譲れないモノ⑩
(まぁ、バレるわな)
「リツカお姉さン。それはどういウ」
「決して、馬鹿にしているわけではありません。ただ――」
ライゼさんが弟子と呼び、育てた割には――荒いのです。拙いのです。この世界唯一という、ライゼ流と呼ばれる剣術。その一番弟子とはいえ、ライゼさんの完成度から見れば児戯に等しいです。経験という面を抜きにしても、リッカさまが衣服を変えても問題ない程の実力しかないのはおかしいのです。
「子供の時、教えてたんですよね。それはいつまでの話ですか」
「手合わせしただけで、そこまで分かるたぁ。達人ってヤツになるのも遠くねぇな」
リッカさまと兄弟子さんの間には、余りにも大きすぎる実力差があったのは事実です。ですがリッカさまが向こうの世界の服を選んだ時点で、私達はある可能性に辿り着いていました。
「剣士娘の思っとる通りだ。その馬鹿弟子はまだ赤ん坊だったころに拾ってな。ある程度育った時に、自分で生きていけるよう、俺がまだ開発中だった剣の修行に付き合わせとった」
ライゼさんと兄弟子さんの過去が、今語られようとしています。血縁関係はなく、兄弟子さんは捨て子、なのですね。この世界で、親が居ないのは珍しい事ではありません。ですが、捨て子は……。
「基本は完成しとったからな、それを重点的に教えた。だがなぁ、この馬鹿が十になったときか……力を持って勘違いしちまったんだろう。町のただの不良相手に技使いやがった」
兄弟子さんが捨て子だったというのは、現在行われている話では余談のようです。静かに、ライゼさんの話を聞きましょう。
『道場の人の中にも、居たなぁ。ちょっと強くなったら強気になっちゃった人。私に挑んで、お母さんに投げられてたけど』
(リッカさまに挑んだ人……何をしようと思ったのでしょう。お母さまによって鼻を折られたようですが……)
……こほん。剣術の基本を覚えた兄弟子さんは、一種の万能感を覚えたらしいです。その力を振るって、不良を傷つけたそうです。
リッカさまの世界では、段位や資格を持った武術家が素人相手に技を振るったら、犯罪行為になると聞いています。技を修めた人間の拳や武器は、容易に人を壊しますから。
こちらにはそんな法律はありませんが、理由によっては兄弟子さんは傷害罪です。
(何で巫女っ娘の機嫌が悪くなってんだ……)
「理由は些細なもんだ、肩がぶつかった。それだけだ。だがな、相手はボコボコにされとったよ。骨折られて、頭からも血を流してな」
ここで問題になってくるのは、ライゼさんはその現場を見たのか、ですね。もし見ていたら相手が傷つく前に止めたでしょう。つまり、居なかったのです。そして次に出てくる問題は、兄弟子さんが暴力を振るった理由が本当にそれなのか、です。もし違うのなら、正当防衛の可能性があります。
「チッ……」
兄弟子さんは憎々しげにライゼさんを見ているので、何か違和感を覚えるのです。ただ――不良に振るわれた暴力は明らかに過剰です。ライゼさんが冷静さを失うだけの怪我を負っていたのでしょう。兄弟子さんの口から何か弁明が出るまで、これらは保留です。
「俺は教えたもんの責任として、この馬鹿と一緒に町を追放された。剣士としての教えを先に教えんかった俺の責任だ。だからそれを教えようとしたんだがな、こいつ……俺の剣持ってどっか行きやがった」
何にしても、その後の顛末は簡単です。兄弟子さんは怒り、ライゼさんの元を去った。ライゼさんは裏切られた形となり、暴漢となってしまった上に剣を持ち出した兄弟子さんを叱る為に探していた、という所でしょうか。
「風の噂で、生存は確認しとった。目立つ剣持って剣士を名乗ってやがったからな」
「まァ、目立つでしょうネ。目立つのは剣だけじゃないですけド」
シーアさんの言うとおり、ライゼさんと兄弟子さんが目立つのは剣だけではありません。身長の高さもそうですし、身に着けている衣服です。そしてもう一つ疑問が浮かび上がります。ライゼさんにキレているらしい兄弟子さんはなぜ、今もライゼさんと同じ服を着ているのか、という事でしょう。
「だからな、こいつは基本しかしらん。筋はよかったからな、化けもんだろうがゴロツキだろうが勝てたろう。だがまぁ、剣士娘からすりゃごっこだろうよ」
リッカさまからすれば基本も足りていないようですが、マリスタザリアを単独で討伐出来る時点で人間に敵は居ないでしょう。
(ライゼさんだけの言では、判断出来ませんね。兄弟子さんは話す気がないようですし、保留するしかありません)
「はぁ……ライゼさんが手離せないから、私でとりあえず今の力試しってところですか。それとライゼさん、剣の管理はしっかりしてください」
「すまん。あの時はまだ俺も未熟だった上に、まさか剣持ってどっか行くとか思いもせんかった」
ライゼさんが未熟だった時、ですか。想像出来ませんね。
