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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
13.桜とツァルナ
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花③



「リッカさまのお母様ですか。どんな方なんです? やっぱりリッカさまにそっくりなのでしょうか」


 思えばリッカさまから、お母さまの話を余り聞いていません。私が聞いているお母さまの話は、過保護すぎる程に過保護、という事くらいでしょうか。


『と……油断なんてしてないよ』


 もはや逃げても無駄なのですが、ドレッドが逃げようとしました。私が話していたから、油断していると思ったのでしょう。しかし私に緩みはありません。もしドレッドが逃げる体勢になれば――体から感覚がなくなっていく恐怖を味わう事になります。


(しかし、そうはならないようです、ね)


 リッカさまが今度こそ剣を首に当て、殺気を放ちました。リッカさまの殺気が本物に近しい物といっても、行動が伴わなければ効果は半減します。この殺気と剣の冷たさでやっと、自身の首に迫った危機に気付いたのでしょう。冷や汗を流す所か震えています。


(この、赤チビ……何だってんだ……ッ! 俺が剣なんぞに……ッ)


 最後の気力を振り絞り、リッカさまを睨もうとしたようですが――それが間違いでした。


「ッ……」


 リッカさまの瞳は常に煌いている宝石のような綺麗さです。しかし今ドレッドが見ている瞳はきっと――何も映してはいないでしょう。無機質すぎて、何を想って自分を見ているのか分からないはずです。こんなにも無表情に、人を見る事が出来るのかと、ドレッドはごくりと喉を鳴らしました。


(私から見れば、往生際の悪いドレッドを哀れんでいるようにしか見えないのですが)


 ドレッドにそこまでリッカさまの表情が読めるとは、思えません。ライゼさんやシーアさんはきっと、読めるでしょうけど。

 

「お父さんだけは、私はお母さんそっくりって言ってたかな。お母さんやお祖母さんはお父さんにそっくりって言ってたし、よく分からないけど。綺麗な人だよ。赤い髪が私より鮮明で、整った顔してたと思う。でもいっつも眉寄せて不機嫌そうなんだよね」


 恐らく、お父さまは容姿を。お母さまとお祖母さまは内面を称していたのでしょう。リッカさまは良く、自身の髪は鮮やかさが足りないと言いますが、お母さまの髪がもっと明るい色だから、なのですね。


『お母さんの眉間から皺が取れたのは、私の髪を梳いてた時と”巫女”になった時、後はお父さんと二人きりになった時くらい、かな』


 お母さまにしろお父さま、お祖母さまにしろ、リッカさまの髪はきっと、お三方の自慢だったと思っています。髪だけでなく、行動や心も。リッカさまのボランティアは危険なものもありましたから、良い顔をしなかったでしょうけど、それでも誇らしかったはずです。


 後、これは想像でしかありませんが……お母さまとお祖母さまがリッカさまを容姿で褒めなかったのは、リッカさまの容姿がそっくりだったからだと思います。容姿を褒めてしまうと自画自賛しているようで、ムズ痒かったのではないでしょうか。


「素敵な方なのでしょうね。挨拶をしたいと思うのですけど……流石に、無理ですね」


 リッカさまの内面はお父さま似のようですが、お母さまも可愛らしい方のようです。きっと、リッカさまの愛らしさに通ずると思っております。だからという訳ではありませんが……お母さま達には、直接謝罪をしたいと思っております。リッカさまを連れ回し、危険な事をさせて、いるのですから……。


(出来ない事を悔やんでも仕方ないとはいえ……)

「そうだね……。私はアリスさんのお母さんに挨拶できたけど……お母さんにアリスさんを紹介、したいな」


 紹介……結婚指輪の捜索をしてしまったからでしょうか、ご挨拶や紹介といった言葉が、別の意味に聞こえてしまいます。悔やみながらこんな事を考えてしまうなんて……「お前の様な輩に、娘はやれん」って、言われてしまうでしょう。


(私は一体何を、考えて……? そもそも結婚自体、”巫女”として一生を過ごす気でいる私に出来るはずが……っ)


 ああ、私はなんて弱いのでしょう。すごく、胸が痛いです。リッカさまに悟られないように、この話は一旦置いて、おきます。



 三分後、兵士と一緒に依頼主の方がやってきました。ただの窃盗で、しかも犯人を逮捕しに来ただけにしては、人数が多いです。恐らく、あの裏買取所の件が関わっているのだと思いますが。


