040 無双
「ふぅー」
イーセイは、ゆっくりと呼吸して、意識を集中した。
見覚えが有り、懐かしさすら感じるリンクアーマーの操縦席だ。
唯一普段と違うのは、先ほどの戦闘の所為で血の臭いがすることだろうか。
だが、今はそんなことを気にする余裕は無い。
乗ったことの無い機体だが、操縦桿やペダル、各種スイッチやレバーの配置などもほぼ同じだ。
恐らく、鋼鉄製やミスリル製である違いあっても、結局の所、中身はさほど差が無いのだろう。
それは、これまで葬ってきたリンクアーマーの構造を思い出しても、差異があまり無かった。
結局の所、これが何なのかは判らないし、知らないままだ。
何故、異世界ではこの兵器が最強となっているのかも判らない。
決して、戦車や戦闘機、大砲などではなく人型の兵器が最強として異世界を駆けているのか。
だが、一つ言えるのは、これも魔術の力が使われているだろうということ。
恐らく、地球に持っていけば、動かなくなるだろうと、イーセイは推測する。
蓋を開けて、特別なレバーを一度きり、再び入力する。
これまでリンカーが居なくなったことで強制停止状態、パソコンで言えばフリーズのようなものだろうか、そんな状態にあったが、再起動がかかる。
複数の画面に大陸共通語がディスプレイに浮かんで高速で流れていき、消えた。
その瞬間、イーセイの感覚が痺れるように消えていく。
前後左右上下の感覚すらなくなって、無重力状態で泥の中にでも溶け込んでいくような感覚だと思う。
だが、瞬間、自身の感覚が復活し、同時に、リンクアーマーの感覚も追加される。
自身の身体は、操縦席に座り、両手は操縦桿を握り、両足はペダルの上に有り、両の目は、外の光景が映し出されているディスプレイを見ている。
しかし、リンクアーマーとして膝をつき、両手には得物を持っている。
どうして、二重以上の感覚を自身の身体が許容し、脳が処理できるのか。その答えすら彼は知らないが、二つ確かなことがある。
それは、動かせること。
前の機体との違和感は当然あるし、なんとなく反応の鈍ささえも感じ取られる。
これは不利だろうかと思えるのだが、その程度は想定済みであった。
リンクアーマーを動かすことを待ち望んでいたこと。
そう、戦場最強の剣を持つこと、自身の力として動かすことを望んでいた。
最強の鎧であることの安心感だけで無く、これ以上無いほどの剣で戦場を駆けることを望んでいた。自身が、非力では無いことを証明するために。
イーセイは立ち上がり、まずは周囲を見渡す。
遺跡の入り口からキメラがミノタウロスの群れが出てくるのが見える。
やはり、数だけは多い。
反対方向には、ジャージ姿のトゥエルブが常人離れした速度で走っていくのが見える。
正確に灯の居る場所に向かっているし、その回りにキメラは居ない。
目を閉じて、やることを再度、自分自身に問いかける。
「決して、二人にキメラを近づけない。奴らを倒し尽くす」
小さな声だが、自分自身に命令するかのように呟く。
目を開けた。
まずは、長剣をしまい込み、小盾から伸びている爪も引っ込ませる。
槍を両手に構えて、リンクアーマーの目でも、自分自身の目でも、ディスプレイ越しに敵を睨み付ける。
初めて乗ったときは、その感覚に酔いそうになった。
大抵の人間が、この感覚に酔ってまともに動かせなくなる。
だが、イーセイ、彼は不思議と適応できた。
それが、ただの偶然か特別な才能なのか、それは誰も知らないことであるが、とにかく操ることが出来た。
何故、そんなことができたのか、異能とともに不明であるが、今、正に必要となっているのだから、このときのためにあったのかもしれない。
殺戮のためにあったのではなく、このときのためにあったと信じたいのかもしれない。
いや、今は血塗られた適正でも構わない。
正論や気休めなどは要らないから、敵を殲滅できればそれで構わない。
「ふぅ」
小さく息を吐いて、彼は駆けだした。
槍は両手で水平に持ったままだ。
足は、短距離走者のフォームのままで、駆けていく。
瞬間的に、人工筋肉の廃熱が追いつかず、操縦席が暑くなっていくが、それに歯を食いしばって耐えながら進んでいく。
