第八話 秘密の会合は突然に
大和が夢への逃亡を果たした頃に、公民館に集まる者たちがいた。
各種族の異人の代表たちだ。観察官の津田大和について意見を交わすために集まった。
が、それはあくまで表向きの理由。実際は他種族がどれほど現状を理解しているのか。それの把し、出し抜けるようなら出し抜き、相手が動きそうなら牽制する。
ここは異人たちによる異人たちへの外交の場。
「まだ吸血鬼の代表が来ていませんが、時間ですし良いでしょう。あの根暗共に合わせては、深夜になりかねませんしね」
最初に言葉を発したのはテレシア。しかしそこには昼間に大和を案内した時の優しさも丁寧さもなく、他者を見下すような冷徹な目をしたエルフの代表がいた。
ただ他の代表も似たようなもので、ドワーフの代表は腕を組み無言の威圧で牽制し、獣人の代表も食い殺さんばかりの目を向けている。
異人たちは自分たちの世界が崩壊するために手を組み、この世界に逃げて来た。しかし勘違いしてはならない。仲が良かった気ではない。縄張り争い、利権の取り合い、宿敵関係。友好的な関係よりも、敵対関係か無関係の方が多く、あくまで亡命するために一致団結していたに過ぎない。
そして今、亡命を果たし、生活の安全が確保された以上残ったのは以前の関係。いや、これからの地位争いを含める為以前よりも仲が悪くなっていた。
ただし、この種族間の仲の悪さを表で見せては、協調性なし、と判断されかねないため必死に取り繕って来た。
だから異人たちは人の目がある表では仲良く、裏では蹴り合う関係になった。
「ふん、どうでも良いわい。そんなことより、お前あの観察官。津田大和が来ることを知っておったな? 何故だ」
故にここに容赦と言う言葉はない。今まで黙って腕を組んでいたドワーフがテレシアを睨みながら問う。嘘を言おうものなら暴力も辞さない覚悟で。
それをテレシアは野蛮な生き物でも見るかのように見下し、鼻で笑い何も言わない。
一触即発。次の瞬間には暴力事件が起きそうな雰囲気を。
「少し遅れたのじゃ。許せ」
吸血鬼の代表。ヴァルの登場で和らぐ。いや、標的が変わっただけだった。
「蝙蝠は時計の見方が分からんのか? ああ、時計では日が出ているか分からんから必要ないのか」
「そう吠えるな、獣人。ちと今話題の津田大和に挨拶をしてきただけじゃ」
獣人代表の挑発を軽く流し、ヴァルはその場に爆弾を放り込む。
津田大和はこの『特区』で唯一の人間であり、日本政府が送り込んできた観察官。異人たちから見れば自分たちの後の立場を決める重要な人物。
その人物に会って来た。それは抜け駆けに他ならない。
「何だと貴様!」
「吼えるなと、言うたはずじゃ? 何が悪い。わしはお主らと違い公民館に行けなかった身じゃ。故にこの身の特性を説明しに行っただけじゃ」
お主らは公民館で顔を合わせたんじゃろ? と言外に言うが、他の代表は不満を隠せない。
公民館では顔を会わせたと言うより出会っただけ。名前を伝えていなければ、個人としてすら認識されていない。津田大和に種族として出会っただけ。
個人として挨拶をしたのとはまるで意味が違う。大きなリードを取られた。
但しこの場にもう一人、このリードを持つ者がいる。
「吸血鬼よ、津田大和の名。挨拶に向かったから知っているのか?」
「いいや、事前に知っていたのじゃ。彼が今日来ることも含めての。……そう考えると酷いのじゃ。貴様ら誰一人、彼が来たことを知らせてくれぬとは」
ケラケラと笑う吸血鬼に、ドワーフは激しい怒気を放ちで机を力強く叩いた。
「どういうことだ! 津田大和が来ることも、その名も知らされてなどいないぞ! エルフは知っておったようだがな! 獣人、貴様はどうだ!」
「知らぬわ!」
そしてドワーフと獣人の怒りの視線がテレシアに向けられる。この情報を活用し、吸血鬼以上に有利な立場を築いたテレシアに。
納得のいく説明をせねば殺すと殺意を込めて睨まれるも。
「フフ……」
テレシアは答えない。情報の秘匿が絶対的な有利に繋がると考えていた。
ただしそれはドワーフと獣人の怒りを爆発させかねないものになる。
当然のことだがこの『特区』で犯罪を行ってはならない。どのようなことが犯罪になるのかは事前に知らされているし、一人が犯罪を行えば種族全体の信用に関わる。
しかしそれでも、咄嗟に手が出てしまう程度に短気な者はいる。更に一度手を出せば、開き直る者だっているだろう。
そんな短気な者がこの場に二人。
「止めるのじゃ。かわりに儂が答えてやろう。代表の選抜方法の差じゃ」
それを止めるのがこの場に一人。
ヴァルの言葉を受けて、浮かしていた腰を下ろす二人。
「それは、どういうことだ?」
「そのままの意味じゃな。どうせドワーフは頭ど突き合わせて決め、獣人は立候補からの決闘で決めたんじゃろ」
ヴァルの記憶ではドワーフは王を持たず、複数の代表者が話し合いで決める議会制を採用していた。そして獣人は族長を決める際に最も強い者を決め、その者が族長となっていた。
