花⑩
私が生まれてすぐ、両親は亡くなりました。原因は今も闇の中。何れ白日の下に曝す事が出来れば、と思っていますが、なかなか上手くいかないのが現状です。
かろうじて覚えている両親の記憶は、私の頭を撫でてから、金色の綺麗な人に私を任せている姿です。たったそれだけですが、両親は私を愛していたのだと思えます。表情までは見えませんでしたが、何度も私を撫でていましたし、何度も振り向いていましたから。
ただ、記憶がそれだけという事で、両親は帰って来ることはありませんでした。事故に遭ったと聞かされましたが、その後現在に至るまで調べた結果、ある者達に嵌められたようです。両親の姿から考えるに、罠であると分かっていて、それでも行かなければいけなかった事情があるのでしょう。何度か復讐を考えましたが――まぁ、今話す事ではないですね。
金色の綺麗な人こと、エルヴィエール女王陛下の妹として迎え入れられて二年。王都のごたごた終了後、共和国女王として王都に訪問する事になったエルヴィお姉ちゃんについて行ったのを覚えています。
「シーア。あそこが王都よ」
「あい」
「ク……ふふ。楽しみね」
まだこの頃は舌足らずでしたが、エルヴィお姉ちゃん曰く神童といえるくらい頭の良い子、だったそうです。まァ、お姉ちゃんは俗に言う姉馬鹿ですから、分かりませんが。少なくとも同世代の子よりは優れていたのではないでしょうか。
お姉ちゃんが王位を継いですぐの頃です。王都で革命が起き、お姉ちゃんはそれを好機として共和国発展に動き出したのです。王都とは元々良好な関係を結べていましたが、五分の関係を築きたかったと言っていました。
革命運動中、暫くは共和国内から秘密裏に支援を行ったり、情報収集をしていましたが、お姉ちゃんが十四歳の頃にある人を呼び、直接的な支援をする事にしたのです。
ただ、そのある人と出逢いが、計画を大きく狂わせる事になるのですが。
「エルヴィおねえちゃ、うれしそうです」
「そうね。ほんの一月程度だけど、やっぱり寂しいもの」
平和的解決を考えてはいましたが、もっとガツガツと行くつもりだったそうです。全ては平和になった王国と、より良い国交を結ぶためです。ですが、ある人との出逢いで平和的解決への見通しがつき、ほっと一息吐いたと言っていました。
女王としてどうしても成果を求めなければいけない時期でしたから、重圧があったのでしょう。多少強引にでも共和国発展を考えていた時期だったと言っていましたから。
まァ、今思えば最高の成果を出せたと言えます。何しろ現在の共和国は、王国と並び立つ大国。王国とも五分の関係。国王同士の仲が良いという最良の状態。エルヴィお姉ちゃんが作り上げた、平和な共和国は誇りです。
最良の選択を取る先見の明と運。時に非情ともいえる判断を下せる覚悟……その覚悟が発揮された出来事はありませんが。国を動かす人間として、エルヴィお姉ちゃんこそが最高だと思います。まァ、私も妹馬鹿ですから、意味のない評価かもしれませんが。
「元気かしら。コルメンス陛下」
「へいか?」
「ええ。公務だから、こう呼ばないといけないのよ」
残念だけど。と呟きましたが、エルヴィお姉ちゃんはそれでも嬉しそうだったのを覚えています。共和国王城に居た頃は、コルメンスさんって呼んでたんですけど、その人を陛下と呼べる事に喜びを感じていたのでしょう。共和国と王国の未来は明るいのです。
その訪問した王都で何があったのかは、私の胸に秘めておきます。また何れ、機会があれば披露する事もあるでしょう。例えば披露宴とか。
その後私の身の回りで色々な事が起きましたが、一番の変化は――魔法研究所の所長兼情報部所属の”魔女”となった事でしょうか。七歳で所長になり、八歳で情報部に所属。その後いくつかの実績を積み”魔女”となりました。
まァ、十歳になる前には、エルヴィお姉ちゃんの妹っていう肩書きだけではなかったのです。エルヴィお姉ちゃんに愛されているだけの運が良い子ではなく、国にとっても重要な人間になれたという事で、私の立ち居地や人生が少しばかり変わりました。
その一つ。私を面白く思わない人間達の集まりである、元老院です。王家の血筋ではない私は、継承権を持ちません。ですから、エルヴィお姉ちゃんの本当のご兄弟の殆どは私に好意的です。むしろ仲良くした方が良いという考えでしょう。一人を除いて。
