花⑫
「引き続き、本日の巫女様方の行動ですが。一件目の依頼は問題なく迅速に解決していただきました。ですが、問題は二件目です。本日はこのことでシーア様とライゼ様もお呼びしたと言っても過言ではありません」
(こっちが本命ですか。先程の件も中々衝撃的だったんですけどね)
「牧場の出来事ですネ。リツカお姉さんが泣いていタ」
(泣いて?)
隠しておくつもりだったが、牧場の一件を知っている以上隠す必要もない。エルヴィエールは首を傾げているが、それの答えは今から話される。
「俺も気になっとった。何がおきたんだ?」
「牧場の方は感謝したかったようです。あの時のことを。それに対しリツカ様は、謝っていたのです」
(あの時って、いつかしら)
「血まみれ事件の時ですネ。選任冒険者試験の際に巫女さん達がマリスタザリアを討伐したといウ」
《血まみれって……怪我したの?》
「らしいでス。まァ、巫女さんの”治癒”は最高峰ですかラ。痕すらないそうですけド」
エルヴィエールへの補足をレティシアが行っている。”伝言”越しとはいえ、エルヴィエールの微妙な変化を感じ取れるくらい、レティシアの魔力察知能力は桁外れだ。”伝言”によって伝わってくる魔力の揺れを感じ取れる者など、レティシア以外だと二人しか居ない。
「何を謝る必要があったんだ? 犠牲ゼロ被害ゼロな上に、化けもんの追加もなかった。正直言って、手際はベテランの域だ」
ベテランであるライゼルトとレティシアからすれば、巫女二人が解決した事件はどれも最良だったと言わざるを得ない。その場その場で起こりうる最悪を常に考え行動していると解る。その最たる例が、魔法を使用したマリスタザリア討伐。
突然の魔法に対し、最適な魔法で対処したと報告が上がっている。普通なら固まり恐怖すら覚える状況で、相手を取り逃がす事無く討伐しているのだ。誇ることはあっても、後悔する必要を感じない。
「っ。リツカ様は、後悔していたのです。ずっと、今まで」
「後悔ですカ?」
アルレスィアが何故憩いを求めたのか。その本質をアンネリスが感じ取ったのも、この一件を知ったからこそだ。花屋の依頼を受けた時ですら、まだ理解が足りていなかったのだと痛感した。
「あの日、リツカ様の手順は、感染者の浄化。その間アルレスィア様がマリスタザリアの足止め、牧場の方の防衛。リツカ様は浄化後、マリスタザリアを投げ、マリスタザリアの腕を斬り、マリスタザリアの魔法による反撃を受けました。これをアルレスィア様が防ぎ、アルレスィア様の光との連携で首を刎ね落す。でした」
アンネリスの言葉を吟味した戦士二人はしきりに頷いている。コルメンスとエルヴィエールですら、何が問題なのかと首を傾げているようだ。
「やはり謝る必要性を感じん」
「……リツカ様は、あの時、アルレスィア様が攻撃を盾で受けているその姿が苦しそうだったため、怒っていました。だからまず、マリスタザリアを投げ、アルレスィア様を救助。その後態勢を立て直し討伐という流れです」
レティシアとエルヴィエール、コルメンスはまだ解っていない。特にレティシアは、リツカと想いを同じにする者だ。リツカの行動は誇らしく、眩しい。流石リツカと賞賛すらしているようにも見える。
解ってきたのは、ライゼルトだけだ。というより、同じ剣士であるライゼルトにしか気付けない。
「まさかたぁ、思うが。首をそのまま刎ねればよかったと後悔してんのか」
「どういう事でス」
「はい、その通りです」
ほんの些細な問題だ。というより、そんな後悔は意味がない。
「ですが、これを行うには問題が二つありました。リツカ様は魔法の全力発動、オルイグナスを行うためには木刀が必要です。そして首を刎ねるには剣でなければいけないという事です」
「リツカお姉さんハ、この世界に来るまで魔法を知らなかったそうですからネ」
