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038 帰還

 一生が異世界のことを話し、とりあえずは、そこでその日は寝ることになった。

 信じるかどうかの結論は、次の日に持ち越すことにした。

 その後、どうするかの話しも持ち越しになった。


 可能ならば、トゥエルブを病院に連れて行くべきかと思うが、どうやって連れて行きどうやって説明するかを一人思案していた。

 一生だけはリビングのソファを借りて寝ていた。

 柔らかな寝床は久しぶりで、なんだか落ち着かない気持ちだったが、疲れていたのかすぐに寝入ったことまでは覚えている。

 そう、眠る前までは地球の灯の家のはずだった。

 朝、異変に気がついたのはトゥエルブが先だった。


「イーセイ」


 一生ではなくイーセイと呼ばれ、一生もといイーセイは起き上がった。起きながらも、動き回って大丈夫なのかと心配があったが、それ以上の異変に気がついた。


「起きたか?」

「ああ。どういうことだこれ」


 イーセイが辺りを見回すと、ソファもリビングの壁や床が消えており、うす暗くジメジメと湿った空気が漂っていて、イーセイは黒い岩の上で毛布を被っていた。

 目の前にはトゥエルブがいて、その隣には灯の姿も見える。

 トゥエルブも灯も寝たときのままジャージ姿だ。

 イーセイは、他に着る服がなかったのでウィンドブレーカーを着たままだった。


 なにやら洞窟か洞穴のような場所だろうか。

 少し離れた場所が入り口になっているのか、そこから風と光が入ってきている。

 反射的に、手の届く範囲に置いていた小剣を手に取る。


「起きたら気がついた」

『ねぇ、何? ここどこなの?』


 トゥエルブの大陸共通語の横で、灯が日本語で尋ねてくる。

 だが、イーセイにも見覚えのない場所だ。


『わからない。ただ、トゥエルブが動けるってことはだ。もしかすると』

『もしかすると?』

『確認する、少し待っていろ』


 とイーセイは日本語で返して、再びトゥエルブを見る。


「体調は?」

「問題ない」

「つまり……異世界か?」


 それは、あってはならないはずと信じたい気持ちを抑えながらも、現実を直視しようと意志を貫く。


「異世界って、俺にとっての元の世界か?」

「ああ。そうだな。外を見てくる、トモを頼む」

「わかった」


 イーセイは小剣を抜いて、慎重に光の方向へ向かっていく。

 生き物の気配は感じられず、自分の呼吸と鼓動だけがやけに大きく聞こえた。

 そっと洞穴の入り口から外を見ると、青々とした草原が広がり、朝か夕方か判らないが、赤い空が見えた。それだけでなく、草原には幾何学模様が刻まれた石柱が何本も生えている。


「ここは……」


 恐らく、自分たちが立ち寄った遺跡に間違いないだろうと結論を出す。

 そう、これほど神秘的で異様な風景は、そうそう無いだろう。


「不味い」


 何が不味いかといえば、灯がこの異世界に来てしまったこと。

 行き来の仕方など、欠片一つも判っていないのだ。

 もとの世界に、地球に戻せるかわからないのだ。


 あの灯が、この世界に来てしまった。

 この世界に。

 自分は、言葉も常識も倫理も通じなかったこの世界に、何も知らない灯が来てしまった。

 幸運に恵まれなければ生きていくことなど出来なかった、この世界に来てしまった。

 原因は、わからないが、両方を行き来した人間は自分であるのなら、自分の責任ではないかと問いかける。自分が助けを求めた結果、灯を巻き込んでしまったのではないかと。


「……なんでこうなる」


イーセイは強く小剣を握りしめる。

 原因はわからない。


 いや、あの仮説、カタリーナが語った異物排除論。

 異能は地球の物理法則に反している故に、適合する物理法則の世界に排除される。

 もし、あの仮説が本当だとすれば、異能を持つ自分の責任になる。


 あの苦労を、あの苦難を、あの苦悩を、あの戦闘を、あの戦争を、あの悲壮を、あの悲観を、あの絶望を、あの困難を、灯にだけには経験させたくない。

 思い返せば、地獄を生き抜いて来た、多くの犠牲を出してきた、自分が生きるために殺し、奪いってきた。それが当たり前の世界で生きるために、当たり前ではないことを当たり前のようにしてきた。