兄弟子さんが剣を持って何処かへ行くとは思わなかった、という事は……ライゼさんは少なくとも、兄弟子さんを信頼していたという事です。不良に暴力を振るい、過剰な怪我を負わせたにも関わらず、兄弟子さんを見捨てず共に追放を受けたのもそうです。
ライゼさんは、兄弟子さんを息子として本当に想っていたのです。ただ、当の本人には伝わらなかったようですが。
「それで、兄弟子さん。どうするんですか。もうアリスさんへ敵意向けたりはしないですよね」
「あぁ、巫女はな。だが赤いの。てめぇにはまたやってもらう」
ライゼさんが最終目標ではないのですか……? 自然と眉間に皺が寄ってしまいます。これ以上リッカさまに関わらないで欲しいのですが……。
「どうせライゼはまた、俺とは本気でやらねぇ」
言っても、聞きそうにありません。そして、兄弟子さんが発した「また」という言葉……。そこに、ライゼさんとの確執を解決する切欠がありそうです。
「力がねぇと、生き残れねんだよ。この世界は。本気で戦わねぇでどうやって俺に力つけるって言うんだよ」
ライゼさんは、兄弟子さんには才能があり、多少の事なら問題ないと言いました。ですがライゼさんの元を去ったのは十歳の時です。そんな年齢で、この世界を生きるのは難しいでしょう。ライゼさん自身言っていたではありませんか。基本をやっと覚えた程度の子供であったと。
「だからって私を相手にしても意味ないでしょう」
そういった同情はありますが、リッカさまの言うとおりです。リッカさまを相手にしても意味ありません。ライゼさんが本気にならないと言っていますが、本気にさせれば良いではないですか。
「てめぇに当てることができりゃ、誰も避けられねぇだろ。当たりゃ殺せる。死ぬ気で避け続けてくれよ」
(うわァ、やっぱり野蛮さんです。リツカお姉さん完全にとばっちりです)
リッカさまが完全に心を折らなかったのを良い事に……ふざけた事を……。もはや私の同情は尽きました。やはり敵です。リッカさまの実力を本能で、ライゼさんより上と感じ取ったまでは良いですが、その結論は歪み過ぎです。
『はぁ……この狂犬さん、どうにかしてくれませんか? ライゼさん』
「……しかし、アンネちゃんがお前を選任に選ぶとはな」
『露骨な話題変更を……』
(下手な話題変更を……)
「あ? 知らねぇよ」
ライゼさんは現状から目を逸らしてしまいましたし、兄弟子さんは兄弟子さんでライゼさんを無視しきれていませんし、もう……勝手に二人でやって欲しいです。
『この二人の関係複雑すぎ……。はぁ……変な親子喧嘩に巻き込まれちゃった……』
リッカさまの心労が増えないように、兄弟子さんを近づけないように目を光らせましょう。
「それは本人に聞いたほうがいいのでハ。アンネさんならギルドに居るでしょうシ」
「そうだな。行ってみるか」
『シーアさんは、大物になるなぁ。正直私はもう帰りたい』
後程”伝言”で聞きますので、私達は失礼してもよろしいでしょうか。ただでさえ今日は、マリスタザリアとの戦闘を行い……しかも内一体は、刃が通らない程の強敵だったのです。そして兄弟子さんとの決闘。リッカさまの心は、疲れています。純粋な敵意と殺意。それを人間から向けられるなんて――リッカさまの日常では、ありえない事だったのですから。
「終わりましたか? 皆様」
アンネさんが来てしまいました。今回は良いタイミングとは言えません。アンネさんの元へ行くとなればギルドになるでしょう。なので適当な理由をつけて、私達は宿に帰る事が出来たのです。ですが、来てしまったら……もう少しだけ、帰る事が出来ません。
「リッカさま、先に着替えをしましょう」
でしたら、せめて……少しだけ間を空けましょう。戦闘後の疲れを取り、熱を取り、日常に戻る一助とします。
「うん、行こうか」
「髪が乱れてますし、私が整えます!」
今度は私から、リッカさまの手を取ります。共に参りましょう。そしてその乱れた髪を整えさせて下さい。毎朝やっているように。
外側に少しだけ撥ねている、リッカさまの愛らしい髪。朝起きるとそれが、より激しさを増します。幼さが更に強調されるので私は好きなのですが、それを整えるのも好きなのです。丁寧に櫛を入れ、私の手でリッカさまの髪が整えられていく。凄く、素敵な時間。
「じゃあ、お願いしようかな?」
「はいっ」
櫛がないので手櫛となってしまいますが、リッカさまの髪を撫でさせて下さい。
『アリスさん、嬉しそう。お母さんも、私の髪を結っているときだけは眉間から皺がなくなってたっけ。普段は眉間に皺入りっぱなしなのに。私もアリスさんの髪、撫でてみたいな』
いつでも撫でて良いのですよ、リッカさま。ですが一応訂正しておくと、リッカさまは毎日撫でています、よ? 眠っている時ですが。当然起きている時に、リッカさまに撫でられたいです。
(そして出来るなら、私の顔を見ながら)
自分の欲望を話してしまいましたが――お母さまが眉間に皺を寄せていたのは、その……リッカさまがボランティアとして不良と戦ったりしていたから、ですよ?
