譲れないモノ⑨
「お待たせしました」
「剣士娘、ずいぶんとまぁ……なんだ」
(向こうじゃ、こんな服で出歩いてんのか……? そりゃ襲われるわ。あんまジロジロ見ると、巫女っ娘にキレられるな)
ああ、出てしまいました。本当に、王宮前で良かった。人目のつくところでなくて良かった。この姿で出歩いた日には、噂はこれ一色になってしまいます。
「なんのつもりだ。おい」
「何のつもりも何も、怒ってるんですよ」
ライぜさんは察していますが、兄弟子さんは全く分かっていません。
「それがリツカお姉さんの世界の服ですカ。あとで見せて欲しいでス」
シーアさんに渡すと、分解されそうです。それに、リッカさまが身に着けていた物を渡したくないので――ご遠慮ください。
「私は、魔法も剣も武術も使いません。あなたが諦めるまで避け続けます。あなたでは私に掠り傷ひとつつけられません」
リッカさまが行うのは単純なものです。兄弟子さんが襲ってくる。それを避け続ける。以上です。向こうの世界でリッカさまが、不良相手にやっていた事。二人までならリッカさまは何時間でも避け続けられるので、警察と呼ばれる警護職が到着するまでの間避け続けていたのです。
(本当は相手が何人いようとも、問題ないのですが……)
そうなると流石のリッカさまでも、手を出さなければいけません。なので三人から、逃走を視野に入れた回避へ。そして四人になると逃走へと切り替えます。私としては、二人所か一人の時点でそうして欲しいのですが……根底に人助けがあるので、相手が二度と繰り返そうと思わないようにする役目もあるのです。
「あれはどうした、朝の日課に使ってる服は」
「確かにあれは運動用ですけど。私、怒ってるんです。この格好でも十分ってことですよ」
「キレすぎだ、馬鹿娘」
向こうの不良と同じ目にあってもらうのです。見ている側は、腕利き以外は何が起きているか解らないでしょう。ですが、受けている側は確実に解ります。凡そ戦士とはかけ離れた姿でありながら、絶対に当たらないという――恐怖と共に。
「着替える必要あったんですカ?」
「リッカさまと私のローブは、私たちの魔法制御を補助する役割を持っています。ローブがなくとも、多少は使えますけれど……」
(木刀や杖と同じ役割という事ですね。特級が三つという時点で、制御に難があるのは確実です。きっと、武器が照準、ローブが魔力の巡りを補助するのでしょう)
リッカさまはローブ、私は杖が重要です。どちらもあるのが前提ですが、どちらか欠けてもという話ならばそうなります。私は撃つ魔法ばかりですし、リッカさまは纏う魔法が殆どですから。
この服に着替えたのは、リッカさまが魔法を一切使わないという決意の表れなのです。
ですが、シーアさんの質問は……どちらかといえば、あの服じゃないとダメなのか? といった意味合いが強いように感じました。服の形状という話ならば、アルツィアさまの髪で作った糸で刺繍すれば、どんな服でも良いのです。ただ、あのローブで統一しているのは……。
「そうなんですネ。てっきリ、ただお揃いの服着たいだけだったのかと思ってましタ」
「そ、そそそんなことはっ」
『シーアさんは、ズバッと言うなぁ。実際、アリスさんとお揃いが良いからだから、否定はしないけど』
シーアさんが鋭いのは分かっていました。が、そこに気付かれるとは……私がそれを考えていて、顔に出ていたとはいえ……。
「それで、どうすんだ。馬鹿弟子」
「いいぜ。ただし、俺の攻撃が当たれば本気でやってもらう。俺も本当の剣を使う。文句はいわせねぇ」
「構いませんよ。出来ればですけど」
状況が分かっていないのでしょうね、兄弟子さんは。リッカさまは相手も自分も、過小評価も過大評価もしません。事戦いにおいて、手抜きや御ふざけもありません。つまり――兄弟子さんなんて、武器も魔法も、戦闘準備すら必要ないという事です。
「この石が地面に落ちたら開始だ。手を出す気はないが、危険と思ったら割って入るぞ」
「どうぞ」
「あぁ」
ライゼさんが石を指で弾き飛ばし、その場から離れました。
「実際、どれくらい避けられるんですカ」
「避けるだけなら、ずっと出来ます」
戦いになると口数が減るリッカさまに代わり、私が答えます。ただ、もう少し離れるとしましょう。リッカさまと違って、兄弟子さんは広い範囲がないと戦えません。
「風纏う―」
石が地面に落ちると同時に、兄弟子さんが袖と裾、剣に”風”を纏わせリッカさまに向かって――跳びました。
『初手、突進からの突き。場所は、お腹』
”風”を爆発させ、人を超えた速度でリッカさまに近づいていっています。人を超えてはいますが、ライゼさんやリッカさまを見た後では遅く感じます。
ただ――”風”の特級を持つ者が、近接戦を行える。しかも”纏”まで。この意味は大きいのです。剣術との相性で見れば恐らく、”雷”よりもずっと良いでしょうから。
リッカさまが兄弟子さんの突きを、回るように、踊るように避けました。突きです。突き――。
