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041 対峙

 地球に戻ったとき、心が乱れた。

 異世界に舞い戻ったとき、心が安堵した。

 それがイーセイの率直な気持ちだ。

 

 自分は、地球では異能と向き合えなかった。

 だが、この異世界では、異能は受け入れられた。

 異能に気がついて、初めて自分の居場所を見つけたような気分だった。


 地球では、一生涯かけても経験できないであろう危機と興奮が、この異世界にはあった。

 人と戦い、人を殺し、命がけでその日だけの糧を手に入れる日常が心地良かった。

 自身の実力を最大限にまで発揮できるのは、きっと戦場だけだと思えた。

 阿鼻叫喚の悲劇が連鎖する戦場が心地よかった。


 きっと、心の何処かでそれを待ち望んでいたのだろう。

 表向きは精神をすり減らしているはずなのに、生きていると実感を持てた。

 自身の実力の全てを発揮してのサバイバルが、生きる実感を与えてくれた。


 きっと自分自身は、戻れない。

 否、戻ることも許されない。

 戦場で生きることを心の底から望んでしまっている自分は、きっと以前の地球での生活に戻ることは出来ない。

 だから、地球に戻ったとき、説明をどうするだのトゥエルブの体調がどうだのなんて関係なく、彼は心が乱れたのだろう。

 二度とあの戦場に戻れず、自身の力を封印したまま生きていくことに苦痛を感じただろうから。

 きっと、自分は、戦場でだけで味わえるスリルという蜜に虜になってしまった。

 麻薬のように中毒性のある蜜を決して忘れることが出来ない。

 戦場に、日常に、世界に、異能に、何よりも魅せられていたのは、何を隠そう、地球から平凡な生活を送ってきた自分自身であった。


 もう、隠すことも無い。

 もう、後悔なんて無い。

 もう、躊躇う気も無い。

 もう、偽ることも無い。

 もう、迷うことも無い。


 彼は、戦場で生きる男になった。

 そして、目の前のリンクアーマーをなんとしても倒す。


「性能差をどこまで埋めるか、何で埋めるか……」


 イーセイが乗る機体は、装甲は鋼鉄で、武器は刃だけがミスリル製だ。

 対して、あちらは豪華絢爛に作り込まれ、それでいて装甲から全てがミスリル製である。

 もしかすると、老傭兵アンドルーが言っていた、ミスリル鋼製の武器さえも持っているのかもしれない。

 どの程度の性能なのか知らないが、圧倒的に不利である。


 だが、今、この場で逃げ出す訳にもいかない。

 否、もはや、逃げられない。

 ここで逃げ出せば、灯やトゥエルブに被害が及ぶ可能性、クリスファー達と合流できなくなる可能性、いくつもの最悪の可能性がある。

 両者は、武器を構えて、にらみ合っている。

 イーセイの得物は、槍だ。


 対する敵のリンクアーマーの得物は長剣だ。

 剣にすらも豪華な細工が施されている。

 本来は、それなりの身分を持つ人間が乗る機体なのだろうが、その機体が何故ここにいつのか、何故、あの男が乗っているのか、不明なことだらけだ。


 先に動いたのは、イーセイだった。

 腰を落として、槍を向けて駆けだしていく。 

 操縦席を狙った攻撃は、あっさりと長剣で遮られる。

 そこから、激しい攻防が始まる。

 槍の突きを何度も繰り出していくが、長剣にあっさりと遮られる。

 途中から、長剣の攻撃が始まり、イーセイは守りに徹することになる。


 遺跡のホールで、甲高い金属音が鳴り響きながら、血まみれのリンクアーマーと装飾を施された綺麗なリンクアーマーが戦いを繰り広げていく。

 敵のリンクアーマーの剣技は、激しいながらも小振りで隙が無い。

 長剣で鉄壁とも言える守りを敷いている。

 恐らくは体系化された正統な剣術を修めているのだろう。

 対するイーセイの戦闘技術は、傭兵相手の実戦で磨き抜かれたものだ。

 泥臭く、それでいて、どこまでの実践的な戦闘技術だ。

 だが、まだまだ彼の戦闘技術は磨き抜かれていない。

 約二年、戦い続けてきたが、傭兵としてはまだまだ日が浅い。

 その差が、現れ始め、イーセイは思わず、柄で長剣を受けてしまった。

 柄は鋼鉄製だが、ミスリルの刃の前にはバターと変わらない。