「アルレスィア様、リツカ様、お疲れ様でした」

「皆さんもお疲れ様です。犯人はこちらで、エルヴァスというそうです。選任冒険者の試験を受けていたので、身元の詳細はギルドに提出されていると思います」

「了解しました。すぐに確認を取ります」


 ドレッドは”拘束”され、軽い聴取を受けています。

 結局冒険者になれなかったドレッドは、価値の高い王国のお金欲しさに犯行に及んだようです。王国や共和国のお金は、他国では高レートで両替出来るそうですから。


「関係なかったようだ」

「買取所の方も視ておきたいですが……」

「今回の件で無関係な場所を調べるのは無理だ。出来るだけ早く、尻尾を掴みたいのは山々だが……アンネさんに判断を仰ぐとしよう」


 兵士達が小声で話している意味は、何となく分かります。ドレッドと裏買取所が繋がっている可能性についての言葉でしょう。ですがそれを尋ねるのは、表面化してからで良いでしょうか。


 王都の平和を考えれば、私達も手伝うべきと思います。ですがマリスタザリアの進化が著しい今、別の事まで考えるのは少々、負担が大きいです。王都側も調査段階のようですし、ここはプロに任せて私達の仕事を行います。


「こちらが盗まれた指輪です。証拠品として提出した方が良いでしょうか」

「いえ。この者の懐から出てきたのであれば、それで十分です」

「ではお返しいたしますね」


 すぐにでも告白したい男性には朗報でしょう。本来は提出すべき物ですが、ご厚意で返還出来るようです。


「ありがとうございました! 巫女様方!」


 指輪を渡すと依頼主さんは、安堵の表情を浮べ深々と頭を下げました。

 

「お顔をあげてください。私たちは私たちの仕事を全うしただけです。ですから早く、彼女の元へ行ってあげてください」

「は、はい! ありがとうございました! 巫女様! 赤い巫女様!」

「あなたに神の祝福があらんことを」


 これ以上ここに居て、だらしのない表情を婚約者に見られるのは避けた方が良いでしょう。結婚指輪という話ですが、婚約指輪との事ですし、まだ成就するかは決まっていないのですから。


『一件目は終わりかな。突発的な犯行で痕跡が多かったから、すぐ解決出来て良かった』


 もしドレッドの犯行が計画的だったなら、こんなにも簡単に見つからなかったでしょう。販売ルートが決まっておらず、指輪に対しての無知は致命的でした。そして露骨な表情の変化。犯罪には向かない性格の方です。短気すぎます。


 もし少し気性が荒いだけだったなら、選任になる事は可能です。ですが、日銭欲しさに犯罪に走るようでは不可能でしょう。人を見かけで判断しないリッカさまが、窃盗犯で思い浮かべたくらいの人なのですから。


『他の、選任受験者は大丈夫かな。犯罪に走ってなければ良いけど』


 リッカさまの心配は、被害者が居ないかの心配ですね。あの時の、三組目の方達は既に帰っているはずです。四組目の商人の方は拘留中。となると問題は、二組目ですね。あの方は落ち着きが()()()()()()()が……恐らく、冒険者にはなっているはずです。犯罪に走ることはないでしょう。


(気になるようでしたら、後ほど確認を――)


 と、提案しようとしたのですが……大通りの方からまた、噂が聞こえてきました。


「赤い巫女様が、また大男を投げたらしい」

「あの細身でどんな力あるんだ」

「大の男が動けなくなるあの攻撃ってなんだろう」

「聞いたら教えてくれるんじゃないか。優しいって噂だしな」

「ライゼに聞いてみたんだ、いつも巫女様たちと居たから。そしたら、簡単に分かるから、同じことやります。って言われたらしいぞ」

「優しいのかどうかわかんないな」


 ライゼさん、ちょっと言葉足らずすぎませんか? 昨晩気をつけるようにと、アンネさん経由で入ってませんか? もし入っていなかったのであれば、ライゼさんの所為と判断してよろしいですね。アンネさんが伝え忘れる事はないでしょう。となると、アンネさんからの連絡という事で盛り上がったライゼさんが聞き逃したという線が濃厚です。やはり直接言うべきでした。