ただでさえ制御に難があるというのに、得意魔法が三つとなれば納得だった。それでも上手く扱っている方と、レティシアは頷いている。
《向こうには魔法がないのね》
「機械ってのがあるっつってたぞ」
《機械? 魔法の変わりにそれが発展したのかしら》
少し世間からズレている所があるが、雑学や知識という面ではレティシアすらも目を見張る程だ。こちらよりずっと、学ぶ機会があったのだと分かる。リツカの知識に偏りがあるのは、興味がある事しか調べなかったから。もしくは、友人椿や母十花によって、得られる知識を制限されていたか、だ。
「リツカ様が首を刎ねるには、一旦剣に持ち替え魔法を通常発動、イグナスにする必要がありました。その間もアルレスィア様は攻撃に耐えることになります」
(それは我慢できないでしょうね。投げるのが一番だったでしょう。スカッとしそうですし)
レティシアが同じ状況で同じことが出来るなら、恐らくそうしただろう。レティシアにとってエルヴィエールとは、姉や恩人という言葉で片付けられない存在なのだ。だからリツカの気持ちを良く理解している。
「リツカ様の謝罪内容は、こうです」
だが、レティシアであってもこれを理解する事は出来ない。
「アルレスィア様のために取った行為のせいで、戦いが長期化しました。申し訳ございません。自分が皆さんを守るためにできるのは倒すことだけなのに、最善を尽くせませんでした。です」
「は?」
「は?」
ライゼルトとレティシアの反応が全てだ。その謝罪に意味はない。理解出来ないからだ。リツカの行動に間違いがあったのかどうかすら解らないというのに。
しかしライゼルトは、唖然としながらも「やっちまった」という表情を浮かべている。
「……俺のせいでもあるな」
「どういうことでしょう」
「港の一件は伝えたな。巫女っ娘は頼って欲しいってのを教えたと」
「はい」
「だからだろう。後悔したんだ。あの時巫女っ娘は最善として盾を使っていたのに、自分は最善を尽くせていなかったってな。あの時やるべきは、巫女っ娘を守ることじゃなく、化けもんの討伐」
《自分の大切な人を優先しただけの自分が、感謝なんて受け取れない。むしろ謝らなければならないってところかしら》
「そういうこった……」
ライゼルトの所為ではないが、リツカはスポンジのように柔軟な思考をしているというのは既に知っている。ライゼルトに諭された事で起きた後悔が、牧場での感謝によって涙という形で表に出てしまったのだろう。
「後悔しても仕方ないのでハ? その時はまだお師匠さんに怒られる前だったんですかラ。それに、泣くほどのこととは思えないのですけド」
「剣士娘は、真面目だ。馬鹿がつくほどのな。それに不器用だ」
優れた点にばかり目が行きがちだが、リツカは不器用なのだ。それも、超が付くほどに。
「そんな剣士娘に牧場の人間が感謝してきたんだ。真っ直ぐのな。それまで考える余裕がなかったことが、後悔として襲ってきたんだろう。自分の情けなさとか、巫女失格とか、そんな感情が一気にな」
「……」
「まだ何かあるんだろうが。アイツはああ見えて、泣き虫だからな」
(お師匠さん、意味深ですね。話した方が楽になりますよ)
偶に見え隠れするリツカの秘密。その一端に触れた事があるライゼルトは気付きつつある。まだ確信には至っていないだろうが。
「今回だけじゃないんですカ?」
「あぁ、港で怒った巫女っ娘が一人で離れて行ったときにな。涙は流れてなかったが、この世の終わりみてぇな顔で今にも泣きそうだったぞ」
「リツカお姉さんに黙って巫女さんが居なくなったりしたラ、リツカお姉さんどうなるんですかネ」
「考えたくねぇな」
それを知る事は一生ないだろう。しかし想像に難くない。