再び、借りた一室に戻り、リッカさまの着替えを待ちます。当然”領域”を張ります。当然です。自室ならまだしも、部屋とはいえ外です。このような場所で、リッカさまが裸に……裸……。
(本当に、私は……)
リッカさまが着替える度に見てしまいます。上着をすすっと上げていく姿も、ズボンを脱ぐために屈み……足を上げ……ローブを手に取り、着ていく。特別な事は一切していない行為なのに、目が離せません。
「……はっ。そちらの服は、洗濯しておきますね」
「ありがとう、アリスさん。戦いも、見守ってくれて」
「――はい」
先送りにしてしまった、想い。私はリッカさまを、信頼していないのではないのか、という……。
「アリスさんが見ていてくれるから。アリスさんが傷つかないって言ってくれたから、私……戦えるよ」
「……っ」
信頼にも、様々な形があります。私のこういは、リッカさまへの信頼で、間違いなかったのですね。
(ありがとうございます、リッカさま)
「それでも、決闘は今回が最後ですから、ね?」
「うん、アリスさんを心配なんてさせないよ」
私は私の信頼を、見せましょう。これからも私は、リッカさまを心配すると思います。だから――決闘はなしに、してくださいね……。手を出せないのは、辛いですから。
「それじゃ、アリスさん。髪、お願い出来るかな」
「はいっ」
手櫛で、リッカさまの髪を梳いていきます。指を通す度にリッカさまの香りがふわりと舞います。甘く、爽やかな、春の香りです。
「ん……」
『アリスさんの手の甲が、頬に』
リッカさまの、艶のある声が漏れてしまいました。私の中で発生した熱が、私の悪戯心を刺激します。
「んん……」
「……ふふ」
手の甲で、少しずつリッカさまの頬を撫でていきます。あくまで髪を整えている最中に触れてしまった事故なので、リッカさまも言うに言えないといった表情でぴくんと、肩を震わせています。
(ああ……)
リッカさまの可愛らしい反応とは裏腹に、私はどんどん――恍惚の表情となってしまいます。
(もっと――)
「あ、ありすさん。そろそろ」
「そう、ですね」
リッカさまの髪は結構前に整っていました。バレちゃいましたか。もう少しリッカさまを撫でていたかったのですが、致し方ありません。兄弟子さんの事なんて一切気になりませんが、ライゼさん達は待っているでしょうからね。
中庭に戻ると、ライゼさん達は何やら話していました。兄弟子さんは思った通り、居なくなっています。これで少しは、リッカさまも安心出来るでしょう。
「その後も、人が危険に曝されている状況では、自身の危険も省みず行動しています。アルレスィア様が危険に曝された場合は今回の通りです。普段の落ち着きが嘘のように怒ります」
どうやら、リッカさまの話みたいですね。シーアさんの好奇心が爆発したのでしょう。私から少し聞いた最初の戦いという言葉。それの確認と、リッカさまの本質への言及といったところですか。
「落ち着いちゃいるが、根に持つし、皮肉屋っぽいし、子供っぽいとこもあるからな。……戦いさえなけりゃ、ただの街娘だ。カカカ」
「へぇー、そんな風に思ってたんですか」
ただの街娘というのは同感ですが……ライゼさんの言い方、乱暴すぎです。
「いつから帰ってた」
「アンネさんが、私が普段は落ち着いてるのに~ってとこからです」
ライゼさん達が話しているのを見て、気配を消して正解でしたね。ライゼさんがリッカさまをどう見ているのか聞けました。後で訂正します。
「まったく、私の接近に気づかないとは。そんなにアンネさんとの会話は楽しかったですか?」
リッカさまがぽんっと手を叩きました。ライゼさんの評価にあったでしょう。根に持つ、と。そしてもう一つを忘れています。やられたらやり返す、です。
「リッカさま、いけませんよ」
『と、やりすぎちゃったかな』