『……これで、私に手を出そうって考える人は出ないね! うん、大丈夫。これで良いの。アリスさんに向く敵意だけ見れば良いんだから!』

「リ、リッカさま」


 想いと仕草がかみ合っていません。リッカさまは項垂れてしまっています。

 私が背中を擦ると、ちょっと眉と目が垂れてしまった顔を上げてくれました。目に見えて、落ち込んでしまっています。


「……今は、まだ刀作ってもらってるから。でも、終わったら。覚悟してもらいます。ライゼさん」


 沸々と不満を募らせているリッカさまは、ライゼさんにどういった仕返しをするか考えているようです。稽古の中でライゼさんは、リッカさまをボコボコにすると言いました。稽古なら仕方ないとも。ならば――リッカさまがライゼさんをボコボコにしても構わないですよね。


 それにライゼさん本人も認めています。技を教えるのは良いけど、実践すると。しっかりとその身で味わってください。足りないのであれば、私の魔法も()()()しますから。




 リツカがライゼルトへの仕返しを考えながら元気を取り戻し、アルレスィアと牧場に向かう為に南門を出た頃、レティシアは大通りを歩いていた。


「早速、噂を一つ手に入れましたね。またリツカお姉さんが誰かを投げたようです」


 クふふふと笑い、元気にスキップしながら北に向かっている。


「しかし、お師匠さんも変な体質ですね。噂を感じ取ってくしゃみをするなんて」


 大通りを歩く前にレティシアは、ライゼルトの居る武器屋に居た。そこでライゼルトは何故か大きなくしゃみをし、妙な寒気に襲われていたのだ。奇しくも、リツカがライゼルトに仕返しを考えていた時だった。


「まァ、私もお姉ちゃんの怒りを感じてしまいますけどね。現に今、凄く背中がぞわぞわしてますし」


 エルヴィエールに黙って王国に来てしまったレティシアは、いつエルヴィエールから連絡が来るか怯えながら過ごしている。かなり腕白なレティシアがエルヴィエールに怒られる事は珍しくないが、今回は特に怒られる事は確定している。


「私達でこうなのですから、リツカお姉さんと巫女さんも、お互いを感じるのでしょうか。後で聞いてみましょう」

(この原理でいくと、お師匠さんはやっぱりおかしいですね。せいぜいアンネさんからの噂くらいしか感じられないと思うんですけど)


 誰かに聞かれたら苦笑いされそうな独り言を話ながら、街を歩いていく。本来ならこの時点で奇異の視線に曝されるが、”伝言”という魔法があるこの世界では珍しくない。それに、レティシアは今共和国語で話している。内容が分からない以上、独り言と思う人間は居ないのだ。


 その見た目故に注目は浴びているが。


「さっきの大男を投げたって話。見た奴の話だと、全然力を入れてるようには見えなかったってよ」

「”運搬”って人に使えたっけ」

「さぁ。試した事ねぇからなぁ」

「人にも使えますけド、酔うから止めた方が良いですヨ。やるなら”水流”がお勧めでス」

「うおっ!?」


 噂を話していた二人に、レティシアが割り込む。急に声が増えた事で驚いたが、”巫女”の二人よりも有名かもしれない少女だったからか、緊張を解いた。


「確か、レティシア様、だっけ」

「選任で、女王陛下の妹っていう」

「まァ、私の事は気にせずニ。噂の事を聞かせてくださイ」

(魔法の事を話していたので、思わず話しかけてしまいました)


 遠くから聞いておくつもりだったレティシアだが、魔法の話題は無視出来ないようだ。


 王都の民は、恐らくどの町よりも共和国に詳しい。コルメンスとエルヴィエールの関係もそうだが、革命時に共和国からの支援があった事は誰もが知っている。そのエルヴィエールの妹ともなれば、知らない人間は居ない。


「先程巫女のお二人がどんな事をしたのか教えて欲しいでス」

「ええと……」

「実は――」


 困惑しながらも、二人は再び噂を話し始めた。途中、その二人の仲間らしき者も加わっていき、噂もそれなりに集まっていく。レティシアが特に気になったのは、足を蹴るだけで大男が浮いたという話だ。


「結局、武術は見る事が出来ませんでしたからね。いつか見せて貰えるのでしょうけど、相手の足を蹴ってどうして浮かせられるのでしょう。聞く限り、蹴り飛ばしたという訳ではないようですし」

「あ、あの。レティシア様?」

「あァ、失礼。少々考え込んでしまいましタ」


 一通り噂を聞いたレティシアは頭を下げ、お礼を言って離れていった。先程の窃盗犯捕縛と、武器屋前でドレッドことエルヴァスの腕を捻り上げた際の噂を手に入れ、ご満悦のようだ。