 その世界に灯がいていいわけがないと、軽率な自身の行動に怒りを覚える。

 激動に生きて、感情など麻痺していた彼が、久しぶりに怒りを覚えた。

 この世界で自身のために怒りを覚えたことはない、その彼が他者のために怒りを覚えた。


「……いや、それよりも」


 灯を地球に戻せるかどうかよりも、今優先するべきは灯の安全だ。

 何者かに襲われて、逃げていたのだ、あの遺跡の近くなら、あの敵がいる可能性はある。

 そして、イーセイも気がついている。

 あのキメラの群れがいるならば、あのリンクアーマーに乗っていた者もいる可能性があると。

 イーセイは、そのことには気がついていた。

 一度は敗北したが、それはリンクアーマーにのっていながらにしての敗北だ。

 今、生身のこの状況では出くわすわけにはいかない。

 今一度、落ち着いて慎重に行くべきだと再認識した。

 イーセイは、洞穴に戻った。トゥエルブが、険しい顔で、灯が不安げにしていた。


「あの遺跡の近くだ」


 イーセイは短くそう伝えた。


「そうか。おっさん達と合流しよう」


 トゥエルブも、洞穴の入り口から見える光景から、ある程度推測していたようだ。


「クリストファー達は……向かったとしたら、俺達を追いかけているか?」

「多分」

「……とにかく遺跡を目指すべきか? 近くの街や村に向かうのは不味いか?」

「わからん。とにかく、状況確認後に判断すりゃーいい」

「判った」


 再びキメラの群れに襲われれば、今の装備では心許ない。

 持っていたミスリル製の武器は全て地球でボロ鉄になり、全て捨ててきている。

 トゥエルブが体調回復したことを踏まえれば、また元に戻る可能性もあったが、こうなるなど予測できなかったのだから仕方なかった。

 イーセイは、灯に向かって口を開く。

 当然、日本語だ。


『トモ、ここは異世界だ。信じられないかもしれないが』

『信じるよ。あんたの話も、目の前の光景も。信じるしかない』


 少しだけ不安が和らいだような表情で、灯が言う。


『助かる。いいか? 今から、仲間と合流するが、どこにいるかわからない。そして、敵も居る、キメラと呼ばれるモンスターもいるかもしれない。俺達から離れるな。いいな?』

『ええ。判らないけど、わかった。ついていく』

『それでいい』


 イーセイの念押しに、灯は強く頷いた。

 それから、三人は慎重に歩いて行く。


 灯は、見たこともない幾何学模様の柱を物珍しく見ているが、イーセイとトゥエルブは同時に別方向を見るようにしながら、慎重に歩んでいく。

 武器は、イーセイが握る鋼鉄製の鉈のような形状をした小剣、トゥエルブが持つのはイーセイが持っていたナイフだ。

 本当にミスリル製の装備を失ったのは彼らにとって痛い。

 せめて地球で武器を調達しておけば良かったが、今となっては後の祭りである。


 一時間も歩いた頃、遺跡への入り口付近にまでやってきた。

 柱に身を隠しながら、慎重に様子をうかがうと、キーパーズ所有のトラックの残骸らしき影が確認できた。

 タイヤは破裂し、運転席は黒焦げに、コンテナは紙切れのように引き裂かれている。

 どうやら、敵は念には念を入れて、トラックに火をつけて破壊したらしい。


 その横には、遺跡への入り口を塞ぐように一機のリンクアーマーが片膝をついていて、そのリンクアーマーの前には甲冑を着込んだ男と周りにはキメラがうろついている。

 そう、あれらには見覚えがある。

 あの村を襲った夜に、襲ってきた相手、マリアを殺した相手であり、イーセイを殺しかけて、トゥエルブが止めた、そのリンクアーマーと男だ。

 見覚えのあるキメラが襲ってきた時点で、思ってはいたことであるが。


「やっぱり、あの連中か。トラックも使えないか」


 イーセイが、目を細めて遺跡の入り口を見ながら呟く。


「あの相手は厳しい。装備がない」


 トゥエルブが言った。

 そう、今の状況では対峙するわけにはいかないだろう。


「このまま一旦、近くの街に?」

「そうするしかない。キーパーズに連絡して、部隊を派遣して貰うおう」


 二人がそう会話していた時、遠くのキメラが動きを止めて、その瞬間に彼ら三人に向かって駆けだした。


「気づいた!?」

「逃げるぞ! 」


 イーセイが灯の腕をつかんで、『トモ、走るぞ』と言って駆け出し、トゥエルブがそれを守るように後方からついてくる。

 イーセイも灯も陸上部だけあって、十分に早い。

 だが、あくまでも人間としての速さで有り、異性物を組み合わせたキメラはそれ以上に、早く、数分もしないうちに追いつかれてしまった。


 飛んで襲ってくるキメラを、トゥエルブが裏拳で叩き落として、首をへし折った。

 横から飛んでくるキメラには、イーセイが小剣で切り裂く。

 灯は、ただ、何も出来ずイーセイとトゥエルブの影に隠れていた。

 キメラは正直言って、一体二体程度なら問題ない。

 トゥエルブにとっては武器がなくても問題が無いぐらいだ。

 それよりも問題は、キメラの後からゆっくりと駆けだしてきているあのリンクアーマーだ。


「降伏できるか?」


 そんなつもりは、毛頭無かったがイーセイが尋ねる。


「知らね。でも、最初から殺しに来ている相手で、俺は恨みを買っている」

「リンクアーマーなしで破壊だもんな」


 恐らく、相手のリンカーのプライドはズタズタにされているだろう。


「できるだけ引きつけるから、逃げろ」


 トゥエルブが、当然のように言い放つ。

 勝ち目が無いにしても、指示の通りにイーセイを守る。

 イーセイに言われた通りに、灯も守る。

 二人を守るために、自分が犠牲になると言い放つ。


「俺も戦う」

「おい」

「作戦がある。うまくいくかわからないが、これしか無いと思う。引きつけてほしい」

「わかった」


 トゥエルブはまたしても当然のように言った。

 まるで、挨拶か何かでもするかのように。


「……いいのか? 危険だぞ?」

「お前を守れって言われている。それに」


 トゥエルブは、ナイフをクルクルと回して構え直す。


「どっちにしたって、やることは変わらないし、お前も考えなしに動く人間じゃないのは判っている。なら、お前の考えにのってやる」

「ありがとう」

「それ、まだ早いだろ」


 二人は、距離を取って、そして各々キメラを殺しながら、リンクアーマーを迎え撃つ。

 命を掛けた策を実行するために。

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