 あっさりと、柄を切断され、さらにリンクアーマーの装甲にも浅い傷をつけられた。


「やりずらい」


 右手に刃のついた槍、左手に残った柄を持ちながら、一旦、後ろへと下がる。

 数分にわたる戦いで、判ったことはある。

 剣術、戦術、これは敵が圧倒的に上である。

 それは、疑いようのないことだ。

 元から、あの男を見た瞬間に判っていたことではある。


 そう、あの男については知っている。

 何故、こうなったなどは判らないが。

 だが、勝っていることにも気がついた。

 それは、リンクアーマーの操縦だ。


 敵のリンクアーマーの動きは、確かに剣技は洗礼されている。

 だが、逆に言うとそれだけでしか無い。

 リンクアーマーそのものの動きは鈍いのだ。

 恐らく、敵は、リンクアーマーにまだ慣れていない。

 自分と拡張された身体の感覚についてこれていない。

 故に、単純なリンクアーマーの速度なら、イーセイの方が上回っていた。

 身体能力だけなら上回っているはずである。


 これは、リンクアーマーの性能差ではなく、リンクアーマーの適正と経験の差。

 そして、もう一つ、リンクアーマーを扱う上で、重要な事は、人の身の感覚では、動きが追いつかないこと。三六〇度の視界と、

 広い可動範囲を最大限に活かすには、人の身の動きに捕らわれてはいけない。


 イーセイは、切られた柄を投げつける。

 あっさりと剣の峰で弾かれる。

 だが、その間に、イーセイは一歩目から最高速度に達し、そのまま壁を走り出した。

 脆いのか壁にヒビが入っていくが、その前にもっと前に進んでいく。


 槍を持ち替えて、長剣を引き抜き、そのまま真下にいる敵に向かって剣を振り下ろす。

 敵は避けること無く、盾で長剣を受け止めた。

 リンクアーマー全ての体重をかけた攻撃に、敵の足は床に大きなヒビを作り出した。

 長剣が飛んでくる前に、イーセイは盾を蹴り出して離れた。

 長剣は虚空を切り裂いただけになる。


 敵が、走りながら向かってくる。

 だが、イーセイにとってはそれは、遅すぎる。

 甲冑を身につけた人間が走る様に似ていて、そのイメージがつきまとっている。

 本来なら、鋼鉄よりも軽いミスリル製のリンクアーマー故に、さらに疾く動くことも可能だろうが、生身での戦いの経験と感覚が、それを邪魔しているのだろう。


「遅い、なら、こっちは速くいくだけか」


 イーセイは、再び、一歩目から最高速度を出す。

 遅い、リンクアーマー相手に、真正面から斬りかかっていく。


 衝突する瞬間に、ステップを踏んで、フェイントをかける。

 バスケットやサッカーで使うテクニックと同じようなフェイントだ。

 敵はあっさりとフェイントに引っかかり、またしても長剣は虚空を切った。

 敵の右を抜けながら長剣で大ぶりな一撃を加えると、リンクアーマーの肩から腕にかけて浅いながらも傷跡を残した。


 やはり、ミスリルの刃とミスリルの装甲では、大きな傷跡を残すことは難しいらしい。だが、イーセイはそれを気にしない。それは想定内のことだ。

 切り抜けた瞬間に、片足を床に蹴り出して、強引に反転。さすがにリンクアーマーの足に痛みが走り抜けていく。


 だが、もう片足でさらに床を蹴り出して、接近した。

 今度は、残った槍の刃を投げつける。

 敵がこちらを追いかけようと旋回してくる途中で、右の肩盾に阻まれそうなる。

 しかし、槍の刃は一瞬だけ消え失せて、次の瞬間には肩盾に深々と突き刺さっていた。


 敵のリンクアーマーが動きを止める。

 恐らく、存在しないはずの激痛に遭遇して、戸惑っているのだろう。

 イーセイは、さらに長剣を大ぶりで力強く振った。

 敵は、渾身の一撃をもろに食らって、数メートル吹き飛ばされていった。

 しかし、長剣を手放さなかったのは意地だろうか。

 だが、右肩には深々と槍が突き刺さり、恐らくは、右手を動かすのは難しいだろう。


「右は無し……」


 敵は、直ぐさまに盾を捨てて、長剣を持ち替えた。

 だが、持ち替えている間にもイーセイが迫ってきていた。

 再び最高速度からの長剣の突きを食らいかける。

 辛うじて、剣で受け止められる。

 それどころか、イーセイの持つ長剣は、中程に大きくヒビが入った。