行く先には、キメラとミノタウロスの群れだ。
まずは先行してきたキメラが三体、一斉に飛びかかってくる。
大げさに、大雑把に、槍を振り払うと、一体目はミスリル製の刃で切り裂かれ、二体目は柄に押しつぶされ、三体目は押しつぶされたキメラにさらに押しつぶされた。
三体が、ぼろ切れのように絶命して吹き飛んでいく。
さらに、ミノタウロスが巨大な斧を振りかざす。
「遅い!」
振り払う前に、首を槍で突き刺した。
確かに、そのミノタウロスの動きは、リンクアーマーよりも緩慢で遅い。
リンクアーマーになれた彼にとっては、相手にならないほどに遅すぎる動きだった。
さらに血飛沫を浴びながら引き抜き、横から飛びかかってくるキメラを切り裂き、さらに一回転して、その勢いを乗せたまま、やや離れたミノタウロスに槍を放り投げた。
槍は鉄球を持ったミノタウロスの腹部に深々と突き刺さった。
駆けだして、別のキメラが襲いかかってくる。
よくもまぁ、懲りずに飛びかかってくるものだと思いつつ、軽く右手で振り払って、キメラは幾何学模様の柱に叩きつけられて、絶命した。
先ほど倒したミノタウロスの斧を拾い上げる。リンクアーマーで使うにしても、柄はやや太く、量産品なのか刃は鈍い。
それでも、思い描くイメージは、トゥエルブの戦う様だ。
さらに大ぶりに大雑把に、それでいて疾く振り抜いた。
近づいてきたミノタウロスの胴体が千切れるように切断されて斧が血に染まる。
それでも、キメラにミノタウロスは、恐れを知ること無くさらに飛びかかってくる。
恐らくは、単純な命令に従うように作られた生物なのだろう。
否、地球では生存できない存在故に、そもそもとして生物であるかどうかも疑問であるが。
イーセイは思う。
恐らく、命はあるのだろうと。
全うとは言えないにしても命。
だが、それを奪っていく。
抵抗はない。
別に、歪な命だから抵抗がないわけではない。
いくらでも殺して生きてきた。
傭兵。
兵士。
騎士。
村人。
旅人。
男性。
女性。
少年。
少女。
子供。
老人。
殺してきた。
リンクアーマーにのっているというのに、両手から血の臭いがする幻覚すら感じたほどに殺してきた。
たかだか、自分が生きるためだけに殺してきた。
今、歪な命を殺したところで、今更だろう。
命を否定する気は無いが、こちらを襲ってくる以上は、殺し尽くす。
その覚悟はとうに出来ている。
斧を振りかざして、ミノタウロスの頭を潰す、キメラを肉片に潰す、ミノタウロスの攻撃を斧の柄で受け止めて、押し返しながら蹴りを繰り出して、ミノタウロスの首をへし折る。
足元のキメラを踏みつける、後ろから羽交い締めにしようと飛びかかってくるミノタウロスに槍の柄を口の中に突き立てる。
周囲に血が飛び散っていく。
幾何学模様の石柱が血に染まる。
草原が血に染まっていく。
リンクアーマーも血に染まる。
幾度も血を浴びて、リンクアーマーが真っ赤に染まっていく。
それでも、キメラとミノタウロスは止まらない。
イーセイも止まらない。
リンクアーマーも止まらない。
何度も何度も血を浴びながらも、武器を振り回す。
槍を何度も肉塊に突き立てていく。
奪った斧で叩きつぶす。
拾った鎖を振り回して挽きつぶしていく。
メイスで頭を何度も叩きつぶす。
両手でキメラの頭を掴んで潰す。
地面に刺さっていた剣を引き抜き、幾度も切り裂いていく。
辺りに血の池ができあがっていく。動く度に真っ赤な血が飛び散っていく。
血に染まっている機体が何度も何度も血に染まっていく。
あの村を襲った日、今ほど戦えれば、どれほどのに仲間達が助かっただろうか。
否、今はそんな後悔をするなと念を押す。
後悔したところで、生き返ることはない。
そして、今は、助けなければならない人が居る。
そのためなら、どれほど血に染まろうが関係ない。
槍を再度ミノタウロスに叩きつける。
血に染まった石柱を掴み力任せに引っこ抜く。
石柱の先端は荒々しく尖っていた。長さは四メートルほどにでもなろうか。
それを思い切り振り回していく。
