譲れないモノ⑥
現場から少し離れた所に、ヘルネと呼ばれる、鉱業を主にした村があります。採っているのは鉱石。鉄鉱石等の鉱石があると思いますが、ここで採れるのは宝石の原石です。ある町に卸され、加工されると聞いています。
村という事ですが、殆ど町といえるくらい栄えていて、活気がある場所と案内にはありました。世界が変わろうとも、宝石の持つ意味は変わりません。自身を飾り付け、自身の地位を表現する者。単純に宝石の美しさに見惚れる者、様々です。
(野蛮お兄さん――魔法は結構良い物を持っていますが、荒すぎですね。野蛮さんで良いでしょう。野蛮さんはそこそこって感じですけど、リツカお姉さんと巫女さんは別格ですね。二人とも、私との相性が良すぎです。特にリツカお姉さんの即断即決は気持ちが良いです)
シーアさんの、リッカさまへの評価が固まりつつあります。近接戦闘を行うリッカさまと、後衛であるシーアさんの相性は良いです。何よりシーアさんの作戦に一番最初に気付き、行動したのが決め手でした。共に戦う上で、リッカさまの才能は最高でしょう。負い目のある私ですら、今でも偶に……リッカさまの才能に舌を巻いてしまうのですから……。
「アリスさん、ありがとう」
「えっ? 私何も」
じっとシーアさんを睨みつけるような視線を向けていた私に、リッカさまからの感謝が聞こえました。聞き間違いかと思いましたけど、リッカさまは私を見ながら、少し頬を染めています。
「んっとね、これ」
自身の頬を指差しながら、リッカさまは恥ずかしそうに口を結んでいました。
「傷、また残ってないみたいだから。ありがとう」
今回も、痕が残ってもおかしくありませんでした。ただ、牧場のホルスターン戦よりは治療は容易と感じたのです。
(あの時は抉れていました……)
今回は、ばっくりと切れていたのです。クマの拳が、爪が……技によってより鋭くなっていたのでしょう。
「アリスさんの治療が一番だね。治療されてる時、あったかいし」
その傷は、私の判断ミスが招いた結果です。でもリッカさまは……微塵も、そんな事を思っていません。怪我をしたのは自分の未熟さ故、とさえ思っているのです。
リッカさまが、木刀を投げた事によって追い詰められてしまったのは事実です。ですがそれで、私まで焦るのは違いました。とはいえ――お礼を言ってくれているリッカさまに、謝罪をするのは……梯子を外すような行為と思いました。
だから私は、謝罪よりも感謝を告げるのです。
「は、はい。リッカさまの綺麗なお体に傷は残しません。絶対に!」
「ありがと……」
『き、きれいな、からだ……ちょっと恥ずかしいけど、うれしい、かも』
少々言葉を選び間違えてしまいましたっ。綺麗なのは間違いではないのですが、今言うべき事ではなかったと思いますっ! リッカさまが恥ずかしそうに、もじもじとしてしまっています。お、落ち着かないと。
「リッカさまも、ありがとうございます。ウィンツェッツさんに言い寄られそうになったとき、助けていただいて」
謝るくらいなら、してくれた事への感謝を。そして次は間違えないという意味を込めて、誓うのです。リッカさまが、そうしてくれるように。
「うん。絶対守るって、約束したから」
「えぇ、私も約束しましたから」
お互いを守り合う。今回はそれが少し、暴走してしまった形でした。ですがそれはもう、お互い分かっているのです。リッカさまは私に対して、私はリッカさまに対して。この想いに妥協は出来ない、と。
謝罪するという事は、この想いへの後悔に他なりません。これだけは、変えたくない。守り続けたいのです。どんなに行動が制限され、守る者が増え、遂げなければいけない想いが重なろうとも……譲れないモノが、私達にはあるのです。
だから私達は、微笑み合うのです。お互いの気持ちを、想いを確認し合うように。お互いの存在を、強く刻み込むように。
「手強すぎまス」
「だからてめぇは何がしてーんだよ」
「兄弟子さんも手伝って……。あァ、兄弟子さんには無理そうですネ」
「置いてくぞ餓鬼ども」
兄弟子さんが歩調を速めていました。もう周囲にマリスタザリアは居ませんし、着いて行く必要はありません。ただ、目を離すのは少々憚られます。兄弟子さんは根に持つ方ではないのでしょう。ただそれにしても、大人しすぎる。この違和感は未だに拭えません。
