花⑦
一通り研修を終えました。私はすぐにでも働けるそうです。ただ……。
「それじゃ、この花は?」
「えっと、ザカ? ですか」
「ザカはこっち。これはザカラ。花の違いは分かってるみたいだけどねぇ……。異世界とじゃ、花の名前が違うんだって?」
「すみません……。姿は殆ど一緒なんですけど、名前が全然違くて……」
『ザカラが山茶花に似てて、ザカが椿に似てるの方。違いはわかるけど、名前がしっくり来ない……』
読み方が難しく、発音出来ないと、どうしても頭に入ってきません。リッカさまが花を間違える事はありえませんから、問題は名前が一致するかどうかです。ただ……リッカさまは元々、向こうの世界で花の名前を殆ど暗記しているのです。見た目と名前の不一致は、混乱へと繋がってしまいます。
「難しい所は私が支えますので」
「まぁ、初日だからねぇ。覚えながらしっかりやるんだよ?」
「は、はい」
この状況は織り込み済みです。ちゃんと対応出来ますので、ご安心ください。
「それじゃ、頼んだよ」
「はい」
「頑張ります」
数字は判るようになってきていますので、対応は難しくないはずです。とりあえず店先にあるお花を覚えていきましょう。
「えっと、開いてますか?」
(本当に巫女様方が……。宿の手伝いもしていると聞いているけど、魔王っていうのを探さなくて良いのだろうか)
店先に出ると、最初のお客さんがやって来ました。
「はい。何をお求めでしょう」
「あ、はい……。入院中の妻に」
『向こうでも昔は、お花の贈り物をしてたんだっけ。今は衛生面とか後処理とかの事情で、生花は禁止されてるらしいけど』
ただでさえ閉塞感が強くならざるを得ない街ですから、花は禁止しようにも出来ないというところでしょうか。病は気からといいますし、生花で心が安らぐ人も居るはずです。
(衛生面という観点で見ると、確かに向こうの世界が正しいですね。こちらももっと真摯に取り組むべきですが…………暇があれば、王都の医者と話してみたいです。今後の発展を考えれば、医療の発展は不可欠ですから)
「入院中となると、花瓶かな」
「そうですね。そうなると、こちらのトピーか、ダイヤモンドリリーでしょうか。花言葉はトピーがほのかな喜び。ダイヤモンドリリーが忍耐となっています」
特に気にせずとった二輪の花ですが、どちらも――赤に近い色でした。他にもお見舞いに適した花があるのですが……一番好きな色に手が伸びてしまうのは、致し方ありません。
「忍耐、ですか」
「耐えた先に喜びがあるといった意味での忍耐ですね。苦しいだけの忍耐ではないので、お見舞いの花として選ばれることも多いそうです」
「成る程」
どちらも快復を願う花ですから、良いと思います。確か、贈る花として鉄板だったはずです。
「入院中という事ですが、退院はいつでしょうか。差し支えなければ、教えて頂けると嬉しいです」
「え? ああ……退院はまだ、決まっておりません。いつになるかも……」
リッカさまが尋ねるまで、その事を失念していました。どうやら重篤な病を抱えているようです。
『そうなると、トピーよりはあっちの、ガーベラに似た赤い方が良いかも』
「アリスさん。あっちの赤いのはどうかな。トピーは多分、退院時の方が良いと思う。匂いはそんなに強くないけど、長期になると気になっちゃうかも」
「確かに、少し後に残る香りですね。あちらの赤いのはゲアバです。希望という花言葉ですから、あちらも入院中の方に贈るのに適しているはずです」
正確には明日への希望という事で、就職や入学祝いとして贈られる花と図鑑にはありました。ですが、入院している方にも希望は必要です。
入院している方に贈るのなら、匂いも気にするべきでした。流石はリッカさまです。
(リタよりずっと花屋の店員がむいてるねぇ。ちゃんと状況に合わせて花を選んでるし、客への配慮も良い。花の扱いも丁寧で、なにより――花が好きなんだねぇ)
