039 奇襲
彼方から悠然とリンクアーマーが迫ってくる。
恐らく、生身の人間相手だと高をくくっているのだろう。
だが、乗っている人間にとって、イーセイは撃ち漏らし、トゥエルブはリンクアーマーに乗りながらにして敗北を期した因縁の相手、追いかけない選択肢はないだろう。
優先して追いかけるのはどちらかと考えたとき、以前の戦いによる危険度も考慮すれば、トゥエルブになるはずだとイーセイは踏む。
まず、イーセイと灯の二人とトゥエルブの二手に分かれる。
イーセイは、灯を安全な場所に避難させるため、トゥエルブは避難までの時間を稼ぐためだ。
幸い、キメラは少なく、そのほとんどを倒していて、残りもリンクアーマーの側にいるだけだ。
『あれが? リンクアーマー? あんたが話していた』
『それは後だ。トモ、本気で走れ。アイツは殺しに来ている』
これまでのあの敵の行動から、そうだろうとイーセイが断言する。
『なんで、そうなるわけよ』
『いいから走れ』
『トゥエルブさんは?』
『今は時間を稼いでくれているから、早く』
二人は当然のことながら、日本語でやりとりをする。
二人の陸上部員、正確には二人とも元陸上部員だろうか。
完璧なフォームで駆けだしていく。
腕を正確に力強く振り、足の裏で草原を蹴り出していく。
若干ながら、イーセイの方が速いが、それは日々戦場に身を置いて鍛え抜かれたことによる差異だろうか。
イーセイが時折、後ろを振り返って灯の姿を確認し、さらに背後で繰り広げられている戦いを見る。
リンクアーマーの装備は、機体の背丈よりも長い槍に、腰に差された長剣、あとは両腕に小盾がついている。
あの小盾には、確か爪が仕込まれているはずだ。
さらに言えば、それらの武器は刃だけミスリル製になっているはずだろう。
到底、人間が適う相手ではないのだが、振る舞わされる槍をスイスイと躱していくトゥエルブだ。
恐らく、本当に本調子に戻っているのだろう。
地球での寝たきりの姿が嘘のようだ。
『トモ、あの洞穴に隠れろ』
『え? ちょっとなんで』
イーセイが指さした先には、小さな崖になって、崖の下が洞穴になった箇所だ。
入り口は狭く、一人入るのが精一杯だろうか。
『ここで、じっとしていろ。あとこれ』
そう言って、イーセイは小剣を差し出す。
戸惑いながら、さらに見た目以上の重たさにさらに戸惑う。
『土壇場で悪いが、お前ならキメラぐらいなら、追い払えると思う。いいか? ここでじっとしていろ。そして、俺達が負けたら逃げろ。東の方向に半日歩けば街道にでる。そこから北に向かえば宿場町に着く』
そう言いながら、イーセイは荷物を灯の足元に下ろした。
『金が入っている。いいか、俺達が戻ってこなかったら逃げろよ。逃げてからキーパーズって組織があるから、それを探して保護して貰え』
『いや、ちょっと、さっきから、何を話しているの!? 一緒に逃げるんじゃないの!?』
イーセイとトゥエルブのやりとりは大陸共通語だったため、今の趣旨までしっかりと理解は出来ていなかったらしい。
『あいつを倒してくる。それしか、全員が生き残る道がない。だけど、最悪、俺達が時間を稼げばお前だけでも逃げられる。いいか、俺達が負けたら逃げろよ』
『いや、負けるって』
『死んだらだ』
残酷で当たり前の事実をあっさりと伝える。
灯は、目を見張ってその言葉を受け止めた。
いや、受け止め切れただろうか。
だが、いずれにしろ、イーセイもずっと灯に構っているわけにはいかなかった。
『いいから、頼む。トゥエルブもずっと時間稼ぎ出来ないんだ』
それだけ早口で伝えて、イーセイは振り返り。
『お前を地球に戻すまでは、死なない。心配するな、必ず地球に戻すから』
とだけハッキリと聞こえるように言い残し、駆けだした。
地球に戻す方法など判らない。
発見できるかも判らない。
あるのは、一度は自分自身が地球に戻ったという事実とそれに基づく、戻ることが出来るという可能性だけだ。
だが、数日前まで、この世界について何も知っていないに等しかった彼にとっては、その程度でも十分すぎるほどの希望だ。
