考えもあります。


 国民の不安が膨れている時こそ、平常心です。このお祭りが成功すれば、国民達の感情は一気に好転するでしょう。不安が伝播していっている今だからこそ、です。


「はい。ぜひお二人も楽しんでください。計画ではお二人も陛下と一緒に演説してもらうことになっておりますので」

『お祭りかぁ。初めてかも。隣町でしかお祭りなんてなかったし――って』

「え?」

「わかりました」


 アルツィアさまの生誕祭と思われる神誕祭ですから、私達が演説をするのは予想出来ました。大丈夫です。一応練習していますから。魔王討伐なんて誰も信じないと思っていたので、力を入れて練習した訳ではありませんけど。


(本当に、信じてくれる人が多くて吃驚したものです)

「……うそ」


 演説と聞いて、リッカさまは顔を青くさせてしまいました。苦手、ですよね。上がり症ではありませんが、人見知りな部分があるリッカさまに、演説。しかも今の王都で。


(いえ、これもまた……今だからでしょうか)


 牧場で行ったように、リッカさまの想いを宣誓する場となります。なって、しまいます。酪農家という、多いけれど一団体でしかない方達とは違います。もはや、王国の中心で平和を目指すと宣言する事になる訳ですから……良いのか悪いのかは判断出来ませんが、リッカさまの想いを伝える日となるのは、確かでしょう。


『今考えても仕方ない。仕方ない。仕方ない……』

「そう思いたいのに思えない」


 私が思っているよりずっと、リッカさまは演説をしたくないようです。恐らく登壇して話す事になります。注目は浴び慣れているとはいえ、一塊になった人達から向けられる視線は、慣れていないはずです。それが王都民の全てとなると、といった所でしょうか。


「リッカさま?」

「う、うん。大丈夫。大丈夫……」

「演説、いやでした?」


 嫌ならば、断りましょう。発表された訳ではないのです。今ならば断れます。確実にリッカさまの心労となります。私は、貴女さまの事が――。


「本当は、ちょっとだけ」

(ちょっと……んー、判断に困ります、ね)


 断りたいけど、王都の事を思えば断りきれないといったところですね……。


「アリスさんは、大丈夫なの?」


 ここで断るのは簡単です。ですが、これ以上……リッカさまの変な噂が流れるのは我慢なりません。人は、酪農家の方達のような心優しき者達ばかりではありません。ですがそれは、私達を知らないから判断出来ていないだけなのです。知って貰う、良い機会になるはず、です。

 

「少し不安ですけど、リッカさまと一緒ですし、お祭りを楽しもうと思いまして」


 一緒なら、大丈夫です。リッカさま。それに、せっかくですから楽しみましょう。

 

「そう、だね。楽しみたいもんね。演説も楽しんじゃおっか」

「はい!」


 楽しめる時間があるかは、分かりません。ですが、時間は作る物と言いますから。どこかで時間を見つけて、楽しみましょう。恐らく私にとって、最初で最後となるであろう、お祭り。リッカさまと楽しめる、最初で最後の…………楽しまないと、損です。


 と、そうでした。胸の痞えが取れたような気分になれたからでしょうか。ぽんっと頭に浮かびました。


「神誕祭、思い出しました」

「何かあるの?」

「はい、王国ではアルツィアさまを奉るお祭りがあると、アルツィア様が言っていました」


 幼い時分、アルツィアさまから聞いています。その時の感想としては――何も知らないって罪だなぁ、です。


「その昔、あの痛ましい事件が終わった時に、これからの平和を想ってアルツィアさまが核樹の欠片をこの地に落としたらしいです。その核樹に祈りを捧げるようですね」


 何故罪なのかですが、アルツィアさまと大虐殺当時の王国民の考えが余りにもズレていたからです。当時の王国民は、核樹を褒美と思っていたのです。大虐殺をしたというのに。


 だから、この神誕祭の起こりは――凄惨な物なのです。魔法を持たない者達をこの世から消し去った褒美と、核樹を奉ったのですから。アルツィアさまの想いに一切気付く事無く。


 ですがそれは、過去の話。現在の神誕祭は、アルツィアさまの想いに近い物と聞いています。実際に見るまでは分かりませんが、それを確かめる機会でもあるでしょう。


『痛ましい事件は、魔力持ちによる弾圧のことかな。それよりも……核樹の、欠片?』

「見れるのかなっ!」


 演説への不安、神誕祭への疑問は吹き飛び、リッカさまは核樹へと想いを馳せました。祈りの形に手を組み、未だ見ぬ核樹を想像しているようです。目がきらきらと――星空を見ていた時みたいに、瞳の中に星があるようです。


