第六話 その人は突然に
日本政府から人が来ると言うことで異人たちは公民館に集まり、その人を待っていた。
異人たちは怖がっていた。未だに明確ではない自分たちの立場に。
日本政府は異人たちを受け入れることを表明し、安全のため、そして身体を調べるために異人たちをとある施設へと入れた。
行動の不自由こそあったが、一日三食用意され、衣服なども出来る限り元の世界の衣服に近い物を用意してくれた。決して異人たちを無下に扱うことはなかった。
ただ、どこに行っても観察するような人の目はあった。運動の時間では多くの職員が遠くから異人の様子を見て、毎日のように行われる健康診断。そして最低限度の知識、言語を覚えてもらうための職員との会話。
不満のない日々だが、自由のない生活。勿論、その理由は異人全員に説明されたが、誰もが現状の把握に精一杯で覚えていなかった。
そんな精神がゆっくりと摩耗するような生活を三か月ほど送っていると、突然一部の種族に外での生活が許可された。
十分なデータが取れ、外で生活出来ると判断された。ただ不確定要素があるため、種族の半分は施設に残ることとなった。
安全な鳥かごと未知で自由な外。運の良いことに望む声は半分に割れた。
そして未知の自由を選んだ異人たちが目にしたのは、驚異の建築速度。
一度来た時はまっさらな土地があるだけで、この環境で生活することに問題がないかの確認だった。緑の多い山の中。川もやや遠いがあるので、ここに放り出されても生活できると思い異人たちは頷くも、そのまま施設に戻された。
一度目から二月が過ぎ、二度目に来た時はこれから温度が下がり、雪が降るが大丈夫かというもの。以前来た時より肌寒くなっており、遠くの山が白く染まっていたが、それよりも異人たちの目を奪ったのは建物の骨組み。何もなかったはずの場所に、骨組みか、大きな幕が至る所に張られていた。あるものはすでに建物の様相を呈していた。異人たちは自分達の知らない魔法を使われたのかと混乱して、施設に戻った。
そして一月後。三度目に訪れた時は何もなかったはずの場所に、大きな建物がいくつも建っていた。これからは自分たちが住む家であると説明を受けても、異人たちは理解できなかった。
別に集合住宅の意味が分からなかったわけでも、他の建物が理解出来なかったわけでもない。自分たちがここまで厚遇される理由が分からなかった。
まだ何の貢献もしていない。なのに大きな住居を瞬く間に建てて、住めと言う。敷地内から出ない限り自由と言う。
自分たちの価値観からすれば理解できない善意に、異人たちは恐れた。
この代償に何を要求されるのかを。
「初めまして。異界省より観察官として派遣されました津田大和と申します。大和と気軽に呼んで下さい」
そして今、その要求をする政府の人が来た、と思い異人たちは緊張し何一つ聞き逃すことも、見逃すこともしないと集中する。
あるエルフはすぐに自分たちの代表、テレシアを助けたあの人が来たと気付いた。
ある獣人はすぐに大和はこちらに目を向けているだけで、誰も見ていないのだと気付いた。
あるドワーフは大和の名を聞き、その意味を思い出した。日本、この国を指す言葉ではなかったかと。
その三つの閃きは、すぐにその場にいた異人たちに伝わった。
見ず知らずのテレシアに衣服を渡し、食事を用意した義の人である。
すでに個を視ず、全体に目を向けている仕事人である。
国の名を持つ、高貴な人間である。
勿論全て勘違いである。
テレシアには衣服を持ち逃げされ、食事も安物のインスタントを提供しただけ。
視線も演説の内容を考えるのに一生懸命なだけで、何かを見ている余裕がないだけ。
そして名も、大和が自分の性を嫌って、名を強調しただけでそれ以外の他意はなかった。
ただこの勘違いを正す者はどこにもおらず、異人たちの中で大和の地位が急上昇していくのは仕方のない事だった。
そして自分たちの立場を明確にしたいがため、各種族の代表は大和と良好な関係を築くための手段を模索し始めた。