リッカさまと心を通わせた直後は、特に能力が制御出来ません。リッカさまにだけ発動するので、兄弟子さんの心の内は全く。しかし観察は出来ます。しっかり、見ておきましょう。
それにしてもシーアさんは、諦めも悪いのですね。私にはもう通じないと言ったはずです。シーアさんは知らない事なので仕方ないのですが、何れ教えて上げます。リッカさまが木刀を投げてくれたという意味に込められた、一つの想いを。
町に着き、最初に”悪意”を診ました。違和感を持っている方やイライラが取れない方が居ないか尋ねたのですが、この村には居ない様です。経済的に余裕があるからなのか、ストレスが少ないみたいですね。
『いつも思うけど、この世界の人は落ち着いてるなぁ。マリスタザリアに慣れてるっていうのもあるんだろうけど……。悪意、か。魔王との関与を感じずには、いられないかも』
村の様子を見てリッカさまが感じたのは、村人の落ち着きです。確かにこの世界の方達はマリスタザリアに慣れています。しかし、ここまで落ち着いている事に違和感を感じているのは私も同様です。
リッカさまが考えている、”悪意”と魔王の関係。アルツィアさまからリッカさま経由で教えていただいた、”悪意”というそのままの意味を持った魔法の存在。そして”悪意”の集合体である魔王。リッカさまの懸念は、間違いなく真実と思っております。
魔王は――”悪意”を集めている。そしてそれを力にし、マリスタザリアを作る術がある。これが、確信へと近づきました。
「巫女様方のお噂はここまで届いております。本当に、ありがとうございました」
”巫女”に助けて貰ったという事で、お礼をしたいとの申し出がありましたが、断らせて頂きます。冒険者は公務員ですし、もっといえば”巫女”自体が国の補助で生活しています。お礼を受け取る訳にはいかないのです。
「皆様にアルツィアさまの加護があらん事を――」
すぐにでも王都へ戻る事になります。ただ、このままでは不安が残るでしょう。気休めでしかありませんが、祈っておきます。何かあっても、私達はすぐに駆けつけるという意味を込めて。
「我々はここで失礼させていただきます。我々も船で来ましたので……ありがとうございました。皆様のお陰で、皆無事でした」
防衛班の方ともここでお別れです。管轄が別ですし、報告も別になってしまいます。それに、防衛班の方はもう少し警備をするようですから。
防衛班の方が居なければ、村に被害があってもおかしくありませんでした。迅速な行動と正確な判断。流石、防衛の専門家。見習うべき事が多くあります。
「お気をつけて」
防衛班の方も、無茶をなさらぬよう。自身の命を優先させる時を見誤らぬよう。お気をつけ下さい。王都近隣の守りは、王国兵と防衛班に掛かっています。冒険者という戦力があろうとも、最初に命令が行くのは皆さんなのです。
「皆さんの働きに敬意を。共に平和を守って参りましょう」
「は、はい!」
「誠心誠意、務めます!」
(うぉぉ……! 頑張って良かった!)
(男って単純ですね。扱いやすいと思うべきでしょうか。お兄ちゃん候補はその辺が違いますから、マシですけど)
お給金が良いから。待遇が良いから。そんな理由で続けられる職ではありません。王国兵、防衛班、冒険者に必要なのは、守る覚悟です。働く場所は違えど、目指す場所は同じです。連携を取り、より多くの方を救いましょう。
「巫女さン、巫女さン」
「はい、何でしょう」
「”拒絶”ってどこまで拒絶出来るんでス?」
船に戻る道すがら、シーアさんの好奇心は我慢出来なくなったようです。メモを片手に目を輝かせています。私以外が使えない魔法というだけでも、興味が尽きないでしょうから。
「私の想いが届けば何でも。気配や視線といった物も可能です。ただ、死を拒絶する事は出来ません」
「それは、蘇生は出来ないという意味ですカ?」
「はい。私が所持するもう一つの特級、”治癒”ですが。これと合わせても、死は拒絶出来ません。手足の欠損に関しても、切断面の”邪魔”を”拒絶”出来ないものですから、完全に切り離されてしまうと繋げる事も出来ません」
死んでしまえば、私にはもう何も出来ません。死なずとも、手足が切断されてしまっても治せません。単純に止血は出来ます。切断面の保護も出来ます。ですが、繋げる事は出来ません。どんなに神経、血管、骨の位置に筋繊維を診て、正確に合わせ、縫合しようとしても、無理でした。何かに”邪魔”されていると感じたので、”拒絶”しようとしたのですが……ダメだったのです。
