006 強敵
草原に突如として君臨する要塞。
どうしてこんな場所にそんなものがあるのか、そんなことまでは知らなかった。
ただ、敵対する領主に雇われて、別の領主が立てこもる要塞を攻め落とすだけに過ぎない。
この周辺の情勢は非常に複雑になっている。
小さな領土が多量にあり、それぞれに領主がいて、さらに敵対、同盟、無関心と複雑多岐にわたる関係性となっている。
恐らく、それらを正確に把握している者など、ほぼいないであろう。
大昔から、小さな領土同士がぶつかり合い、統合され、分裂し、それらが常に繰り返されている状況である。
全くもって、終わりの見えない戦国が続いていた。
よくもまぁ、疲弊しないものだと思えるが。
イーセイは、そんな情勢のことなど知ることも無く、ただ、要塞の正面の扉に長剣を叩き込んだ。
何本もの角材をまとめ、鋼鉄で補強してあるものであるが、数回の攻撃で半分ほど破壊されて、丁度リンクアーマーでも入り込める穴が出来上がる。
『大丈夫かい?』
『ああ』
後ろから声をかけてきたのは、マリアだった。
イーセイと同じように、リンクアーマーは血と泥で汚れている。
『さっさと攻め落としてしまおう。早く、冷えた蜂蜜酒が飲みたくて仕方ない』
『そうだね』
蜂蜜酒なら、イーセイも飲みやすくて嫌いでは無かった。
戦闘後の脱水症状になった体に、冷えた蜂蜜酒はこれ以上無いほど染み渡る。
二人は、穴から要塞の中に入り込む。
リンクアーマーに人間が太刀打ちできるはずも無く、兵士達は通路を逃げていく。
そんな逃げていく兵士をいちいち相手にすることも無い。
通路の先を抜けていくと、広場になっていた。
学校のグラウンド程度の広さはあるだろうか。
「うてぇー!」
上からそんな声が聞こえて、見上げると、マスケットを構えた兵士達が十数人並んでいた。
一斉に二人は撃たれるが、分厚い鋼鉄の装甲を貫く力など、人が扱える程度の兵器では出せるはずも無かった。
『あーもう、うっとおしい』
そうマリアが呟いて、石の壁を蹴って登っていき、槍を一降り。
逃げるまもなく、マスケットを持った兵士達が宙に飛んでいった。
圧倒的な力で、生身の人間を駆逐する。
それは、正しいのか。
何度も思っては、それなりの答えを出していたことを思い出す。
そう、答えは、この世界では弱いのが悪い。
判断を誤るのが悪い。
無謀と勇気を取り違えるのが悪い。
それだけのことだ。
『マリア。なにかいる!』
イーセイが、広場の中央にある塊に気がついた。
角張ったものが丸まっているかのような、そんなシルエットだ。
だが、すぐに答えを知ることになる。
そのシルエットが立ち上がり、巨大な斧をブンブンと振り回した。
リンクアーマーである。
だが、普段とは違う。
『でかい……』
『嘘だろ!?』
イーセイとマリアが我が目を疑う。
そう、そのリンクアーマーは、通常のリンクアーマーより巨大だった。
全高は、普通の二倍はあるだろうか、十メートル近い。
それでいて、横幅もガッシリとしている。
見るだけで、それは、畏怖を与える。
『聞いてねぇな』
『いつものことだよ』
マリアの愚痴に、なだめるようにイーセイが言った。
どうしてあんなものがあるのか、どうしてここにいるのか、どうして作ったのか、そんなことは疑問に思っても答えなど出ない。
『あんた、倒す気?』
『それが仕事だよ。脚を狙おう』
『分かった。あたしが陽動を仕掛ける』
渋々と言った様子であるが、マリアが飛び降りて、そのまま槍を向けて駆けだしていく。
イーセイもそれに続く。
正面から向かったマリアに、巨大なリンクアーマーが片手で斧を振り落とす。
それは、ゆったりとして、それでいて桁外れの破壊力であり、斧が落ちた場所の石畳がまるで内部から爆発したかのように吹き飛んだ。