 やはり、刃だけがミスリル製の刃では、耐久性にも難があったのだろう。


 それを好機と見たのか、敵はさらに突きを繰り出す。

 しかし、速さの差から、イーセイのリンクアーマーの左の脇腹をかすめただけだった。

 イーセイが、敵の長剣を抱きかかえるようにして腕を絡めた。

 腕の装甲に傷がついていくが、これで動きを止めることが出来た。


「いいから、終わらせろ」


 体力も精神も限界などとうに超えて、非常に暑くなった操縦席で、イーセイが呟く。

 イーセイが、長剣を振りかざして、リンクアーマーの頭に斬りかかる。

 斬りかかると言うよりも、叩きつけるが正解だろうか。

 何度も、何度も、叩きつけて、頭部を破壊しにかかる。


 いや、頭部を破壊できずとも、目を潰してしまおうとしている。

 だが、リンクアーマーの目は装甲にも守られていて、そこにはなかなかたどり着かない。

 故に、直ぐさまに標的を変えて、首の付け根を破壊しにかかる。

 ミスリル製の刃が通じないのだから、装甲と装甲の隙間を狙った結果だった。


 だが、結局、ミスリル製の長剣が先に折れた。

 折れた瞬間に、左腕で抱え込んでいた敵の長剣が振り払われ、イーセイの左腕が飛ぶ。

 もう一つの拡張された感覚での左腕が激痛に襲われる。

 本来無いはずの器官の幻肢痛が襲ってくる。


 だが、立ち止まるわけにはいかない。

 敵の長剣がもう一度振り払われる瞬間に、イーセイが折れた長剣を敵の剣に投げつける。

 折れた剣は、槍と同様に一瞬だけ姿を消して、次の瞬間には剣に突き刺さっていた。

 だが、敵の剣は折れることも無く、小振りに振り払われて、イーセイの左足を切り込んだ。

 足にまで幻肢痛が襲ってくる。

 イーセイは、叫びを我慢して、歯が折れるほど食いしばり、右腕の小盾から爪を出した。

 爪を突き立てようとして、さらに残った右足で強引に飛び込んだ瞬間、イーセイのリンクアーマーの姿が消えてから再び現れ、イーセイの爪が、敵の頭部に深々と突き刺さっていた。


 頭に突き刺さった瞬間に、爪を振り上げると、敵のリンクアーマーの首がもげかけた。

 だが、そこまでだった。

 片足を失ったリンクアーマーも、頭を破壊されたリンクアーマーも、ともに動きが緩慢になる。


 そう、ここまでだった。

 辛うじての攻撃が、敵のリンクアーマーからの蹴りだった。

 胸部にもろに受けてイーセイは飛んでいき、仰向けに倒れ込んだ。

 だが、対する敵のリンクアーマーは、いまの衝撃で、頭が首からもげかけていた。

 そのまま、膝をつくようにして座り込んだ。


 イーセイの武器は、速さと異能の二つ。

 その二つを駆使しての、機体性能で格上相手に善戦を繰り広げたのだった。

 両者ともに、これ以上は動けなくなっていた。


 イーセイは、幻肢痛に苦しめられながらも、胸部装甲を開いた。

 機体から降りたというのに、存在しないはずの左腕と左足が熱く痛む。

 汗だくで、フラフラになりながらも外に出ると、敵のリンクアーマーからも敵が降りてきていた。

 恐らくはミスリル製のフルプレートに、ミスリル製の剣を腰に差している。

 イーセイ同様に、額から汗を流しているが、さっと拭き取って、数多をスッポリと覆う兜を身につけた。

 対する、イーセイは、ウィンドブレーカーだけだ。


 敵の甲冑男は、慣れた様子で長剣を引き抜いた。

 それに対して、イーセイには最早武器が無い。

 武器は全て失っている。

 昔から使っていたクロスボウは他の荷物と一緒に灯の下に置いてきている。

 最も、ボルトもあまり残っていなかったし、ミスリル製のフルプレートアーマー相手に通じるわけも無いが。


 しかし、甲冑男とイーセイ、どちらも生身になろうと相手を倒すことは決めていた。

 イーセイは、ずっとリンクアーマーで全力で戦い続けてきた。既に身体に熱がこもり、水分も足りず、熱中症に近い症状であり、スタミナが切れかけていた。


 それでも、ここで倒れるわけにはいかない。

 濡れた手の平で顔中の汗をぬぐい去った。

 あとは、目の前の男だけだ。

 なら、最後まで走りきるだけだと、両手を力なく握りしめた。


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