記入日 A,C, 27/03/07
体調は良好。休息を長く取ることが出来たから、心の疲れも少しは回復出来たはず。
私は少々、魔力大量消費により疲労が残ったものの、問題はない。慣れれば”浄化の世界”も問題なく発動出来る。
彼女の心労は回復出来たと言ったが、少々訂正する。彼女は今朝、確かに回復出来ていた。しかし今日の出来事で、疲れきってしまったのだ。日記を書きに部屋へ入った時も、いつもよりずっと憔悴していたようにみえた。
はっきりと記しておこう。私は一生……表に出す事は今後ないとしても、かの者を赦さない。かの者がどんな過去を背負っていようとも、どんなに同情してしまうような経験をしていたとしても、だ。
その、今日の出来事により、彼女は宿の手伝い中も警戒する事になってしまったのだから。
宿の手伝い中、先日までは少し多目にこちらへ視線を送るだけだったが、今日は完全に警戒していた。もしあの場に不届き者が現れたら、問答無用で投げられていただろう。
今日からは話し合いも、私を救出してから状況を待つとか、そんな一拍もない。私に敵意が向いた瞬間、彼女の技が振るわれる。ギルドで起きた私襲撃だけでも、彼女の想いを鋭くさせるには充分だったというのに……。
今日、仲間が一人増えた。レティシア・エム・クラフト。世界に名が轟く、”魔女”。フランジール共和国女王陛下の妹でもある。一部では、”巫女”よりも”魔女”の方が有名だろう。例えば、各国の軍部とか。
もう一人、アンネさん担当の選任冒険者が新しく入ったが、そちらは後述する。結論だけ記すのなら、彼女に仇名したかの者と同一人物だ。
そんな二人と共闘し、私達はマリスタザリアを三体討伐したが、彼女に肉体的疲労は出ていない。レティシアさん、いえ、シーアさんの補助は彼女と……相性が良いから。
正直、強力な拘束系魔法を持つシーアさんが羨ましい。彼女を守りつつ、攻撃出来る隙を作れる拘束系は、私が一番行いたかった魔法だ。だからこその”麻痺”だったのに、マリスタザリアに使えないなんて……。
拘束系魔法の殆どを私は、使えない。使えるけれど、人ですら簡単に抜け出せる。ライゼさん級の筋力があれば力技でも抜けられる程だ。もしまともな拘束系があり、”拒絶”と”光”を混ぜる事が出来たなら……絶対に解く事が出来ない、マリスタザリアに特化した拘束となるのに……。拘束するという想いが、魔法に一切乗らない。
シーアさんのお陰で、戦闘は有利に進んだ。難敵もシーアさんの機転が効き、さしたる苦労はなかった。だから彼女に、明日まで響くものはない。しかし――精神的疲労は別だ。
起きた出来事を簡潔に書くと、マリスタザリアの進化。とある人物との喧嘩、くらいか。数は少ないけど、内容は濃い。
マリスタザリアの進化は、毛皮の硬質化と体術の会得。毛皮は彼女が傷つけられない程の硬さだった。でも、肌が露出部分ならば斬ることが出来る。彼女ならば倒せない敵ではなかったが、討伐が難しかった理由は体術の会得だ。
彼女の体術と似た物を手に入れたマリスタザリアは、強かった。彼女以外が相対すれば二秒と戦えない。”盾”に篭るしかなかっただろう。
魔法を使える個体が出た時点で、様々な可能性を考えていた。だからといって、進化が早すぎる。マリスタザリアが出るようになって数千年、一度も進化しなかったマリスタザリアが、ここ数年で一気に強くなった。
魔王の存在。そして私達を完全に敵として見ているという事実を、まざまざと見せ付けられている。それは彼女に焦燥を与え、倒せない敵が居るという『恐怖心』を感じさせた。
なのに、彼女は……私が危険になったら、自分が傷つく事も厭わず、木刀を投げて、助けてくれた。
前述した、もう一人の選任。その愚か者が私の一言に機嫌を損ね、詰め寄ってきた。それを止める為に、投げてくれた。
あの、核樹で出来た木刀を。使おうとも使わずとも、毎日磨き、丁寧に扱っている彼女が、木刀を投げた。
まさに宝物。あの木刀を身に着けている時、磨いている時、撫でている時、彼女は”神林”を感じているのだろう。恍惚の笑みで……今にも頬擦りしそうな程だ。
そんな大切な物を私の為に投げてくれたという事実は、私が……核樹より、大切という、事。
彼女にとって”神林”や”神の森”とは、まさに人生だ。その”森”に通う事こそ、彼女の生きがいであった。”森”に恋する、と彼女は表現するが、それは誇張ではない。そしてその”森”の核である核樹は、”森”その物と言える。
そんな大切な物を投げさせてしまったのが、不甲斐なくて申し訳ない……。でも、嬉しい。私は彼女にとって……人生を越えた存在。運命というのか、出逢う事も触れ合う事も心を通わせる事も、彼女にとって待ち望んだもの。私も、彼女も、もはやお互いなしでは――。
余りの歓喜に、話が逸れてしまった。彼女が愚か者に木刀を投げた事で、確執が生まれてしまった。その後いくつかのやり取りを終え……喧嘩へと至ってしまったのだ。
愚か者――いや、もはや野蛮人と言うべき者は、私に敵意を向けてしまった。しかも、彼女を釣るために。
純粋な、私への敵意ならその場で捻じ伏せて終わりだっただろう。でも、彼女を釣るために私を使ったという事が、彼女の怒りに触れた。自分が戦わない選択をしたから、私が危険になったと……後悔をしてしまったのだ。そしてその後悔は『恐怖心』となり、彼女の精神は『恐怖心』を消し去るために怒りを生み出した。その怒りは、愚か者の心を徹底的に折ろうという想いで沸騰した。
喧嘩自体はすぐに終わった。ボコボコにするのではなく、避け続けるだけという、愚か者にしてみれば屈辱的な戦闘方式によって。
力の差、攻撃なんて必要ないという事実、攻撃せずとも追い詰める事が出来ると、実感させられたのだ。
でも、彼女は慈悲深い。心を折らず、力不足を指摘するという優しさまで見せたのだから。
年下である女性からの指摘は屈辱だろう。しかし、彼女は本物の剣士だ。実力が遥か上の人間からの言葉を、煩いと蔑ろにするかは愚か者次第。私にはもう、関係ない。
あの愚か者が今後、彼女にちょっかいをかけるかどうかしか、問題にならない。これ以上彼女に迷惑をかけるようなら、今度は私が戦う。そして私は、彼女と違って完全に心を折ろう。
私は彼女の心に触れた。彼女の、深く強い想いに間接的ながら触れた。だから、私は容赦をしない。平和な世界を作る為に剣を振るう彼女の敵は、最終的に世界の敵になりえる。容赦をする道理などない。