何も知らず、ただ、生きていくためだけに、幾度の絶望を味わった。
全てをあきらめた。
悟りのような心境にまで至り、自分はいつか死ぬためだけに強引に生きているのだとあざ笑っていた。
だが、今の彼にとって、その全てはもはや些細なことだった。
自分の責任で、大切な幼なじみを巻き込んでしまった。
今は、ただ、それを守りたいだけだ。
責任があるからなど、そういったことだけではない。
ただ、ひたすらに会いたかった大切な人間だから、守りたい。守り抜いて、必ず無事なまま地球に戻す。
イーセイの頭にあることは、それだけだ。
走りながら、腰に差して置いたナイフを引き抜く。
一匹だけキメラが向かってくるが、一瞬だけ瞬間移動して、背後に回り込み、首筋に一閃。
「相手していられるか」
イーセイが駆けだして、数秒後にキメラはよろめいて、倒れ込んだ。
今ある、技術、能力、異能、その全てを灯を守るために使おうと誓う。
トゥエルブが難なく回避し続けるあの場に向かって、一直線に駆けていく。
彼は思う。
自分が、唯一、この異世界で誰よりも勝っていたのは足だと。
傭兵団でも、一番早いのは彼だった。戦場では誰よりも速く駆けていた。
それはリンクアーマーに乗ってからも同じだ。
優れた走力をもっているからこそ、リンクアーマーの走力もフルに発揮できるのだ。
敵のリンクアーマーの間合い近くまで入り込む、その姿を確認しているだろうが、意にも介さずにリンクアーマーはトゥエルブを付け狙っていた。
トゥエルブに向かう攻撃の余波に注意しながら、イーセイはさらにリンクアーマーに向かっていく。
右から槍が飛んでこようと、瞬間移動で回避して、左から柄が飛んでくれば、背を低くして回避していく。
走りっぱなしで呼吸が荒くなっていくが、決してリズムだけは崩さないように全身に酸素を送っていく。
全身に疲労が出てきているが、それはいまはただ我慢して押さえ込んでいく。
トゥエルブに再び、槍が振るわれる、それをギリギリの間合いで、躱していく。
改めて思うのは、やはり人ならざるほどの身体能力。自他共に化け物と称されても納得のいく動きであるが、今はそれが必要だ。
「トゥエルブ!」
「問題ない! やれ!」
ここで、ようやくリンクアーマーが命知らずに接近してくるイーセイに視線を向ける。
ただの人間が、リンクアーマーなどに向かっていってはならない。
それも唯一人で向かっていくなど、自殺行為に過ぎない。
それでも、イーセイには低いながらも勝算があり、迷わずに立ち向かっていく。
イーセイを狙って、槍が突き刺されてくる。
右にステップを踏みながら、瞬間移動して移動距離を稼いで、躱す。
ずっと繰り返すなど出来ないし、恐らく、チャンスは一度きりだ。
リンクアーマーまで、あと十歩。
再び、リンクアーマーが槍を振り回すが、イーセイは何度もステップを踏んで、何度も瞬間移動して躱していく。
何故、自分にこのような異常な能力が備わったのか、理由などわからない。
だが、必要だからこそ備わったのなら、それは今、この瞬間だ。
リンクアーマーは、イーセイの異常な動きに惑わされつつも、今度は槍を捨てて剣を引き抜き、そのまま彼に斬りかかる。
彼は、今度は左右に避けずにさらに前に進んだ。
刃が当たり、彼を真っ二つにせんとした瞬間に、瞬間移動して、剣の間合いの中へと進んだ。
リンクアーマーまで、あと五歩。
力強く地面を蹴り出す。
あと四歩。
リンクアーマーが左手の小盾から爪を引き出し斬りかかってくるが、さらに前に一歩進む。
あと三歩。
リンクアーマーの膝蹴りが飛んでくる。それは走りながらターンして躱す。
あと二歩。
リンクアーマーの攻撃をことごとく避けて、さらに力強く進む。
あと一歩。
最早間合いに入り込みすぎて、対処が遅れている。
リンクアーマーのリンカーは決して、彼を近づけてはいけなかった。
決して、彼らを追いかけようなどと考えるべきではなかった。
リンクアーマーに乗っていると慢心するべきではなかった。