「ライゼさんはアンネさんの隣が一番落ち着けるのですから。お邪魔してはダメです」
本当の事ですから、否定出来ないでしょう。ライゼさんの方が弱点多いの、分かってませんよね。
『援護だった。ふふふ、勝手に私で盛り上がってた罰で――』
「リッカさまも帰ったら気を抜きましょう」
今日の疲れはもうありませんが、心の疲労は取りづらいです。ですから、リッカさまも私の隣で落ち着いて貰いましょう。
『援誤だった。ふふふ……』
あ、あれ。またリッカさまが顔を隠してしまって……。
「剣士娘……」
「どういうことですカ?」
「あぁ、それはだな」
シーアさんが、リッカさまが顔を隠してしまった理由を尋ねています。私も尋ねたいですが、それを知られるのは拙いと私の中の本能が警鐘を鳴らしているので――話はここまでとしましょう。
リッカさまが戻ったら、先ほどの話を再開させます。そしてすぐにでも宿に戻らせていただきましょう。早くリッカさまと抱き……疲れを取りたいので。
「そういえば、試験の結果はどうです?」
ため息を一つ入れて、リッカさまが戻ってきました。話を切り替えるついでに、シーアさんの試験結果発表をしてもらいましょう。
「試験したのが失礼って思えるほド、完璧でしタ。巫女さんの魔法は私と同じくらい高性能ですシ。リツカお姉さんは前衛として最上級でしタ」
そうでしょう。リッカさまは最上級なのです。シーアさんなら過大評価しないでしょうから、その評価を訂正する必要は、ありません。評価の齟齬は戦闘中に、思わぬ形で浮き彫りになります。擦り合わせが必要ですね。今後を考えたら、シーアさんともっと話をしていくべきでしょう。
「そんなリツカお姉さんのお師匠さんなラ、この方も強いのですよネ」
「ライゼ様は、この国でも最上位の冒険者です。陛下の護衛にと大臣たちが推挙しようとしたほどです。……ライゼ様は断りましたし、陛下も却下しましたが」
もっと、アンネさんからの高評価を喜ぶのかと思いました。ですがライゼさんは、おたおたとするだけで一言も発しません。
「どうして断ったんでス?」
陛下護衛となれば、給金もそうですが――アンネさんとの交流も増えます。断る理由は少ないでしょうけど、ライゼさんなら……断りそうです。理由もありますから。
「ライゼさんの過去って謎ですよね。さっきの兄弟子さんとの過去もそうですけど。……あと、ライゼさんの魔法ってなんですか?」
「ん? 言ってなかったか?」
言ったつもりだったのですか。名前すら随分後に教えて貰いましたし……ライゼさん、大雑把なんですよね。
「俺のはな。”雷”と”纏”だ。あの馬鹿と似とるだろ」
”雷”……強力な魔法です。纏うには少々強力すぎますが、ライゼさんは上手く制御しているのでしょう。
「剣を使う人間にとっちゃ、最高の魔法だと思っとる」
得意顔でしたが、その裏には悔恨が見えます。剣術家で最適というのなら、リッカさまを除けば兄弟子さんでしょう。”風”と”纏”の方が良いと思っているのに、自分が最適と言うのは、兄弟子さんの今を見てしまったからです。本当は兄弟子さんが一番になれるのに、と。
『効果は違うけど、私の”強化”もそうだよね。それなら……”抱擁”も”纏”のように使えるのかな』
確かに、”抱擁”と”纏”は似ているかもしれません。リッカさまが”抱擁”を掴むきっかけとなるでしょうか。”纏”については、私は苦手の部類です。なので、ライゼさんに詳しく聞いておきましょう。
(今日の報告会は、少々長くなりそうですね)
「俺の過去か。そんなに面白いもんでもないが」
兄弟子さんの過去を話したときにチラと出ましたが、ライゼさんはどのような生活を送っていたのでしょう。十代の頃に兄弟子さんを拾い、ライゼさんが育てたと言っていました。それはつまり、ライゼさんも――両親が……。