「窃盗犯と武器屋の人は同一人物みたいですね。この世界唯一の技術を二度も受ける機会があるとは、お師匠さんが羨みそうですね。リツカお姉さんの技術を受けたがっているそうですし」


 レティシアの中でライゼルトは、自分から攻撃を受けに行く人間という認識になっているらしい。


「しかし、やはり噂は噂ですね。多分に想像が入った話でした」


 怪力という部分含め、性格等も暴力的な方向に噂されている。窃盗犯は、痣すら残らない程度の攻撃しか受けていないのだが――噂では骨をバキバキに折ったと言われていた。


「途中で加わった人は、リツカお姉さんから睨まれたらしく、余りにも強く睨まれるものだから転びそうになったそうですね。何か息を荒くなっていってて気持ち悪かったですけど」

(あのリツカお姉さんが理由なく睨むはずがありませんし、巫女さんを変な目で見たとかしたんでしょうね)


 レティシアの想像通り、リツカはアルレスィアに向く不埒な感情に対して殺気を含んだ視線を飛ばす。その男も、アルレスィアを見ていた一人だ。まさか蔑まれて興奮する人種だったとは、リツカは考えもしなかっただろうが。


「世の中には色々居ますからね。リツカお姉さんなら分かってそうですけど、疎いのでしょうか」


 たった一つの事例だけで、リツカがそういった事に疎いと想像出来るレティシアは、視野が広すぎる。アルレスィアが最大限の警戒をする相手だけあるという事だ。


「予想通り、リツカお姉さんの噂が主ですね。一般人からじゃなく、防衛班や冒険者から聞いた方が良いでしょうか。そうなると酒場ですが、朝方は早いですね。昼時なら何人か集まるでしょう」


 とりあえず噂集め続行を決めたレティシアは、市場に足を向けた。アルレスィアが料理担当というのは聞いているので、市場ならばアルレスィアの噂の方が多いと思ったのだろう。


「さァ。噂を集めて、お二人を外と内から調べ上げるとしましょう。()()はお師匠さん持ちですし、食べ歩きも兼ねて」


 すでに人となりは分かっている。腕前も十二分。しかしレティシアはもっと知りたいと思っている。そうなったら、どんな噂が出ているのか聞くのも手だろう。自分が見ている二人と、そうではない二人。どうしてその差が生まれるのか、レティシアは自分で確かめたいのだ。


「すみませン。そちらのお饅頭十個くださイ。後、巫女さ――アルレスィア様の事、何か知りませんカ」

「饅頭十個ね。アルレスィア様なら市場によく来てくれるよ。赤の巫女様と一緒に」


 野菜や肉の入った、所謂中華饅頭を購入し、頬張るついでにアルレスィアの事を尋ねる。


「赤の巫女様は常に一緒なんですカ?」

「そうだねぇ。市場にはいつも二人で来てるよ。荷物をどっちが持つかで言い合ってたなぁ」

「多分じゃれ合ってるだけですよ」

「え?」

「いエ。どのお店に一番通ってるか分かりますカ」

「香草屋は良く寄ってるねぇ。後鮮魚店」

「ふむ。ありがとうございましタ。お饅頭美味しかったです」

「ありがと――え?」

(もう無くなって?)


 ()()()と饅頭十個を食べ終わったレテシィアは、次の店に向かって歩き出した。店主のぽかんとした表情には気付いていたはずだが――レティシアにとっては日常的な反応すぎて気になる物ではないらしい。


「ん? ありゃ、レティシア様じゃないか」

「お、おお。そうだったのか。フードを被ってたから気付かなかった」


 フードさえ脱いでいれば、誰でも気付くだろう。特徴的な青のグラデーションヘアーと、アクアマリンの如き深い海の色をした瞳。王都、共和国のような大国でも珍しい褐色肌の美少女。エルヴィエールの妹でなくとも、誰もが視線を向けてしまうような子だ。


「そういえばあんた」

「共和国に数ヶ月行ってたからなぁ。何をそんなに驚いてるんだ?」

「い、いや。饅頭……」

「あー……共和国の首都じゃ有名だよ」

「何が?」

「レティシア様の大食い」


 アルレスィア達はまだ知らない事だが――レティシアはあの小さい体でありながら、()()食べる。


「すみませン。そちらの――」

「あっ、もしかしてレティシア様ですか? 本当に王都に来てたんですね。十年前、エルヴィエール女王陛下と共に來国していたのを覚えていますよ!」

「薄っすらと覚えてますネ。市場の方はあの頃に比べてずっと大きくなったように感じまス」

「ええ。お陰様で安定してきました!」


 十年前といえばレティシアはまだ二歳だったが、良く覚えている。王都の惨状も、これからどうすれば良いのかという絶望も。そしてコルメンスとエルヴィエールの言葉と行動に希望を見出していった事も、その二人の逢瀬の瞬間も。


