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第四話 拉致は突然に

「はい? 聞き間違えでしょうか? 今、異界省で働かないかと言われたような?」


「聞き間違えではありません。私は今貴方にそう言いました」


 そのように発言を保障されても、大和は逆に混乱するばかり。

 省庁の職員などなろうと思ってなれるものではない。更に言えば、局長の指名による勧誘など、いずれは官僚となるようなエリートな人にされることであり、一介の苦学生に行われる行為ではない。


「意味が、分かりません。何故私なのでしょう。私はただの学生で、取り柄のない人間だと自負していたのですが」


「そうですね。訪ねる前に色々と調べさせてもらいましたが、今はただの学生であると確認は取れております。ご安心ください。津田様を誰かと勘違いして勧誘しているわけではありません」


 では、何故。と大和が首を傾げれば久杉はにこやかに微笑む。


「津田様は実は有名人なのですよ。異世界の方々、我々は異人と呼んでいますが。津田様が困っている異人を助け、食事も与えた話は異人の中では非常に広まっておりまして、津田様の名前を知らぬ者はいない状態です」


 そのような方が異界省で働いていれば、異人関係の仕事が非常にスムーズになるのです。と久杉が胡散臭い笑顔で言うので、大和はつい疑うような目を向けてしまう。

 ただその反応に久杉は嬉しそうな顔で返した。


「ふふ、嘘ではありませんよ。まあ、全部の理由という訳でもありませんが。そうですね、正直に話しましょうか。実はこの異界省、上の方は長持ちさせるつもりのない省庁なのです。というのも、前例大好きな省庁や官僚は前例のない異人問題を扱いたくないのです。どのような問題が起きるのか、どのような対策が必要なのか分からないことばかり。前例のない問題が多く起きるでしょう。だから官僚は異界省と言う生贄を作り、出向という形で各省庁から職員を派遣し、異界省が失敗を続けて異人の我慢が限界に達した時に、謝罪と共に異界省を解体。責任は局長の私に押し付けて派遣されていた職員は元の省庁に戻り、異界省での経験を自分の省庁で活かし、異人問題に当たる、という計画です。ご理解いただけたでしょうか?」


 失敗が起きることを前提とした計画。おそらく、異人が日本に抱く悪感情を最小限に抑えられると考え、立てられた計画なのだろうが。

 その際に最大の被害を受けると思われる人物が目の前にいる。


「それだと、久杉さんは」


「ええ、このままでは私は全責任を被せられて社会的に死ぬことになります。まあ、社内政治ならぬ、庁内政治に負けたのが理由ですが。とはいえ、このまま死ぬつもりはありません。その作戦の一環としてこうして津田様を勧誘に来たのです。好感度の高い津田様の失敗であれば、余程大きな失敗でない限り許すでしょうし、交友関係も築きやすいでしょう。そうしてしっかりと異人の方々と関係を結べれば怒りが爆発することなく、異界省解体は難しくなり、私は処刑台の椅子ではなく、大出世の椅子に座ったことになります」


 これこそ私が貴方を勧誘する理由の全てです、と言われ大和はようやく納得できた。


「出向してくる職員も、結局は他省の人間です。信用できません。先程津田様に付いて調べたと言いましたが、他の省庁と繋がりがないかの確認の意味合いがほとんどです。どうでしょう、無理やりこの地位に放り込まれたので多少の融通は利きます。条件があるようであれば出来る限り叶えますよ」


 大和に悪くない話、かのように思える。例え異界省が解体されたとしても省庁で働いていたと言う職歴は無駄にはならない。だが、久杉の勧誘を受ければ久杉と同じ側に立つことになり、同僚は全て敵。前例のない問題に対して、失敗は許されないという難しいことを要求される。

 それに見合う条件は……。そもそもどこまで認められるのかが分からない。

 だからまず条件の上限を知るための吹っ掛けを行った。


「では、初年度から手取り三十万で」


「分かりました。良いでしょう」


 まず無理だろうと思った手取り三十万を久杉はあっさりと頷いた。


「他にはありますか?」


 更に追加もあるかと聞いてきた。

 ……考える。久杉は思った以上に無茶を聞いてくれると知り、今後のために最高の条件を考える。

 局長である久杉だからこそ頼める、最高の条件を口にする。


「良いでしょう。ただそれについては条件がありますが」


 久杉が求めたのは異界省が存続している時に限り、という条件。これは大和も納得して頷いて返す。


「では、こちらが契約書になります。内容をご確認の上こちらにお名前を」


 何やら色々と書かれた契約書。表面だけを読み、多分問題ないだろうと大和は渡されたペンを受け取りサインする。


「はい、ありがとうございます。では津田さん」


「すみません、津田ではなく大和と呼んでくれませんか? 苗字はその、好きではないので」


 久杉の言葉を遮り、大和はずっと我慢してきたことを口にした。ただの他人であれば我慢していられたが、上司と部下、長い付き合いとなる関係となったのであればどうしてもお願いしておきたかった。

 そして初めて、久杉の表情が崩れるのを見た。すぐに納得するような笑みに戻ったが。


「そうでしたね、失礼しました。では大和さん、これから大変でしょうが頑張ってください」


 はい? と聞き返す前に久杉は運転手に、例の所へ、とだけ伝えどこかへ向かわせる。

 家に戻るのではないのか、大和は混乱したまま視線を久杉に向けるが。


「大和さんは私と同じく、公僕となりました。国家への滅私奉公を期待しております。ご安心ください。引っ越しなどの面倒な手続きは全てこちらで行っておきますので」


「……どこへ?」


 混乱した頭では事態の変化に付いて行けず、何とか捻りだした言葉。それに対して久杉は淡々と答える。


「異人の方々は種族ごとに言語や文字が違いまして、覚えて頂く必要があります。勿論他にも様々なことを覚えて頂かねばなりません。数か月後に大和さんをある場所に派遣するのですが、必要最低限の知識を詰め込ませてもらいます。まあ、数か月間は私生活などないと思ってください」


 逃げよう、と思っても車はすでに高速道路に乗っている。そして目の前にいるのは元警察官。逃げられないと悟った大和はただ現状を悔やんだ。


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