譲れないモノ⑪
「俺の家は鍛冶屋だ。鍛冶屋の倅として生まれた」
父親の跡を継いだ、という事でしょうか。兄弟子さんと故郷を追放になった時既に、ご両親は他界していたのだと思います。ライゼさんが剣士で、冒険者でありながら鍛治師としても高い腕を持っているのは、お父上への敬意の表れなのかもしれません。
「俺の親父は常に言っとった。剣を鍛え、己を鍛え、技を鍛える。これをせんと守れんとな」
ライゼさんの根っこにある理念。それもまた父親譲りのようです。それらをしっかりと受け止め、自身の想いとしたのでしょう。
「親父は俺に毎日そう言っとったよ。俺にこれがあれば、母さんを死なせずにすんだってな。お袋は、俺を生んで間もなく化けもんにやられた。親父はずっと後悔しとった。ただ剣を造るだけだった過去をな」
力なき想いは、理想でしかありません。現実にしたいのなら、力をつける必要があります。ライゼさんとライゼさんのお父上にとっての力とは、剣の腕であり――剣作りだったのでしょう。
「十年間俺と一緒に剣術の開発と最高の剣を造ることに没頭しとった。そんな親父だったが、親としてしっかりもしとった。親父はお袋の分も俺に愛情をくれたよ」
剣術の基本、体作り、武器の作り方。どれも簡単な物ではなかったでしょう。剣術にしたって、リッカさまの世界で長い年月をかけ洗練させていったものです。それを一人で基本を纏めたのです。
実家が鍛冶職というのですから、元々鍛冶屋だったのでしょう。包丁や鉈といった物を中心に作っていた中で、武器として剣や槍を作り始めた、といった所でしょうか。
最愛の人を亡くすという、出来事の後……ここまでの事をやり遂げられたのは一重に、もう一人、最愛の人が居たからです。お父上にとって、何に代えても守りたい者が残っていたからだと、思います。でないと――前に、進めないのではないでしょうか。
(少なくとも私は……リッカさまを、失くしたら――)
「尊敬できる親父だった。だから俺も目指した」
十年間、という事は……やはり、兄弟子さんを拾った頃にはもう、ライゼさんは天涯孤独の身、だったのですね。
「だがな……親父は剣の鉱石を取りに山に行ったっきり、帰ってこんかった」
鉄すら、自分で調達していたの、ですか? 圧倒的なまでの拘りを感じます。一切の妥協をしない性格。しかし、山は危険ばかりです。戦う為の魔法がなければ、クマ一体でも出れば……。ただ、ライゼさんのお父上は武術を開発している方ですから、クマならば逃げたり戦えたりしたはずです。つまり――マリスタザリアです。
”巫女”として見た場合の疑問として、お父上が一人だったのかどうかです。もし一人ならば、”悪意”の出所はお父上の可能性があるという事です。マリスタザリア発生後、すぐに討伐という連携が取れている王都周辺という訳ではないので、狩り損ねた個体という可能性もありますが……お父上から”悪意”が出た場合、どのような”悪意”だったのか、です。
(これ程までの人格者であり、前を向いている方から、”悪意”が出るのでしょうか。あの兄弟子さんからは出ていないのに……)
「化けもんにやられた。そう村の連中は言ってたが、俺だけはそうは思わんかった。だが、山から帰ってこんかったのは事実。何かあったに違いねぇと俺も山に入ったが……。見つかったのは親父の打った剣と、服の切れ端だけだった」
剣と服の切れ端、ですか。マリスタザリアに遭って逃げたにしては、状況がおかしいですね。獣ならば人を食らい、服の切れ端だけになる事もあるでしょう。服の切れ端だけ残して逃げる事もありえます。ですが、マリスタザリアに遭って、そのような状況は殆どありえません。服の切れ端が残るような状況であれば、まず間違いなく……掠るなりしています。ほぼ致命傷です。
開発段階であったという武術が完璧となっていたとしても、リッカさまと同じ事が出来なければ歩く事すらままなりません。それが、マリスタザリアの攻撃に掠るという事です。