エルヴィお姉ちゃんの今後を考えると、共和国女王を続けられるか微妙ですし、子供が出来ても共和国の王を継承とはなりません。そうなると、ご兄弟の何れかが共和国王となり、その後ご子息を王へと座らせる事になります。
まァ、まだまだ先の話ですが。その時を見据えて動く者と、すぐにでもお姉ちゃんから王位を奪いたい者が王城に居るという事です。見据える側からすれば私は良い側近でしょうからね。ただ、奪いたい者筆頭の元老院からすれば、邪魔者でしかないのです。
何にしても私は、多少ストレスを感じながらも、エルヴィお姉ちゃんと一緒に共和国を守っていた訳です。まだまだ共和国は発展の余地を残し、平和には程遠い状況ではありましたが、私はお姉ちゃんの笑顔を守る事が出来ているという自負がありました。
それが変わったのは、ほんの数日前です。
「巫女様が世界を救うらしいわ。シーア」
神林に引き篭もっていたという巫女様が、満を持して出てきたそうです。現巫女様の事ですから、アルツィア様から全てを聞かされているはずです。きっと、その登場は決まっていたのでしょう。マリスタザリアの増加も、やけに荒れている人々も、巫女様でしか解決出来ないという事です。
世界の均衡を保つといわれている巫女様ですが、その詳細は明らかになっていません。世間一般では神の寝所を守る者という事ですが、何やらもっと重要な役割を担っているのでしょう。ずっと森に篭っているのですから、出られない理由があったのです。
ですから、そんな世間知らずに何が出来るのだろうと、その時は思っていました。何しろ先代巫女は良い噂を聞きません。それに、現巫女のアルレスィア様は――まだまだ子供ではないでしょうか。ずっと森暮らしだったのにいきなり外に出るのは、難しいはずです。
「エルヴィ様。そうは言っても、巫女様は私と少ししか変わりませんよ」
「シーアだってその歳で『エム』を授かることが出来たのよ。巫女様もすごいわよ。だってすでに、キャスヴァル領では随一って評価らしいもの」
エルヴィお姉ちゃんの笑みにちょっとだけ嫉妬を覚えますが、もうそんな子供ではないので流します。
「じゃあ私も行って手伝いますかね」
(ふふ。頬を膨らませちゃって……可愛らしい嫉妬で済めば良かったけど――)
「何を言ってるの、シーア。ダメよ。あなたが危険に曝されるなんてダメ」
子供だからダメというのなら、巫女様もそうだと思いました。何より私と違い、本当に世間を知らない可能性があるのです。いきなり神林から出てきて、何が出来るというのでしょう。魔法の腕前が随一と言っても、魔法だけで戦うには限界がきますよ。きっと。特別な魔法を持っていると聞くので、それだけは興味があるのですが。
私が手伝いに行くと言ったのは何も、嫉妬や興味ではありません。ありませんよ? 巫女様が出てきたという事実だけで、切羽詰っているのだろうという事は想像出来ます。お姉ちゃんも分かっているはずです。今まさに、世界は未曾有の危機に曝されているのだと。
「それにね、シーア。コルメンス様から”伝言”があったのだけど。赤い髪のもう一人の巫女様が居るそうよ。二人居るんですもの、大丈夫よ」
巫女が二人になったと聞いて、驚きはしました。ですがそれでも、不安は不安です。何しろ巫女という時点で、森から出られない存在だったでしょうから、アルレスィア様と変わりません。
私を想って、引き止めようとしているのは分かります。ですが、私はお姉ちゃんを守るために”魔女”になったんです。それは、近衛としてでしたが――。
「なんでも異世界からきたそうよ。話を聞いてみたいわ」
異世界への興味は私もありますが、そんな人を信用なんて出来ません。もし仮に異世界が本当だとしたら、こんな訳も分からない世界に命なんて掛けられないでしょう。戦えたとしてもやる気になってくれるか判りません。
「あ、そんな顔しちゃダメよ。シーア。コルメンス様がおっしゃってたわ。瞳に世界を救う炎を灯した勇敢な女性って。まるで革命を決意した私の支援を決めた時のあなたの目そっくりだ。って」