「――っ。突きでは、刃を潰した意味がありませんよ」
「致命傷にはならねぇよ」
「当たらないから問題ないよ、アリスさん」
(ですが……っ私が怒っても、兄弟子さんは変わりません。それに……)
当たらないと、分かっています。リッカさまは兄弟子さんが動くよりずっと早くから回避行動までの思考を纏めているのですから。そしてそれは凝り固まっていない。いつでも変更出来る柔軟性。これこそ、リッカさまが絶対に当たらないといえる理由です。
『突進。手首に余裕。罠、本命は回転切り』
回転斬りを屈んで避け、リッカさまは前方に飛び退きました。くるくると回りながら、余裕がまだまだあると見せ付けているのです。もっと速く、強く攻めてくるようにと、兄弟子さんに見せています。
(本来、相手の行動を読み切っていても対応は決めないものです。もし間違えた場合、どうしても行動が一瞬遅れますから)
ですがリッカさまは、そこまで完全に決めても問題ありません。思考が早い。行動が速い。相手の動きなんて止まって見えますし、数ミリ動いただけで相手の動きが判ります。
『回転切りの勢いのまま、私への振り下ろし。速度に違和感? 切り下しからの切上げ』
つまり――相手の攻撃が始まる前に動く事も容易いのです。兄弟子さんがリッカさまへ攻撃を仕掛ける直前、リッカさまの手が兄弟子さんの顔に迫りました。
「ッ!」
兄弟子さんの体がビクリと固まり、その隙にリッカさまは大きく離れます。
攻撃もしなければいけないから、経験で上をいくライゼさん級の人ならば当てる事が出来ます。しかし、回避だけなら話は別です。回避に専念したリッカさまを捉える事は、誰にも出来ません。そんな事が出来るのは、世界でただ一人……私だけです。リッカさまと私が対峙するなんて、絶対にありえませんが。
(しかし回避に専念しているだけでは、相手はイラつくだけで折れません)
そんなイラついている相手にこうやって、手を出し始めたら。相手はこう考えるでしょう。もしあの手に武器が握られていたら。当たっていたら、と。
最初は怒るでしょう。ですが繰り返されると――恐怖がじわりじわりと、近づいてきます。リッカさまはそれが出来るのです。リッカさまの殺気に曝され続けるという事は、臨死体験を繰り返すのと同義なのですから。
「当たる気配ないですネ。お兄さんが動く前から分かってるみたいに避けてまス」
「実際分かっとる」
ベンチに座ってゆったりとしているシーアさんと、木に背中を預けているライゼさんが、雑談を始めてしまいました。もしもの時は止めると言っていましたが、止める必要性を感じないでしょうから。
「リッカさまは、初めてマリスタザリアと戦った時……大人ですら震え上がり、硬直する場面で完全に避けきっていました。掠ることすらなく最小の動きで。そして、大きく避けたかと思うと、その時の攻撃は地面に当たり、石飛礫が飛散し、近くに居ればそれすらも致命傷になりえたはずです」
これを他者に話すのは、二度目です。シーアさんも私達の仲間ですから、知っておいた方が良いでしょう。リッカさまという人が、どういった方なのかを。
「未来が見えてるんですカ?」
「いえ、”巫女”にそのような力はありません。リッカさまのあれは、勘と観察眼で未来予知に近いことをやっているだけです」
勘――その第六感が、常人の域ではないのですが。
「剣士ってそんなことも出来るんですカ」
同じ剣士であるライゼさんも、似たような事は出来ると思います。
「ただ避けるだけじゃ限界はくるが、目隠ししたり、相手の行動操ったり、やりたい放題だな」
限界、ですか。リッカさまの場合限界はありません。やりたい放題というのは否定しませんけど。
兄弟子さんはもう肩で息していますが、リッカさまはまだ涼しい顔です。任務から帰ってきたばかりとはいえ、リッカさまは準備運動すら終わっていないのです。
「急に顔の前に手がくりゃ、手は出さないと剣士娘が言っとっても体は固まる。視線誘導や陽動を織り交ぜて馬鹿弟子の行動の選択肢を削っとる」
(視線誘導や陽動。そういうのもあるんですね。近接戦も奥深いです)
戦いとは、選択肢の多い方が勝利します。リッカさまやライゼさん級になると、無限とも思える選択肢を有していますが、兄弟子さんの行っている攻撃、手数は少なく、単調です。
「馬鹿弟子の癖も呼吸も、もう掴まれとる。一生当たらんだろう」
戦士にとっての呼吸は、意味合いが変ってきます。ただの生命活動ではないのです。無限に攻撃し続ける事は出来ず、どこかで一拍置かなければいけません。これもまた、リッカさま級の剣士になると相手に悟らせませんが――兄弟子さんは練度不足です。連続攻撃出来る手数も、何処で一拍入れるかも完全に把握しました。もう、終わりは近いです。
「剣士に出来るかってことだが、俺は出来る。だがな、俺のは経験からくるもんだが。剣士娘のは、勘が鋭すぎる」
経験だけでリッカさまの上をいけるライゼさんが凄いとも言えますが、経験が追いつけばリッカさまに勝てないと言ったのは、ライゼさん本人です。リッカさまの勘は本当に、一線を画しているのです。
