ある早朝
肌を突き刺すような寒気に見舞われた早朝。まだ暗いにも関わらず、灰色の雑居ビルに挟まれた狭い路地に1人の幼い少女がいた。
子供用のコートに身を包み、赤いマフラーと手袋を装着しているその少女は、足下を見て白い溜息を吐いた。
少女の足元には赤い水溜りが広がっており、そこに転がっている2体の男の骸からは鉄の臭いを孕んだ湯気がたちのぼっている。
「また、やっちゃったね。」
そう呟くと、少女の背後の風景が蜃気楼の如く揺らめき始めた。
周囲の空間を歪めんばかりのその揺らめきは次第に実体を形成していく。どこから集結したのか、白い煙のようなものが揺らめきに吸い込まれて凝固していく。
数秒をかけ、ソレは現れた。
身体の様々な部分に引き絞った雑巾のような奇妙な捻じれのある、少女の倍近い体長を有する人型の存在。
「そウだな。テ"も、気にスるな。」
渦巻きのように捻れた顔面から呻くような声で少女に応答する。
「なんで?」
「コいつ等は、ォ前に手ヲ出そうトしてタ。」
異形の存在と少女はまるで親しい友でもあるかのように、至って普通に会話をする。
「お前ヲ攫って、犯ソうとシテいた。」
「"おかす"ってなぁに?」
少女は異形の方を向くと、渦巻いた顔面を凝視して問う。
「……すまナい、忘れロ。」
異形の存在は渦巻きをさらに内側へと捻り、少女の方から顔を背ける。
「……ねぇ、シロ…この人達どうするの?」
「……そノ名前で呼ぶナ。」
背後の白い異形は、そう低い声で呻くと、捻れた手を1人の男の亡骸に伸ばした。
ぐったりとした死体の肩を両手で掴み、持ち上げる。
そして、瞬く間に異形の顔の渦が逆転し、解けていく。
先程まで渦が占めていた顔面には、ぽっかりと黒い穴が空いている。穴の内部には、まるで鋸の刃のような細かい棘がびっしりと存在している。
持ち上げていた屍をその穴へと運ぶ。
穴に死体の頭部を突っ込むと、勢いよく身体の内側へと引き込まれていき、ものの数秒で死体は身体の中へと収容された。
異形の存在は、もう1人も同じようにして体内に収容すると、男ふたり分だけ膨らんだ身体を勢いよく元の細さに引き絞る。
バキバキと何かが折れる音がした後、再び異形の顔面は渦を描き始めた。
「これデ、良いダろ。」
あまりにも怪奇かつ異常な一連の光景を目の当たりにしているにも関わらず、少女は慣れているようにも見える。
「うん、そうだね。」
「帰ろウ。バばァが心配スるダろ?」
「もぉ、おばさんの事そんなふうに言っちゃだめ!」
少女が少し膨れて言うと、異形の存在は身体を煙のように分解させて消えた。
少女はやや駆け足でその場を後にした。
残された赤い水溜りからは、もう湯気は立っていなかった。