004 前線
敵は、要塞に立てこもったとある領主の軍団だった。
対するこちらは、グレンの傭兵団である。
グレンの傭兵団の装備は、不均一でレザーアーマーからプレートメイルと幅広く、得物は剣、斧、こん棒、槍とばらばらである。
イーセイなどは、得物どころかリンクアーマーに乗っている。
対する敵は、均一の鋼鉄の鎧を着ており、その動作もキビキビとしている。
傭兵団の質など一概にも言えないが、細かな動作などに正規と非正規の軍団の違いが表れてくる。
既に、戦は始まっていた。
砦からは絶えず弓矢が掃射され、傭兵団の弓兵も集まって弓を打ち、応戦する。
晴天だというのに、空を見上げれば矢の雨を見ないことはなかった。
砦から大盾を持った前列とパイクを持った後列の陣形を組んだ者たちが出てくる。
半端に応戦しようとすれば、パイクにたたかれ、突かれ、肉片にされていく。
別の傭兵団が散発的に攻撃を仕掛けて、徐々に削られていく様がわかる。
「無茶な……」
思わず、パイクの集団に散発的に向かって行く彼等にもはや呆れしか浮かんでこない。
功を焦ったのだろうが、それにしても、生身の人間がパイクの集団に策も無しに立ち向かうなど無謀以外のなにものでもない。
そんなことをしり目に、イーセイはいつものように集団に突っ込んだ。
鋼鉄の塊が、車よりも速く駆け抜けていく。
パイクの集団は、逃げることさえも出来ずに突っ込まれた。
パイクが折れ、盾が割れ、人がつぶされる、武器や人が彼方に飛んでいく。
足の裏にグチャリと生身を踏みつぶした感覚がある。
長剣をふるえば、木っ端みじんにでもされるかのように兵士が吹き飛んでいく。
あっさりと崩れた陣形に、味方の傭兵たちがすかさずに切りこんで、押し倒し、命を奪っていく。
その行動に、容赦などは無い。
地球では決してみられない戦争の風景であった。
装備のレベルは、リンクアーマーを別にすれば中世ヨーロッパといったところだろうか。
そんな中に、見てくれは未来的、原理は魔術というなんともチグハグな兵器が蹂躙していく。
高度な科学を魔法と呼んでいるだけかもしれない。
正解かどうかを応えてくれる人はいないわけであるが。
長剣をさらにふるう。
そして、駆け出す。
巨大な鋼鉄の塊が駆けていく。
ただ、それだけで一人二人程度の人間など何の抵抗にもならずに吹き飛ばされていく。
イーセイも、最早、味方ではないなら道ばたのゴミ程度にしか認識しなくなっている。
だが、視界の先に大きな人影を見つけた。
敵側のリンクアーマーだ。
イーセイの乗るリンクアーマーと同じように角ばったシルエットである。
リンクアーマーの姿かたちの違いや同一性にどのような意味があるかも知らない。
もしかすれば、同じ場所で作られたなどの共通点があるかもしれないが、
そもそもリンクアーマーがなんなのかはっきりすらしていない。
この大陸南部では、リンクアーマーはあまりにも異質な存在に思えた。
だが、疑問はとうに捨て去って、長剣を敵にたたき込む。
敵の獲物は槍と盾で、盾で剣を受け止められる。
槍を側面からたたき込んできて、イーセイも盾で受け止める。
強い衝撃が、機体と体を抜けていく。
受け止めた左手は、強い衝撃にわずかにしびれに似た感覚になる。
「はぁはぁはぁ」
暑さで体が鈍っていくように思えるが、水筒から浴びるようにぬるい水を飲みほして、再度集中する。
リンクアーマーの体が、中の筋肉のようなパーツが伸縮し、軋んでいくかのようにリンクアーマーから奇妙な様子の金属音が響く。
互いの武器を盾で受け止め硬直しているが、それでも、一歩強引に進む。
もう一歩強引に、相手がゆっくりと後ろへと足を延ばした瞬間、両手に力を込めた。
「はぁぁぁ!」
操縦席にイーセイの声が響く。
