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六花立花巫女日記 外伝  作者: あんころもち
1.胸の高鳴り
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貴女さま⑥



「リッカ、さま……?」


 私は混乱しています。何故リッカさまが泣いてしまったのか、分からないからです。

 痛みが、極限にまで高まった? いえ、そうは見えません。目にゴミ……論外です。そんな事で、こんな哀しい涙は流れません。

 哀しい……祈りに何か、嫌な思い出があるのでしょうか……。


「ご、ごめんなさい。ちょっと昔を思い出して。私が”巫女”のお役目についたときも、こんな感じで泣いちゃったんですよね。悲しくなんて、なかったはずなのに」

「……」

 

 哀しさは消え去り、リッカさまはアタフタと涙を拭っています。ですが、涙が止まる事はありません。

 不安も、あるのかもしれません。違う場所、国どころか世界を移動したリッカさまは、帰る方法も期間も聞いていないのですから……。


 しかしそれを私は、説明出来ません。私にとっても未定なのです……。リッカさまの涙を止めたいですが……何故涙を流しているのかすら曖昧なのに、どうすれば……。


「……」


 私の思考は停滞してしまいました。しかし体は自然と、リッカさまを抱き寄せました。

 これは、慰めではありません。私にはその資格がないからです。だから、これは……傍に居たい私の、我侭です。

 今のリッカさまを、一人にしたくないのです。隣に立つだけではなく、心から傍に居ると、伝えたいのです。


(アルツィアさまとの『一日に一回の約束』から考えるに……リッカさまは何か、戦う力を有していると考えられます)


 しかし、物を持っている訳ではありません。どんな力を有しているのかは、現状では不明です。しかし、明確になった物もあります。

 私は――。


(リッカさまを、戦わせたくありません)


 曖昧だった想いが、私の中で形になりました。魔力がまだ馴染んでいない。戦う力が不明だから。そんな理由を並べながらも、”お役目”の為に押し留めていた想いです。

 しかし今、私は……リッカさまが戦う姿を想像出来ないのです。


(説明は、まだ……出来ません。リッカさまから疑問が出るまでは……)

『それは先送りでしかないよ。アルレスィア』

(分かって、います……)

『リツカと共に旅に出るのは確定事項。修行の事もある』

(しかし……)

『リツカは薄々気付いている。何故こちらに呼ばれたのかを』


 ……っ。それも、分かっております。

 リッカさまは事実を、”遠見”をするかのごとく深く見る事が出来ます。ですから……住民の必死な祈りや、自身の置かれた状況から……『自身の価値』を半分以上理解しているでしょう。

 ですが問題なのは……そこではないのです。


(リッカさまはまだ、マリスタザリアを知りません)


 アルツィアさまが説明を一切せずに連れて来てしまったが為に、リッカさまは自身の能力のみで状況を理解しているだけです。私の説明は、リッカさまにとっても必要です。

 ですが……今のリッカさまに、マリスタザリアを教えて良いのでしょうか。それと戦って欲しいと、伝えて良いのでしょうか……。


『仕方ない。明日の説明に関しては、理由と魔法の説明だけに留めよう。マリスタザリアは、実物を見て貰うしかない』

(……そこが、落とし所です、ね……)


 リッカさまが必要なのは、分かっています。私個人にしても、リッカさまと居たいという気持ちはあります。

 だから……私の我侭が許されるのは、今日だけですね……。


 マリスタザリアを口で説明するのは簡単です。悪意により動物が変質した存在で、人が勝つのは難しい相手。これだけです。だからこそ、実物を見てもらう必要があります。

 あの、言い知れぬ感覚は……実際に見てもらわなければ、分かりません。


 マリスタザリアは悪意により変質した者。見た目は様々ですが、一目見れば、分かります。あれは――恐怖そのものだと。

 遠目で見ただけなのに、私の想いが少し揺らいでしまった程です。

 

 相手を倒すという強い想いで放った矢は、私の手応えに反して威力が出ていないように感じました。

 それも全ては、私が恐れたからです。


(今はまだ、言えません)


 寂寥感に苛まれているリッカさまに、あの存在を知らせるのは……憚られます。せめて落ち着いてから……。

 

(ええ。分かっています……。そう見ないで下さい。アルツィアさま)


 私のこれはただの、逃げです。

 たった数時間の交流でしかありませんが、リッカさまならば受け入れてくれる確信もあるのですから……私だけが、逃げています。

 でも……私の、初めての想いが言っています。今のリッカさまにだけは、言いたくありません。


(私は責めていないよ。アルレスィア。私だって同じ気持ちさ。リツカにしろ、きみにしろ……旅立たせたくないと思っている。それにね……リツカは、本当は――)


 きゅっと、リッカさまが私を抱き締めてくれました。私の想いが通じた訳ではないでしょう。しかし、安心感を覚えてくれているのは、分かりました。

 しかし、魔力に馴染んでいないリッカさまの力は……見た目通りのものです。魔力なしでも、私よりも弱いかもしれません。

 そんなリッカさまを、想いのまま抱き返して良いのか分からず、私の腕には力が入りません。


(どうすれば良いのでしょう……。私も抱き締めたいですけど……痛くないでしょうか……)


