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一夜だけでいいから

 ミアの薄茶色の瞳は、いつもアレンを追っていた。

 ローティス王国の王立騎士団には、騎士団長の下に大小様々な騎士隊が集う。
 その一つであるアルニラム騎士隊は、伝統にはさほどこだわらず、様々な身分や人種の騎士たちで構成されている。

 アレン・エインズワースは王国でも指折りの名家の出でありながら、名門貴族だけで構成された騎士隊ではなく、アルニラム騎士隊を志願した変わり者だと有名であった。
 入団から七年、二十歳になったアレンは、今ではアルニラム騎士隊の副隊長である。

 王都からずっと離れた小さな村で、狩猟を生業として暮らしていたミア・ウォーカーもまた、アルニラム騎士隊の騎士となった。
 ミアが裕福でない家族を助けたくて、王都に出稼ぎにきたのが五年前。十三歳の時だ。

 はじめは王都の大衆食堂の給仕婦として働いていたミアが、酔っ払いに絡まれて抵抗したはずみに、相手に怪我をさせてしまった。ミアは村で大型獣の狩猟の手伝いなどをしていたから、戦い方も、動物の急所といわれる場所も心得ていた。それが裏目に出てしまった。
 正当防衛とはいえ、怪我をさせてしまったことを相手に激しく責め立てられていたところを、助けてくれたのが仲間と一緒に食堂にいたアレンだった。
 それからミアの能力を見込んで騎士団に誘ってくれたのだ。
 ミアは長かった栗色の髪を女性にしては随分短めに顎のラインまでばっさりと切ると、騎士団の門を叩いた。

 薄い金色の髪と淡い緑色の瞳をしたアレンは、ミアが持っていた絵本に出てくる王子のようだった。
 そして容貌が整っているだけでなく、心もとても美しい人だった。自分の出自を鼻にかけることもなく、誰にでも気さくで優しいのだ。

 出会った直後、一緒に食事を取っていると、しげしげとアレンに見つめられたことがある。
 その視線に気がついて、ミアは自分の行動を振り返った。貴族のアレンからすれば、考えられないようなマナー違反をしたのかもしれない。ミアは焦った。

「あの、私、変なことした? ごめんなさい。テーブルマナーとか、詳しく分かっていなくて……」

 恐る恐る尋ねると、アレンは慌てて首を横に振った。

「いや、違うよ。ただ感心していたんだ」
「感心……?」
「君はとても丁寧に食事をするなと思って。何というか、見せかけだけじゃない、心から感謝しているのが見ていて分かる」

 褒められているのだと分かって、ミアの心に違う焦りが生まれた。慌てて視線を落とす。

「それは……。ここにくる前は家族と狩猟をして暮らしていたからだと思うわ。生きるために命を分けてもらっているんだって教えられたから。自分で捌くこともあったし……」
「そうか。僕も害獣を狩ったことはあるけれど、自分で捌いたことはなかったな」
「そんなこと気にする人なんていないわ。あなたは貴族なのだから」
「そうかな。こうして食事をする君と僕に、違いがあるとは思えないけど」

 穏やかにほほえんだアレンは、ミアの心をすっかり捉えてしまった。話せば話すほど、知れば知るほど好きになった。

 しかし恋心を打ち明けるには、身分が違いすぎる。彼はきっとそんなことを気にする人ではないけれど、ミアは想いを口に出すことはできなかった。
 多くは望まない。ただこうして、同じ騎士隊で側にいられるのなら、それで良かった。

 その願いが、脆くも崩れ去ったのが一週間前のことだ。
 ミアが登庁すると、王立騎士団は既に噂で持ち切りだった。アレンは第三王女のクリスティアナ姫と婚約したのだという。美男美女の二人を誰もがお似合いだと言っていた。


 * * *


 アレンと一緒にいられるのは、もしかしたらこの遠征が最後なのかもしれない。
 ミアは覚悟とともに遠征に出発した。

 近くアレンは騎士団を辞めるだろうというのが皆の見方だ。アレンの父はローティス王国の外務大臣で、アレンはこれから父の跡を継ぐために議員になるという。
 直接本人に聞いたわけではない。怖くて、とても聞けなかった。

