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049 昼食

 郊外の草原で、クリストファーが木に持たれるようにして立っていた。

 その前を、汗だくになったイーセイが駆け抜けた。


「よし。終わり」


 その言葉を聞いて、イーセイは倒れ込む。

 彼は、着替えて、新しく買って着たジャージ姿だった。


「相当のタイムだな。やはり、基礎体力は問題なしか」


 クリストファーが腕時計を見ながら言った。


「はぁはぁ、せめて、走る距離ぐらい最初に提示してくれよ。はぁはぁ」


 イーセイは、立ち上がってその場で足踏みしながら息を整えている。

 クリストファーの仕事も終わったので、早速訓練が開始されていた。

 最初の訓練は、ただ、走れだった。

 やめろというまで走り続けるというもので、イーセイはハーフマラソン程度の距離は走らされていた。


「それじゃあ、意味が無い。時間は無いからな、精神力も鍛えていく。まぁ、そっちはそっちで十分かも試練がね」


 クリストファーが、少しシニカルに笑いかける。


「そうかよ」


 イーセイが疲れたように顔を地面に向けた。


「まぁ、基礎体力とリンクアーマーの操作は問題なしとして、体術、剣術、射撃と色々と叩き込まないといかん。異邦人に対する対処法もな。少なくとも、俺を見習うな? 俺ぐらいののんべぇになってから見習え」

「相談した相手、間違えたかな?」


 だが、久々に、純粋に走ることが出来たというのは、意外とすっきりとした気持ちにさせてくれた。

 ここ数日、灯の事ばかり考えていた。責任を取って、戻さないといけないという使命感に凝り固まっていた。

 それが、ほんの僅かにほぐれていた。


「まぁ、急ぐとは言っても、気を張りすぎるなよ? なんせ、キーパーズが組織されて約三百年。人が通れる安定したゲートは発見できていないからな?」

「それでも、可能性はあるんだろ? だから、あんたも探している」

「まぁな。とはいえ、俺はもう、こっちに馴染みすぎた。家族も居ない。今更戻ったところで、仕事も無いしな。お前さんほど地球に未練は無い」

「……」

「だからって、手を抜くわけにはいかんがね」

「あ。そう。……あいつら?」


 イーセイが顔を上げた方向に、クリストファーも向いた。

 そこには、二人の修道女が並んで歩いてきていた。

 一人は大柄で、もう一人も背は高い方だろうが、もう一人ほどではない。


「ここにいたのかよ。あちこち探したぞ」


 修道服を着た一人、マーガレットが不満げに言った。


「お前にも良い加減、携帯電話を支給しても良いぞ?」

「考えとく」

「珍しく素直だな? どうしたトゥエルブ?」

「マーガレット」

「あ?」

「それが、俺の名前だよ。どっちで呼んでも良い」

「ふーん。ほう? どうした? あれほどナンバーで呼ばれる事を好んでいた割に」


 クリストファーが面白そうに小さく頷いた。


『ねぇ。何て?』


 灯が、横の二人のやりとりを指さしながら、日本語でイーセイに尋ねる。


『トゥエルブじゃなくて、マーガレットが名前だって』

『へぇ。私もそう呼んで良いの?』

「マーガレット。俺とトモもマーガレットって呼んで良いか?」


 イーセイが共通語に切り替えて問いかける。


「勝手にしてくれ。判ればそれでいいよ、もう」


 相変わらずぶっきらぼうにマーガレットは答えた。


「ところで、橘灯はどうだった?」


 クリストファーが尋ねる。


「んー、なんとも。一応、修道院には英語なら判る奴居るけど、どうするんだ?」


 トゥエルブが、そのまま答えた。


「イーセイは、地球に戻す気でいるが、かといって、言葉がわからないままなのも不便だろうな」

「イーセイと暮らしたらどうだ?」


 トゥエルブが提案する。


「イーセイは、しばらくは俺の家で引き取る。男所帯に引き取るわけにもいかんだろ。お前さんと違ってな。マーガレット」

「そういうもんか?」


 トゥエルブはやや不思議そうに問いかける。

 男女の機微といったものにも、彼女は疎かった。


「そういうもんだ。とりあえず、修道院にいてもらい、語学学校にでも通って貰うよう調整しておこう。数日は同じように頼む」

「わかった」


 通称異邦人と呼ばれる転移者が多いこの世界では、転移者用の語学学校が多数存在する。

 どうなるかと思っていたが、一応はこれで落ち着けるといいなとイーセイは思う。


「それより、飯にするか? 食材は持ってきた」


 トゥエルブが、ズッシリと荷物が入ったバスケットを掲げる。


「そうしてくれ。そこのティーンエイジャーは腹ぺこだぞ」


 クリストファーはそう言いながら、親指でイーセイを差した。

 イーセイは素直にコクンと頷いた。

 そして、マーガレットはキャンプ用のガスコンロとフライパン、そしてぶ厚い肉を取り出して、焼き出す。


「すげー肉。何、パンより厚くないか?」

「ステーキサンドだ。こういうシンプルな料理ならマーガレットのは旨いからな」


 イーセイが感心していると灯が一つの紙袋を取り出した。


『すごいのあったの。これ、食べてみて』


とやや興奮気味に紙袋から、何やら紙に包まれたものを取り出す。


『なんだよ?』


 とイーセイが紙袋を解いていくと、ハンバーガーが出てきた。

 それも、見たことのあるものだ。

 レタス、パティ、に山ほどのアボガドが入っている。

 地球に居た頃の好物のハンバーガーそっくりだった。


「トモシビ、食材買ったあとに、それ指さしてたから、買ったぞ?」


 マーガレットが、肉をひっくり返しながら言う。


『まさか』


 イーセイが、躊躇いと驚きを隠さず、一口食べると、正に地球で食べたあの味であった。


『ね? すごいでしょ? こっち、異世界じゃ無いの? なんであるの?』

『俺にも……』


 とクリストファーを見ると、赤ワインを開けてラッパ飲みをしていた。


「転移者が多いからな。あれやこれやの味は再現して商売している連中もいる」


 と簡単に説明をした。


「なんだよそれ」

「気に入ったなら、買いに行くといい。見習い期間中も多少の給料は出ることだ」

「買いに行く」


 イーセイが、そう言ってさらに一口食べる。

 この後に、特大のステーキサンドが待っていることなど頭に無いかのように食べていく。

 その姿を見て、灯は何処か満足げだった。

 そして、何かを思い出したのか、膝をついてバスケットの中をのぞきだした。


 そこで、イーセイは食べながら気がついた。

 修道服の下から見える灯の足が、青いものを身につけていることに。

 その青いものに見覚えがある。

 こちら側にきた時にマーガレットが着ていたイーセイのジャージであることに。

 そっと、後ろから修道服をめくると、案の定、スカートの下にはジャージが履かれていた。

 すぐに、灯が振り返ってキッと睨み付ける。


『何するのよ!』

『いや、なんで、ジャージ履いているんだよ!』

『スカートって落ち着かないから仕方ないでしょ。っていうか、デリカシーって無いわけ!』

『お前よりはあるつもりだから』

『どういうことよそれ!?』


 二人が久しぶりのやりとりをしている様を、マーガレットは呆れ気味に、クリストファーは何処か面白そうに眺めている。

 兎にも角にも、これは、一人の少年が異世界で男になった、そんな話。

 忘れることが出来ないほど大切な人がいたからこそ、どれほど両手を血まみれにしようが、希望を失わなかった。

 ただ、それだけの話だ。

 草原の上、青い空の下、二人の異邦人が騒がしく賑やかに過ごしている。

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