恐らくあれが、『神の領域』なのでしょう。人の身で行える奇跡の限界が、あの”邪魔”なのです。
(死に関しては、アルツィアさまにも蘇生は出来ないと聞いて諦めています。それに……死があるから、人は今を一生懸命になれると私は考えているのです)
ただ、”拒絶”という特別な魔法があるのですから、もしかたら? という想いがあったのも事実です。理不尽に命が奪われるこの世界で、少しも多くの人が……生きていて良かったと、思えるように。
「どんな医者でモ、それは出来ませんヨ」
「そう、ですね。ですが、折角汎用性が高い魔法を持っているのですから、出来る事なら……せめて欠損だけでも……」
(諦めてないようですね。巫女さんならいつか出来るようになるかもしれませんけど、欠損部位の縫合なんて出来た日には、”神林”に人が殺到しそうです)
根底には、リッカさまのもしもがあるのです。あんなにも鋭く裂けてしまった傷を見てしまうと、いつか……その時が、来るかも……しれないのです。その時何も出来ないなんて、嫌です。ただ傷口を塞ぐだけなんて、嫌です。治したいのです。どんな怪我も。どんな病も。全てを治せるように、なりたいのです。
リッカさまと出逢って、その想いはもっと強くなりました。私が……私という人間が”治癒”を持って生まれた意味を、明らかにしたいのです。人を遠ざける魔法と、人の為になれる魔法。こんな相容れない二つを持った私の、意味を。
「汎用性ですカ。出来る事を一つ一つ教えてくれませんカ。メモしまス」
「はい。一番重要なのは”悪意”の――」
『むぅ……。私も、”抱擁”についてもっと調べた方が良いのかな……』
リッカさまが、私達をじーっと見ていました。シーアさんの好奇心を優先させているのか、口を噤んで……ほんの少しの、嫉妬心を我慢しながら。
すぐにでもリッカさまに声を掛けて、リッカさまを癒したいですが……シーアさんとも今後は連携する事も多くなるでしょう。相性を考えると私達は一塊で動いた方が効率は上がるはずです。なので、私が出来る事をシーアさんに話すのは、必要な事、なのです。
『私ももっと勉強しないと、シーアさんにアリスさんが――』
「準備できたぞ、餓鬼共。だがその前に、赤いの。勝負しろ」
「……ライゼさんも同じこと言ってきました。剣士としての勝負を私に望んで」
『そんな事だろうと思ってたけど、こんな場所で?』
今まで静かに出発準備を整えていた兄弟子さんが声を出したと思えば――第一声が、それですか。違和感は形となり、今まさに現出しました。ずっと、リッカさまを狙っていたのですね。
「あぁ、それなら話は早いな。俺ともやれ」
「兄弟子さんとはしません。理由がないです」
(せっかく巫女さんから話を聞こうと思ったのに。野蛮さんが野蛮しそうだから止まっちゃいました)
剣を抜き、突きつけた兄弟子さんに対しリッカさまは、構えずに立っています。戦闘の意思を見せず、もはやここで戦う事は無いと視線すら逸らしているのです。
「なんで、そんなにライゼさんのことが嫌いなんですか。……いえ、気に食わない、ですね」
「そうやって見透かすのがアイツにそっくりだ。てめぇも気にくわねぇ。だが、今はどうでもいい」
劣等感でしょうか。ですがそれは、自身に向いているようです。他者を貶めて上に立つのではなく、自身を高めようという意志は見えます。少々歪で、ギリギリの状態ですが。
ただ、ライゼさんに対しての感情は何処か――真っ直ぐと感じるのです。まるで――親に認められたい駄々っ子。
「てめぇと俺。どっちが剣士として優れているか、だ」
「どっちが優れているか。それは、腕の話ですよね」
「それ以外にあんのかよ」
『ライゼさんが、馬鹿弟子っていう理由がこれかな』
いつでも動けるように心を熱くしていく兄弟子さんに対し、リッカさまはどんどん冷めていきます。
剣士としての優劣。そこが相容れないのです。腕前よりも想いを重視するリッカさまにとって、剣の腕前は想いを体現するための手段でしかありません。
ライゼさんの決闘を受けたのは、想いの強さを量る為でした。兄弟子さんは単純に剣の腕前を競おうとしているので、リッカさまは戦わないのです。
(兄弟子さんにも想いがあるのかもしれませんが)
想いあっての剣という事を理解しなければ、リッカさまは受けません。
「何度も言ってますけど、私は無駄な戦いはしません」