「本当に、未来を見てるみてぇじゃねぇか」
(未来、ですか)
リッカさまがここに至るまで、どれ程の研鑽を積んだと思いますか、ライゼさん。シーアさん。
物心付き始めた時からリッカさまは、第六感を使えていました。しかしそれを信じることが、リッカさまには出来なかったのです。自身の能力を完全に信じる事を、『恐怖心』が許してくれませんでした。
そんなリッカさまが第六感を信じる為に行ったのは――肉付けです。能力を信用する為の知識集め。人がどう動くかを学びました。どう動けばどう動けなくなるのかを実践で確かめました。視線の意味、体に現れる兆候を日常で観察したのです。
そうやって、地道に重ねたのです。能力に頼らずとも相手の先手を取れるようになった頃、リッカさまは第六感を信じる事が出来るようになりました。
リッカさまは天才です。才能に溢れ、それをいかせる体を授かっています。筋力はありませんが、柔軟な体と筋肉は衝撃を、力を、滞りなく細部に伝えます。それは攻撃にも防御にもなるのです。
ですが、才能だけで今のリッカさまは在りません。常に先を見据え、全力で事に当たる。それこそが、リッカさまの――未来を見るという、行為です。
「……」
問題ないと思っていても、私はリッカさまの戦いから一瞬たりとも視線を外す事が出来ません。勝利を確信し、傷つく事すらないと信用しているライゼさんとシーアさんに対して……私は……私が一番リッカさまを、信頼していないのではないでしょうか。この二人を見ていると、そう思ってしまいます。
リッカさまを一番知っているのは私です。信頼しているのも、されているのも私という自信があります。ですが、私はそれに応えられているのでしょうか。いつも……リッカさまの戦いをハラハラして見てしまいます。視線を外す事が出来ません。
リッカさまの戦いから、一瞬たりとも視線を外したくない理由はあります。私が強いた戦いだからです。だからといって……ハラハラするのは、違うはずです。
リッカさまと兄弟子さんの間には圧倒的な差があるのに、なぜ私はこんなにも、ハラハラするのでしょう。リッカさまを信頼し…………愛しているのに、なぜリッカさまを信じて、安心して見届けられないのでしょう。
(一体、なんで……)
どうして、なのでしょう……っ。
『もうそろそろ諦めて欲しい』
私の疑問は、先送りにして……兄弟子さんは思いの外、往生際が悪かったようです。リッカさまのため息が聞こえてきそう。
「なんで、あたらねぇ!!」
そんな兄弟子さんも、肉体的な疲労は限界だったのでしょう。遂に立ち止まってしまいました。
「ん、終わったんか」
「みたいですネ」
兄弟子さんはやる気でしょうけど、もう無理でしょう。何で当たらないのか、と吼えましたが――それすら判らないようでは。
「剣を振り下ろすとき、兄弟子さんは強く噛み締めます。ただ力を入れるのではなく、明らかに余分な動作です。切り上げを行う際、踏み込んだ足のつま先が内側にズレます。回転切りをする際、回る方へ先に顔が向きます。何より、回転切りがしやすいように握られていてバレバレです。フェイント、陽動を行う際目が斜め下に一瞬向きます。突進はやめたほうがいいでしょう。実力が上回っている場合でないと反撃の餌食です」
一つため息を入れたリッカさまが、捲くし立てるように兄弟子さんの欠点を話し始めました。
「読み過ぎは時に逆手にとられます。ですけど、まったく読まないのはダメですよ。私に攻撃の意志があれば初手で終わってましたから」
リッカさまは、お優しいですね……。まだまだ、兄弟子さんの欠点は続きます。
「その風の魔法も当たらなければ意味がありません。範囲が広くても、私には魔力の色が見えてます。ちょっと幅が広くなった剣くらいにしか感じません。せっかく手足にも纏っているのに、蹴りや殴りが打ち込めてませんね。余裕がありませんでしたか。それとも当たらないと思ってしまいましたか。剣技も荒いです。握りが甘い。力で振りすぎ。体が流れてる。技は使えてますが、キレがないです」
「終わったんかと思って来たが、説教か」
戦い――いえ、一方的な喧嘩が終わって、リッカさまが抱いた感情は……私と同じく、同情でした。
兄弟子さんの、私への敵意はもうないでしょうし、精神的に追い詰めるよりも修正する道を選んだようです。
「ライゼさん、少し踏み込んだ話をしますけど」
「あぁ、言いたいことは分かるが、あんさんの口から言ってくれ」
同情、そして修正。それはリッカさまが一つの結論に至った結果なのです。
「兄弟子さん、本当に弟子ですか?」
ライゼさんの弟子というのは本当です。戦い方が似ていましたから。ですが、リッカさまが聞きたいのは言葉そのままではありません。技のキレも、重さも、戦い方も、何もかもが――稚拙だったのです。
ですから、リッカさまが聞きたいのは――ちゃんと教えていたのか、という……ライゼさんへの疑問なのです。




