花⑨
私が近づくと、耳を塞いでいたリッカさまがぴくりと反応しました。リッカさま気配で分かりますし、人は感覚を閉ざしていくと他が過敏になると聞いた事があります。リッカさま程の感知となると、どれくらい強くなるのでしょう。興味と好奇心が、試したいと言っていますが――。
「リッカさま。大丈夫ですよ」
耳を塞いでしまうくらい抱えた膝に埋まっていたのですが、私が声をかけると少しだけ顔を上げてくれました。完全には上げてくれませんでしたが、これでお話は出来ます。
「この世界では”神林”を敬っている方ばかりです。リッカさまほどではありませんけど……皆さん少なからず”神林”を愛してますから、分かってくれますよ」
私が傍に膝をつくと、顔を上げようとしてくれました。が――やはり周りの視線が気になるのか、もじもじとしています。抱きしめたい程愛らしいですけど、今抱きしめると逆効果という事くらいは、分かっております。
”神林”がどういう物なのか、ですが。それを集落の方達以外に聞くとたぶん、神と巫女が住んでいる特別な場所、くらいの物でしかないと思います。詳しく知っている方は、その真偽はともかくとして、世界の維持等の話を知っている程度、ですね。
とはいえ”神林”自体はアルツィアさまの寝所という認識ですから、敬われています。リッカさまに言うのは憚られますが……”神の森”よりはずっと愛されているはずです。
”神の森”は、その……一般住民からすればただの不思議な立ち入り禁止の森で、元”巫女”からすれば、制約が厳しくて良い思い出のない場所ですが……”神林”は、祈りの対象です。信心深い方は朝昼夕と教会で、南に向かって祈りを捧げるそうです。
「言いにくいことですけど、”神林”を褒め称えるリッカさまが、余りにも嬉しそうに踊りながらでしたので、そのことで注目を浴びているのかと」
くるくると踊る事自体に、リッカさまはそこまで羞恥を覚えていません。無自覚に踊ってしまったという事で、多少は恥ずかしさを感じていますが……それよりも、”森”であんなにも盛り上がった事の方が恥ずかしかったのです。
リッカさまにとって森好きは恥ずかしい物ではありませんが、他の人からどう見られるかは、分かってしまっています。ですがそれもまた、向こうの世界での話です。
先ほどひそひそと内緒話をしていた人たちの中にも居ましたが、”森”好きでなければ”巫女”は難しい、というものです。それをしっかりと理解してくれているのもまた、この世界の方達なのです。ですから、リッカさまが思っているよりは恥ずかしいものではありません。
(リッカさま以上に森を愛している方が居ないのも事実ですけれど、決して恥ずかしいものではないのです)
ただ、注目は……浴びていました。ですがそれは、リッカさまが可憐すぎたからです。正直、映像で残せなかったのを凄く後悔してしまっています。
『森に同じ気持ちを持っていたアリスさんとは、お互い話し合うようにだったから……一方的に森を語れたのは、人生で初めてだったから……』
「興奮、しすぎちゃったかな……」
「えぇ。可愛かったですよ?」
出来るなら私の前でだけ、披露して欲しいですが……同じ想いを”森”に持つ私では、引き出せないものなのです。ダンスが好きという話は聞いていましたが、あんなにも凄いとは。
ひらひらと舞う服は星の川。カツ、カツと靴が鳴る音は星の煌き。手とステップで描かれる星の軌跡。”森”への想いを謳う妖精の囁きは満天の星空を彩っていくようでした。ただの休憩所が本当に、星の舞台と錯覚してしまう程の衝撃です。
(本当に、この場所でなければ……止めようとしたライゼさんを力尽くで止めてでも、最後まで観たかったです……)
「もぅ、いじわるだなぁ。アリスさんは」
「はい。実は私、いじわるなんです」
本当なら止めるべきだったのでしょう。リッカさまが羞恥に染まってしまうのは分かっていたのですから。ですが私は、見たいと思ってしまったのです。リッカさまの喜びを。リッカさまのダンスを。