それが、リンカーの誤りである。
そう、繰り返すが、彼を近づけることを、決して許すべきではなかった。
最後の一歩。
これまで以上に、力強く地面を蹴り出す。
進む先は、リンクアーマーの胴体だ。
装甲に触れる瞬間にイーセイの姿が消えた。
リンカーは、イーセイの姿を見失い、そして、再び目にすることになる。
そう、せまく暑い操縦席の中、リンカーの目の前にイーセイがいた。
傍らに置いてあったミスリル製の剣を取ろうとして、侵入者に腕を捕まれる。
そもそも、この狭い操縦席に二人もいるのだから、剣を手に取ったところで引き抜くことも出来なかったのだが。
イーセイの目の前にいるのは、あの夜にマリアを殺し、自身を殺そうとした、名前も知らないあの男だ。
恨みは無い。
殺し合いなど、日常茶飯事だ。
いちいち、恨みあうことなどしてこなかった。
だが、今のイーセイにとっては、彼は灯に害をなす存在でしか無く、そんな存在が存在することすら許さない。
イーセイは、まるで、虫でも見るかのような目で男を見つめる。
「この野郎!」
「はぁぁぁぁ!」
気合いの入った言葉とともに、イーセイがナイフを放るように投げた。
ナイフは男の胸に向かって飛んでいき、弾かれる瞬間にナイフは姿を消した。
「が!? あぁ?」
男がうめき声を上げながら、空いた手で胸元を押さえると、ミスリル製の鎧だというのに、まるで生えてきたかのようにナイフの柄が見えた。
丁度ナイフは、心臓にまで到達し、リンカーの身体の中で大出血を引き起こしている。
ナイフだけを瞬間移動させて、男の心臓に飛ばした。
だが、それだけの事である。
彼の能力の前には、どんな装甲だろうと意味をなさない。
瞬間移動で突き立てることができるのだから。
「て、てめぇ」
リンカーが口からも血を吐き出しながら、イーセイを睨み付けるが、そこには虫のように感情の無い瞳に自身の姿が映るだけだった。
操縦席のレバーを幾つか引いていくと、胸部の装甲が開き、外の冷たい空気が入り込んでくる。
イーセイは容赦なく、リンカーだった男を操縦席から引きはがして、外に捨てた。
既に、男の命は尽きていた。
そこに、トゥエルブが姿を現す。
「うまく行ったな」
「ああ。これ、渡しておく」
とイーセイがリンカーが手を伸ばしたミスリル製の剣をトゥエルブに放った。
「丁度良いのもっていたな」
トゥエルブが、剣を引き抜いて眺める。
剣は、やや細身の両刃で、その見た目よりも軽いことからミスリル製であることが判る。
「そうだな」
イーセイが、操縦席に座り、シートベルトを締めながら頷く。
「それより、遺跡からまたちょっと、敵が出てきている」
「わかった。そっちは減らすから、この先にいるトモを守ってくれ」
ボタンやレバーの配置を確認しながら、頼んだ。
「いいけどよ。個人調整なしのリンクアーマーを乗り回す気か?」
トゥエルブが、操縦席を見ながら呟く。
彼女のまた、リンクアーマーに乗ることは出来るが、それはリンクアーマーの同調装置を個人個人にあわせた場合でしか無い。
本来は、リンクアーマーは、感覚の拡張と共有のための同調装置を、リンカーに合わせて微調整をするものだ。
調整なしでは、どの程度上手く動かせるか疑問があった。
「元から、そんな調整無しで使ってきた。乗りこなしてみせる。だから、トモを」
「わかった」
トゥエルブは、イーセイの言葉に問題なしと判断して頷く。
そしてトゥエルブが離れたところで、イーセイはリンクアーマーの胸部装甲を閉じた。
外の空気と混ざり合って、生ぬるい空気が漂っている。
機体は同じもので、修理して使っていたのだろう。
武器の刃だけはミスリル製で、あとは鋼鉄製のリンクアーマー。
相手もミスリル製の武器を使ってくれば心許ないが、キメラやミノタウロス相手なら問題ないはずと判断する。
可能であれば、今は、クリストファー達とも合流するべきだ。
そのためにも、今の窮地を乗り越える。
危険因子を排除しつくする。
そう、心に留める。




