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037 閑話4

 その世界において、魔術に出来ることは限られている。


 例えば、手を触れずに物質を動かすこと。

 例えば、死者を再び動かすこと。

 例えば、他者と感覚を共有すること。

 例えば、物質に自身の感覚を延長すること。

 例えば、肉体を強化すること。

 例えば、ボロ鉄を強靱な金属に作り替えること。


 案外に多いようで、魔術の可能性を考えれば、出来ることは遙かに少ないのだ。

 あくまでも、この世界における法則以上のことはできないとされている。

 地球という次元から見れば、遙かに選択肢は多いように思えるだろうが、異世界に住む人々はこう考えている。


 魔術は未だに発達していないと。

 故に、魔術について極めることを求める。

 より、知識と可能性を求める。

 その探究心から、少女は作られた。

 少女は作られた存在だった。

 そう、作られた。


 肉体に魔方陣を描き、肉体を強化する術式がある。

 ただし、強化と言っても、せいぜいが、力を強くしたり頑丈にしたり、肉体の治癒を早めたり。

 その程度だ。

 しかも、魔方陣が崩れれば瞬間的に魔術は成立しなくなる。

 つまり、傷を受けたり汚れたりすれば、魔術は成り立たなくなる。

 そう、かつてはそうだった。


 その問題を解決するために、あらかじめ肉体自体に魔方陣を組み込んで人を作り上げる。

 作り上げることで、多くの人々に、不成立が存在しない魔術の恩恵を与える。

 その目的のために、少女は作られた。


 少女は、人類のための実験動物だった。

 数々の手法を試し、幾多の犠牲を重ね、数多の屍の山を築いた上で、少女は十二番目の実験体として、初の成功例として作り出された。

 その手法は細かく説明することは蛇足であろうが、簡単に言えば、生まれる前から魔方陣を肉体自体に組み込んだのだ。


 少女は、誕生してから幾多もの実験を受けた。

 読み書き計算から始まり、敏捷性や瞬発力持久力の運動テスト、戦闘テスト、時にはリンクアーマーと呼ばれる魔術外装骨格に搭乗し、実験が行われた。

 その幾多もの実験は、実験体が成功例であることを証明するために行われた。

 少女は、あくまでも、実験をするためだけに生まれた存在だった。


 広く暗く入り組んだ研究所が、少女にとって世界の全てだった。

 少女は、生まれながらにして実験体である少女は、大衆が思うような悲壮はなかった。

 最初から全てを受け入れていた。

 実験体として生きていくことに疑問を持たなかった。

 そのために生まれたのなら、そのために終われば良いと思っていた。

 哀れな少女は、自信を哀れとも思っていなかった。


 だが、ある時、状況が変わる。

 ある日、彼女は今までベッドだけが置かれた無味乾燥な部屋から、何倍も広い部屋に移される。

 絨毯が敷かれ、天蓋付きのベッドが置かれ、可愛らしいぬいぐるみに溢れ、小さく可愛らしいテーブルが置かれ、花瓶に飾られる花は毎日変わった。

 日に日に、絵本が増えていった。


 研究者達が、代わる代わる来て、本を読み聞かせるようになった。

食事も、パンとスープだけだったのが、毎日同じ物が続かなくなり、肉も野菜も豊富になり、味も格段に上がった。

 そのうちに、毎日のようにされていた実験は、少しずつ減っていった。危険な実験は行われなくなった。

 実験があっても、研究者達は何度も何度も謝るようになった。

 そして、ささいな事でも褒め称えるようになった。


 少女は戸惑った。

 何故、彼らがそのような事をするのか判らなかった。

 新しい実験かと思ったが、どうも様子が違う。

 それは、少女にとっては戸惑いで有り、恐怖だった。

 彼女を作った研究者達は、彼女にとって、自身という化け物を作り上げた存在であり、化け物を作り上げた存在も、また化け物だと信じていた。

 その化け物の行動には、戸惑いしかなかった。何を考えているのか全く理解できなかった。


 そして、自分自身の実験体としての存在価値がなくなったのではないかと思えた。

 だが答えは単純で有り、幾人もの研究者と魔術師が、彼女に実験を行う内に、彼女に愛情を抱いたからだ。

 幾多もの犠牲を重ねてきた彼らが、初めて人の情を得た瞬間でもある。

 彼らにとって、十二番目の少女が文句もなく淡々と実験を受け入れる様に健気さと儚さを感じ取って、初めて情を抱いた。

 それは、親の情にも似たものであろうか。


「なんで、俺にこんなことをする?」


 ある日、自らを俺と呼ぶ少女が、研究者の一人にようやく尋ねた。


「それは、私は、私たちは、君を愛しているからだ。さて、今度のご褒美は何が良い?」


 どうやら研究所で最も権限を持っている人間が、少女にそう答えた。

 そう、初めて彼女に愛していると伝えた瞬間だ。


 だが、ようやく愛された少女には愛が判らなかった。

 それ以上に、化け物がニコニコと微笑みながら愛していると言ってきて、再び戸惑いしかなかった。

 戸惑いしかなく、少女にとっての世界は研究所の中だけでしかなく、知っている空は中庭から見える四角く切り取られた空だけだった。

 空が彼方まで広がっているなど知らないまま、彼女は愛され、疑問だけが心の中にあったまま月日が過ぎた。


 それは、作られた少女という化け物と、作り上げた化け物の微笑ましいようで歪な関係でしかなかった。

 だが、少女のそんな日々は唐突に終わる。

 秘密結社キーパーズの摘発をうけて、研究員は捕らえられ、研究所は解体された。

 少女はキーパーズに保護される。

 後に、少女自らが自身を備品と称して、キーパーズ調査官の仕事を補助することになるが、それはまた別の話である。

次話嘘予告


 カレー大魔神との牛丼対決に惜しくも敗北を期した永遠の鍋奉行トモリンは、意気消沈し部屋に閉じこもるのだった。

 だが、ドアの隙間から漂ってくるカレー臭に誘われてついに部屋を出るも、邂逅したのはカレーせんべいなのだった。

 しかし、それが、新たな戦略のヒントになろうとは、このときは誰も知らなかった。


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