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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
1.胸の高鳴り
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貴女さま⑦



 リッカさまに日記を手渡した後、私は厨房で料理をしています。得意料理だけを、とりあえず作りましょう。それを食べた反応を見て、これからの料理を決めていきます。


 アルツィアさまには再びリッカさまの傍に行って貰っているのですが、どうやらエルケさんとエカルトくんしか、リッカさまに話しかけていないようです。


 先代派は早々に姿を消し、独自の集会を開いているようです。もはや、私を排斥する事はないでしょう。

 両親派はリッカさまを完全に、”神の使い”として見ています。話しかけるのを躊躇しているのかもしれません。


 子供達は集会後すぐに話しかけると思っていたのですが、結果としては……二人以外は遠巻きから見ているだけ、ですね。

 疎外感を感じてなければ良いのですが……。


『リツカは子供好きだからねぇ』


 私も、子供は好きです。未来ある子供達こそ、国、世界の宝です。私達の作り出す未来を生きる少年、少女達への期待があります。

 リッカさまにとっての子供とは、どういう存在なのでしょう。同じ気持ち、なのでしょうか。


『エカルトは相変わらず好奇心旺盛だ。学者や冒険家になるかもしれない』


 エルケさんが好奇心旺盛ですから、エカルトくんもそう育ったのでしょう。

 二人の両親は父と母の支援者を纏めている方ですから、リッカさまの傍で見守るように言っているかもしれませんね。

 エルケさんはリッカさまをじっと見ていましたし、個人的な物も含まれているでしょうけれど。




 調理を終え広場に向かうと、エカルトくんはリッカさまの膝の上に座り、エルケさんはリッカさまに顔を近づけ、質問をしていました。

 エルケさんとエカルトくんの状況に、思わず魔力が漏れてしまいます。急いで収めますが、エルケさんには伝わってしまったようです。


(ア、アルレスィア様が怒って……? 少し興奮して質問攻めにしすぎたみたい……。アルレスィア様があんなにも威圧感を出すなんて、初めてだから……本当に、リツカ様が大切なんだ)


 ごめんなさい。そんなつもりはなかったのです。まるで三兄弟のような微笑ましい光景でしたし、リッカさまが疎外感を感じずに居られたのは二人のお陰です。


 しかし、私は凄く……取り乱してしまいました。エカルトくんが羨ましいと感じ、妹を宥めるように表情を緩めたリッカさまから、今にも撫でられそうなエルケさんに対し、ズルいと思ってしまったのです。


(リツカ様……近くで見たけど、本当に、綺麗。アルレスィア様みたいな、天使のような人って、他にも居たんだ)


 二人が居てくれたなら、何れはリッカさまも集落に馴染むでしょう。私はしっかりと自制し、リッカさまの交流を邪魔する事なく、いつも通りで居なければいけません。


 二人を先に食事所へ向かわせ、暫くリッカさまの様子を見ます。エルケさんが落ち込んでしまっていました。本当に申し訳なく思います。後ほど、謝罪しましょう……。


 リッカさまはもう日記を書き終えているようでした。多分向こうの世界の言葉で書かれているのでしょう。他人に読まれても大丈夫でしょうけど、少し”保護”をかけておきます。


「そういえば、子供くん……男の子のほうが私の髪をみて喜んでましたけど、この国では赤い髪、珍しいんですか?」

「はい、そう聞いています。私もこの集落より向こうへ……森から出た事がないので見たわけではありませんけれど、”神さま”から聞いた話しでは、私の銀色や、リッカさまのような赤い髪はいないようです」


 いつだったか、お母様が言っていました。私の髪色とお母様の髪色が、微妙に違うと。

 本来、父の黒髪が混ざると、もう少し鈍い白になるはずなのです。しかし私の髪色は、白銀です。お母様の髪色はクリーム色に近いなので、違います。


 そういう事もあると、その時は思いました。

 しかし今思うと、異常です。私達の色は、世界を探してもいません。アルツィアさまが言っていたので間違いないでしょう。


 私の色は白ではなく白銀。リッカさまの色は赤ではなく深紅。自然には絶対に出ない色が、私達の色らしいのです。


 『白や赤は居ない』と言っていた意味が、今日分かりました。赤とはリッカさまの事だったのです。

 二つを混ぜればアルツィアさまの色になりますが、少々発想がお子様すぎますね。

 混ぜる……交わる……。


(私は今、何を考えていました?)