ですから私は、いじわるなのです。リッカさまの可愛らしい姿が見たいという欲だけで、動いてしまいました。私だけではまず見られない姿だったものですから……。
『そんなアリスさんのほうが可愛いよ』
「そんなアリスさんのほうが可愛いよ」
「えっ!? ……はぅ」
「どうしたの? アリスさん……」
ま、またリッカさまの声が二重に聞こえました。どうやらまた、心の声が口に出てしまったようです。両耳に囁かれたような、そんなぞくぞくとした……快感にも似た感覚が全身を巡っています。
「い、いえ、今、リッカさまが私のこと……」
心の声がそのまま出てくるという、迂闊な行為。リッカさまは絶対にしません。ですが、その……私を無自覚に悦ばせる時は、別です。前のときも、そうでした。
(か、顔を抑えていないと……リッカさまを押し倒してしまいそう……っ)
『……あっ、また言っちゃったのかな……?』
「……ぁぅ」
休憩の終わりを伝えなければいけないのですけど――私達はその場から動けなくなってしまいました。支配人さんの視線が痛いですが、もう少し待っていただけると……。
「……何をしとるんだ、あいつら」
お互い顔を覆って動かなくなった”巫女”二人を見ながら、ライゼルトが呆れた表情を浮かべている。
「牧場のお馬鹿カップルより甘いでス」
「それは、あいつらには言ってやるなよ。魔女娘」
「えェ、それくらいの空気は読めますヨ」
(いじりますけどね)
「ほどほどにしてやれ」
リツカだけでなくアルレスィアもぽんこつだったのか、と。レティシアは笑いを堪えながら二人を見ている。二人を見ながら唯一の姉を思い出しているようだが、頭を軽く振って切り替えているようだ。
「そんで、あんさんは今日どこ行っとったんだ」
「何っテ、領収書見せたでしょウ。食べ歩きですヨ」
「ほぅ、その割にはよく食うな、大食い魔女娘。こんなに食ってんのに」
二枚の領収書を見せながら、ライゼルトはレティシアに尋ねる。元々ライゼルトにも話すつもりだったが、見透かされたのが癪で素直に答えたくないようだ。
(野蛮さんの気持ちがちょっとだけ分かりますね。ですが甘いです。私はその金額分食べてもまだ食べられます)
「はァ。剣士って生き物は厄介でス」
「これはただの年の功だ」
決してリツカの物と一緒ではないと強調するが、剣士以外から見れば一緒に見える。だが、ライゼルトは違いを強調する。リツカの先読みは年齢や経験を重ねても説明出来ない部分があると。
根本的には同じで、神のような視点で状況を観察し、わずかな違和感から未来を想像する力だ。想像だけに、間違う事もある。しかしリツカは本当に、神の視点で見ているように感じる時があるのだ。
「で、何しとったんだ」
「巫女って言うのがどういう存在なのカ、街で聞いて周りましタ」
(もっと知りたかったので)
「なるほどな。だがよ、あんさん」
レティシアのしていた事は納得した。どうしてそう思ったのかも、”巫女”二人を面白そうに、それでいて優しく見ている姿を見ればすぐに分かる。だが、ライゼルトは二枚の領収書を見ながらプルプルと震えている。
「四十万ゼルって、なんだ?」
「正確には三十八万四千二百七十ゼルでス」
(お酒ってあんなに高いんですネ)
「なんでこんなにかかった!? 一体どこで何しとったんだ!」
「そうカッカしないで下さイ。怪しいとこには行ってませン」
レティシアがこんな大金を何に使ったかより、何処で使ったかを気にしているようだ。皮肉を言い合ったり、鬩ぎあったり、歳の離れた兄のような感覚だったが、こういったところを見ると年長者なのだと関心してしまう。
(父親みたいな人ですね。って、野蛮さんの父親でしたか)
「情報を得るには口を軽くするのがいイ。そう情報部の人が言ってましたかラ。お酒飲ませて聞き出しましタ」
(そういや、魔女は情報部にも所属しとると聞いた――って)
「お酒ぇ!? お前酒場行ったんか……! 俺も連れて、いやそうじゃねぇな、酔っ払いは何するか分からんから気をつけろ」
「えェ、リツカお姉さんじゃあるまいシ、大丈夫でス」