「何だその古い方法は。今は試練をいくつか行って総合的に優れた者を選ぶ方法だ」
ただしそれはヴァルの古い記憶の話であり、獣人についてはやや変わっていた。ドワーフは変わっていないようで何も言わない。
ただそれは大した問題ではない。
「そうか。どうでも良いがの。でじゃ、そこのエルフやわしら吸血鬼はどのように決めるのか。エルフは王制で、テレシアが継承権最上位じゃから長となり、わしは始祖様の血が最も濃かったため長となった。分かるか? わしとテレシアは施設にいた頃から長で、お主らは違う」
「だから何だ?」
「はぁ~。獣の頭はいつも空じゃな。津田大和の情報は施設にいた時に聞かされたということじゃ」
腰を浮かせようとした獣人だが、ドワーフに腕を掴まれて立ち上がれない。ドワーフはテレシアが眉をひそめているのを見て、ヴァルの話が事実であり、有用だと判断した。そして有用な話を遮ろうとした獣人を抑え付けることにした。
力の強いドワーフに掴まれては暴れても腕が折れるだけなので、獣人は渋々座る。
「吸血鬼よ、日本人は何故お前達だけに教えたのだ? 種族の統治体制で与えられる情報が違うのか?」
「まさか、そんなわけないのじゃ。単純に長だから教えておこう程度の考えじゃな。おそらく、わしらが他の種族に連絡するとでも思っていたのじゃろ」
施設では人の目があったため、常に仲が良いように振る舞っていた。だからこそ、職員は勘違いして手頃な長の二人に津田大和の予定着任日などを教えた。情報を共有してくれると思って。
しかしテレシアもヴァルも情報を秘匿し、自種族の優位を確保するべく動いた。
「情報の共有を日本人は期待したのでは?」
「そう言われたわけではないのじゃ。それに、お主らも同じ状況なら似たことをしていたじゃろ」
どうじゃ、と視線を向けられればドワーフも獣人も鼻を鳴らして当然と腕を組む。
これで他が隠すと文句を言うのだから、代表者とは面の皮が厚い。
「他には? 日本人に何か教えられた情報はあるのか?」
ドワーフは話せば今回の一件を水に流す雰囲気を見せて口を割らせようとするも、テレシアは依然として秘匿。ただしヴァルは。
「……あるところに行ったのじゃ」
あえて情報を公開する。それも、施設の外に出たと言うドワーフや獣人、他の異人からすればとっておきの情報を。
「何だと! どこへだ!」
異人であれば誰もが羨む施設の外、日本の世界。それに対して外に出たはずのテレシアとヴァルが浮かべた笑みは、自慢するような嫌味な笑みではなく逆に、それを知らないドワーフや獣人を羨むような笑みだった。
「フジサン、という山が見える場所でしたね」
それが勘違いではないことを示すように今まで情報を秘匿し続けて来たテレシアが、ヴァルよりも先に口を開いた。
「ああ、そうじゃ。そこでソウゴウカリョクエンシュウなどという、まあ面白い見世物を見せてもらったわけじゃ」
面白い見世物と言われ、何か特別な娯楽を見せてもらったのだと嫉妬するも、すぐにそれが間違いであると気付かされた。
「自分たちの立場を思い知らされる程度にの」
ドワーフや獣人から見て、エルフや吸血鬼は高慢でいけ好かない奴らだった。いつも自分たちを見下して来ていた。
しかし今はどうだ。あのいけ好かない奴の代表が自嘲の笑みを浮かべている。
「何を見たんだ?」
エルフや吸血鬼の鼻っ柱をへし折る何か、それは何なのか恐怖心と好奇心からドワーフが聞くが。
「どう説明しても分からんじゃろう。自分で見て、調べるんじゃ。ただ一つ言えるのは、もし日本が気に入らず反乱を起こすのであれば先に行ってほしいのじゃ。吸血鬼は無関係であることを宣言するからの」
無意味とあっさり切り捨てられた。その言葉に同意するようにテレシアも小さく頷く。
ドワーフと獣人は同時に互いの顔を見合わす。
エルフと吸血鬼の本質は変わっていないことが分かった。無意識にドワーフと獣人を見下していた。なのに日本に対して反抗する心が折れている。
何を見たのかは分からない。何を知ったのかは分からない。しかし、異人の中で最も反抗する可能性があった二種族が日本に逆らう気がないことを見て、ドワーフと獣人は日本、そして来た観察官の機嫌を損ねないように気を付けることを決めた。
他の情報も引き出したかったが、ヴァルの唐突な一言で今回の集まりは幕を閉じた。
「そういえば明日、大和が挨拶に来ると言っておったのじゃ。歓迎の準備がまだじゃった。ま、わしら吸血鬼への挨拶は日が落ちてからじゃが」
その威力は絶大だった。誰もが目の前の状況から明日、大和が訪れた時の対応に考えを変えた。
特にドワーフと獣人はその時の挨拶が初めての顔合わせとなる。第一印象の重要性は分かっている。
そして第一印象が最悪であると大和を出迎えた時に気付かされたテレシアも、何とかその印象を払拭しようと考えており、今すぐにでもこの場を去り対策を考えたいところだった。
そこからは解散の一言もなく、各々が勝手に立ち上がり公民館から出て行った。
皆が出て行った中、残ったヴァルは愉快そうに微笑む。
「甘いのう」