 無事に遠征を終えて、アルニラム騎士隊が王都に戻る途中のことだった。
 並んだ騎馬が橋を渡っているところで、野盗の強襲にあった。

「副隊長!」

 既に橋を渡り終えていたミアの耳に、誰かの叫びが届いた。ミアは咄嗟にそちらを向く。
 アレンが肩に矢の直撃を受けていた。橋の上になだれ込んできた野盗たちが、そこに襲い掛かる。
 ミアは即座に馬から飛び降り、剣を取って野盗たちを斬り倒していった。

 辿りついた時には、既にアレンは追い込まれていた。なんとか落馬せず片手で応戦していたアレンは、しかし遂にはバランスを崩し、橋の向こう側へと姿を消した。

「アレン!!」

 悲鳴を上げて、ミアは人の群れを肩で破るようにして橋の欄干から体を乗り出す。そして次の瞬間、頭で考えるより先に、ミアは橋からはるか下方の川に身を投げ出していた。

 足を揃えて着水するが、息が出来ない程の激しい衝撃に襲われる。それでも水中でミアは顔を左右に動かしながら目を凝らした。視界の少し先で金色の髪が輝いたのを見て、懸命に体を動かす。動かないアレンの体を捕まえると、陸を目指した。ただただ、必死だった。

 川べりにアレンの体を引きずりあげて、ミアは叫んだ。

「副隊長! ――アレン!」

 頬を思い切り強く叩くが、返事はない。ざあっと全身の血の気が引くのを感じながらもミアは、即座に胸骨圧迫を繰り返した。

「お願い! お願い、アレン!」

 いくつもの涙が落ちた時、アレンが突然せき込んだ。

「アレン!」

 水を吐き出したアレンの体を横に向けて、ミアは背中をさすった。
 ぜいぜいと荒い呼吸が繰り返されているのを確認して、ミアは思わずアレンの体にしがみつく。

「良かった……」

 ぽろぽろと涙を流しながら背中をさすり続けていると、次第にアレンの呼吸が落ち着いてきた。
 ミアは顔を上げ、アレンの顔を覗きこむ。

「大丈夫? 気が付いたら返事をして」

 耳元で言われたミアの言葉に反応して、うっすらとアレンが目を開いた。
 何も答えないまま体を仰向けに戻すと、焦点をミアに合わせる。
 泣き顔で、それでもミアが彼を安心させようとほほえんだ時、アレンの青ざめた唇がゆっくりと動いた。
 そこから漏れた言葉に、ミアは大きく目を見開いていた。

「……君は、誰?」


 * * *


 たっぷり沈黙した後、ミアは恐る恐る口を開いた。

「あの、今何て?」
「……ごめん。誰だか分からなくて。というか僕は――」

 アレンは彼にしては珍しい、縋るような視線をミアに向けた。

「誰、なのかな」
「…………」

 アレンの記憶が無くなっている? 絶句して、ミアは途方に暮れた。
 しかしすぐに、ミアは懸命に自分を落ち着かせる。
 とにかく、このままではいけない。アレンの肩には矢が刺さったままだし、体も冷え切っている。春が近づき気候は良くなってきたが、夕暮れが迫っているこの時間、気温は下がる一方だ。

 周囲を見渡すと、ずいぶん流されてしまったのだろう、橋は見えなかった。
 その代わりに、古い水車小屋を見つけることができた。ミアは地図を頭に思い浮かべる。川の下流には、確か廃村があったはずだ。小屋は以前、村の粉挽き所だったのだろう。

 ミアはアレンを肩で支えながら歩くと、壊れた扉を開けて小屋に入った。運の良いことに、比較的大きな小屋だったので、中にはかまどや休憩のための空間も備えてあり、様々な道具もそのまま残されている。これで一晩をしのぐことができそうだった。

 火を入れた後、ミアは小屋の中にあったシーツを持って、壁に背を預けて座っていたアレンの前までいって膝を折る。
 まずは矢を抜く必要がある。このままにしておいて、肉が締め付けて抜けなくなってはいけない。
 怪我や記憶のせいで疲弊しているのだろう、いつのまにか気を失ったように目を閉じているアレンを見て、ミアは敢えて声を掛けずに矢に手を添えた。そのまま無言でそれを引き抜く。