もっとお客さんと交流しないとダメですね。こういった所で、他者との交流経験のなさが浮き彫りになってしまいます。もっとちゃんと、声をかけていかないといけません。
「こちらの二つはどうでしょう」
「は、はい。その二つをお願いします」
「数はどれくらいにしますか?」
「四,五本くらいが、ちょうど良いですかね?」
「そうですね。部屋の大きさや花瓶の形にもよりますけど、ちょうど良いと思います」
私がお花を包み、リッカさまがお客さんと会話してより良い贈り物に仕上げていきます。まずはリッカさまの会話から学びましょう。
「差し色はどうしましょう。どちらも同系色ですから、黄色辺りも入れると華やぐと思いますが」
『白は、向こうだとお葬式を連想させるからって好まれないけど、こっちはどうなんだろう。赤い花には白い花が合うんだけど』
赤には白が……。何気なく考えた事ですから、リッカさまに他意はないのですが……赤には、白が合う、のですねっ。
(ですが、残念ながらこちらでもお葬式で白い花を使います……。お奨めは出来ません)
「そういう事でしたら、黄色い花も見繕っていただけますか?」
「はい。お任せください」
黄色、ですか。あちらは匂いがきついですね。同じ花でも、色で花言葉が変わる場合があるそうですし、気をつけませんと。
「これはどうかな?」
「そちらはパジですね。花言葉は――慎ましい幸せみたいです。入院となると、どうでしょう」
「んー。病気になると気持ちが落ち込んじゃうから、旦那さんに申し訳ないって思ってるかも」
「そうなると、こちらも良さそうですね」
「うん。一緒に居られるだけでも幸せだから、気にせず自分を労わって欲しいって意味にもとれるし」
受け手や贈り手によって、言葉の意味合いは変わってきます。大事なのは旦那さんのお気持ちです。
「メッセージカードとかもどうですか? 確かサービスで出来たよね」
「はい。仰っていただければこちらで認めますが、ご自身でお書きになりますか?」
「メッセージ、ですか。少し照れ臭いですが……偶には自分で、書いてみます。お願いしてもよろしいですか?」
「はい。ではすぐに用意いたしますね」
一先ず、これくらいでしょうか。ロミルダさん――店長の反応も良さそうです。失敗はしてないようですね。
「ありがとうございました!」
初仕事成功という事で、リッカさまからお客さんに手渡して貰います。リッカさまが居なければ、ここまでの成果は出なかったでしょうから。
「いえ、こちらも良くしていただいて。妻も喜ぶと思います」
(恥ずかしいな……。仕事をちゃんとやってるのかと疑った自分に、ここまでしてくれて……)
「奥様の病が治るよう、祈っております。もしもの時はギルド経由でも、呼んでいただけると幸いです。出来る事は少ないですが、力になれるかもしれません」
「は、はい。その時は、頼らせていただきます。今日はありがとうございました。巫女様、赤の巫女様」
現状では、病院側の治療で十分なのだと思います。ですがもしもの時は、私もお力添えいたします。”拒絶”が何かの役に立つかもしれませんから。
「わぁ」
(二人共本当に未経験なのかな)
「あんたも見習いな」
「いたたっ」
物音に振り向くと、店長がリタさんの頭を握り潰そうとしていました。どうしたのでしょう。親子の触れ合い、という風には見えませんが。
「いやぁ、よく出来てるよ。これはアンネに――」
「ロ、ロミ――店長、それは」
「あ、そうだったね」
(内緒にする事なのかねぇ。むしろ喜びそうなもんだけど)
「ん?」
「い、いえ。リッカさま、問題ありませんよ」
「う、うん」
お礼というのなら、私の方が言いたいです。リッカさま凄く楽しそうにしています。そして活き活きとしているのです。もう、お花に囲まれているだけで楽しいと、リズムを取っているようなステップが語っています。
(本当に良かった。大成功です)
新にやって来たお客さんに、真剣な表情でお花選びをしているリッカさま。僅かな緊張とドキドキが伝わってきますが、警戒心は殆どありません。凄く自然体に近いです。
