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第七話 訪問者は突然に

 『特区』の中央。そこに大和が住まう家があった。

 二階建て。3LDKの一軒家。一般的な家として作られ、異人たちに慣れてもらうために用意されたのだが。


「スカスカだな」


 ボロアパートに住んでいた大和にすれば、その家はあまりに広すぎた。荷物全てが一部屋に収まってしまった。

 招待する人などいない大和だが、一般的な生活を異人に見せるという目的では非常にまずい。これが普通と間違えられてしまう。

 間違われないためにはどうすれば良いか。家具を買えば良い。そして大和の通帳には少なくない金額が入っている。

 

「仕方ないか」


 明日辺りに久杉に家具や家電の購入可能範囲を訪ねることにして、今日は早々に休むために動く。


 風呂と食事を早々に済ませてさっさと床に就こうと思えば、二階から物音がする。寝ようとしていたが故にはっきりと聞き取れる。

 軽い足音が二階の部屋を歩き、そして階段へと移動する。


 誰か? 決まっている。異人だ。一般人が外から入って来られるほど『特区』のセキュリティは甘くない。仮にも国家機密の場所なのだから。

 ではなぜ異人が不法侵入をするのか。理由は分からない。好奇心かも知れないし、初めてあった人の家に侵入する不思議な習慣があったのかもしれない。

 ただ、日本の常識ではとても許容できることではない。


 護身用に持たされたスタンロッドを荷物から探し出して持っていく。


「おい、誰か居るのか?」


 返事を期待せずに言ってみた大和だが。


「おお、そっちにいるのじゃな?」


 幼い女の子の声が返って来た驚くことになった。

 そして安堵した。このスタンロッドを幼い女の子相手に使う羽目にならなくて。




「初めましてじゃな、津田大和殿。吸血鬼代表のヴァル・マールじゃ。活動時間の関係でこのような時間の訪問になったことお詫び申すのじゃ」


 侵入者は小さな吸血鬼の女の子だった。

 『特区』に住まう四種族の異人。その内の三種族は公民館で目にしたが、吸血鬼だけはその特性故に公民館にはいなかった。

 夜遅くではあるが、丁度良いと大和は吸血鬼の資料に目を通しながら話をする。


「ええっと、日光が駄目なのだそうで。だからこのような遅くに……。まあ、今回は良いですけど、次回からはインターホンを鳴らして玄関からお越しください」


 さっと資料に目を通して読み終えてしまう。この資料には各種族について必要最低限の事しか載っていない。大和に先入観無く異人を観察してほしい、と久杉に教わっている。それだけの理由なのかは知らないが。

 そして吸血鬼についても日光により肌がかぶれるなどの症状が確認されているため、晴れの日に外に連れ出すのは極力避けるように。曇りや雨の場合は問題なし。

 資料に載っている重要な情報はそれだけ。基本的に禁止事項以外は適当に作ったと思う程に何も載っていない。


「それは失礼したのじゃ。あの集合住宅の上の方に住んでおるからな、まっすぐ飛んで降りたら二階の窓が近かったからついのう。すまなかったのじゃ」


 さも当然のような口ぶりに大和は首を傾げる。

 真っ直ぐ飛んできた? 二階の窓が近い?

 大和の家から集合住宅は見えるがそれなりに距離はある。ジャンプで届くような距離では決してない。それに二階への侵入は静かであり本当に飛んできたとしか思えなかった。

 人は空を飛ぶことは出来ない。しかし目の前にいるのは人ではない人。


「……空、飛べるんですか?」


「聞いておらんのか? 少しなら飛べるのじゃ。あっちに居た頃は自由に飛べたのじゃがな」


 なるほど、と相槌を打ちながら大和は今聞いたことを資料に書き込む。

 吸血鬼は飛べる。ヴァルの口ぶりから異界省はこれを把握しているのだろう。ただ知らない可能性もあるので後で報告はしなければならない。

 ここに来る前に久杉に、どのような小さなことでも報告するように、と言われている。


「空を飛べることでどんなことが起きるのか分かりませんが、一応気を付けてくださいね。吸血鬼全員にそうお伝えください」


「うむ、必ず伝えるのじゃ。それで、話が」


 本題に入ろうとしたヴァルに、大和は手で制して話を止める。


「申し訳ないが、本日は挨拶のみということで良いだろうか? まだ『特区』に着いたばかりで何も準備が終わっていない。何か相談されても対応できないだろう。明日以降、こちらから伺わせてもらうのでその時でも良いだろうか? 日没後でよろしいか?」


「そうじゃな、そちらの都合も考えずに失礼したのじゃ。とりあえずは朝早くでなければ大丈夫じゃ。日が落ちないと外に出られないだけで起きてはおるからの」


 大和は頷きながら今の情報も資料に付け加える。

 失礼したのじゃ、と言ってヴァルは玄関から出て、集合住宅の方に飛んだ。


 飛ぶと言うか、浮くに近い。意志を持った風船のようにふわふわと部屋に戻っていく。


 その不思議な姿を見送り、大和は床に就く。

 あの場でヴァルを制したのは、準備の問題や対応出来ないなどのためではない。

 純粋に眠かったのだ。

 長距離移動に大勢の前での演説、更に荷物整理や明日への不安などで心身共に疲れ果て、一刻も早く休みたかった。眠たかった。

 明日できることは明日に回して、今日は休みたかった。


 そうして、睡魔に身を委ね意識がなくなる寸前に大和は恐ろしいことに気付いた。


 ……はて? 吸血鬼は夜行性。俺は『特区』に常駐。異人たちはここで生活をし、何かあれば俺に相談する権利がある。

 俺の休みはどこだ?


 手取り三十万の価値が薄らいでいく中、大和は意識を手放し夢の中に逃げた。


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