革命のごたごたは全然覚えていませんが、あの王様が信頼ですか。やっぱり信用しきれませんね。私から見た王様は、なよなよっとしたおっちょこちょいです。へたれといってもいいです。お姉ちゃんはあの人の何処が好きになったのでしょう。
「だからね、シーア。大丈夫よ。変な気は起こしちゃダメよ?」
やっぱり過保護です。もう何度も実戦を経験していますが、その度に三日は離してくれません。まァ、そんなご褒美があるから、私は頑張ってしまうというのもありますが。これは内緒です。元老院に知られる訳にはいかないですし、お姉ちゃんに知られるのも恥ずかしいです。
「分かってますよ。エルヴィ様。大人しく帰ります」
「えぇ。それと、お姉ちゃん。でしょ?」
ここは王城の玉座の間です。どこに耳があるか知れたものではないです。魔法なら分かりますが、実物の耳は分かりませんから。お姉ちゃんとはいえ公務中。ちゃんと呼ばないといけません。でも、最後かもしれませんし。
「……お姉ちゃん」
「なぁに。シーア」
「おやすみなさい」
「えぇ、おやすみ。シーア。また明日ね」
「はい」
最後にするつもりはありませんが、それでもというやつです。今日は丁度、お姉ちゃんは部屋に帰ってきません。出て行くなら今です。
まだ調査段階ですけど、明らかにキャスヴァルのマリスタザリアが多いのです。きっとあの国に居るんです。情報部の報せは本物です。気になるのは私が居なくなる事で元老院がどう動くかですが――お姉ちゃんなら問題ないでしょう。あの人が居ればお姉ちゃんの護衛を頼みたかったですが、今は王都の何処かに居るそうですし。情報部と魔法研究所の皆に頼んでおきます。
「ごめんなさい、お姉ちゃん。私は行きます」
巫女様と赤い髪の巫女様。どんな人にしろ、利用できるなら利用します。共和国を、お姉ちゃんを守るために。
「ついでにキャスヴァルも助けないと。お姉ちゃんが悲しみますからね」
ついでです。でも、お姉ちゃんが幸せになる為なら仕方ありません。本音はここに置いていきましょう。
「さて。船を少し借りますか」
情報部に頼んで、私は少し外の任務に出たとしましょう。それで少しは時間を稼げるでしょうし、その間に私が必要と王都に示します。そうすれば、簡単に帰って来いってなりませんからね。
私は魔王とやらを倒すまで、戻るつもりはありませんよ。せめて巫女様と赤い巫女様が信用出来るかくらいは見ておかないと。私がそんな短期間で信用出来るとは、思えませんが――――……。
そうやって私は共和国を出て、王都に来ました。まさかあんなにも下に見ていたお二人に、私が心奪われるとは思いませんでしたね。でも仕方ないですよ。お二人のこと何も知らなかった訳ですし。知ったら知ったであんなにも素敵な人たちだったんですから。
(正直過去の自分をリツカお姉さんに殴ってもらいた――いえ、それはちょっと怖いですね。巫女さんは――もっと怖いです)
「はっ」
(いけません。余りにも衝撃的すぎて変な思考をしていました。お姉ちゃんの怒声が怖すぎて、つい)
今すぐにでも手に持っている伝言紙を手放したいですが、お姉ちゃんをこれ以上刺激するのは――。
《シーアっ! あなた何を考えてるのっ!?》
「お、お姉ちゃん。ごめんなさい……。でも」
《あれほど言ったのに!!! どうして勝手にっ!!》
「ぁ……あぅ」
お姉ちゃんから怒られること自体余り無い上に、有無を言わせないほどの怒りなんて……。でも、私にも譲れない想いがあります。今ではもう、共和国だけではないのです。
「お姉ちゃん! 聞い――」
《どうして……無茶したのっ!》
「ぅ……」
お、お姉ちゃんが泣いてしまいました。怒られた経験も数えられる程しかありませんが、お姉ちゃんが私の前で泣いたのもあの時の一度きりです。怒られる以上にどうすれば良いか分かりません。
「エルヴィ女王、落ち着いて。シーアの話を聞いてあげてください」
(このままではシーアまで泣いてしまいそうだ)
王様が助け舟を出してくれます。このために公開設定で”伝言”してたんです。お姉ちゃんは国王さまに弱――。
《いいえ、いいえ! コルメンス様! 今回はダメです、許せません!》
「あわわわわっ……」
「はぁ……。シーア、諦めて怒られておくれ。隣の部屋に居るからね」
(見捨てられましたっ! そんな爽やかに言われても!)
