044 就寝
この異世界において、大陸中央部が最も繁栄している。
その中央部で最も巨大な都市が、ジルバートであった。
複数の島が丸ごと都市となって、さらにその周辺にも巨大な衛星都市が複数存在する。
ジルバートには、背の高いビルディングが幾つもそびえ立ち、広いストリートには多種多様な人種、服装の人々が往来していた。
また、ジルバートは低級区、中流区、上流区、商業区、工業区と島ごとに区画分けされており、それぞれに見合った人々が生活を営んでいる。
そして、その上流区にある修道院でのことである。
「今回は、どのような冒険だったのです?」
修道女のシスター・ニーナがトゥエルブに問いかける。
二人とも、修道服を着ていた。
最も、トゥエルブは着崩しているのだが。
「いつも通りだ。おっさんについていって、戦って、それでおしまい」
トゥエルブがそっけなく答えながらも、予備のハルバードを布で磨いていた。
ミスリル装備一式を失ったことは、クリストファーからあまり咎められなかった。
地球に行ったらミスリルが駄目になったと言えば、何か納得した様子で頷かれただけだった。
ただし、新しい装備は用意に時間がかかるとは言われたが。
少なくとも装備が手に入るまでは、このつまらない修道院にいなくてはいけない。
トゥエルブは、普段はこの修道院で暮らし、クリストファーからの要請があれば調査についていく生活をずっとしている。
「まぁ、でも、何か美味しいものはありましたか?」
シスター・ニーナが、トゥエルブのそっけない態度にもほほえみを崩さずに問いかける。
彼女は、修道院から離れることが少ないため、大陸南部どころか都市の外のことさえも疎く、トゥエルブが戻る度に、外の話しをねだるのが習慣だった。
「港町で食った、魚のスープは旨かった」
トゥエルブが、思い出すように言う。
それは、レッドマウンテン商会の支店にたどり着き、船に乗るまでの間に食べたものだ。
彼女はよく食べる。
イーセイも、まだまだ成長期が終わっていないのか、よく食べていた。
クリストファーはそんな二人を呆れるように見ながら、二人が呆れるほど酒を飲んでいた。
だが、しかし、今回は、そんなことなどどうでも良いぐらいに、大きな出来事はあった。
地球に転移したのだ。
そして、体調を崩して、ミスリル装備も失った。
だが、得るものもあった。
それは、もしかすると、自分が思っているほど自身が化け物ではない可能性だ。
それは、人としての生き方を探しても良いのかもしれないと、彼女に思わせる程度の出来事ではあった。
些細なようでいて、彼女にとっては大きな出来事だった。
「ふーん、まぁ、色々とあった」
トゥエルブが珍しく、感慨深げに呟いた。
「? まぁそうですの。もっと、お話を聞きたいところですけど、そろそろ床につきましょうか?」
「ああ」
トゥエルブが、頷きながら、予備のハルバードを専用の棚に置いた。
そして、彼女たち二人の他として、この部屋にいる楠灯に向き直る。
彼女はまた、よくわからないままここに連れてこられ、不思議そうに二人の大陸共通語の会話を眺めていた。
「こっちで寝ろ」
とトゥエルブが修道服を脱ぎながら言ったが、とうの楠灯は棒立ちのまま首をかしげていた。
それもそのはず、大陸共通語で言ったのだから通じるわけがない。
パンツとスポーツブラだけになったマーガレットは、修道服を乱雑にいすの上に投げ飛ばしながら、
「そっか、言葉わからねぇよな」
とつぶやく。
その傍らで、シスター・ニーナがいつもの様子でトゥエルブが脱ぎ散らかした修道服を持ち上げて丁寧に折りたたんでいく。
「いつものことですけど、大変ですよね」
と修道女のシスター・ニーナが丁寧に折りたたんだ修道服をいすの上に置いた。
「あっち。おまえのベッド。寝る」
とトゥエルブは片言を言いながら、空のベッドを指さして、そのあとに両手を合わせてほおの横に置いた。
「シスターが片言で言っても通じるわけではありませんよね?」
「そうだけどさ」
しかし、それで伝わったのか、楠灯は合点がいった様子でうなずいた。
それに合わせて、ニーナは真っ白なローブを楠灯に差し出す。
ニーナも着ている寝巻き代わりの服である。
「こちらをどうぞ」
「×××」
楠灯は、何かを言いながらそのローブを受け取った。
当然のことながら、日本語であるのだが、この場にその言葉がわかる人間はいない。
三人がいる場所はジルバートの上級区にあるセント・フライ修道院の屋根裏部屋である。
ベッドが四つと机が一つに椅子が四つ、それとクローゼットに壁掛け時計があるだけの簡素な作りだ。
電気は通っているが、小さな照明にしかつながっていない。
普段ならトゥエルブとニーナの二人だけが寝起きしているが、今は楠灯もこちらに連れてこられていた。
この修道院はキーパーズの後援者の一つであり、異邦人の救済を目的としており、修道女の中にも異邦人が何割かいる。
一応、それなりの理由があってこちらに連れてきていた。
「言葉のわかる方と一緒の方が安心だったかもしれませんね」
「しゃーねーよ。イーセイはおっさんと一緒に報告しに行っているし、カタリーナも報告書作るのに忙しいし、面倒見れねー」
「グランマでしたら、もしかすると判るかもしれませんが、今はもう遅いですし明日に致しましょう」
「おう。じゃ、俺は寝るから」
そういって、トゥエルブは壁に掛けられた時計を指さす。
時計は十一時過ぎを指している。
本来の消灯時間は十時のため、とっくに床に入っていなければならない時間である。
トゥエルブは寝巻き代わりのローブを身につけることもなく、そのままベッドにダイブした。
ニーナは、灯が着替え終わり、ベッドに入るにも待ってから明かりを消して「では、おやすみなさい」と優しく言った。
もう寝ているかと思ったが、トゥエルブが口を開いた。
「マーガレット」
「?」
「俺を作った連中が、俺にそういう人間らしい名前をつけた」
「まぁ」
「そっちで呼んでも構わない」
「判りましたわ、シスター・マーガレット」
シスター・ニーナが、そう言う頃には、既にトゥエルブは寝息を立てていた。