「大切な人を優先することの何がいけないのですカ?」
「剣士娘も巫女っ娘も、”巫女”だ。人々のために役目を持った、な」
「そうだね。我々国民のために立ち上がってくれた方たちだ。今回はそれが仇となったけど……」
コルメンスは最初から間違えていた事を悟った。アルレスィアが何故コルメンスと会い、アンネリス経由とはいえお願いをしていたのか。動きやすくなる為、協力を得たい為もあるだろう。しかし一番は――見誤らないようにという話だったのかもしれない、と。
《リツカ様は責任感もあるのね。でもその考え方は危険よ》
「リツカ様は、”巫女”として……英雄としてこの場に居ます。大切な人一人ではなく、全ての人のために戦う。そんな英雄に」
今尋ねれば、違う答えが返ってくるだろう。だが根っこは変わっていない。土の成分によって花の色を変える紫陽花のように、リツカは刻一刻と色を変える。だが、だからといって『紫陽花』という名が変わる訳ではない。
リツカは最初からずっと、変わらずに居てくれている。
「アルレスィア様は確かに一番大切な方なのでしょう。ですが、あの場において一番大切なのは迅速に安全を確保し、牧場の方を救うこと」
《シーアは、私のために戦うことを選んだからかしら。巫女様たちを尊敬しているのね。お互いを守りあうお二人を》
「はイ」
気恥ずかしいが、本当のこと故に頷くしかないレティシアを、ライゼルトが見ていた。後で弄られそうだな、と思いながらもレティシアは「やっぱりエルヴィお姉ちゃんと巫女さんは似ている」と感じるのだった。
エルヴィエールはいつも止めるが、レティシアが何故そうしたいのかを理解している。レティシアが、エルヴィエールとアルレスィアが似ていると称したのは間違いではない。そしてエルヴィエールもまた、妹とリツカが似ていると感じている。
《リツカ様は、それだけじゃないの。巫女として本当に世界を救おうとしている。だから、一人のために戦って、戦いをほんの少し伸ばしてしまったことを、後悔しちゃったのよ》
「ほんのちょっとですヨ?」
《そのちょっとを、後悔してしまう。馬鹿真面目、ね。その通りって思っちゃうわね……。ただ大切な人を守る一瞬すら、いけないと思っちゃうなんて》
「リツカお姉さんは、自分を追い詰めすぎではないでしょうか」
それが、馬鹿真面目の所以だ。そして不器用まで加わると、ここまで自分を追い込んでしまう。極々自然に、自覚すらなく。
「あぁ、追い詰めすぎだな。そしてあの馬鹿娘のやることは目に見えとる。巫女っ娘を蔑ろにするっつー選択肢はない。でも他を疎かにも出来ん。同時にするためにアイツ、また無茶するぞ」
「元は平和な世界の少女だ。我々の戦いに巻き込み、追い詰めてしまった」
コルメンスも後悔するが、リツカを王国に周知させ、手っ取り早く馴染ませるには英雄視させるのが良い。実績を伝えただけだが、報告というよりも特報といった文面で伝えたのだから後悔してもしきれないのだろう。
「皆様、ご安心を。解決しています」
「え?」
《アンネは流石ね》
報告はまだ終わっていないのだが、コルメンスとライゼルトは先走ってしまった。二人にも後悔があったのだから仕方ないのだが、慌てすぎだ。
「アルレスィア様と牧場の方の言葉でその場で解決しています」
「やはり巫女っ娘が居らんと剣士娘はダメだな」
「それデ、どうして私とお師匠さんまで呼んでその話ヲ」
解決しているのなら、報告だけで良かったのでは? と、レティシアはやれやれと、手を広げてみせた。
「はい。解決はしましたが、リツカ様ですので。またいつ無茶するかわかりません。見張っておいてください」
リツカが居たら顔が引き攣りそうな言葉だが、その場に居る全員が納得している。
「それは構わんが。魔女娘はいいんか」
「ン?」