そういえば王様もお姉ちゃんに弱いんでした。もうダメです。終わりです。
《シーア!》
「は、はい!」
た、耐えるしかありません。部屋に二人きりなのが救いですね。これなら多少泣いた所で……いえ、泣きたくありませんけど、泣いちゃっても誰にも見られませんし。
「終わったかい? ――ははは、随分やられたようだね」
(氷漬けにして共和国の雪山に埋めたいです)
《コルメンス様。シーアがご迷惑をおかけしました。さぁ、シーア。帰る準備をしなさい。巫女様方の噂はこちらまで届いているわ。あなたが居なくても大丈夫でしょう?》
机に突っ伏しているレティシアは、ぴくりとだけ反応する。もし共和国に居た頃のように、巫女二人がレティシアの御眼鏡に適わない者達だったなら、エルヴィエールに怒られたくないからと戻っただろう。
しかし今は、余計に帰る事が出来なくなっていた。巫女二人を支えると決めたばかりだし、あの二人をサポート出来るだけの実力者はレティシアを置いて他に居ない。
リツカとアルレスィアに足りない物は、遠距離攻撃と範囲攻撃、拘束魔法だ。その全てを兼ね備えたレティシアが今離脱するとどうなるか、容易に想像出来る。
事情を知った二人はレティシアを送り出すだろう。その胸中に、不安や焦燥を抱えながら、表情には出さない。レティシアを心配させぬようにと、ひた隠す。そうすると今日確信した。
これからの戦いに必要な人材と思いながらも、レティシアの想いも知る二人は決して止めない。
「エルヴィ女王、その前に少しシーアと話をしたいのです」
その事は、アンネリスとライゼルトから報告を受けているコルメンスも分かっていた。エルヴィエールに待ったをかける。
「二人とも来てくれ」
「よぉ、魔女娘」
「さっきぶりですネ」
(ああ、怒ってますね。当然ですか。まァ、後ほど自分の料理代だけは払いますよ。領収書は受け取ってもらいますけど)
《シーアも知ってる方たち?》
「はい。アンネさんと、赤の巫女様ことリツカお姉さんのお師匠さんです」
執務室に、アンネリスとライゼルトが入って来た。レティシアに色々と言いたい事があるライゼルトも、真面目な話と聞かされている為大人しくしている。
薄くなった財布を見ながら大通りを歩いていたライゼルトを、アンネリスが呼び止めた。アンネリスに着いて来て欲しいとお願いされ浮かれたが、モノの数秒で否定され今に至る。
《始めまして、エルヴィエール・フラン・ペルティエ。現共和国女王です。アンネは久しぶりね》
「これは、失礼をしました。ライゼルト・レイメイ。この国で冒険者をやっております」
(ちゃんと標準語しゃべれるんじゃないですか。敬語も違和感がすごいです)
コルメンスとはそれなりに長い付き合いという事もありフランクに話すライゼルトだが、目上の者に対する礼儀というものを捨て去っている訳ではない。
《えぇ、よろしくお願いします。そうですか、あなたが……。噂はこちらにも届いておりますよ。コルメンス様もお認めになった選任冒険者で、アンネの婚約者様》
(……ク、クふふふふっ! いいネタを手に入れてしまいました! これでお金の件は赦して貰いましょう)
「な、ななん!?」
「女王陛下! まだそのような関係ではないとあれほどっ!」
普段では絶対に見せない程動揺する二人を、レティシアが見逃すはずがなかった。
「まるでお姉ちゃんと国王さんを見てるようでス」
《シーアっ!》
「な、なにを……」
(ここに居る方たちは存分にいじり倒せます。巫女さんたちは手強いですからね。クふふふ!)
アルレスィアをいじってもリツカがフォローし、リツカをいじればアルレスィアがフォローする。お互いがお互いを完璧に支えあう二人相手では、レティシアの悪戯では大打撃を与える事は出来ない。だが目の前の二組は容易だ。容易すぎて、レティシアも気が抜けたのだろう。
「……お姉ちゃん?」
(しまった。油断し――)
「まぁ、魔女娘もまだまだお子様だからな」
「くっ……」
ほんの数日とはいえ、エルヴィエールから離れるのは初めての経験だった。しかも一度だけ行った事があるとはいえ王都で一人暮らし。”巫女”二人のように旅が初めてではないので不安はないが、やはり寂しさはある。
久しぶりに姉と触れ合い――ちょっと怒られてしまったが、それでも喜んでいたレティシアは、普段ならしないミスを犯してしまうのだった。
ライゼルトとコルメンスから生暖かい視線を貰い、その光景を見る事が出来ないはずのエルヴィエールまでもくすくすと笑っている。ギリギリと歯軋りしながら、半目で二人を睨むレティシアだが――余り効果はなかったようだ。