だが、イーセイはこれを機会だと読む。
飛び上がった瓦礫の影に隠れるようにして、敵の背後に回り込む。
リンクアーマーの構造は、鎧にも似ている。可動部は相応に装甲が薄くなっていることが多い。
当然、弱点故に、それなりに補強してはいるのだが。
背後を取って、敵の右足の膝裏に長剣を叩き込む。
一瞬だけ、ぐらつき、さらにもう一撃。
今度は、膝裏を守る装甲を弾き飛ばす。
さらにと思ったが、斧が横から迫ってきて、瞬時にして後方へと飛び上がった。
だが、イーセイに意識が向いたせいで、今度はマリアの槍が左足の膝の側面を突く。
斧を振り回して、マリアに迫るが、マリアもまたゆったりとした斧を避けて槍を構え直す。
それから、交互に死角から仕掛けて、攻撃されれば引いた。
何度も何度も、膝関節を狙って攻撃を繰り返した。
数分も経っていないが、二人とも、このリンクアーマーの弱点に気がついていた。
まず、故障しているのかどうか分からないが、左腕が動いていない。
つぎに、巨大さ故か、動作が緩慢である。
一撃の破壊力は、リンクアーマーを破壊するに十分すぎるほどであるが、当てるスピードが無いのだ。
『見てくれだけかよ!』
マリアが、そう叫びながら槍を投げた。
槍が向かう先は、敵の頭部だ。
マリアの想像通り、敵は緩慢故に、避けることも出来ず、目を貫き、頭部に槍が深々と刺さった。
痛がるように、体を左右に振る。
イーセイは、イーセイで、あの巨体を操ることのリスクを考える。
こちらと同じように操縦するのなら、あの巨体の感覚が拡張されていると言うこと。
通常のリンクアーマーでも、適性が無ければ、拡張された分の感覚を処理しきれず錯乱状態に陥る。
恐らく、あのリンクアーマーは、適性が相当にあったとしても、感覚の処理をしきれるとは到底思えない。
『でかいだけだ』
恐らく、まともに操作し切れていないと読み、再度接近する。
装甲を弾き飛ばした左足の膝裏をたたき切る。
筋肉のような黒い繊維の塊が切断される。
人間でもそうなるであろうが、あとは勝手に崩れ落ちていくだけだった。
斧を杖代わりに石畳に突きつけるが、左足はねじれ、さらに黒い繊維が断絶していく。
マリアが、敵を蹴って、駆け上り、突き刺さった槍を掴んだ。
さらにさらに、深く突き刺していく。
激痛に苦しむかのように、もがき出すが、右手は斧を掴んで、左腕は動かず、引きはがすことも出来ない。
イーセイは、斧を持つ手を狙って切りつけた。
手首と腕が離れる。
支えを失った巨大なリンクアーマーは、うつ伏せに倒れていく。
倒れきる前に、マリアが槍を抜いて飛び上がった。
右腕で、なんとか立ち上がろうとするリンクアーマーが、生まれたての動物のようにもがいている。
だが、立ち上がる脚が破壊されている以上、もう立ち上がることは出来ないのだ。
あとは、イーセイが大きな穴の開いた頭部を、根元から切り落としてしまった。
これで、ほぼ無力化されてしまった。
さらに、元々頭部のあった箇所からマリアが深々と槍を突き入れる。
恐らく、操縦席があるとすればあの辺りになるだろう。
それが正解だったのか、巨大なリンクアーマーは、一瞬ビクンと体を震わせて、それから動きを見せることは無くなった。
イーセイとマリアは、撃破したと判断し、壁を蹴って駆け上っていった。
上には、マスケットや弓を持った兵士が大勢いたが、そのどれもが、絶望的な顔をしている。
恐らく、あの巨大なリンクアーマーは切り札であったのだろう。
それが、敵に損害すら与えられずに破壊されたのだから、絶望もする。
二人の生身の兵士に対する蹂躙が行われ、それから一時間もしないうちに、敵は逃走し、降参し、殺されていった。