「えぇ、その日だけは公開しているようですよ。一緒に見に行きましょう」

「うん!」

『私が核樹を感じ取れないなんて、地下にでもあるのかな? 早く見たいなぁ』


 幼さが前面に出てきたリッカさまを、私は撫でました。私の手の温もりを感じながら、左右に体を揺らして喜んでくれています。椅子に座ってなかったら、私の手を取って踊り出しそうな程です。ああ、座ってさえいなければ……。


「これが、噂の……」


 当然ながら……聞いていますよね。ライゼさんやシーアさんから、休憩所の件は……。今回はアンネさんだけですし、この上機嫌なリッカさまをもっと見ていたいです。


「またリツカお姉さんが森馬鹿ってまス」


 なんて、考えたからでしょう。シーアさんの接近に気付くのが遅れました。


「し、シーアさん。いつの間に」

『また見られちゃった。でも、もう知られちゃったんだから、そのネタで私はいじれないよっ』


 意地っ張りなリッカさま、可愛すぎです。変なところで張り合っちゃうリッカさまの愛らしい事。朝の、妖艶な姿とは本当に別人のようです。


(私の接近にすら気付かないとは。良い感じに安心出来ているようですね。攻めましょう)

「リツカお姉さんが幸せそうに巫女さんに撫でられている時からでス」

「……ぁぅ」


 シーアさんの方が一枚上手でした。知られたんだからと切り替えられるリッカさまですが、私への想いを知られるのは恥ずかしいようです。何しろリッカさま自身気付いていない感情です。それを他者が先に感じ取るなんて、恥ずかしいという言葉では片付けられないのでしょう。それも、完全に緩みきった表情だったので、余計に。


「おはようございまス。皆さん」

「おはようございます、シーアさん。ほどほどにお願いします」

「珍しく攻め時ですガ、やはり二人同時に攻め落とすのは難しいでス」


 ええ。これ以上を行うのなら私も反撃させていただきます。


(なにやらシーアさんの気力が充実していると感じます)


 それはまるで、日課帰りのリッカさまをお出迎えする時の私です。つまり、離れていた最愛……の方との再会。


 この感情に澱みや偽りはありえません。つまり、シーアさんにとって最も気が休まり、充実した一時を送った証です。


(エルヴィエール女王陛下と、話でもしたのでしょうか)


 多分これで合っています。これ以上リッカさまを弄るのなら、私からこれを告げさせていただきますので。


(巫女さんから不穏な気配です。これ以上はダメと、私の魔力が告げてます)

「おはようございます、レティシア様。揃いましたので依頼の話を始めます」

「野蛮お兄さんはどうしたんですカ」

「ウィンツェッツ様は、本日は別件です。護衛任務についています」

『任務には誠実だったし、問題はないのかな。ライゼさんが絡まないと普通っぽいし――って、それに私も含まれてそう。はぁ……』

「なるほド。では今日は三人ですカ」

(巫女さんが目を閉じて……静かなのが逆に怖いです)

「はい。お三方は護衛も出来ますが、それ以上に討伐の迅速さが冒険者の中でも抜きん出ていますので。遊撃として国周辺を警戒していただこうかと思っております」


 私達も外に出るべきかもしれませんが、私達の遊撃適正という面で見れば尤もな理由です。シーアさんが拘束し、私が”光”を撃ち、リッカさまが止め。普通のマリスタザリアならこれで完封出来ます。


「今から国外に出るのは五組。神誕祭のための買い付けですね。一組十人前後の組合員と五人前後の冒険者です。五組目にウィンツェッツ様が殿として入っています。五組目は大丈夫と思いますので、一から四組目の遊撃としてお願いします」


 五組目は大丈夫――と、思う事はありません。隊商護衛の遊撃と、国内警備が私達の任務です。


「流れとしましては、国の警備をしつつ、隊商の危機には駆けつけていただく。といったものです。今までで一番過酷でしょうが、どうかお願いします」

「えぇ、お任せください」


 魔法使いや体術使いといった特別な個体が出るかもしれないのですから、要注意です。”悪意”の質次第では、リッカさまの攻撃が通らない場合があります。そんな時の為に、魔力を常に練り続けておきましょう。


 私の”剥離”さえ入れば、リッカさまなら刃を通してくれます。



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