もし亡くなっていたとしたら、死体がないというのもおかしいです。マリスタザリアの中には人を食らう者も居ますが、それは食欲を満たす為ではなく恐怖を与える為らしいです。アルツィアさま曰く、マリスタザリアの根底にあるのは”人”の恐怖を引き出そうとする邪悪、らしいのです。
殺し、次の獲物を探す。食すマリスタザリアであっても、これが基本原則。マリスタザリアによって殺害された者達の遺体は、凄惨です。ですが、必ず一部は残ります。その一部が、”人”の恐怖を呼び起こさせるのです。
(ライゼさんが疑うのも無理はないでしょう。私も、その情報を聞いてマリスタザリアではないのかもしれないと、思いましたから)
かといって、獣……というのは、まずないと思います。魔法のあるこちらの世界において獣とは、農作物を食い荒らす害獣です。それは、クマであろうとイノシシであろうと変わりません。大人であれば、人の命を脅かす存在とまでは、なり得ないのですが……。
「そっからだな。俺が更に没頭したのは。そんで、俺が十三超えたあたりか、あの馬鹿拾って、十年鍛えて、どっか行きやがって……そっから五年経った時、ここについた」
お父上が生きていると仮定すると、なぜライゼさんの元に帰らないのかという疑問が生まれますが……帰っていない以上、もう……居ないのかも、しれませんね。
「冒険者やっとるのは、俺みてぇに大切なもんなくすやつが出んようにってのと。有名になりゃ、親父の想いを大勢に知ってもらえるって思ったからだ」
有名になって、お父上の想いを知ってもらう、ですか。お父上に自身の存在を伝えるという意味が含まれていないので、ライゼさんも、もう……諦めているようです。
「三年頑張ってみたが、結局俺が強いだけと思われとる。剣術を学ぼうってやつは居らんし、馬鹿にもされた」
あの晩、私がリッカさまの技を見て……真似できないと称したのと同じです。魔法に凝り固まった私達では、剣術や体術は選ばれし者の技なのです。その概念を壊すには、やはり――リッカさまのような、鮮烈さが必要でしょう。今の私は、少しだけ真似してみたい、と思えていますから。
「まぁ、俺にも守りてぇもんが増えたからな。今はそれしか考えてねぇ」
最後の締め括りで、アンネさんに視線を向けました。が――アンネさんは目を瞑って静々と聞いていたので、その視線に気づく事はありませんでした。間が悪いですね、ライゼさん。
「あぁ、国王護衛のやつか。あれはな、国王と同じ意見だったんだが。冒険者は多くの人間を助けるためのもんだからな。国王様一人守ってもしかたねぇっつー話だ」
やはり、そうでしたか。冒険者という職を最も深く理解しているであろうライゼさんなら、そう言うと思っておりました。国王を守るのは王国兵の務め。防衛班と冒険者は、国民を守る為の職です。より多くを救う為に、専属となってしまう近衛になるのは避けたかったのでしょう。
「ライゼさん、私も守りたいです」
『世界は残酷で、暴力で満ち溢れてる。でもこうやって、一筋の光のように前に進み続ける人たちが居る。私も、力になりたい』
ライゼさんの話を聞き、リッカさまは強く宣言しました。ボランティアという形で人の為になる事をしていたリッカさまですが、”巫女”の制約上行動範囲が狭く、やれる事は少なかったのです。
ですが今は、違います。
「私はこの世界を、守りたいです」
『私の決意に揺らぎ無し。頼れる師匠と仲間。そして……大切な人。前に進む。止まることなく』
リッカさまのやり遂げたい事。それを完遂する為に行動する事が出来ます。リッカさまはその想いのまま、立ち止まる事無く進んで下さい。リッカさまならば、一筋どころか――世界の端から端まで届くくらいの光にだって、なれるのですから。
「馬鹿弟子二号だが、あんさんなら間違いはおきんだろう」
「リッカさまが私たちの世界のために決意してくれているのです。この世界の”巫女”として私も尽力致します」
自身の過去を話し、小っ恥ずかしくなったのかお茶を濁したライゼさんは無視し、私もリッカさまの想いに続きます。