「……っ!」

 アレンが苦痛に歪んだ顔を跳ね上げる。
 既に矢は抜けた後で、ミアは手で強くそこを押さえていた。幸い、出血は多くない。

「痛かった? ごめんなさい。言わずにやった方が、恐怖も少ないと思って」

 心配そうにアレンを覗きこんだミアと目をあわせて、自分に何が起こったのかを理解したのか、アレンはゆるゆると首を振った。

「……大丈夫。ありがとう」
「それじゃ、服を脱いで。このままじゃ、どんどん体温が奪われる」

 その言葉に、驚いたようにアレンは口を開きかけたが、ミアは有無を言わせなかった。

「脱いだら止血をするから、早く」

 アレンが上着を脱いでいる間に、シーツの一枚を切り裂いて帯状にすると、それを手早くアレンの肩に巻いて傷口を覆った。
 それからミアは、無言で自分も衣服のボタンに手をかけた。

「ちょっ――」

 焦ったアレンの声を無視して、ミアは隊服を脱ぐ。慌てて目を逸らしたアレンに構うことなく、服の上下とブーツを脱ぎ終えて下着姿になった。

「ごめんなさい。残り一枚しかないの」

 ミアはアレンの隣に腰を下ろして、片方を自分の肩に掛けると、反対側をアレンに渡した。

「あなたも、隠れたら下も脱いでね。下着はいいから」
「…………」

 言葉もなくミアに視線を戻したアレンの強張った表情に、ミアは少し笑った。
 それもそうだ。アレンの周りには、男性の前で平気で服を脱ぐ女などいなかっただろう。きちんと教育された淑女ばかりだろうから。
 ミアだって、いつもなら平気というわけではない。しかし緊急時にはそうも言っていられない。

「今は体を温めるのが何より大事なの。恥ずかしいなんて二の次」

 とにかくアレンの身を守ること。それだけが今のミアにとって重要なことだった。
 ミアの言葉に、アレンも戸惑いながらも頷いて、ブーツと隊服を脱いでシーツの外に出した。

 並んで座ると、触れ合った肩と肩とが、じんわりと熱を分けあっていく。
 ミアはようやく安心したように大きくため息をついて、アレンを見やった。

「落ち着いた?」

 ミアを見て、こくりとアレンが頷く。少し大きくなった炎がほんのりと辺りを赤くしている。アレンの緑色の瞳が神秘的に揺れていた。

「何か思い出した? 名前、分かる?」
「…………」
「……まだなのね。あなたはアレン。私はミアよ。私たちはアルニラム騎士隊の騎士なの」

 アレンは無言のまま、じっとミアを見つめてくる。

「遠征の帰りに、橋で野盗に襲われて、あなたは橋から転落したの」
「……君が僕を助けてくれた?」

 ミアは頷いて、少し笑った。

「あなたはアルニラム騎士隊の副隊長よ。死なせるわけにはいかないわ」

 ミアの上官になってもアレンは、任務の時以外にはこれまで通りに接するようにと言ってくれた。だから二人きりの時にはミアも、気安い口調で話すことができる。

「副隊長じゃなくても、もちろん助けたけれど。大切な仲間だから」
「仲間?」

 繰り返してアレンは、ミアの瞳を覗きこむように少し顔を近づけた。ミアは内心で少し焦る。

「……ええ、そうよ。それがどうかしたの?」

 ミアを見つめたまま、アレンは言った。

「恋人なのかと思った」

 驚き過ぎて、ミアは言葉に詰まった。恥ずかしげもなく下着姿になったので、彼はそう思ったのだろうか。
 恋人という言葉の響きに、ミアの頭の中は真っ白になり、それから思わず言葉が口をついた。

「……そうよ。本当は、そうなの」


 * * *


 答えた瞬間、ミアは後悔していた。慌てて訂正しようと口を開きかけたとき、アレンがふわりとほほえんだ。

「そうか」

 その甘やかな瞳に、ミアは言葉を取り下げることができなかった。
 心が震えた。こんな風に見つめられる日がくるなんて、信じられなかった。

 朝日が昇れば、助けを求めて小屋を出るつもりでいた。騎士隊からの捜索も開始されるだろう。
 だからそれまでの間だけ。一夜だけのことだから。ミアは胸の中で必死に言い繕った。