「御託はいい、戦え」
このままでは、無抵抗なリッカさまに襲い掛かりかねません。
「お辞めください。ウィンツェッツさん」
私はこの時、何も言わずに離れるべきだったのでしょう。シーアさんと話していて、リッカさまから少し離れてしまっていて、兄弟子さんに近づいてしまっていたのも間違いでした。
「あ? 俺は今赤いのと話してんだよ」
兄弟子さんの剣先がピクリと動いた瞬間――。
「!」
リッカさまは風よりも速く……兄弟子さんに斬りかかり、私の前に立っていました。
「今、アリスさんに手を出そうとしましたね」
兄弟子さんは避けましたが、それはリッカさまが避けられるようにしていたからです。距離を空ける為の、意図的な手抜き。相打ち覚悟で私への攻撃を続行されないように……。
(え、速。魔法使ってませんよね。あの、”強化”って魔法。なんでそんなに速く動けるんです? いつその木刀っていうの持ったんです? ずっとリツカお姉さんを見てたはずなのに……消えたんですけど)
リッカさまは私闘をしません。納得出来る想いがなければ、絶対に。そんなリッカさまを動かせる唯一の手段……それは――。
『私、何度も言ったよね。何度も、何度も何度も何度も何度も!!』
「アリスさんに手を出すのだけはダメです。あなたを敵として認識します――私に、強さを」
「ハッ! そうなるだろうと思ったぜ。巫女に手を出そうとすりゃあな」
私への……敵意。それさえ見せれば、リッカさまは動いてしまいます。兄弟子さんの敵意がもし、ただの見せ掛けなら……ここまで怒りません。ですが兄弟子さんは、私にも少なからず苛立っていたのです。完全に本物の敵意でした。そんな物をリッカさまに見せてしまうと、止められません……。
『釣られようと関係ない。腕の一本は覚悟してもらう』
「リッカさまっ」
「止めないでアリスさん。アリスさんに手を出そうとした人を許せるほど、私は平和呆けしてない」
兄弟子さんに負ける事はないと確信しています。剣を持っていようとも、向こうの世界に居た不良と大差ありません。
「リッカさま……ですけど、相手はライゼさんの」
私が心配しているのは、リッカさまの心です。
「ライゼさんが兄弟子さんを我が子のように想っていることは分かってるよ」
相手はライゼさんの親族かもしれないのです。そんな人を傷つけてしまえば……師匠と慕い、尊敬しているライゼさんへの自責の念から、師事を撤回するかもしれません。
それだけなら、まだ良いですが……リッカさまは気にし続けるでしょう。いくら、赦せない相手であっても……何か追い込まれているような、精神的に衰弱している兄弟子さんに対し、攻撃してしまったら……。
『ライゼさんはいつも、弟子の話をする時は親の顔だった。この人を何だかんだで大切にしているんだろうけど――』
「でも、それ以上に私はアリスさんが大切だから、これだけは譲れない!」
ですが、リッカさまは止まりません。どんな理由があろうとも、私を守るという一点でリッカさまは譲りません。私が一番、それを理解しています。
ここで戦わなかったら、兄弟子さんはリッカさまと戦う為に私を狙い続けるでしょう。その可能性に気付いているリッカさまは、完全に兄弟子さんの心を折る気でいます。
(私では……私だからこそ、止められません……。何か――)
「熱くなってるところ悪いですけド。アンネさんから連絡でス。急いで戻って欲しいト」
「チッ……」
アンネさん、こんな時も良いタイミングで……。兄弟子さんも下がってくれたようですし、安堵のため息が零れてしまいます。
「リッカさま、私は大丈夫です」
明言は、出来ません。ですがこのまま戦いに発展するのだけは……避けなければ。別の何かで、実力差を見せ付ける方法はないでしょうか。
「……うん」
戦わないという選択肢があれば良いのですが、私では思いつけません。想いの強弱なら、覚悟を見せつけるだけで良いでしょう。ですが、単純な強さ比べとなると……。
「兄弟子さん。帰ったら、ライゼさんから聞いた戦える場所があります。そこで戦ってあげます。ですから二度と、アリスさんに敵意を向けないで下さい」
「あぁ、巫女には手をださねぇ。誓ってやる」
リッカさまを引き出す為だけに私に敵意を向けたので、兄弟子さんは私への興味など一切持っていません。あるのは、謎多きリッカさまの実力に対しての興味だけなのです。
ブクマありがとうございます!