酔っ払い全般が危険という訳ではないが、理性の箍が外れやすいのは否めない。アルレスィアとリツカ程の美女となれば、どうなるか想像に難くないだろう。まぁ、リツカが襲われたらどうなるかも、想像は容易だろうが。
「それで、分かったことですがネ」
(領収書の件、なかったことにするつもりだな。そうはいかんぞ)
有耶無耶にしようとしたレティシアだが、ライゼルトはしっかりと覚えていた。金額は気にしていない風だったが、流石に四十万程の大金が一気に消えるのは精神的にまいる。
「リツカお姉さんの戦いを直に見た人たちハ、尊敬というカ、戦士として見ていましたけド、それ以外は違いますネ」
酒場で出会った、リツカの戦いを目撃した冒険者と王国兵に聞いた上で、街の者達に聞いた結果をレティシアが話す。
「マリスタザリア投げたリ、大男を一捻りしたリ、剣振り回したりとか本当に出来るのか半信半疑でしたシ。まずちゃんと戦えるのか疑問視してましタ」
王国が”巫女”を神格化させる為に、嘘の情報を流しているとまで言われているらしい。魔法が主な戦闘法である世界で、リツカの戦いは目と耳を疑うようなものなのだ。
「かくいう私モ、初めて見たとき驚きましたけどネ。噂の巫女様があんなお姉さんだなんテ」
特別な力は感じたが、それは”巫女”だからだ。戦士として戦えるのかは疑問だった。それくらい街の中での二人は、驚くほどに普通の雰囲気を纏った美少女だったのだ。
「巫女さんのほうの印象は全部一緒でしたヨ。噂通りのお方ですっテ。威厳に満チ、慈愛に溢レ、まさに神の遣いであるト」
(まァ、リツカお姉さんが関わるとーっていう話もありましたが。概ね噂どおりの人という話でした)
「まぁな。俺もその口だ。俺は最初敵意向けられたしな。カカカッ」
(何しでかしたんですかね。まァ、今普通に接している以上、巫女さんたちの勘違いとか、お師匠さんの言葉足らずとかでしょうけど)
評価が悉くブレるが、レティシアもなんだかんだでライゼルトを信用してきているようだ。リツカがアルレスィアに近づかせているから、とか。警戒心の一部をリツカが任せているからと、間接的なものでしかないが。ライゼルトの噂集めはこれからする予定なので問題はないのだろう。
「でもリツカお姉さんに関してはバラバラでス。血まみれの巫女、不思議な力で男を倒す巫女、給仕の巫女、巫女様を守る騎士。とかですネ。こんな風に称されますガ、最終的には噂みたいなことが出来るとは思えなイ、でス」
戦えるか分からない。そんな子が血まみれだったり王都内で給仕をしている。そのズレが、リツカの噂が止まない理由だ。アルレスィアもそれは理解しているが、こればっかりはどうしようもない。リツカの戦闘を見せたとしても、常人には理解の外なのだから。
「なんでこんなにも実力を疑われているのでしょウ」
今回の噂集めでレティシアが感じたのは、ここに集約される。あんなにも強く、そして実績があるリツカが何故こんなにも疑われているのか、だ。
実力を疑うだけでなく、人柄まで疑うものがあった事に殊更疑問があった。実際に戦闘を見て、想いに触れたレティシアからすれば、眉間に皺のよる様な噂が多かったのも原因だ。レティシアは少し不快感を滲ませていた。
「俺やアンネちゃん、剣士娘巫女っ娘と親しく、戦いを知っとるあんさんは思い至らんだろうな」
「ト、言いますト?」
「剣士娘は隠すのが得意だ。巫女っ娘が関わってない時のあいつの考えは俺がギリギリ分かる程度のもんだ」
(巫女っ娘に至りゃ、剣士娘が関わらんと何も分からん)
アルレスィアですら舌を巻く洞察力を持つライゼルトだが、”巫女”二人を前にすると少し察しが良い人という印象となる。特にリツカは、平和な世の少女だった割に隠すのが上手過ぎるのだ。何か理由があるという事だけは分かっている。
「あいつが強いなんて、誰も思わんよ。そうなるように見せとる」
(……どういうことでしょう。そんなのリツカお姉さんには不都合しかありません。巫女さんを守ろうと思ったら、むしろ自分の強さを言い触らすべきでは?)