「アレン」

 声を震わせたミアに、アレンは腕を伸ばした。シーツの中で、彼はぎゅっとミアを抱きしめた。
 その温かさに、ミアは目を閉じる。胸がいっぱいになって、苦しくて息もできないくらいだった。
 今、この瞬間に時が止まってしまえばいいのに。そう願ってミアは、アレンの背中に手を回し、叶わぬ想いと一緒に抱きしめた。

「……アレン。あなたが、好き」

 長いこと秘めていた思いが口をついた。思わず瞳に熱いものがこみあげる。
 その時ミアはもう覚悟していた。このぬくもりと引き換えに、この一夜が明けたら騎士団を去ることを。
 アレンに嘘をついた。記憶が戻って真実を知れば、きっと彼は困惑するだろう。この先の華々しい活躍を、邪魔するわけにはいかない。

「ミア」

 耳元に吐息が掛かった。ミアを抱きしめるアレンの力が強くなった。

「好きだよ」

 眩暈がした。ミアが思わず目を見開いて体を震えさせると、アレンが腕から力を抜く。僅かに体を離して、ミアの頬に片手を当てた。
 美しい頬がゆっくりと傾いて、ミアに近づいてくる。そっと唇が触れようとした瞬間、ミアの目から涙がこぼれ落ちていた。

「……ミア?」
「ごめんなさい」

 ミアが呟いた言葉に、アレンは体を離した。ミアの頬に触れていたぬくもりがなくなる。

「……どうした?」

 ミアはゆっくりと目を閉じた。その拍子に、ぽろぽろと涙が落ちていく。
 本当は、このまま受け入れてしまいたかった。アレンの口付けは、たとえ偽りでも、ミアにとって一生の宝物になるだろう。
 だが真実を知ったアレンが、その行為を後悔したらと思うと――。
 ミアは目を開けると、心を決めたようにひとつ深呼吸をした。

「嘘なの。私たちは、恋人なんかじゃない」
「……ミア」
「あなたには、他に愛する人がいるわ」
「愛する人?」

 アレンが怪訝そうに、小さく眉を寄せた。まだ思い出せないのだ。ミアは胸の痛みをこらえて、その人の名を口にした。

「クリスティアナ姫よ」
「……姫を、僕が?」
「あなたの婚約者よ。会えばきっと、思い出すわ」
「ミア、君は――」
「アレン、ごめんなさい」

 ミアは濡れた瞳のまま、アレンを見つめた。

「あなたが好きだったから。一夜だけでもと思って、嘘をついたの。本当にごめんなさい」

 さっきはアレンも、好きだと答えてくれた。甘く切ないその響きを忘れずに、ミアはこれから先アレンに会えなくなっても、生きていけると思った。

 その時不意に、シーツの中でミアの手がぬくもりに包まれる。アレンがミアの手を握りしめていた。
 驚いたミアに、アレンは真剣な眼差しを向けてくる。

「僕の愛する人は、姫じゃない」
「……え?」
「君だよ、ミア」
「……違うのよ、アレン。それは私の嘘なの」

 苦しくなって、ミアは小さく唇を噛んで首を横に振った。

「違わない。確かに婚約の話はあったけど、断らせてもらった」
「こと――……えっ?」

 アレンの言葉が頭の中で反響する。思わず涙も止まって、ミアはまじまじとアレンを見る。

「……アレン。あなた、記憶は!?」
「うん」
「うんって……」

 いたずらをした子供のような笑顔を見せたアレンに、ミアは二の句が継げなかった。

「ごめん。気付いた瞬間は本当に分からなかったんだけど、状況が落ち着いたら、だんだん思い出した。それから君に名前を呼ばれて、はっきりした」
「それじゃ、何故……」
「恋人と言ったら、君がどう反応するのか知りたくて」
「どうして……?」
「君が好きだったから」

 何もかもが唐突に感じられて、ミアは信じられないようにふるふると首を左右に振った。

「君が好きだったよ。でも、今までは伝えることができなかった。いつか君が言っていたから。本当は、王都で生活をするよりも、故郷で自由に暮らしたいんだって」

 確かに言ったことがある気がする。父や母が恋しかったのもあるし、規則ばかりの騎士生活に慣れないせいでもあった。
 五年も経つと、その思いも変わる。今では自由よりも、アレンの側にいたい。