「これからも王国と共和国、仲良く出来れば嬉しいでス」

「はい、私共もそう思っています!」


 色々問題が出て来ている二国間の関係だが、それでもエルヴィエールとコルメンスの意志を重んじている者たちは多い。いつか気兼ねなく交流出来るようになればと、レティシアも想っている。


「さテ。ではそちらの、えと」

「あ、バキラシュですね! 少々お待ちください」

「二十個程お願いしまス」

「はい! ……お、お使いですか?」

「いエ。まァ、お気になさらズ」

「ま、毎度ありです!」

 

 香草で肉を包み、弱火でじっくり焼いた食べ物だ。ホルスターンが一般的だが、このお店ではコゥクルァを使うらしい。


「ん。ただのコゥクルァではないですネ。凄く美味しそうな匂いでス」

「アルレスィア様にも褒めていただけました。ここから東に行った所に、黒毛のコゥクルァを育てている所があるのですけど、そこ産の物ですね。別の名前があって、えっと――レプヒニィアだそうです」

「黒毛ですカ」

「もう真っ黒ですよ。噂だと内臓や骨まで黒いとか」

「ほう。少々不気味ですガ、気になりますネ」


 リツカの世界で言う所の、黒烏骨鶏だ。栄養価が高く、その分高価なのだが、値段に見合った味をしているという。


「向こうの世界? リツカ様がやって来たという世界にも似たような鳥が居るらしく、味も似ているそうです」

(やっぱり私と同じくグルメなのでしょうか)


 リツカは一度だけ食べた事があるらしく、その味は今でも覚えていると話していた。その際浮かべた表情でアルレスィアは購入を決めたくらい、恍惚の表情だったのだが、店員はそこまで見られなかったようだ。


「アルレスィア様っテ、お姉さんから見てどうですカ」

「その……こういっては失礼なのかもしれませんが、巫女様という印象よりは……リツカ様の姉、でしょうか」

「ほう。もっと詳しくお願いしまス!」

(こういう話を待っていたのです!)


 ぐいっと顔を寄せたレティシアに、香草屋の店員は面食らう。いきなり近づいた、水面が輝いているような瞳にどきりとしてしまったようだ。


「最初の頃は話すたびに緊張してしまいましたが、何度か通っていただく度に雰囲気が変わっていきまして。最近では世間話をするくらいにはなれました」

「その時のリツカお姉さんはどんな感じでス?」

(リツカお姉さん……?)

「そう、ですね。アルレスィア様に隠れている事が多く、余り……」

(ふむふむ。嫉妬している表情を隠しているのでしょうか。それか巫女さんが話している邪魔にならないようにと我慢して隠れているのでしょうか。何にしても、見たい光景ですね!)


 俄然興奮してきたレティシアは、どんどん踏み込んでいく。


「ただ、リツカ様の食べたい物を優先的に買って行ったり、食材を選ぶ時の真剣さとか、私の母や姉にそっくりで。それで多分、リツカ様の姉と思ったのではないか、と」

「その気持ちは何となく分かりますネ」


 レティシアはまだ、エルヴィエールに正直になりきれない部分があるとはいえ、姉と慕っている。アルレスィアとリツカの関係はどことなく自分達に似ていると感じているようだ。


「今日も来るでしょうカ」

「先日買い物に来ましたから、明日か明後日になるかと。数日分しか買って行きませんから」

(いつ王都を出るか分からない訳ですから、多めに買ったりはしないでしょうね。もしくは、リツカお姉さんの体調や食べたい物に合わせて変更したいからとかでしょう)


 どちらも正解だ。リツカに毎日の楽しみを味わって欲しいアルレスィアは、試行錯誤を続けている。


「中々興味深い話でしタ。また来ますネ」

「はい! ありがとうございました!」

(わぁ、噂通り本当に食べ切ってるー)


 十年前のエルヴィエール来日を覚えている店員は、共和国民くらいしか知らないレティシアの大食いも知っていたようだ。知っているのと目の当りにするのとでは、衝撃が違うが。


 レティシアは再び噂探しに歩き出す。次は、選任試験で”巫女”二人が戦ったという牧場に向かうようだ。



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