「確かにな、だがな。あいつがもし隠すの下手だったら、どうなると思う」
「下手ですカ?」
レティシアからすれば、おっちょこちょいな部分があるリツカが隠すのを止めたら、むしろ親近感が沸くのではないか? と思っている。だがそれこそが、近しいからこそ見えてこない”何か”だ。
「常に気を張って巫女っ娘を守ってると見せつけ、警戒していると見せつけ、敵対者は徹底的に叩くと見せつける。こんなの、四六時中見せられたら国民が不安になるだけだ」
「ふム?」
「世界の命運を握る娘っ子が常に警戒しとる。これ以上ないほど不安だ」
(なるほど。悪意というヤツですか)
アルレスィアとリツカが常に気をつけている事だ。国民からすれば、英雄や王、側近、”巫女”が慌しく動いているというだけで不安になる。普段通りを貫いているからこそ、国民は壁の向こうを気にせずにいられるのだ。
「だからなぁ、あいつは隠し続ける。不必要に不安を煽らんように、ここは日常なんだと思わせるように。まぁ……敵意を向けてくりゃ、別だがな」
リツカにとってそれは苦でも何でもない。”巫女”として当然の事だし、自身の感情を隠すのは得意中の得意だ。
「これは巫女っ娘もやっとるぞ。まぁ、意識的かどうかは知らんがな」
アルレスィアもまた、”巫女”としてリツカに倣っている。むしろこの件に関しては、リツカが先駆者といえる。”巫女”として備えていたとはいえ、アルレスィアはまだまだ未熟だ。リツカから学ぶことも多い。それは逆も然り。故に二人で一人という認識は合っている。
”人”としては目を見張る二人であっても、”巫女”としてみれば半人前。そんな事は本人達しか思っていないが、二人は今も成長を続けているのだから、間違いではないのだろう。
(王都を無用な争いから遠ざけるという意図は分かりました。ですがそれは、先延ばしでしかありません。王都が危険なのは逃れようのない事実なのですから)
「不安の種は化けもんを生む。だから、その評価でいいんだよ。巫女としての使命ってのはそういうことだ。俺はそう思うことにしとる」
それを守る為なら、どんな苦労も惜しまない。そんな覚悟を二人に見たライゼルトは、その助けをしたいと思っている。最初は同僚程度の情だったが、二人を知れば知るほど危うく感じた。しかしそれでも、尊敬せずには居られなかった。誰よりも平和を考え続ける”巫女”。それがあの二人であった事が嬉しいのだろう。
(命を賭けているのに、それを誰にも知られないように振舞うって、どんな感じなんでしょう。どんな人でも、賞賛されたら嬉しいですし、褒められたいから頑張るっていうのは真っ当な動機ですよ)
英雄とは、自称する物ではない。称える者在ってこそだ。だからリツカが英雄になろうと思えば、もっと賞賛されるように振舞うべきなのだろう。しかし、リツカにとって前提が違う。アルレスィアの平和という大前提があり、それを成した先に英雄という称号があれば良いのだ。
単純な話、この世界が平和になってくれたなら、英雄になれずとも良いのだ。アルレスィアが笑顔で、ありがとうと言ってさえくれれば。アルレスィアが――抱きしめてくれさえすれば。称号も賞賛も、賞品も必要ないのだ。
「でも血まみれで帰ってきたら意味ないですよネ」
「あんさんも言ってたろ。あいつはたまにポンコツだ。だから巫女っ娘と俺やアンネちゃんが居るんだよ」
抜けている。というレティシアの評価にライゼルトはカカカッと笑う。レティシアもまた、苦笑いながらライゼルトの笑いに共感しているようだ。
どうしてリツカが血まみれに気付かないというポカをしてしまったのか。それを知るのは、アルレスィアだけだ。リツカの秘密を知るアルレスィアだけが、知っている。
だがそういった、リツカの抜けた部分によって噂が複雑になればなるほど、疑念は大きくなる。そして複雑化すれば、噂がより一層噂という印象を強くさせる。それは流石に嘘だろう、と。
そうなると、目の前に居る”巫女”二人を見るしかなくなる。そうなった時、普段通りに振舞う少女はどう映るだろうか。少なくとも、不信感よりも安堵、もしくは気が抜けるのではないだろうか。
誰にも知られる訳にはいかない二人の孤独な戦い。噂という逃れることの出来ない悪風は向かい風だが、二人は着実に前に進んでいる。何れ明るみに出る事実は大きいが、その時までに二人はこの王都に、悪風に負けないだけの根を張る事だろう。
「手回しも何個かしとるしな」
「仕方ないですネ。私も手伝ってあげまス」