わざわざ尋ねるまでもないと、レティシアは首を傾げている。答えは解っているでしょう、と。
「いいですヨ。私もしっかり見ま」
《シーア。帰ってくるって話忘れたの?》
「……この話の流れで帰るって選択肢出てくるのですか、お姉ちゃん」
《それはそれ、これはこれ。あなたはまだ十二歳。早いわ》
例えレティシアが、リツカ達の年齢になろうとも、エルヴィエールは許可しない。アルレスィアとリツカのように、引き下がれない訳ではないのだ。
何故なら世界の者達は――魔王の放置イコール、”世界の死”という事実を知らないのだから。
「お姉ちゃん、私途中で投げ出したくない。それにリツカお姉さんは放って置けません」
久しぶりに敬語以外で話してくれたレティシアに喜びながらも、エルヴィエールはしっかりと自分の想いを告げる。
《アルレスィア様が居るでしょう。さっきの話では、リツカ様にはアルレスィア様の言葉が一番ってことみたいだけど》
「そうだけど、リツカお姉さんにとっての巫女さんは、私にとってのお姉ちゃんですから。絶対に無茶します。最悪死んじゃいます」
これを言われると言い返せない。エルヴィエールは最初からそう思っていた。だからといって、エルヴィエールも曲げられない。
《今日の話を聞く前だとあなたの言い訳って思ったでしょうけど》
「だから、私も最後までやりたいんです」
《シーア……。でも私はあなたが》
「大丈夫です。絶対帰ります。巫女さんたち連れて。巫女さんたちと約束したんです。平和になったら共和国を案内するって」
リツカとレティシアが一緒なら、無茶した上に最悪死ぬと、レティシア自身が言っている。そんな事をエルヴィエールは許可したくない。だが――妹の想いはもう、共和国だけの平和ではなくなっていた。
「挙式をどちらで上げるか分かりませんけど、お姉ちゃんと国王さんの結婚式は見たいですし。クふふふふ」
《もう。はぁ……。一度決めたら曲げないのは、私に似たのかしら。嬉しいけど、今は複雑ね》
妹の成長が嬉しいが、何も今でなくとも、とため息が出てしまう。
《分かった。今回は私が曲がってあげる。お姉ちゃんだからね。だから、ちゃんと帰ってきなさい?》
「うん。お姉ちゃん」
声が震えているのを、エルヴィエールは自覚している。だがレティシアはそれを指摘しない。危険な旅になるのは決まりきっているのだから、お互いの心配はもはや蛇足なのだろう。やるなら最後まで。そしてしっかりと、約束を守るようにとだけ伝える。
「はは、許しを得たようだね。シーア」
「やけにあっさりとでしたけど」
「最初から許すつもりだったろうからね」
「え?」
《コルメンス様……》
自分の意思で飛び出した以上、レティシアは曲がらない。しかし、エルヴィエールの想いが伝われば戻ってくるだろうとは思っていた。レティシアの想いのままにと、決意していたのだが――自分の予想以上に、”巫女”二人は魅力的な人たちだったようだ。
「シーアの想いを知ってますからね。無碍にはしないでしょう。シーアが本当に魔王討伐をしたいと願っているか試したのでしょう?」
《えぇ。でもね、シーア。帰ってきて欲しいのは本当だし、失いたくないのも本当よ。だから、ちゃんと約束は守りなさい?》
レティシアが戻ってくるようにと、本気で止めていたし、戻るように言っていた。それでもレティシアは本気だった。リツカの話をしていた時から、エルヴィエールはこうなる事は解っていたのだ。
「……もちろんです。私はレティシア・エム・クラフト。魔女ですから。貴女の為の力を、世界のために、ほんの少し貸します!」
《フフ。えぇ、成長したあなたに会えるのを楽しみにしているわ》
だから、笑顔で送り出す事を決める。しっかりと、レティシアの覚悟をその目に焼き付けようと、覚悟をするのだった。