 凄く、如何わしい想像をしませんでしたか? 

 きっと、お腹が空いているからそんな思考になったのでしょう。思えば今日、朝御飯から何も食べていません。リッカさまも昼前からこちらに来たので、同じはずです。


 ふとリッカさまを見ると、何故か落ち込んでいました。もしかしてまた、祈りの時のような寂寥感が出たのかと思いましたが、少し考えれば分かりました。


(リッカさまは多分、私への質問を悔いているのですね)


 同じ”巫女”なのです。つまり、外に出られません。そんな私に外の事を質問したと、リッカさまは落ち込んでいます。

 リッカさまから見れば集落は狭い世界です。私はそこに閉じ込められている、と思われているのでしょう。


 実際は、外への憧憬は余りありません。

 リッカさまのお陰で少し興味は出てきましたが、旅はイコールすると”お役目”でしかないので、私は――リッカさまと居られるなら、小さい箱の中でも構いません。


 だから、そんなに落ち込まなくても良いのですよ。リッカさまが私を想って落ち込んでくれている。それだけで、救われた気分になっています。

 その程度の、リッカさまとの触れ合い程度の要素でしかないのです。”森”に篭るという行為は。


「リッカさま、そろそろ向かいましょう」

 ですから私は、気にしなくて良いと微笑むのです。”森”から出られない閉塞感よりも、リッカさまの空腹の方が圧倒的に気になります。


「お腹、すきませんか?」

「そういえば、朝から何も――」


 リッカさまのお腹が、くぅと小さく鳴りました。

 普段ならば、漸くお酒が呑めるという熱気が食事所から届き、今か今かと音が溢れてくるのです。しかし、それを率先して行う先代派は今日、大人しいでしょう。

 ですから、私達の登場を待っている食事所は静まり返っています。


 今この場には私達しか居らず、森のざわめきも静かです。アルツィアさまはいつの間にか居なくなっていますし、もはや、世界には私達だけ。


 そんな場所で鳴り響いてしまった、本当に小さいお腹の虫。その羞恥に、リッカさまは見る見る頬を紅潮させ、今にも顔を押さえて蹲りそうでした。

 その姿が愛らしくて、その頬は絶佳ともいえる珠玉の赤で、その震える肩や唇は甘味すら漂って――。

 

(ああ――()()()


 視界が明滅し、全てを剥ぎ取りたい感情に支配されそうになります。でも私は逆に、冷静になりました。リッカさまの空腹という一点が、私を止めたのです。


「本日は一味違いますから、お腹一杯食べましょう」

「は、はぃ」

「ふふ……」


 もし私に母性というものがあるのなら、今はその気持ちです。自分の中にある暗い部分にさえ目を瞑れば、ですが。


(まるで、獣ですね。理性こそが人の証だというのに……)


 欲望をリッカさまに向けてしまった事で、少し落ち込みそうになります。

 そんな私の葛藤が起きるより先に、リッカさまが、ふっと微笑みました。その笑みは、私との語らいが本当に楽しいといったものです。


 夕日と重なったリッカさまの赤はやはり優艶で、私の母性を吹き飛ばします。母は絶対に、()()()()()()にはなりません。


 再び欲望が私の背を押してきます。頬が熱くなっていくのが分かるのです。

 今が夕方で良かったと思います。きっと今の私は、ツァルナの果実のように真っ赤でしょうから。




 リッカさまの純粋な笑みを守れた私はようやく、食事所へと向かう事が出来ました。リッカさまと出会ってからここに至るまで、何度私の欲望が首をもたげたのか……数えるとゲッソリしそうです。