(楽に討伐できるようになれば、少しは演技が楽になるでしょう。それに――)
その手伝いをしたいと、二人は纏めた。
「あんさんの手伝いは嫌な予感が半分するんだがな」
「失礼ナ。ちょっといじるだけでス」
「はぁ……。まぁ、それも安心を生むかもな」
自分の事を棚に上げているライゼルトを半目で見ながら、レティシアは蹲っている”巫女”二人を見た。マリスタザリア相手に一切の容赦をしない二人とは、到底思えない。
自分よりは大きいが、同年代の子に比べれば小さい二人。その肩に乗った物の大きさに、レティシアはため息を一つ吐く。
(二人の巫女様は尊敬できる方でした。本当に世界のためなら命すら賭けるのでしょう。世界です。共和国も含まれています。死なせるわけにはいきませんね)
肩を竦め、クふふふ、と笑う。ライゼルトはその笑みの質が変わった事に気付いたが、優しく微笑むだけにした。
愚直ともいえる二人の行い。周りがなんと言おうと、周りがどんな目で見ようとも、二人が心休まる一時の一助になればと、レティシアは自身の想いに一つ加わったのを自覚する。
(それに……気に入ってしまいましたし)
「どうしたの? シーアさん」
漸く落ち着いたので、ライゼさんとシーアさんの席に一旦戻ります。その後お手伝いを再開させましょう。そろそろ支配人さんから直接窘められそうです。
「いエ、お師匠さんが私にお菓子買ってくれるって言ってたのにまだもらってませんかラ」
「なに? ここに領収書あるじゃねぇか」
いつの間にかライゼさんの手に握られていた領収書二枚には、約四十万程の金額が書かれていました。あれが口止め料等という事でしょうか。それにしても、多いですね。一日でそれだけ使ったのですか?
「そレ、私の一ゼルも含まれてませんかラ」
何やらお二人の関係性が少し変わったように感じます。まるで、仲間というか、同志というか。
「じゃあ今から買ってきますネ!」
「いってらっしゃい、シーアさん」
「いってらっしゃいませ」
ライゼさんが何かを言う前に、シーアさんはお店を後にしました。四十万に追加して、また更に金額が上がりそうな状況に、ライゼさんは固まっています。何しろシーアさんは、たくさん食べますから。
というより、まだ食べるのですか……?
(王城に居た頃を思い出しますね。給仕服にしては可愛らしすぎますが)
「えェ、お二人のも買ってきますヨ! では、後ほど」
「……ハッ。待て魔女娘!」
ライゼさんがシーアさんを追いかけようと立ち上がりましたが、リッカさまが立ち塞がり止らざるを得なくなりました。剣も魔法もない状況でリッカさまを振り切ることなんて、ライゼさんでも無理でしょうから。
「ライゼさん、待ってください。お代がまだです」
「あぁ、これでいいか」
渡されたのは五千ゼルです。ライゼさんだけなら、それでお釣りが出ますし、何ならつけでも問題ないでしょう。ですが――。
「いえ、シーアさんの分も」
「……なん、だと?」
シーアさんの分までとなると、つけでは少々、金額が大きすぎますので。
(この国の人も悪くありません。エルヴィお姉ちゃん)
少し口うるさいけど父親のように心配してくれて、荒く見えて心優しいお師匠さん。
生真面目で厳しそうな印象なのに、根は優しく周りを気遣って、ちゃんと見てくれているアンネさん。
巫女として生まれて、ずっと世界のために生きていたにも関わらず、歳相応に笑って、怒って、悲しむことができる面白い巫女さん。
異世界からきたのに、世界のために命すら賭けちゃうお馬鹿さんで、でも人としての暖かさを持っていて、それでいて子供っぽいところもあるリツカお姉さん。
みんな良い人たちです。ちょっと野蛮な人もいますけどね。
共和国のためだけに来た私ですけど。世界を救う巫女さんたちのお手伝い、がんばってやります。
そして生きて報告に帰りますね。巫女さんたちを連れて。
「でも、そろそろ国王経由でお姉ちゃんにバレるころでしょうか。声は聞けそうですね。クふふふ」
と、噂をすれば。”伝言”ですね。
『レティシア。少し王宮にきてくれ』
あァ、早速ですか。ちょっと叱られに行きますか。受伝拒否してましたし余計に怒られそうです。
「えェ、今から向かいまス」
少々呆れ声でしたが、王様も一緒ならそこまで怒られないはずです。お姉ちゃんだって、王様の前では淑女のままでいたいでしょうし。
「怒られるのが怖い訳ではないですよ? ただちょっと、ええ」
お姉ちゃんは怒ると、本当に怖いんです。




