008 買物
街は近隣では一番大きく、傭兵団は定期的に立ち寄っていた。
羽を伸ばす意味合いもあるが、装備や保存食の調達の目的が大きい。
街は、周囲を高い城壁に囲まれていて、背の高い建物も多い。
細かなことはイーセイは把握していないのであるが、この街に関しては領主が存在していないらしい。その代わりに、大陸南部の大商人によって作られたギルドによって統治されており、中立を保っているそうだ。
もしも、領主が攻め入れば、まず商人全てを敵に回すことになり、尚且つギルドの保有する戦力によって報復されるため、まずこの都市を狙う領主はいないそうだ。
さて、イーセイ、エリカ、ダンの三人は連れだってメインストリートに脚を伸ばしていた。
「なぁ、あれ! あれ、食おう!」
先頭を行くダンが、どこかはしゃいだ様子で屋台を指さす。
「いつもの酒場に行って食べれば良いと思うけど」
「そうだよ。食べるなら、ダンだけで食べて」
対するイーセイとエリカは落ち着いていて、あまり乗り気ではない。
「えぇ? いいじゃん?」
「あーうん、とにかく俺はパスで」
と言うのも、屋台や貧困層向けの安い店は、衛生環境が良くない。
残飯の再利用、食材を洗わない、調理する人間も手を洗わない、食器も洗わない、という、現代地球の先進国で暮らしていたイーセイとしては、そういった衛生環境には抵抗が強い。
実情を知ったときは、非常に衝撃的であった。
大きな街ならば、上水道と下水道が整っていて、一見すれば清潔そうに見えるというのに、人間の意識がそれに付いてきていないのだ。
地球ではないことは確かであるが、一体、何をどうしたらこのような世界が出来上がったのか、疑問は増すばかりである。
「あんまり気にしないからねぇ……。ただ、イーセイは少し気にしすぎかも。潔癖症の人っているらしいけど、もしかしてそれ?」
「あー、まぁそいうことでいいよ」
エリカもあまりに衛生環境の悪いのは避けるようであるが、イーセイほどでは無い。
自分が潔癖症とは思えないが、この世界の基準ではそうなるらしい。
「それより、ご飯の後にちょっとはアクセサリーとか見たいなぁ」
「見てくれば良いと思う」
言外に、付き合って欲しいという意味があるのは分かったが、イーセイは素っ気なく突き放した。
女性の買い物ほど、男がつまらないものもない。
そこまで付き合う義理は無いということだ。
「えー、いいじゃない。付き合ってよ」
「装備品を見てきたいから」
エリカの非難囂々もいつものようにかわして、三人は歩いて行く。
戦いのない日は、まるで、地球での日常を送っているかのようだ。
平穏で、つまらなくて、緊張の無い時間。
ずっとこういった時間を過ごしてきたはずなのに、一度でも戦場に出たことで、精神は常に戦いが起こるかもしれないという緊張感が解けない。
エリカやダンといった人間がいなければ、こうした穏やかな日々を過ごすことが出来なければ、とうの昔に精神が壊れていたのかもしれない。
いっそ、壊れてしまった方が楽なのでは無いかというのは、隠しているが。
「それにしてもさ、団長も、一回駄目だっただけで、あんなに否定しなくてもいいのに」
ダンが不満げに言う。
「リンクアーマーの話?」
イーセイが問いかける。
「そうそう」
「また手に入ったら、試してみればいいんじゃないか」
当のイーセイは、言葉もまだ分かりきっていない時期に、無理矢理乗せられて、拡張される感覚に耐えきってしまい、適正有りと判断されている。
「えー、無理だって。大抵は、一回駄目ならもう駄目だし」
エリカは、しつこいと思っているのか、やや辟易した様子だ。
リンクアーマーは、感覚の拡張とそれを通じて自在に動かせるかにかかっている。
それが出来なければ、適正無しと判断されている。
正式な訓練と言ったものがありそうなものであるが、この大陸南部では、それが判別法となっている。
「大抵はだろ。もしかしたら、二度目なら大丈夫かもしれない」
「二度目も駄目そうだけどねぇ」
エリカは、やはり冷淡そうに突き放した。
「団としても、リンカーが増えるのは良いことだけどね」
単純に思ったことを口にした。
戦いで、敵のリンクアーマーを手に入れることは珍しいことでは無い。
もっとも、リンクアーマーよりもリンカーが希少なのだ。
団長グレンが言うには、イーセイほど動かせるリンカーは見たことが無いそうだ。
イーセイが乗ると、まるで人間のように動くが、他の者だとまるで操り人形のようにぎこちないらしい。
確かに、戦場で出会ったリンクアーマーは、どこかぎこちない動きをしているように見えて仕方ない。
そういう風に見えているだけで、彼自身にはあまり自覚は無いのだが、彼はリンカーとして規格外とも言える。
「フリーのリンカーなんてそういないでしょ。大体は、領主かギルドが抱え込んでいるって」
「とにかく、お前らからも団長に言ってくれよ」
エリカとダンのやりとりを聞きながら、向かう先は結局いつも使っている酒場だ。
その酒場は、衛生面が比較的しっかりしていて味も良いところである。
だが、その途中で広場を通るのだが、その広場にいつもより大勢の人々が集まっていた。
「なんだろう?」
それに気がついて、イーセイは一人呟く。
「これは、多分、あれだね」
「あれかな?」
エリカとダンは分かっているように呟く。
何なのかを問いかけようとしたときには、ダンは足早に群衆の中に入っていった。
「なに?」
「見れば分かるよ。見ていこう」
エリカがそう言って、イーセイの腕を掴んで足早に進んでいった。