「この国を救うことガ、共和国の平和に繋がりまス。私も力を貸しまス」
(世界平和ですか。大言壮語と思っていましたが、夢ではないのかもしれませんね。少しくらいなら私も手伝ってあげます)
素直じゃないのは、ライゼさんだけではないようですね。信頼に足る方の前だと、シーアさんの表情は分かりやすいです。会った当初は、フードも相まって読み辛い方でしたが。
「ところデ、アンネさんとお師匠さんって付き合ってるんですカ」
「な、なななな何を言っとるこの魔女娘ぇ!」
不意打ちすぎる不意打ちに、ライゼさんが狼狽しております。今此処でその話題が出るとは、私も思いませんでした。
「だってそんな雰囲気でしたかラ」
「そんな雰囲気出しとらんぞ!?」
『こうやって言い争ってるのを見ると、親子みたい』
ライゼさんがリッカさまを馬鹿って言った時点で、かなり雰囲気は弛緩していました。自業自得でしょう。リッカさまを馬鹿なんて言うからです。
「アンネさんはどう思ってるんです?」
何か思う所があったようで、リッカさまがアンネさんに尋ねています。こういった質問に答える人は稀なのですが――。
「……まだそのような関係ではございません」
アンネさんは、隠し事が苦手です。
ライゼさんはシーアさんと言い合っていて聞いていないようです。まだ、という言葉さえ聞いていれば、進展したでしょうに。そうなれば私としても、喜ばしかったのですが。
(ライゼさんに固定の方が出来れば、私の嫉妬も少しは――ん?)
リッカさまが何やら考え事をしています。ライゼさんを見て、何かに気付いたようですけど。
「リッカさま。何か気になることでも?」
「んー、ここで言うのは、ライゼさんがかわいそうだから」
ライゼさんが可哀相になるような事、ですか。何でしょう。可哀相というのなら、現在すでに可哀相な事になっていますよ。
「ん……? 馬鹿娘一号、なんだ」
リッカさまと私の、憐憫にも似た表情を感じ取ったライゼさんの矛先がこちらに向きました。馬鹿娘って言い方が気に食いません。まるでリッカさまがライゼさんの娘のようですし、一号っていうのも良く分かりません。
「まだ私の話は終わってませんヨ。お師匠さン」
「もういいだろ、馬鹿娘三号」
確かに、親子みたいですね。この二人。先程までは、どちらかといえば歳が離れている兄妹のようでしたが。
しかし、シーアさんが三号となると――もしかしなくても、ですよね。
「ライゼさん、馬鹿娘二号って誰ですか」
「ん? そんなの巫……いやなんでもねぇ」
「……」
「剣士娘、まて」
そうなりますよ。リッカさまがライゼさんに手を伸ばしています。ちょっと脅かすだけの、ふりですが。あの様子を見るに、ライゼさんは本気で投げられると思っています。
「馬鹿娘二号、ですか。リッカさまと一緒ですね」
ライゼさんを助ける意図は一切ありませんが、リッカさまと同じというのは魅力です。ほんわかしてるという意味合いとして受け取れば、さして悪い呼び方でもありませんし。まかり間違ってもライゼさんの娘という意味は一切合切ありませんが。
『気にしてないみたいだし、それなら問題ないのかな?』
「……やっぱり馬鹿娘だよ。あんさんら」
ライゼさんが言っていたではありませんか。リッカさまは巫女馬鹿って。その巫女って私ですよね。私も巫女馬鹿なんですよ。当然、その巫女はリッカさまな訳です。馬鹿娘なのは否定しません。
「それで、どういった用事だったのでしょう」
「あぁ、馬鹿弟子のことなんだが」
ほんわかと微笑み合っていた私達を、いつもの事としてアンネさんが話を戻しました。素直で正直なアンネさんらしい、偽りのないため息と共に。
「アイツがアンネちゃん担当で選任になれるとは思えんのだが、実際のとこどうなんだ?」
「……ウィンツェッツ様は、一目見て、ライゼ様のお弟子様と分かりました」
少し言い難そうに、アンネさんが話し始めました。確かに、あの姿を見てライゼさんの関係者と分からない人は居ないと思います。