「君が望む生活は、簡単には用意できるものじゃなかった」
「アレン、私はそんな――」
「父とはずっと話し合いを続けていたんだ。僕は議員には向かないし、なりたくもない。国への忠誠は違う形で尽くしたいって。クリスティアナ姫のことは、大事な幼馴染だと思っているけれど。でも、それだけだ。それに彼女はウォーレンが好きなんだよ、僕の弟のね」

 アレンは少し肩をすくめた。

「だから、婚約は成立していないよ。どこかで話が間違って伝わったんじゃないかな」

 次々と聞かされる事実に、ミアは言葉を継ぐことができなかった。
 そんなミアを見てアレンは小さく笑うと、改めてミアの頬に片手でそっと触れる。

「ミア、君が好きなんだ。いつも真摯に前を向いて、生きていく君が」
「アレン……」
「最近、ようやく父が譲歩してくれそうなんだ。議員になる代わりに、父の持つ領地を一つ、任されることになると思う。国境付近だから、辺境だけど重要な土地だ。君の故郷とは違う場所だけれど、ミア、できれば一緒に来て欲しい」

 アレンの瞳が優しく煌めいた。ミアは目を丸くして何も言えずにいたが、しばらく経ってやっとの思いで答えた。

「……私でいいの?」
「君がいい」

 その言葉に、ミアは涙が溢れ出るのを必死で堪えながら、胸の想いを口にした。

「あなたのいるところなら、どこへでも行くわ」

 アレンは再びミアを抱きしめる。
 そして今度こそゆっくりと、アレンの唇がミアの唇に触れた。
 優しく包みこむようなキスだった。長く何度もそうされて、ミアは体の力がすっかり抜けてしまい、唇が離れたときには、思わずアレンに縋りついていた。

「……このまま、夜が明けなければいいのに」

 離れたくない。ついこぼれ落ちた本音に、アレンが耳元で声を漏らした。

「僕は早く明けて欲しい」

 思わず身を離してアレンの顔を不安げに見つめてしまう。どうして、とミアが口にする前に、アレンはミアの額に自分の額を押し当ててきた。

「好きな女性を前にして、この状態で朝が来るまで耐えろというのは、男にとっては拷問に近い。そういうこと、分かってる?」
「…………」

 言葉の意味を理解して、ミアがにわかに頬を赤らめると、アレンは目をきらりと光らせて微笑した。

「それとも、いいのかな? 君も、僕を好きだと言ってくれたし」
「……だ、駄目よ。私は冷え切った体を温めるためにこうしたのよ。変な意味じゃない」

 慌てて首を横に振ると、アレンは仕方がなさそうに眉尻を下げた。

「分かった。我慢する」

 そう言いながらも、アレンはミアを抱き寄せる。

「ミア」

 耳元で囁いたアレンの声があまりにも優しくて、ミアはまた泣きそうになった。心が満たされるのを感じながら、夢見心地で瞳を閉じると、応えるようにアレンの背中に腕をまわす。

「やっぱり、このままでずっといたい」
「……君って、意外と意地悪だね」

 アレンが苦笑した気配が伝わって、ミアも少し笑う。

「だって好きなの。離れたくない」
「大丈夫。離れないよ。この先ずっと」

 そう答えてからもう一度、アレンは体を離してミアに口付けた。
 とろけるようなキスだった。唇を重ねる途中途中で、ミアの唇はアレンの唇に優しく挟まれ、舐めとられる。
 脳がしびれるような感覚。ミアは意識が持っていかれそうになって、慌てて体を離した。

「駄目だって、言ったじゃない……」

 するとアレンはゆるりと笑った。いつもの柔らかいものとは少し違う、深く艶やかな笑みだった。

「どうせ眠れないなら、朝まで君と戦うことにする」

 はじめて見るアレンの表情に心臓が激しく鼓動するのを感じながら、ミアはおずおずと尋ねる。

「……私が負けたらどうなるの?」
「どうだろう? その時は、僕の自制心に聞いてくれ」

 夜が明けるまでには、まだまだ時間がありそうだ。
 明けないで欲しいと、さっきは確かにそう願ったのに、ミアはこの一夜を無事に過ごすことができるのだろうかと、顔を真っ赤にしたまま閉口した。
(THE END)

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