敵のリンクアーマーが、バランスを崩してあおむけに倒れ込む。
倒れ込んだリンクアーマーに乗っかって、マウントを取った。
リンクアーマーの首が左右に動く。
まるで、やめろと言っているようだ。
だが、イーセイは止まらない。
両手で長剣を握りしめて、胴体に振り下ろす。
一度目。
二度目。
三度目。
平滑な装甲が剥がれ落ちて、内部の黒い繊維の塊が見える。
そこに長剣を突き立てた。
一瞬、何か柔らかいものを突き刺した感覚がある。
敵のリンクアーマーが一瞬動きを止めて、四肢が痙攣したかのように震え、急に力を失ったようにダランとした。
剣を抜き取る。
散々血で汚れた剣を見ても、リンカーを殺した実感は薄かった。
最早気にもとめず、イーセイは再び駆け出す。
目指す先は砦だ。
高さは三階建程度はあるだろうか、巨石をくみ上げてあれほど大きなものを作るというのにどれほどの労力をかけただろうか。
いや、リンクアーマーを使って石を運び組んでいけば、それほどでもないだろうか。
リンクアーマーは作業といったものも十分にできる代物である。
最も、どう作ったのかなど、イーセイには興味はさほど無いのであるが。
要塞正面の扉が半分開いて、中からさらに二体のリンクアーマーが出てくる。
「まだいるか……」
そう呟き、傍らに置いてあった水筒を手に取る。
中に入っているのは、水にレモンと塩と蜂蜜を溶かしたものだ。
水分と栄養補給のために、ただの水とは別に用意していた。
サラッとして、それでいて塩と甘みが効いた生暖かい液体が喉を通っていく。
「はぁ」
空になった水筒を横に捨てて、深く息を吸い込む。
彼の両目とリンクアーマーの目は、戦場を同時に捕らえている。
細かな傷と何カ所か刃こぼれのある長剣を再度構え直す。
視界に入るリンクアーマーに乗っている相手はどんな人間だろう。
全く意味の無い疑問を持つ。
どのみち、倒すのに。
もしくは、倒されるのに。
リンクアーマーに乗り始めて、一年以上経つ。もうすぐ、一年半ぐらいだ。
その間、百を超える戦場を経験し、何百と殺してきた。
最初は殺した相手の顔を覚えていたが、時が経つにつれてその記憶もおぼろげになって、思い出せなくなった。
そのうちに、顔を覚えることさえしなくなった。
溺れるほどの血を浴びてきた。
今更に夢でうなされることすらも無くなった。
リンクアーマーに乗ってから負けたことは無い。
負ければ、自分が死ぬだけだ。
そう、敗北は死と同義。
戦いの緊張から解放されることは無い。
死の恐怖から解放されることは無い。
恐怖による極度の緊張が、今は、イーセイの感覚を極限まで研ぎ澄ます。
左右にフェイントをかけて、ステップを踏み、相手のリンクアーマーが一瞬迷って動きを止めた。
その一瞬を狙い澄まして、さらに駆け抜ける。
「はぁぁぁぁぁ!」
低姿勢から回転し、真正面から相手を抜けて、そのまま敵の背後に長剣を叩き付ける。
まずは一機が崩れ落ちる。
跳ね返る力をそのまま利用して、もう一気に斬りかかった。
頭部が飛んだ。
リンクアーマーは、構造的な問題なのか、頭が飛ぶと全ての視界を失う。
頭部を失ったリンクアーマーは、失った頭を両手で押さえている。
リンクアーマーの感覚は、リンカーの感覚である。
リンカーは、生きながらにして頭を失った激痛に苦しんでいるはずだ。
ヨタヨタと歩き出そうとするが、イーセイの放った蹴りで仰向けに倒される。
さらにイーセイは、最初に倒したリンクアーマーの首元に長剣を当てて、そのまま胴体を貫く。
先ほどと同じように、痙攣して動きを止めた。
「はぁはぁはぁ。次!」
イーセイが反転して、再度要塞を目指す。
あちこちで起きている人間同士の戦いなど、気にもしないで、駆け抜けていった。