「んと、チャカはこっちだっけ……あれ? えっと……ア、アリスさぁん」
「はい、只今参りますっ」
何とか、リッカさまの力になれたでしょうか。それならば……これ以上の幸福は、ありません。
「こちらは――」
「……」
少しでも慣れる事が出来たらと、今度は私が接客をさせていただいています。そんな私を、リッカさまがじっと見ていました。作業の手を止め、ずっと見ていたからでしょうか――。
「リツカちゃん」
「へ」
リッカさまの肩に、店長の手が置かれました。
「手が止まってるよ」
「あ、は……はいっ」
『お花屋さんで働くアリスさんが、似合ってて……つい、見惚れちゃってた。アリスさんにはやっぱり、杖よりも……』
頭を振り、自身の考えを外に出してから……リッカさまは作業に戻りました。私も、リッカさまは剣よりも……花の方が似合うと常々思っています。ですがそれは、リッカさまの想いを蔑ろにする言葉です。声に出す事は出来ません。リッカさまも、そう思ったのでしょう。声や表情には出さず、お花を包んでくれています。
(今度はアルレスィアちゃんが止まっちゃったねぇ。お互いを気にしすぎだけど――まぁ、可愛らしい子達だよ。まったく)
私も手を止めてしまっていました。いけませんね。安らぐのと惚けるのは別です。
「いらっしゃいませ」
仕事はしっかりとしながら、心だけリラックス、です。
一段落ついたので、少し休憩中です。陽が傾いてきましたし、そろそろ終りの時間が近いですね。
「やっぱり、向こうと一緒の見た目で違う名前っていうのが鬼門かも……」
リッカさまは、物覚えは良い方なのですが……向こうの世界とこちらの世界の違いにいつも悩まされています。魔法や”人”もそうです。等しく”人”なのですが、世界が変わるとこんなにも変わるのかと、驚いてしまうのです。
「花言葉も違いますから、贈り物となった時に困ってしまいますね」
「うん……。自分用なら、見た目と香りで選べるんだけど……贈り物だと、大変な事になるかもだし」
今日は一度だけでしたが、贈り物の購入者は今後も出てくるはずです。せめて花言葉が一緒だったなら、リッカさまは花の形状で判断出来るのですが……。また次の機会が許されるのなら、その時までにある程度は把握しておきたいですね。
「いや、十分十分。嬉しい誤算だよ」
(突然お願いされた時は何事かと思ったけど、これなら私から何度もお願いしたいくらい)
店長が満面の笑みで労ってくれます。どうやらいつもより売上は上がったようですね。
(二人が居るって事で入り辛そうにしてた初心な連中も居たけど、宣伝効果抜群。こりゃ、感謝してもしきれないね)
遠巻きに見ている人が多かったので、その辺りは課題ですね。もっと入りやすいように、雰囲気を調節する必要があります。
「接客経験ないんですよね?」
裏からお花を補充しながら、リタさんが首を傾げていました。私は当然ありませんし、リッカさまも接客はありません。給料が発生してしまうような事はしていなかったそうです。
「日常会話の延長ですから」
「問題ないですよ」
接客を特別なものと考えてしまうから迷ってしまいます。普段と応対は変わりません。売る側であると思ってさえいれば、大して問題は起こらないと思っています。
「あんたも二人くらいしっかりして欲しいもんだよ」
「いや……やっぱり難しいよ……?」
金銭を直接やり取りする以上、気をつけなければいけない所はあると思います。ですが根本は冒険者業と変わりません。責任ある仕事として、向き合うだけですから。
「それじゃ、今日は此処までで良いよ。お疲れ様。ギルドにはこっちから連絡をするから、宿の方に直行で構わないよ」
「はい。ありがとうございました」
「お疲れ様でした。お言葉に甘えさせていただきます」