「お弟子様のことは、ライゼ様からお聞きしておりましたので、ライゼ様とウィンツェッツ様の接点が増えるようにという事と、監視……を兼ねて私が」
(もっとゆっくりと、時間をかけて接点を増やしていくつもりだったのですが……まさかこのような形で出会い、しかもここまで根深いものとは、思いませんでした)
ライゼさんから話を聞いていて接点を増やそうとしたという事は、仲直りさせるつもりだったのでしょうか。ライゼさんの名前が出るだけで噛み付き、睨みつける兄弟子さん相手にそれは、無謀というものです。
「そ、そうだったんか。迷惑をかけた。アイツは俺を嫌っとるから、どこまでやれるか分からんが、任せておいてくれ。迷惑かけんようにする」
「私はすでに迷わ」
「今日は世話になったな、アンネちゃん。三日後また借りることになると国王様に伝えておいてくれ」
「……」
そそくさと、アンネさんに礼を言ってからこの場を後にしたライゼさんを、リッカさまが呆然と見送っています。一言どころか何もかも足りてませんよね、ライゼさん。誰の所為でリッカさまが巻き込まれたと思っているんですか。
「……」
私が睨むのはお門違いかもしれません。今回の喧嘩に至った原因に関して言えば、私の軽率な発言が発端といえます。ですが、根本的にはライゼさんとの確執がある訳ですから、リッカさまにはちゃんと謝るべきですし、対応策を講じるべきではないですか?
ライゼさんは大人という印象が強かったのですが、こと兄弟子さんが関係すると子供っぽいです。ライゼさんも譲れないという事ですか。それにリッカさまを巻き込まないで欲しいのですが。兄弟子さんとちゃんと向き合ってください。
(このままだとお師匠さんがやられそうですね。それはそれで面白いのですけど、そろそろお腹空きました)
「これからどうするんでス?」
「まだ夜までは少し時間ありますから、宿のほうのお手伝いをしようかと。最近出来ていなかったので」
未だにライゼさんが去った方を睨み続けていた私に代わって、リッカさまが今後の日程を話しました。宿のお手伝いで息抜き、ですね。ちゃんと出来るかは微妙な所ですが……浄化もありますし、お手伝いを休む訳にはいきません。
「お手伝イ、ですカ。暇なとき見に行きまス。王様に聞きましたガ、珍しい服で接客しているとカ」
支配人と陛下は繋がっているので、知っていてもおかしくありません。ですが、服装まで知っているのはどういう事でしょう。噂になっているので知っていてもおかしくはないですが、それをシーアさんにわざわざ伝えたのですか。
エルヴィエール陛下の事とは無関係に、シーアさんと陛下は雑談をする仲のようですね。
「それでハ、私はお先に失礼しまス。あ、リツカお姉さン、巫女さン。敬語じゃなくて大丈夫ですヨ。私のほうが年下ですシ。これから一緒に戦うのですかラ」
「う、うん。分かったよ。シーアさんこれからよろしくね」
女王陛下の妹という事もあり、敬語を続けるか迷ったリッカさまは、敬語を止める事にしたようです。これから仲間になる訳ですから、敬語ではよそよそしいと思ったのでしょう。
「私はこのままですけれど、本日はありがとうございました。これからよろしくお願いします」
私も、敬語を止めても良かったのですが……リッカさまからお願いされても敬語を止める事が出来なかったので、私は敬語のままでいかせていただきます。
(単純に……私の敬語なしは、リッカさまが一番最初と思っているだけなのですけど……)
シーアさんも敬語の方が慣れているでしょうし、私もそうなのです。敬語以外で話した事がありません。そんな私が初めて敬語を辞めて、もっと深く触れ合いたいと想った相手が、リッカさまです。ですから、一番最初はリッカさまが良いのです。
「では、私も陛下へご報告を。お気をつけてお帰りください」
アンネさんは王宮、シーアさんは商業通り側に歩いて行きました。今日は解散という事で良さそうですね。アンネさんから追加の依頼がなかったので、予定通り動きましょう。




