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第五話 着任は突然に

 そろそろ年が変わる頃。大和は引っ越しをすることになった。

 今までただ寝る為だけに久杉が用意していた部屋を出て、今度は仕事をするためだけに作られた住居への引っ越しだ。

 ただ、知識を詰め込められるだけの日々を抜け出せると知り、大和はその引っ越しを歓迎した。

 場所がどこなのか、知るまでは。




 某県某所。国家機密故に関係者以外知られてはならない山の中。そこに人知れず作られた道があった。

 秘密の道の先にあるのは異人たちの住居。異人たちは今まで研究者、医者の監視下で安全に暮らしていたが、データも揃い一部の異人たちは日本の一般的な暮らしに適応できるはず、ということで実験的な兼ね合いも含め異人たちだけの居住区が作られた。

『特別異人居住区』通称『特区』である。

 当然『特区』には安全などの為に至る所に監視カメラが置かれているが、肉眼による観察も必要と言うことで異界省から一名だけ『観察官』が派遣されることになった。

 

 選ばれたのは、この時の為に知識を詰め込まれ続けた津田大和。局長、久杉の指名である。

 仕事の内容は異人の観察、一般常識を教え、異人が困っていれば出来るだけ協力し、気付いたことがあれば報告する。

 要は異人と共に生活し、異人に日本の生活を教えつつ、異人を知り報告する。

 

 これらの仕事について、大和は特に不満は抱いていない。手取り三十万であれば妥当、もしくは楽な部類と考えていた。

 だがその考えは非常に甘かった。『特区』に住み込みで、自由に外に出ることが出来ず、買い物は全て通販。また、買った物は異人も目にする可能性があるため、全て異界省を通して許可が出た物だけが購入できる。

 自由などほとんどない、仕事に縛られた生活の始まりだった。


 未来の為、と自分を無理やり納得させ、大和は『特区』の前までやって来た。

 二重のフェンスで囲われIDカードがなければ開かないゲート、奥には異人専用の集合住宅が僅かに見えた。

 ゲートを抜ければそこには、周囲の景色とはまるで合わない都心の一部を切り取ったような街並みがあった。

 景色と合わない街並みに困惑していると、前から美しい女性がやって来た。

 

「貴女は――」


「お待ちしておりました、津田大和様。私はエルフ種族の代表の」


 細身ながら高身長、それに似合う長くきらめく髪。存在が夢か幻かと勘違いさせるほど幻想的な美しさを持つ女性。そう、忘れるはずもない。


「コート泥棒……」


 つい大和の口から漏れた怨嗟の声。ただそれも仕方のない事。目の前の人物の所為で極寒の冬を味わうことになったのだから。

 今は久杉が祝いの品として送ってくれたコートがあるため寒くはないが、あの冬の寒さを忘れることはないだろう。


「いや、あの! その件に関しては――!」


「事情は聞いています。大丈夫です。つい口から漏れてしまっただけで、失礼しました」


 実はあのコートは異人が異世界に渡り、日本政府へ亡命した際に返却されている。ただ異世界を渡ったコートということで研究対象となり、今はどこぞの研究所に保管されている。そのため、コートは大和の手に戻っておらず、一生戻ってくることはないだろう。

 それのお詫びを含めての久杉からの祝いのコートなのかもしれない。


「ええっと、エルフの代表のササ・フィーナ・エル――」


 エルフ種族は代々名前を継いでいき、最後に自分の名が来るため名前が非常に長い。それでも七か八つ辺りまでで済んでいるのは自称寿命五百年のエルフ故か。

 そのため、代表の名前だけは頑張って暗記してきた大和だったが。


「長いでしょうから私の名前の部分だけで結構です。テレシアとお呼びください」


 テレシアの優しさのおかげで努力が無へと帰した。


「ありがとうございます。私は異界省より派遣されました、津田大和と申します。大和とお呼びください」


 何故ここに、と尋ねればテレシアは大和を迎えに来たと言う。

着任式案内の為に。

 一体誰の着任式が始まるのかと聞けば、指差されたのは大和自身。


「はい?」


 そして困惑している間に集合住宅の前にある公民館のような建物に案内され、中には大勢の異人。

 この『特区』に住まう異人は各種族五百名ずつで、四種族いるため総勢で二千名。そして公民館にはエルフ、ドワーフ、獣人の三種族がおり、千五百人が集まっていた。

 そんな前での着任式。

 そもそも何を言えば良いのかなどまるで考えておらず、自分の住居に荷物を置いた後に各種族の代表に挨拶に行けば良いか、程度しか考えていなかったため用意できるのはその挨拶用の言葉だけ。

 それを出来る限り長くし、言い方を変えてこの場に相応しい形に整えるのが精いっぱいだった。


 そして大和は何とか乗り切りも、その後、観察官の大変さを味わうことになった。


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