依頼終了を報告した方が良いのかもしれませんが、ロミルダさんから報告する事があるようです。ここは任せておいて、私からの連絡は夜にしましょう。お礼も言わないといけませんから。
「このまま帰ろっか。宿のお手伝いもあるし」
着替えてからと思ったのですが、まさかそのままで良いとリッカさまの方から提案してくれるとは。良い感じに力が抜けています。もしかすれば、このまま宿でも……。
「わかりました。荷物は私が持ちますね」
「うん。ありがとう、アリスさん」
私は杖さえ持っていれば最低限の”盾”を作れます。リッカさまの両手が開いている事の方が重要です。
(こちらに来た日――いえ、集落を出た後くらいのリッカさまです。変に気を張りすぎず、自然な警戒をしています。それだけ、お花屋を楽しめたようですね)
用意した甲斐がありました。ロミルダさんが依頼してくれればの話しですが、また出来たら嬉しいですね、リッカさま。
赤と真朱、黄色が眩しい花束を持った男性が病院に入って行く。手続きを済ませ、花瓶を借り、病室へ一直線に向かう。通い慣れているようで、その動きに迷いはない。
「ただいま」
「おかえりなさい、あなた。あら、それは?」
流動食、もしくは点滴でしか栄養が取れていないのだろう。あばらは浮き出ており、手に力を感じない。顔色は優れないが、目に光はあるようだ。治療が難航している訳ではないのだろう。病ゆえに、固形食を食べられずに居るだけだ。
「花。偶にはね」
「あなたが選んだ訳じゃ、なさそうね」
男性の趣味ではないとすぐにわかる、色彩豊かな色合いにくすくすと微笑んでいる。こうやって久しぶりの笑顔が見れただけでも、花を買って来て良かったという気持ちになる。
「やっぱり判るかぁ。花屋に巫女様達が働いててね。ほら、噂になってる」
「ああ……今度は、花屋に居たのね」
「うん。でも、噂とは全然違ったよ。この花もね、一生懸命選んでくれたんだ。花言葉とかしっかり考えて、色合いまで」
「そうみたい。凄く綺麗で、優しい香り」
花瓶に花を移し変えながら、自分達が聞いた噂とは違ったと、少し申し訳なさそうに話している。
「あら?」
「あ」
女性が一枚のカードを見つけた事に気付き、男性は少し気恥ずかしそうに頬を掻いた。
「その。サービスだって話だったから」
言い訳をしているが、女性の耳には入って居ない様だ。じっとカードを読んでいる。
「花言葉を羅列しただけだけど、その――ど、どうした!?」
涙をぽろぽろと流しだした女性に、男性は近づいて慌てふためく。
「私、あなたの負担になってるって……思ってたから……」
「あ――」
「ごめんなさい……。心配ばかりかけちゃって……」
「謝らないでくれ……。僕がもっとしっかりしてたら、こんなに悪化しなかったんだから……」
仕事が忙しい男性を慮り、女性は自身の不調を隠した。その結果発見が遅れ、重篤化したのだ。治らない訳ではないが、退院はまだまだ先と念押しされている。
「あなたの所為じゃないわ……」
「ごめ――あ、いや……ありがとう」
そっと抱き締め、女性を寝かせる。
「その……巫女様達、綺麗だったんでしょう?」
「え? あ、き、きみのほうが」
「嘘吐き。でも……ありがと」
口下手な二人は、入院前から会話が少なかった。それでも夫婦として幸せだったのは、お互いを思い遣っていたからだ。
しかし、入院してからは少し事情が変わった。男性は仕事場と病院を行き来し、家の事を一人でやっている。女性と一緒に居られる時間は余りにも短い。そして女性は、申し訳ないという気持ちで男性の顔をまともに見ることが出来なかった。
会話自体は増えていた。お互い思い遣っている事に変わりないのに、どこかすれ違っていた。それが今日、やっと繋がったのだ。
本来詠唱など必要としない魔法が、何故言葉を必要としたのか――それはもしかしたら、言葉が人と人を繋ぐ力だからなのかもしれない。花と、二言三言のメッセージだけでも――感謝の全てを伝える事は出来るのだから、言葉の持つ力はまさに”魔法”なのだろう。