 こんな、純白の如きリッカさまを押し倒したいだなんて、私は少々俗世に染まりすぎなのかもしれません。

 初めて出会った、心から大切と思える方に、私はきっと浮かれているのでしょう。

 

 既に全員が集まっている食事所の、上座に座ります。そして短く祈りを捧げました。アルツィアさまは”森”に入っているのか、今は居ません。それでもしっかりと、祈ります。


 私達の世界にとって、今日という日は特別なものとなります。私と皆さんの想いは別なれど、目指す場所は同じなのです。

 なので、歓迎会が盛り上がるのを止める事は出来ません。


 リッカさまは歓迎会や特別扱いというものに慣れていないようでした。集落の重役達がこぞって自己紹介をしていますが、多分殆ど聞こえていないと思います。


 緊張というか、居心地の悪さを、リッカさまは感じています。何よりこの世界の名前に対して、リッカさまは苦手意識を持っているのでしょう。発音が出来ない事以上に、聞こえてくる音に突っかかりが出ているはずです。


 異国の言葉に首を傾げるといったものではなく、脳が発音を認識出来ない突っかかりです。アルツィアさまの名前が聞こえないのとはまた違うのです。


(リッカさまに、アリスと呼んでもらえるのは嬉しいです。しかし……アルレスィアと呼ばれるのも少し、憧れるんですよね)


 まるで王子様が、眠っているお姫様に声をかけるように、優しく呼んで欲しい。


『相変わらず、乙女だね』

(戻って来ましたか)

『向こうの様子を見てたんだ』


 向こうの世界、ですか……。きっと今頃、リッカさまを探しているはずです。

 こんなにも可愛らしいリッカさまなのですから、ご両親は溺愛しているでしょう……。


(すまない、十花、武人、壱花。それにしてもアルレスィアは……十花に似ているなぁ。十花よりもずっと、乙女だけど)


 アルツィアさまが何を考えているのか、大体分かっています。私の様子がおかしいから、楽しんでいるのでしょう。

 自分でも思います。明らかに変なのに、これこそが私だと思えるのですから。楽しいですよ。リッカさまの傍で、リッカさまを見ていられる事が。


「アリスさん、集落長さんに挨拶したいのですが」

「はい、こちらです。リッカさま」


 リッカさまを両親の元に連れて行きます。

 先ほど睨んでいたお父様にはしっかりと、釘を差さなければいけません。睨んだ理由は分かっていますが、それを続けるようなら容赦しません。


「お父様、お母様、今よろしいでしょうか」

「ええ。紹介して? アリスの王子様がどんな子なのか」


 お母様は、嬉しそうですね。王子様という、少し聞き流す事が出来ない単語が出てきましたけれど、今はそれどこではありません。

 お父様は未だに、睨んだままなのですから。


「えっと、六花立花です。アリスさんには大変ご迷惑をおか、け」

「アリス?」


 リッカさまの言葉が止まりました。お母様の押しの強さにどぎまぎしている、という訳ではありません。祈りの時起きた事をいじられたから困惑している訳でもありません。


 お父様が、リッカさまのアリスという言葉に眉を顰めたからです。


「お父様、いい加減にしないと怒りますよ」

「しかしだな、アリス。行き成り愛称で呼ぶなど……」

「私が呼んでほしいとお願いしたのです。お父様からとやかく言われる筋合いはありません。リッカさまをこれ以上困らせないでください」


 もはや私は、自身の発する魔力を隠す事すら出来ていません。心がざわめく。私は多分初めて、父へと怒気をぶつけています。

 偽りの無い感情を無造作にぶつけるという、無礼を働いています。しかし私は、止まる気はありません。お父様がこのままリッカさまを敵視し続けるのであれば――。


「アリス。リッカさん、震えてるわ」


 お母様がリッカさんと呼んだ事を気にするよりも、アルツィアさまが肩を震わせているのを視界の端に捉えるよりも先に、私は魔力を霧散させ、リッカさまを抱き締めました。


「申し訳ありませんっリッカさま!」

「あらあら、そこまでするとは思わなかったわ」

「……」


 お母様、楽しんでいますね……。


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