キメラもミノタウロスも石柱も何もかもを巻き込んで、叩きつぶしていく。
途中でへし折れて、荒々しく尖った先端を投げつけると、突き刺さって潰れていった。
放って置いた槍を再び引き抜く。
「あちぃ」
激しく動いた故に、操縦席の温度は急激に上がっていた。
体中から汗が滝のように流れていく、額からの汗を何度ぬぐっても、流れてくる。
顔中の汗が伝わって、顎からボタボタと流れ落ちていく。
まるで、雨にでも打たれたように全身がずぶ濡れだ。
息も荒々しく乱れている。
それでも、視界にはまだ数体の敵が見える。
全ての敵は、イーセイに視点を合わせている。
どうやら、敵を引きつけることにも成功しており、灯とトゥエルブの元に向かった敵は居ないらしい。
戦いだしてから、十分も経過していないが、熱さと動きの激しさに、自身の身体も悲鳴を挙げだし、ふらつく。
そのふらつきが、リンクアーマーにも反映されて、ふらつき、思わず槍を突き立ててバランスをとった。
リンクアーマーの人工筋肉も熱をこれ以上無いほど帯びている。
熱は装甲に伝わり、薄く飛び散った血が急速に乾いていく。
「あと、少し、あと、少しだ」
自分に言い聞かせるように、機体に言い聞かせるように、呟く。
ミノタウロスが遠慮無く斧を振りかざしてくるが、左手を伸ばして口の中に突っ込み、舌ごと肉塊を強引に引き抜いた。
ミノタウロスは口から相当量の血を吐き出しながら、仰向けに倒れ込んだ。
肉塊を捨てると、足元の血だまりで大きく血がはねる。
さらに、リンクアーマーが嵐のように槍を振り回して駆け巡っていくと、とうとう動く者はいなくなった。
夜明けも過ぎ去って、遺跡の入り口近くで、地面と石柱、リンクアーマーが血と肉に汚
れていた。
操縦席に熱気と殺意が籠もっていて、思わず胸部装甲を開けて換気したくなる。
だが、まだ終わりとは限らない。
遺跡からあれほどの数の敵が出てきたが、まだ潜んでいる可能性はある。
操縦桿を握り直して気を引き締める。
「クリストファー達がどうなったのか……」
ミスリル製のリンクアーマーが二機もいることから可能性は低いが、倒された可能性は決してゼロでは無い。
数だけは圧倒的に多かった。
どこからこれほどの数を連れてきたのか疑問は残るし、連れてくるにしても限度はあると思えるが、それでも、異常とも言える数ではある。
その数の暴力に太刀打ち出来なかったとしたら。
灯の最悪など考えない割には、クリストファー達の最悪は考えている。
自分でも、都合の良い頭をしていると思えるが、できるだけ灯に何かあるなんて、それだけは考えたくなかった。
「……探そう」
最悪、クリストファー達と合流できなくても良い。
だが、状況の確認だけはしておこうと、遺跡の中へと歩む。
入ってすぐは、前に入ったときと同じようになっているだけだ。
敵の死骸などが無いのは、ここでは戦闘が起きなかったということだろう。
さらに進んでいき、あの戦闘が起きたホールにたどり着く。
そこには、傭兵アンドルーの手によって、大量の惨殺死体が散乱していた。
そして。
奥に通じる扉は閉じられているが、その前に一機のリンクアーマーを見つけた。
傭兵アンドルーのものでもなく、カトリーヌのものでもない。
だが、見たことはあった。
そう、数日前に丘の上から眺めていた戦闘だ。
砦を舞台にした戦争、その中にいた一段と豪華絢爛なリンクアーマーだ。
そのリンクアーマーがいた。
胸部装甲が開いていて、そこに一人の男が座っていた。目を閉じていたようだが、イーセイのリンクアーマーを見ると、厳しい表情で睨み付けるだけだった。
男の姿を見て。
そして。
その瞬間に、イーセイが抱いていた幾つかの疑問が氷解した。同時に新たな疑問も出てきたが、その解答はどうでも良かった。
そう、目の前にその男がいることが一つの真実を物語っている。
ただ、目の前の男は敵だとわかる。
相手も、こちらを見たままリンクアーマーの胸部装甲を閉じていった。
男の姿は見えなくなった。
男の姿を見た時間は短いが、それでも、見間違えはない。
そして、真実は判った。
イーセイは、再び操縦桿を握り直して、槍を構えた。