 抱き締めるなんて初めてで、どうすれば良いのか分かりません……はぁ……。

 気の効いた台詞一つ言う権利すらなく、私はただただ抱きしめる事しか出来ません。リッカさまを不安を解消出来ているのか、不安を感じてしまいます。

 一番不安を感じているはずのリッカさまを差し置いて、私が不安になるなんて、余りの身勝手さに吐息が漏れてしまいました。


「んっ……」

「!?」


 リッカさまの悩ましい……? 艶かしい声に、私の思考は急速に現実へと戻ります。

 世界に私達三人だけしか居ないと錯覚する程、私は集中していたようです。感知能力には自信があります。建物を隔てていようとも、二百メートル前後の距離ならば気配を感じ取れるのです。

 そんな私が何処に居るのか、失念していました。


「アルレスィア様……?」

「どういう状況……?」

「これも儀式の一つなのか」

「アルレスィア様のあんな表情、見た事ありません……」

(赤い人、綺麗だなぁ……アルレスィア様とどんな関係なんだろ。”神林”から来たって話だけど……話して、みたいな)


 祈りを終えてすぐに、こんな事をしてしまったのです。リッカさまの事を知らせる場だというのに、リッカさまに対しての不信感が高まっています。私の軽率な行動の所為、です……。


「……」

「あら。()()()の良い人かしら」

「……」

「赤い髪は見た事ないわね。染めた訳ではなさそうだし、綺麗な子。まさか、アリスが言っていた子かしら。ねぇ、アナタ」

「……」

(はぁ……気持ちは分かるけど。アリスが認めた子にそんな目を向けていたら、怒られるわよ?)


 いけません。お父様とお母様が目を丸く――お父様、何を……いえ、誰を睨んでいるのですか? もしも()()だったとしたら、許せません。言う事が出来ました。


「こほん。皆さんお静かに」


 ざわめくのも分かります。私は自分を良く分かっていますから。

 私は今自然な表情を見せている事でしょう。自然な笑顔や、自然な怒り。誰が見ても誤魔化している姿に、他者とこんなにも触れ合う姿なんて、私からは想像出来ないものでしょう。

 でも、これが本当の私です。


 私の()()は淑女から程遠く、”巫女”という役割のない私は普通なのです。

 両親すら知らない姿なのですから、ざわめくのは当然ですが。


 私の本性は、今関係ありません。リッカさまの紹介をします。

 私はリッカさまと呼んでいるのに、紹介でリツカさまと呼んで欲しいと言ったからでしょう。エルケさんの弟であるエカルトくんに指摘されてしまいましたが、気にしていては先に進めません。


 子供達にとっては、綺麗なお姉さんがやってきたといった認識でしかないでしょう。しかし、大人にとっては違います。

 今まで私の話を半分も聞いていなかった先代派の方達は顔を青くさせています。

 私の両親に近しい方達は、漸くといった表情で更に祈りを捧げ始めました。


 重要なのは一点です。

 リッカさまが湖を通ってやって来たという事。この紹介で注目すべきはそこなのです。


「理解いただけましたね。それでは、よろしくお願いします」


 正直、これから行う事に関しては乗り気ではありません。

 これから私達は歓迎会の用意をします。当然、歓迎していない訳ではありません。むしろ逢えて嬉しい。もっと早く出会いたかったと純粋に思っています。


 しかし住民を交えての歓迎会は、出会えて嬉しいという純粋なものにはなりえません。確実に、”お役目”の壮行会となります。


(何れ別の世界から”巫女”さまがやって来るという事は伝えていました。当然、”お役目”の事も。だから、リッカさまの到着は”お役目”の開始を意味します)


 先ほどの葛藤に戻りそうになってしまいます。今のリッカさまに、戦いを感じさせたくないのですが……。


(もう何度も迷いました。最終的に私は、リッカさまが大切という結論に至っています。ならば、私の感情を優先させるだけで良いのです)


 自意識過剰ではなければ、リッカさまも私を意識してくれているようです。それなら、ええ。私は私のやるべき事をします。


「リッカさま、もうしばらく準備に時間がかかりますので……もう少々お待ちくださいませ。私も皆さんと一緒にいきますので」

「はい、わかりました。……えっと、書くものをいただけませんか? 日記、書いておきたいんです」

「―――。はい、すぐお持ちしますね」


 リッカさまも日記を書いているようです。”森”に対して、人とは違う感情を抱いていたり、出会ってすぐなのにすぐに打ち解けられた、不思議な感覚といい、リッカさまには……他人とは思えない何かがあります。


(それこそ、何百……何千……何万年も昔から知っているような……()()の感覚が戻った感覚があります)


 リッカさまは……今日の事を、どのように書くのでしょう。少し気になりますが……日記を見られるのは恥ずかしいものです。

 私も今日の事は、見せられないかもしれません。昂ぶった感情のままに書く事になると思いますので、封印しなければいけない物となるでしょう、ね。



ブクマありがとうございます!

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